世にも奇妙なオーバーロード 作:kirishima13
次の話 >>
頭の中がフラッシュをたかれたかのようにチカチカしている。俺はどうしたのだろうか。魔導国という国を作り支配者アインズ・ウール・ゴウンとして活動していたのではなかっただろうか。よく思い出せない。頭の中のチカチカが大きくなる。体もなんだかピリピリしている。睡眠無効・状態異常無効のアインデッドだというのに何なのだろうか。そして頭の中のフラッシュがひときわ大きくなった時、その白い空間から抜け出るように俺は目が覚めることとなった。
♦
「モモンガさん」
誰かが俺を呼んでいる。だんだん目が慣れてきた。ここはナザリック第九層のにある円卓の間、巨大な黒曜石の円卓に41の椅子が並べられている。もう自分以外の席に座る者などなく、使うことがないと諦めていた部屋。赤い眼光を見開き周りを確認する。
「ん?」
「モモンガさん」
「え?」
「モモンガさん、どうしたんですかぼーっとしちゃって……」
「……ヘロヘロさん?」
「はい、ヘロヘロですよ」
そこにいるはずのない人物がいる。ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルドメンバーの一人ヘロヘロだ。人物とは言ったが人ではない。
(ここはナザリックの……。俺はどうしたんだっけ)
頭の中でフラッシュが焚かれてからよく思い出せない。アンデッドなのにまだ頭と体が痺れているような気がする。しかし、目の前の光景が幻ではないことにあらためて気づき、つい大声をあげてしまった。
「ヘロヘロさん!?ヘロヘロさんなんですか!?何でここに!」
「なんでってモモンガさんがユグドラシルサービス最終日だから集まろうって言ったんじゃないですか。本当に大丈夫ですか?」
(ユグドラシル?サービス終了?もしかして……)
モモンガはかつてユグドラシル時代に操作していたモーションを取る。
(……コンソールが出る。じゃあもしかしてログアウトもできるのか)
「大丈夫です。全然大丈夫ですよ。もう少しでサービス終了になっちゃいますね」
「ええ。あーそれでモモンガさん、すみません。そろそろ落ちないと。もう眠くて」
ヘロヘロが汗のエモーションを表示して申し訳なさそうにしている。見覚えがある。いつかこうしてヘロヘロさんのログアウトを見送ったんだ。そしてそのあと後悔した。ならば……。
(あの時はここで引き留められなかった。じゃあここで引き留めればあの世界に一緒にいける?でもそれはヘロヘロさんのためにはどうなんだろう)
ヘロヘロも現実では社畜と呼ばれるハードワーカーで体もボロボロだと聞いたことがある。それならば一緒に行ったほうが幸せなのではないだろうか。少なくとも自分は現実に戻りたいとは思っていない。モモンガは少しだけ勇気を出して誘ってみることにする。
「ヘロヘロさん、せっかくですから最後まで残っていかれませんか」
「そうですね……。あー……うーん、そうですか。じゃあもうちょっとだけお話をしましょうか」
「ありがとうございます!」
「それにしてもモモンガさん。ギルドマスター本当にお疲れさまでした。モモンガさんはサービス終了後どうするんですか」
「それは……」
返答に困る。何もない。自分にはユグドラシル以外何もなかったのだ。自宅と職場を往復するだけの毎日。家に帰ればユグドラシル。それ以外何もなかった。ならば何をするというのか。このままあの世界にいければ……。そんなことを思っているとヘロヘロが意外なことを言い出す。
「そうだ!もしよかったら別のゲームでご一緒できるかもしれませんし、以前いただいたアドレスにメール送っておきますね」
「え」
考えてもみなかった。ユグドラシルをやめた後、またみんなで?しかし、それは……。
「ギルドのみんなもきっとまた一緒に遊びたいと思ってますよ」
「そう……でしょうか」
本当にそう思っていたらみんなユグドラシルをやめたりしなかったんじゃないだろうか。正直みんなが自分を裏切ったという思いがある。みんながサービス終了まで残っていたのならわかる。しかし、残っていたのは自分一人だ。自分にはユグドラシル以外考えられないというのに。
そんなことを考えていると頭が痛くなってきた。例の白いフラッシュだ。手足も少ししびれているような気がする。
「で が しょう」
「え?」
ヘロヘロの言葉が聞き取れない。声の調子から何か真剣な話をしているような気がする。必死に聞こうと意識を集中する。
