たけしの忙中閑話

乗り換え

電車でもない。飛行機でもない。携帯電話の話だ。つい先日、大学生の息子にせがまれてついに家族全員で携帯をSoftBankに乗り換えることになった。実を言うと、小生も「いつかは」と考えていたのだ。なぜなら、同社総帥の孫正義君は高校時代からの長き友人で、会うたびに小生のdocomoの携帯を見て「お前は友達がいのない奴やなぁ。。」と言われていたのがずっとひっかかっていたからだ。「俺んところは田舎なんじゃ。お前んところの電波はなかなか届かんから仕事にならん。お前がアンテナをいっぱい立てんからいかんのじゃ!」などと言い返していたのだったが、まぁ、ようやくにして長年の「不義理」に終止符を打つことができたというわけだ。

言い出しっぺの息子はiPhoneが使ってみたくて仕方がなかったらしい。それは小生も同じだ。同じスマホなら敬愛するSteve Jobs氏の「遺品」を持っていたいものだとずっと思っていた。それに、この三月は通信各社による顧客の大争奪戦の真っ最中だったらしく、「乗り換え」にまつわるサービスを従来になく充実させているのだと聞いた。特に、家族の中に「学生」がいると一層、優遇されるのだという。なるほどよくできた仕掛けだ。家内とも相談した結果、「それほど負担増にならないのだったらまぁいいか」ということになり、娘二人の了解もとりつけて家族五人の携帯を一気に乗り換えることしたのだった。

しかし、手続きをしてみてわかったことは、この種の「乗り換え」にはかなりの精神的負担が伴うということだ。なんと言えばよいのか、、、幸いにして経験はないものの、「離婚」と「再婚」を一時にやってしまうという感じだろうか。。やはり、長年世話になったA社をやめてB社に移るというのはどうにも気が引けるものだ。まずはSoftBankショップの担当者からdocomoショップの担当者に電話をかけてもらって「解約手続き」を開始するのだが、不思議なものだ、その瞬間からなんだか「裏切り者」になったような気分になる。

SoftBankの担当者がしばらく先方と話した後に小生と電話をかわったのだったが、正直、出たくない気分だった。docomo側の受付嬢にしてみればこの種の手続きは日常茶飯事なのだろう。いかにも事務的に淡々と話してくれるのだが、それがまた気になって仕方がない。「あなた、長年付き合った私を捨ててほかの女に乗り換えるのね」と言われているような気がして、だんだんとうしろめたい気分になってくる。その彼女は解約に伴う料金や不利益について丁寧かつ丁重に説明してくれるのだが、そのたびに後ろ髪をひかれるような思いになる。

目の前にいるSoftBankの担当者は小生が顔を見るたびに何度も強く頷き、「早く解約しちまってください」と言わんばかりなのだが、彼女に質問を繰り返している間に刻々と時間が過ぎてなかなか先へ進まない。ハッと気がつくと一緒についてきていた家内と息子が「パパ、なにやってんのよ。早くしてよ」という顔でこっちを見ているので、ついに小生も意を決し、「ご説明いただいた点についてはすべて了解です。ど、どうか、か、解約をお願いします」とキッパリ?言って、ようやくにして「解約番号」とやらをもらうに至った。ここまでで既に冷や汗ものだ。

てなわけで「離婚」が成立。間髪入れずに「再婚」の手続きが始まった。こっちは「離婚」手続きだけで精神的にまいっているので、「再婚」までの間に本当は小休止したいところなのだが、もう再婚相手は決まっているのだからしてそんな悠長なことは言っていられない。まずは機種の説明を受けて「えいやっ」とこれを決し、次に料金体系ならびに各種の付加サービスの選択を迫られる。仕組みが複雑なのと、それ以上にまだ気持ちが動揺していてなんだかよくわからない。「ほかの方々はどうしていますか?」などとつまらない質問をして、「ああ、、、、じゃ、それでいいです」などという主体性のない決め方をし、「やれやれ」と思っていたら、今度はただちにデータの移し替えとメールアドレス変更の一斉送信をやるのだという。

「ちょ、ちょっと待って」「えっ?でも、早くしたほうがいいですよ」「うん・・・でも、それを送っちまうともう引き返せないんだよね・・・」などとブツブツ言っているうちに「それじゃぁ、送ります」と言って担当者はどんどんと作業を進めていく。小生は仕事柄もこれあり、山ほど電話番号とメールアドレスを詰め込んでいたので、待つこと20分。まだモヤモヤしていたが、「終わりましたっ」と言われ、「はぁ・・」と生返事した直後からどんどんとアドレス変更メールへの返信が届き始めた。「ううむ。。。かくなる上は仕方ない。もはや覚悟するしかあるまい」と人知れず大きな決心をもう一度して、やっと「再婚」が完了したという次第だった。

「携帯を乗り換えるくらいで」と人は笑うかもしれぬ。が、正直なところ、実に消耗した。もうこんな思いは二度としたくない。別れた彼女に未練はあるものの、こうなった以上、新しい彼女とうまくやっていくしかない。そう決心を固めて「新しい彼女」とともに早速に選挙区に乗り出していったのだったが、案の定、不安は的中した。小生の選挙区は一部を除いては農村山村漁村の集合体だ。地形も複雑でトンネルも全国一多く、以前の携帯ですら「圏外」となるところが多かったのだが、今度のはさらに電波感度がかんばしくない。が、いまさらそれを言っても仕方がない。既に「ルビコン」を渡ってしまったのだ。もはや引き返すことはできない。あとは「勝利」するしかないのだ。

イライラしながら、中山間地の小道を走りぬけ、ようやく幹線道路に出たところでやっと「圏外」マークが消えた。言うまでもない。小生は「新しい彼女」を握りしめ、さっそくに孫正義君にメールを打った。

「このたび家族全員での貴社への乗り換えが完了。長い間の不義理を許されたい。が、電波感度悪し!早くアンテナを立てられたし!!!」と。

ほどなくして「有難う。わかった。頑張る!」との返事。

頑張ってくれよ、ほんとに。

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