ネイア・バラハの冒険~正義とは~ 作:kirishima13
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トントントン。
台所から軽快な音がする。今日は久しぶりに母が帰ってきていた。手料理をご馳走すると張り切っている。そしてたまにガンッ、ドンッと言った奇妙な音がしているのを心配そうにチラチラ見ている眼つきの悪い父。
母は料理が苦手だ。味を期待はしていないが母の手料理が食べられるというのは素直にうれしい。聖騎士である母は忙しくたまにしか帰って来られない。
心配そうにしている父が「包丁を使うときに武技は使っては駄目だ」とか、「手伝おうか」などと言って母に睨まれている。それが何ともおかしくて笑ってしまった。
それを見ていた少女はふと疑問に思ったことを聞いてみた。『正義とは何か』と。
料理に悪戦苦闘しながらチラリと父のほうを見て母は答えた。『正義とは愛する人を守ることである』と。次に少女は父に同じ質問を投げかける。父も母の方をチラリと見ながら幼い少女に答えた。『正義とは愛する人を守ることである』と。
二人の顔をよく見るとりんごのように赤くなっていた。それを見て少女は思った。正義とは人を愛することなのだと。
♦
「顔こわっ!」
それが
ローブル聖王国。多数の亜人の紛争地帯であるアベリオン丘陵に接するこの国は、亜人たちとの長い戦いの末作られた長大な城壁によりその国境を囲い侵攻を防いでいた。
いつ終わるとも知れぬその侵攻に備えるため、聖王国の聖騎士たちは常に国境の監視を怠ることはない。そんな聖騎士の中でも最下級、見習い騎士の少女ネイア・バラハは、見習い仲間たちとともに城壁外の見回りを行っていた。
ネイアは革製の軽微な装備をまとい、グレーのマントを羽織っている。白いマントを羽織えるのは正式な聖騎士になってからだ。腰には聖騎士の印ともいえる長剣、背中には弓を背負っている。
ブロンドの髪を肩口まで伸ばし、それが太陽の光を浴びて輝いている。顔だちも整っており、悪くない。スタイルもすらりとして無駄な肉はなく、控えめに言っても美人と言われてもおかしくはないだろう。しかし、彼女のチャームポイントであり、欠点でもある一点、父から受け継いだその一点があるがゆえにネイアを美人と言うものはこの国にはいなかった。
(あれは?黒い布?いや……人?)
見回りを行っていたネイアは城壁の影に何かを見つける。草むらの中にあるそれは最初黒い布に見えた。他の仲間たちは気付かなかったようだ。ネイアの父親から受け継いだ目と感知能力ゆえに見つけられたのだろう。しかし、よく見るとそれは布ではなく、服のようであった、そして人の形を取っている。
(行倒れ?大変!助けないと)
「あの!大丈夫ですか!?」
声をかけ近づくが、途中でそれが人ではないことに気づいた。豪奢な装飾を施したローブを纏っているそれは既に人ではなかったのだ。城壁に片手を伸ばすように突き出したその手は白骨化していた。亜人から逃げてきたのか、旅人が聖王国に来ようとして力尽きたのか。聖王国を目の前にしながら亡くなったこの者はなんと哀れなことか。
ネイアも見習いとはいえ聖騎士の端くれ。彼の者の魂に安らぎが訪れるようにその場に膝をつき、両手を組み合わせる。神への祈りを捧げるためだ。
(神よ……哀れなこの魂に安らぎを与えたまえ)
ネイアの祈りに応えるように目の前の白骨化した遺体が淡く光る。浄化の光だ。この世界に未練を残したまま死んだ者の魂はその場に残り続け、負のエネルギーを発し、時にアンデッドとして蘇ると言う。そのようなことにならないよう、大地へとその魂を返す遺体の浄化が行われるはず……であった。しかし・・・・・・。
目の前の骨はむくりと起き上がると周りをきょろきょろと見回した。やがてネイアに気が気付くとネイアに向かって言い放ったのである。
「顔こわっ!」
♦
突然動き出し、そして声を上げた骨にネイアが最初に感じた感情は「驚き」でも「恐怖」でもなく「怒り」であった。目の前の骨は豪奢な漆黒なローブが似合うような恐ろしい顔つきである。目の周りには亀裂が入りそれが禍々しさを醸し出している。胸の部分にちらりと見える赤い球は血の色のような鈍い光を宿し人間の心臓のようである。そんな骨に怖いと言われては堪らない。
(こっちのセリフなのに!そっちのほうが絶対顔が怖いわよ!)