「目を覚ましたら次は ですよ」
だめだ。よく聞こえない。頭がぼんやりとしてきた。
「モモンガさん、大丈夫ですか。モモンガさん、モモン 」
(もう少し、サービス終了までもう少しだけ話をしたい。もう少しだけ仲間と)
そこまで思った時点で意識がホワイトアウトした。
♦
「モモンガ様!モモンガ様!」
気が付くと玉座の間にいた。目の前にはNPCのアルベドがいる。眠っていたのだろうか。念のため自分の肉体を確認する。そこには白磁を思わせる骨の手足があった。やはり自分はアンデッド、
「あれ?夢だったのか?いや、こっちが夢?」
「どうかされましたか、モモンガ様」
心配そうに見つめてくるアルベド。相変わらず美しい造形だ。ギルドメンバー、タブラ・スマラグディナの忘れ形見のサキュバスだ。漆黒の艶やかな髪からは捻じれた2本の角が突き出し、放漫な肉体を純白のドレスが包んでいる。
「アルベド。今はいつだ。あれからどうなった」
「あれからとはなんでしょう。至高の御方方がいらっしゃってからそれほど時間は立っておりませんが」
「え?仲間が来てたのを知っているのか!?じゃあヘロヘロさんは?」
「ヘロヘロ様でしたらお帰りになりました」
「帰った?ログアウトできるのか?」
モモンガは急いで操作をしようと手を動かす。しかし、コンソールは開かない。
(どういうことだ。いや、記憶があいまいでよくわからない。もしかして、サービス終了直後ということは……。思い出してきた、あの時はアルベドの胸を揉んだんだった)
かつてはここがゲームの中なのか確かめるためにアルベドの胸を揉んだ。しかし、今はそんなことをしている余裕も必要もないだろう。
「アルベド。ナザリックのものすべての者たちに伝えろ。ナザリックから決して出るな。そして、ナザリックの中を隈なく捜索しろ。ギルドメンバーがいるかどうか調べるんだ。いいな」
「はい、かしこまりました。それでモモンガ様はどうなされるのでしょう」
「私は少し外の様子を見てくる」
「では、私がお供をいたします。少し準備をする時間をいただきたく」
「だめだ。絶対に外に出るな」
「そんな!おひとりでは何かあったときに盾となってモモンガ様の玉体を守れません!」
「だめだ!許可しない」
こんな問答もかつてしたものだ。その時は折れたが今回ばかりは折れるわけにはいかない、そんな気がする。今何が起きてどうなっているのか、それは一人で確かめなければならない。そんな気が。
♦
モモンガは1番最初に調査する箇所を頭に思い浮かべる。
(そう、カルネ村だ。あそこが襲われるはず。エンリとネムを救ったんだったな。この世界があの時の続きなのかどうなのか、確かめる必要がある)
モモンガは腕を一振り《
かつてモモンガも何度か訪れた場所で既視感を覚える。
(やはり知っている、この場所を。するとそろそろか?)
そう思った矢先に大きな悲鳴が聞こえてきた。女の子のものだ。そして草をかき分けるような音、そして鎧を打ち鳴らした金属音だ。
「ネム!走って!」
「おねえちゃん!」
「待て!逃げると余計に苦しむぞ。あきらめろ」
おびえる少女たちの声と追いかける兵士の声。以前とまるで変わらない様子にモモンガは安堵とともに残念な気持ちを抱く。
しかし……。
「待てい!罪もない少女たちを手にかけようとは!悪党め!許せん!」
全然違っていた。展開が全然違っていた。ここは少女を自分が助けたはずだ。そう思いつつ、ふと声のした先を見ると木の枝の上に純白の鎧を着た聖騎士が立っている、赤いマフラーをたなびかせて……。
(たっちさん!?)
それはギルドメンバーの一人、最強の一角であるワールドチャンピョン、たっち☆みーであった。
「行くぞ!変身!」
(変身!?)
モモンガの混乱を他所に、たっち☆みーの腰のベルトの太陽が回転する。そして両手をそろえて一回転させると、木からダイブした。空中で一回するとたっち☆みーの鎧が消え失せ、その真の姿を現す。
それは屈強な肉体を持った昆虫の戦士である。頭から二本の雄々しい触覚、顔の半分はあるかというくらい大きな赤い複眼、バッタを思わせる口、そしてその首には真っ赤なマフラー、腰に太陽を思わせるバックルのベルト。一昔前の変身ヒーローそっくり、マスクをしたライダーのようなその姿はまさにたっち☆みーであった。
(変身って!鎧脱いでるだけなんですけど!何やってんの!?たっち☆みーさん!?)