彼女の唯一の欠点、それは目つきが凶悪なまでに悪いことである。『凶眼の射手』の二つ名で呼ばれるネイアの父から受け継いだその目は、非常に遠くまでものを見通せ、感知能力にも優れている非常に有用なものである。しかし、同時にその眼は一目見た子供が泣き出すほどに凶悪な眼だったのだ。『殺人者眼」とまで言われ、ネイアは今まで何度犯罪者と思われ通報されたかわからない。
しかし、それでも目の前のアンデッドより怖いわけがないと思っていた。
「あなたのほうがよっぽど怖い顔じゃないですか!」
っというか口に出していた。
ネイアに言い返された骨は自分の手足を不思議そうに見つめている。
「あれ?ユグドラシルのサービス終了したんじゃ?コンソールも出ない!?ねぇ、どうなってるんですか?」
訳の分からないことを問いかけてくる骨。ネイアの立場からすると仲間を呼んで滅ぼすのが正解だ。何しろ相手は人類の敵なのだから。だが、目の前の骨は様子がおかしい。
「サービス終了が延期になったんですか?それにしてはGMコールも使えませんし……ん?」
突如、骨がネイアに近づいてくると顔をまじまじと見つめてくる。
「な、なんですか」
「瞬きを……してる……?」
骨と違って人間なんだから瞬きくらいする。何を言ってるんだと思っていると骨がネイアの手を握ってきた。
「ひゃあ!」
「脈が……ある!?っていうか暖かいし柔らかい……」
「ちょっと!何触ってるんですか!」
「あっ、すみません!」
慌てて手を放す骨。
「あの、ここは一体どこなんでしょうか。あ、私の名前はモモンガと言います」
この骨はモモンガと言うらしい。周りをキョロキョロと見まわして赤い眼光が線を引くが、それは不安そうな眼差しにネイアは感じた。アンデッドになったばかりなのだろうか。ビクビクしているようにも見る。はっきり言って弱そうである。
(私でも勝てる?)
相手の怯えぶりにネイアは気を取り直して対話を試みることにした。
「ここはローブル聖王国の城壁の外側です。私は聖騎士見習いをしているネイア・バラハといいます。あの……あなたはアンデッドですよね?」
「え?あ、はい。アンデッドですがそれが何か?」
「それが何かって。あのー……すみませんが、アンデッドなのであれば滅ぼさないといけないのですが」
自分で言ってて間抜けな会話である。聖王国に限らずアンデッドは生きとし生けるもの共通の敵だ。しかし、目の前の骨は何とも憎めない感じであり調子が狂わされる。
「別に何も悪いことしていないんですが……するつもりもありませんし、なぜ滅ぼされるんですか?」
「アンデッドは生命を憎み、それを殺す存在だから……なんですが……あなた本当にアンデッドなんですか?」
「まぁ見ての通りですが、別に人を憎んだりしてませんよ?」
「うーん……」
この骨の処置に困った。
「おーい、ネイア。何かあったのか!?」
すると先に見回りに行っていた仲間たちがネイアがついてこないことに気づいたようで壁の角の向こう側から呼びかけてきた。
「お仲間ですか?」
「そ、そうです!でもその姿見られたら滅ぼされちゃいますよ!」
「ええ!?」
目の前の骨は緑色に光ったり消えたりして、あたふたとしている。
「そうだ!じゃあこれでどうでしょう!」
骨が腕を一振りするとその顔や手足が一瞬で人のものに変わる。そこに現れたのは冴えない感じの平凡な男の顔だった。魔法だろうか。それとも最初のアンデッドの顔のほうが偽物なのだろうか。思わず確認しようと顔に触れようとするとそのまま触れずに指がめり込んだ。
「うわっ!」
「これじゃダメか!ではこれでどうですか。《
幻術の肉体の周りに実態の漆黒の全身鎧が纏われる。
「これでいいでしょう。バラハさん!お願いします!アンデッドであることは黙っててください!」
骨は両手のひらを目の前で合わせ膝をついてネイアに懇願してきた。
(どうしよう……魔法はすごかったけど……弱そうだし見つかったらすぐやられちゃいそう……)
なりたてのアンデッド。それも生まれてすぐに滅ぼされてるとなるとネイアも罪悪感を感じる。それにネイアは不思議なことに目の前の骨と話をしていて嫌悪感は一切感じなかった。むしろ骨の姿のほうが幻術だとしても不思議ではないくらいだ。
「うーん……わかりました。黙っていてあげます。でも、もし人を傷つけたり悪いことをしたらすぐ滅ぼしちゃいますからね。あと、できるだけ私の目の届くところにいること。それでいいのであればですが」
「バラハさん。ありがとうございます!」
目の前で骨がペコペコと頭を下げている。
「ネイアでいいですよ。まだ見習いでさん付けとか慣れてませんので」
「では私のことはモモンガと呼んでください。あ、それからアドレス登録してもいいですか?」
「アドレス?」
ネイアが聞き返したが早いか頭の中でピコーンと言う音が鳴り響いた。
「ちょっと!今なにしたんですか?怖い怖い怖い!」
「本当にありがとうございました。これからよろしくお願いします」
何をされたか怖かったが、仲間が集まってきてそれも聞くことができず、モモンガこと骨のことは行倒れしていた旅人ということで話は収まったのであった。
♦
翌日ネイアは二度寝を楽しんでいた。本日の勤務は午後からなのでゆっくりできる。久しぶりにのんびりとした朝を楽しんでいたところ、突如、頭の中に声が響いた。
『おはようございます!ネイアさん。ちょっと話いいですか?』
頭の中に声が響くなど初めての体験で、亜人の侵攻を知らせる鐘がなるよりもびっくりしたネイアは跳ね起きる。
「だ、誰!?」
空耳にしては大きかったと不思議に思っているとさらに続けて声が聞こえる。家に誰かが侵入してきたのだろうか。恐ろしくなったネイアはタンスやベッドの下を調べるが誰もいない。
『あ、突然すみません。昨日お会いしたモモンガです。《
「モモンガさん?」
『今噴水前の広場のカフェにいるんですが、少しお会いできませんか?』
これが格好いい男性からのお誘いなら喜んでいくのであるが、相手はアンデッドだ。それに骨がカフェでお茶とはどんな冗談なんだろう。飲み物が飲めるのだろうか。だが、モモンガを昨日見逃すことに決めたネイアには責任がある。しぶしぶ了承したネイアはカフェへ向かうのであった。
♦
カフェに到着すると漆黒の全身鎧を着た戦士がオープンカフェに座っていた。ネイアに気づくと嬉しそうに手を振っている。
「おはようございます。ネイアさん」
「おはようじゃないですよ!いきなり頭の中に声がしたから心臓が止まるかと思いましたよ!寝てたのに!」
「え?寝てた?」
首をかしげる骨。中身を知っているネイアはその可愛らしい仕草に突然起こされたことも手伝ってイラッとする。
「ああ、そうか。ユグドラシルじゃわざわざログインしてまで寝てる人なんて寝落ちしてる人くらいだったからなぁ。確かに寝てるところに《
「で、何の用なんですか」
「その前に注文してはどうですか?昨日のお礼に奢りますよ」
「えっ、いいんですか!」
ネイアは目の前の骨と同じアイスマキャティアを注文する。ネイアの給金ではこのような喫茶店でお茶をするなど贅沢の類だ。それを奢ってくれるのであれば睡眠を邪魔されたくらいは大目に見ようと思う。
「まずは昨日は見逃していただきましてありがとうございました」
「それは別にいいんですけど……」
アイスマキャティアが届き、口をつけるネイア。
「んーっ、冷たくて美味しいー」
美味しそうにアイスマキャティアを飲むネイア。それを見ていたモモンガが自分のストローをヘルム下から口に当てるのを見てネイアはぎょっとする。