「悪は絶対許さない!たっち☆みー!ここに見参!」
華麗に地面に降り立ったたっち☆みーの決め台詞とともにその背後が大爆発を起こした。周りに影響がないことからユグドラシル時代に使っていた課金エフェクトだろう。
「たっち☆みー様!」
「たっち☆みー様だ!」
エンリとネムがたっち☆みーの登場に歓声を上げ笑顔を輝かせる。
(えー!?なんで知ってるの!?え!?え!?)
モモンガが混乱と鎮静化を繰り返しピカピカと光っているのを他所に鎧を着た兵士の一人が視線を少女たちから昆虫戦士へと変える。
「なんだてめぇは!邪魔しやがるとただじゃおかねえぞ」
「とぅ!」
「ぐはぁ!」
たっち☆みーは兵士からの攻撃を避け、拳をたたきつける。兵士はバタリと倒れた。たっち☆みーの本気の拳を食らったらあの程度では済まないので手加減をしているのだろうか。
するとその時、たっち☆みーの背後から音楽が流れだし、モモンガはさらなる混乱の渦へと堕ちていく。ヒーローモノの主題歌のようだ。その曲に合わせるようにたっち☆みーは兵士をバッタバッタと倒していく。
するとその曲に合わせてエンリが歌いだし、ネムが復唱を始めた。
「たっち☆みージャンプ! 」
「ジャンプ!」
「たっち☆みーキック! 」
「キック!」
エンリが拳を振り上げてたっち☆みーを応援し、ネムがピョンピョン飛び上がってジャンプ、キックと盛り上がっている。
(何なのこれー!?なんで歌詞知ってるのー!?っていうか何その曲!権利とか大丈夫!?)
「とうっ!」
たっち☆みーにより兵士の最後の一人が倒される。モモンガは混乱して身動きができなかった。戦闘が終わると同時に曲も終わり、歌に夢中だったエンリも背中の傷を思い出す。兵士に斬りつけられていたのだ。斜めに赤い染みができた背中が痛々しい。
「っ」
「お姉ちゃん!」
(たっちさんが兵士を倒したんだし、彼女の傷くらいは俺が治してやろうか)
モモンガはポーションを取り出し、木陰からエンリとネムのもとへ向かう。しかし、突然漆黒のローブを着たアンデッドが現れたことでエンリとネムは再び恐怖に襲われる。
「きゃあーーーーーーーーー!」
「お、お姉ちゃん怖いよお!うわーん!」
(あ、そうだ。前も怖がられた気がする!)
モモンガの後悔するが早いか、その目の前には刹那の間に昆虫の戦士が仁王立ちをして拳を握りしめていた。
「むっ!か弱き女子供を泣かせるとはこの悪党が!許さん!とぅっ!」
「あいたっ!」
たっち☆みーの攻撃。モモンガに1000のダメージ。モモンガは倒れた。
♦
たっち☆みーの攻撃を受けたモモンガは地面に倒れていた。周りにはもう少女たちも兵士たちもいない。そんな中、モモンガはうつろな意識の中で考えていた。
(俺、アンデッドなのになんで気絶してるんだろう……)
「モモンガさん、モモンガさん」
頭の上のほうから声が聞こえる。
「んん?」
「目を覚ましてください。モモンガさん」
それはたっち☆みーだった。先ほどの怒ったような表情も握りしめたこぶしも今は目の前にはない。いつかのような優し気な表情を思わせる声だ。
「たっちさん。ってたっちさん何やってんですかここで!」
「ああ、やっぱりモモンガさんだ。とてつもなく恐ろしいアンデッドが現れたと思ったたら。何やってるはこっちの台詞ですよ。モモンガさんだめですよ!」
「えー!?何で俺怒られるの」
「分からないんですか?もう一発行きますか?」
「え?え?あ!さっき子供を泣かせたこと!?」
「そうです!駄目でしょう。子供を泣かせたら。いくら悪のギルドって言っても最低限のモラルは守ってくださいよ。悪の美学とか言ってえげつない事してる人もいましたけど、モモンガさんは違うでしょう」
「はい、すみません。っていやいや、それよりたっちさんこそ何やってんですか」
「私ですか?私は正義の味方をやってます」
(いや、そうだけど!たっちさんリアルでも警官で正義の味方やってるけど)
「そんなことより……モモンガさん元気そうですね」