(飲めるの!?いやいや、飲んだふりするだけよね。骨だし)
一体どうなるのかとじっと見ているとグラスの中の飲み物が減ってる。そしてモモンガの動きが止まった。胸元からポタポタと液体がこぼれている。
「ごほっ!ごほごほ!」
モモンガはわざとらしく突然むせたように咳き込むとどこからともなくハンカチを出して飲み物を拭いている。
「しまった……人間だった時のくせでつい……」
「ぷっ!」
モモンガのつぶやきを聞いてネイアは思わず吹き出す。何なんだこの残念な骨は。
「ぷふふっ、ふふふふふ」
ツボに入って笑っていると周りからヒソヒソ声が聞こえてきた。
「おい、衛兵呼んできたほうがいいんじゃないか?」
「あの目つき・・・・・・何か企んでる笑いだぞ」
「人を殺しにでも行くのか」
「ねえ、ママあの女の人……」
「しっ、見ちゃいけません!」
ネイアが笑うといつもこうだ。出来るだけ人に目つきを見られないように俯いているとモモンガから同情の声が飛ぶ。
「あの、ネイアさん……どんまい!」
「放っておいてください!」
(骨に励まされた。骨に!)
「っていうか、モモンガさん。今『人間だった』って言いました?やっぱりモモンガさんって元人間なんですか?」
「ええ、まぁ。そうと言えばそうですね。だから飲み物を飲んで味がしないって言うのが残念で・・・・・・。それ・・・・・・どんな味なんですか?」
「これですか?ミルクの味に砂糖甘味にと燻した茶葉の香ばしい香りが付いた感じですかね?」
「それは・・・・・・美味しそうですね。ああ、飲みたい!この体が恨めしい!」
悔しがるその姿は本当にただの人間のようだ。ネイアだって味を感じられない体になったら同じように思うだろう。
「それで奢ってくれるためだけで呼んだわけじゃないですよね?」
「私の行動を見張るって言ってたでしょう?ですので、こちらから近況報告をしておこうかと思いまして。それにこれは私にとっても必要な事です」
「必要?どういうことです?」
「この国に私の正体を知るのはネイアさんしかいない。そしてこの国の事情を考えると正体を明かすわけにもいかない。だから本音を話せるのは今ネイアさんしかいないんです」
「何が言いたいんですか?」
「つまり、たまにでいいのでこうやって本音で話をさせていただきませんか?それは私を見張るといったネイアさんの提案にも沿ったものです。お互いにウィンウィンの関係でしょう?」
この国に頼れるのは私だけ。それはよく分かることであった。自分の本音を隠したまま過ごしていくのはつらいと感じるということは、モモンガには今まで本音をぶつけ合える仲間でもいたのだろうか。
(遠く離れた国で頼るあてもなく一人で放り出されるってすごく心細いわよね……)
「……分かりました。それで近況報告と言うのは?」
「実はですね・・・・・・」
モモンガは嬉しそうに胸元から1枚のプレートを取り出す。
「冒険者として登録したんですよ。登録名はモモン。人前ではモモンって呼んでくれると助かります。これで生計を立てていこうかなと」
「冒険者になっちゃったんですか!モモンガさん!」
「えっ、何かまずかったですか?」
「まずかったも何も、この国の冒険者がどういうものか分かっているんですか!?」
「未知を求めて冒険する的な?」
「違います!そういう冒険者も他の国にはいますがこの国の冒険者は亜人との戦争に雇われるんですよ!それも前線にです!危ないからやめたほうがいいですよ」
聖騎士見習いのネイア程度にビクビクしているようなモモンガが戦争に参加してもあっけなくやられてしまうのは目に見えている。しかしモモンガはあっけらかんとしたものだった。
「ははは、アンデッドが冒険者なんてやるなとか言われるかと思いましたよ。あなたは本当に優しい人ですね。でも大丈夫です。調べたところこのあたりに私が負けるような存在はいないようですから」