そんなことで片づけて欲しくないが、久しぶりに会う懐かしい友人にモモンガは後回しにすることにした。
「まぁいいです。それより会えて本当にうれしいですよ。もうみんな会えないと……俺のことを見捨ててやめちゃったと思ってましたから」
「見捨てるなんてそんなこと思ってませんよ。こちらこそお久しぶりです。モモンガさんは今何をしてるんですか」
「俺は……、今でもギルド管理ですかね。でもNPCたちが色々と助けてくれていい感じだと思いますよ。そうだ、ナザリックに戻りませんか。たっちさんの作ったセバスもきっと会いたがってますよ」
「セバスが?会いたがってる?」
たっち☆みーが怪訝な顔して首を傾げている。
「何かおかしなこと言いました?」
「いえ……。何でもありません。そうですね、ナザリックに戻りましょうか」
♦
「おかえりなさいませ。モモンガ様。たっち☆みー様」
「おかえりなさいませ」「おかえりなさいませ」
「おおお、たっち☆みー様に再びお会いできるとは。私感激の極みでございます」
ナザリックに戻ったモモンガとたっち☆みー。それを守護者一同が歓迎する。特にセバスは普段のクールさはどこにいったのか、感涙に咽いでいる。
「あの、これモモンガさんが設定したんですか?」
「え?何のことです?」
「NPCの設定ですよ。私を見るとこうやって言うようにしたんですか?」
「いえ、何もしてませんよ。彼らが自分の言葉で歓迎してくれてるんですよ」
「モモンガさん何を言ってるんです?NPCが勝手に話し出すわけないでしょう?」
(ああ、そうか。たっちさんはNPCが自我を持ったことを知らないから)
モモンガ自身もこの世界が改変されたことを確信するまでは時間がかかった。NPCたちのこともそうだ。たっち☆みーの疑問も当然である。
「たっちさん、驚かないでくださいよ。NPCたちは本当に自分の意志でしゃべってるんですよ」
「え……」
「信じられないのも分かります。でも、脈もあって血も通っている。生きてるんです。NPCに命が宿ってるんですよ」
「あ、ああ……そうですか」
信じられない現実を突きつけられて驚いているのだろう。たっち☆みーの声の調子がおかしい。調子が悪そうだ。
「たっちさんどうしたんです?顔色が悪いですが」
「確かにちょっと気分がすぐれないかも……」
そんなたっち☆みーの様子にアルベドが一歩前へと踏み出して膝をついた。
「たっち☆みー様、お部屋でお休みになられるのがよろしいかと存じます」
「そうだな。たっちさん、アルベドに部屋に案内させるから休んではどうですか」
「そうさせてもらおうかな。あ、モモンガさん。最後に一言だけ。俺はモモンガさんのこと見捨ててなんていませんよ。今もね」
たっち☆みーの言葉が身に染みる。ギルドに一人きりになりメンバーを少なからず恨んでしまっていた自分が情けない。今の一言でモモンガは救われた気分であった。
(……見捨てられてなんてなかったんだ)
♦
翌日、守護者たちやナザリックのシモベたちはたっち☆みーの帰還に揺れていた。そのすべてが帰還を祝福するものだ。モモンガはそれを喜ばしくおもいつつ、最後に気分がすぐれないと部屋へと行ったのが少し心配であった。
そんなたっち☆みーの様子が気になりモモンガはアルベドに尋ねる。
「アルベド。たっちさんはまだ部屋にいるのか?」
「たっち☆みー様はお帰りになりました」
「はぁ?帰るってどこへ?
「たっち☆みー様はお帰りになりました」
「俺に何も言わずに?たっちさんが?」
帰るとしてもモモンガに何の挨拶もなく帰るだろうか。たっち☆みーは非常に礼儀正しく、人にも厳しい人だ。そんなことはないと思いもう一度尋ねる。
「たっち☆みー様はお帰りになりました」
その時モモンガは気づく。アルベドの今の言葉。その声の調子も長さも仕草も寸分違わず同じだということに。そう、それは……。
「もう一度聞くぞ。たっちさんはどこだ」
「たっち☆みー様は……」
―――お帰りになりました。
まるで
次回 第2話 二人の変態