「はぁ?」
「
「召喚?使い魔的なものですか?」
ネイアが想像したのは小動物や妖精などの使い魔だ。目の前の愉快な骨が使っているとすると妖精だろうか。ネイアは頭の中で妖精枠を作りそこに『あいぼーるこーぷすさん』を放り込んでおく。
「そうですね。心配してくださってありがとうございます。でも大丈夫ですよ。それから先日は見逃してくださって本当にありがとうございます。お礼にこれを貰っていただこうかと」
モモンガがどこからともなく取り出したのは弓であった。一見しただけで一級品とわかるそれは動物の体の一部が使われていると思われるが、白く輝き神聖な雰囲気を醸し出している。
「アルティメイト・シューティングスター・スーパーです。それからこちらのミラーシェードもどうぞ。先日お会いした時も弓を持っていましたのでこれらならネイアさんの役に立つのではと思いまして」
目の前に出されたこれらはどちらも超がつくほど貴重な
「こんなものをもらうわけにはいきません!」
「いえ、気にしないでください。それではまたお会いしましょう」
モモンガはこれで話は終わりだと、立ち上がり右手を上げて別れを告げると振り返ることなく冒険者組合の方向へと帰っていった。ネイアのつぶやきだけを残して。
「どうしよう、これ」
♦
亜人の侵攻を知らせる鐘が鳴り響いている。ネイアは他の聖騎士見習いたちとともに対応に駆り出されていた。ネイアが配置されたのは西側の城壁の上だ。ネイアの仕事は援護と伝令である。基本的にはネイアの目に見えた戦況を報告するのが仕事だが城壁の上から必要であれば弓で援護することも許されている。
城壁の外側には聖騎士と民兵、また雇われた冒険者たちの姿もある。そしてその中に漆黒の
(モモンガさん本当に大丈夫かな。もしやられちゃったら……)
お礼にもらった弓とミラーシェードは現在装備している。立派な装備に身を包んだ自分への周りの見習い仲間からの視線が痛い。
(そうだよね。見習いが装備するようなものじゃないものね。私だってそう思う)
これだけのものをもらうだけ貰っておいてモモンガさんがやられてしまったらと思うと心が痛む。
(あまり前線にでないでよ。援護はするけど)
ネイアがそんなことを思っている間に亜人は城壁へと迫ってきていた。今回侵攻してきた亜人の種族は
絶対に城壁まで行かせてはならない。そのため防御を重視した陣形を取り迎え撃とうと聖騎士たちが盾や槍を構える。しかし、それを無視する影が一つ。漆黒の鎧の戦士、銅のプレートを持つ最下級の戦士が一躍最前線へと飛び出したのだ。
(モモンガさん何を!?)
ネイアはとっさに援護するために弓をモモンガへと向けたその時、
―――
それは文字通り宙を舞ったのである。漆黒の戦士がグレートソードを一振りするたびに
「漆黒だ……漆黒の英雄だ……」
しかし
聖王国軍は防御陣形を崩すわけにもいかず、その混戦を遠目から眺めるのみであった。しかし、ネイアは全方位を取り囲まれたモモンガを一人で戦わせるわけにはいかないと判断する。
(なんで誰も援護しないの!もう!)
ネイアはモモンガから貰った弓に矢をつがえると引き絞る。
(なにこれ。体の内側から力が湧いてくるみたい……この弓の効果なの?)
ネイアの腕に不思議と力がみなぎる。そしてそのままモモンガの後方から迫る
(この弓すごい……いけるわ)
一方的な戦いであった。前方の敵はモモンガが、後方の敵はネイアが次々と刈り取っていく。しかし、そこへひと際身体の大きい
そこからは凄まじいまでの攻撃の応酬であった。モモンガとバザーは一歩も引かずにお互いの技と力をぶつけ合う。鳴り響く爪と剣が撃ち合う音。人間、
(何か狙ってるの?こっちをチラチラ見てる?)
バザーの攻撃をかいくぐり、モモンガの剣がバザーを切り裂こうとするその時、モモンガの赤い眼光がネイアの方向を振り向いた。そして頭の中にモモンガの声が聞こえる。
『ネイア、今だ。撃て。ボスの経験値は君に差し上げよう』
その言葉を聞き、咄嗟にネイアはバザーに向けて弓を射った。モモンガの剣がバザーを体を切り裂き、ネイアの矢がバザーの額に突き刺さる。バザーが倒れた瞬間、ネイアは自分の中に力が湧き上がるのを感じるが、それが何なのか今のネイアには分からないのであった。
♦
ネイア達聖騎士見習いとともに、戦場の後始末をすることを選んだのだ。英雄にそんなことをさせるわけにはいかないと誰もが言ったがモモンガは譲らなかった。
見習い騎士たちは穴を掘り、そこへ
「何をしているんですか?モモンガさん」
「供養ですよ。自分で殺しておいてなんですが、私のいた国では亡くなった人は仏様と言って大切に扱わないといけないんです。敵対して殺しあった者ですが、
それを聞いていた周りの聖騎士見習いたち、穴を掘って死体を蹴り入れていた者たちはバツの悪い顔をする。ネイアは埋葬を続けながらモモンガに話しかける。
「モモンガさん、強かったんですね。びっくりしちゃいました。正義の味方って感じでしたよ」
(アンデッドなのにね)
「正義……ですか。私の仲間に正義を目指した人はいましたけど、私は正義じゃないと思いますよ。まぁこの姿はその人の恰好を真似たものなんですが、こんなに殺してしまって……。そもそも正義ってなんなんでしょうね……」
悲しそうに
♦
数か月後、ネイアは頭を悩ませていた。モモンガの処遇についてだ。
しかし、モモンガはそれらのあらゆる勧誘を全て断っていた。そこでお鉢が回ってきたのがモモンガとよく一緒にいるネイアだ。上官よりモモンガを『自分と同じ聖騎士』として勧誘するように命令を受けていた。そう、ネイアもまたバザー討伐の功績により見習いから聖騎士へと昇格していたのである。だが、ネイアは命令後一度もモモンガを聖騎士へと誘ったことはない。
そう、この日もいつもの噴水前のカフェでネイアとモモンガはお茶をしていた。
「まったく毎日毎日嫌になる。アンデッドに聖騎士になって欲しいとかどんな罰ゲームなんだ」
「ですよねー」
ネイアの気のない返事を聞いてモモンガが謝る。
「いや、すまない。ネイアに言うことではなかったな」
「モモンガさん、何かキャラ変わっちゃってますよ。どうしたんですか」
「ああ、これか。俺も別にこんな重々しい話し方したくないんだが……。冒険者組合長がアダマンタイト級冒険者たるもの言動にも重みを持たねばいかん、とかいってな。はー、もう気軽に話しかけられるのやっぱりネイアだけだよー。いや、ネイアだけだ」
最後だけ重苦しい口調にしてお道化ながら砕けた口調でモモンガはネイアに話しかける。最初のうちはあった敬語もなくなり親しい者同士の会話だ。
「冒険者も大変なんですね。でも低い声もなかなか様になってますよ」
「そうか?ふふふっ、ここのところ徹夜で喋り方とか仕草とか練習した成果だな」
「なんか、モモンガさんも大変ですね……」
「いや、夜は暇だしそれはいいんだが……ところでネイアは俺を誘うように言われないのか?」
「いえ、それはまぁ・・・・・・。毎日・・・・・・」
「え?そうなの?うわぁ・・・・・・すみません。いや、すまない。あー俺も分かるよその気持ち。毎日毎日上司に無理難題指示されてどうしようもないその気持ち。でもなんで勧誘しなかったんだ?」
「そりゃ、モモンガさんが嫌がってることしたくないだけですよ」
そう言ってネイアはストローを咥えるとぶくぶくと飲み物に空気を送って目をそらす。
「本当にいい人だな……ネイアは。なんでこんな自分にそこまでしてくれるんだ?」
「いや、だって友達じゃないですか」
「友達・・・・・・」
ネイアはモモンガへの禁句を使ってしまったことにハッとする。モモンガは『友達』や『仲間』と言う言葉を聞くと落ち込むのだ。ネイアが心配そうに見ているのに気が付いたモモンガが呟く。
「……ありがとう」
そう言って照れ臭さを誤魔化すように目の前のストローをヘルムの下から差し入れる。そしてそのまま飲み物を吸い上げ、固まった。
「げほっ!ごほっ!ごほっ!ああ、もうまたやってしまった!」
「はぁー……もうしょうがないでですね。モモンガさんは。ふふっ」
ネイアは笑いながらハンカチを取り出すとモモンガの鎧から零れる飲み物をふき取る。笑っているネイアを見て通報しようとしている人や逃げ出す女子供はもう無視することにした。
「何を・・・・・・しているんだ」
そんな二人のいるカフェの席の前にいつの間にか一人の男が立っていた。今から人を殺しに行くところですと言った様相の目をしており、額の血管が青筋を立ててピクピクと震えている。モモンガの鎧を拭いていたネイアはモモンガとともにそれを見て凍り付く。目つきだけではなく紛れもない殺気を放っていたからだ。モモンガが身構えようとしたその時、目の前の男が叫ぶ。
「貴様!うちの娘に何をさせているんだ!」
「お父さん!」
「む、娘!?うわっ、そっくり!顔、こわっ!」
「モモンさん酷い!」
「昼間からカフェでイチャイチャしおって!おい、貴様娘とどういう関係だ!」
ネイアの父、パベル・バラハであった。聖王国九色の一色を与えられており、その鋭い目つきと小さな黒目も相まって『凶眼の射手』の二つ名を持つ軍人である。
パべルはモモンガの肩を掴むと顔を近づけ睨みつける。
「関係!?え、えーっとネイアは・・・・・・どういう関係かと言われても……本音を言い合える
「いい関係!?」
「お父さん勘違いしないで!私はモモンさんを
「ずっと見ていたいだと!?」
「待ってくださいお父さん、私たちにそんなやましいことは・・・・・・えーっと、ちょっとしかないです」
「貴様にお父さんと呼ばれる筋合いはない!」
「待ってお父さん、確かに話せないことはあるけど・・・・・・」
(モモンガさんがアンデッドとか絶対話せないし・・・・・・)
「お、お前ら・・・・・・ううっ」
凶悪な目に涙を貯めてパベルが泣きそうになっていると後ろから来た男がパベルをモモンガから引き剥がした。その男はオルランド・カンパーノ。パベルと同じく聖王国九色の一色を与えられている男である。逞しい体つきでどの部分も太く、長年風雨にさらされ続けた巌のような顔立ち、太い眉と無精ヒゲを蓄えた野性味あふれる容貌である。
「パベルの旦那。今日はそんな話をしに来たんじゃねえだろ。おい、お前が漆黒のモモンだな」
「いかにも、その通りだが・・・・・・」
「俺は聖王国九色の一人、オルランドだ。ちなみにこっちの体育座りで地面に丸を書いてるのも九色の一人なんだが・・・・・・おい、旦那しっかりしてくれよお」
「・・・・・・」
「ったくよお、娘のこととなるとからっきしだな。俺が来た理由はな、モモンあんたを勧誘しに来た。んでよお、俺と勝負しな」
「は?勝負?なぜ勧誘が勝負になるんだ?」
「あんた毎日毎日勧誘されて困ってんだろ?俺と勝負して俺が勝ったら聖騎士になれ。その代わり俺が負けたら金輪際あんたを勧誘させねえ。どうだ?」
「それお前がこいつと戦いたいだけじゃ・・・・・・」
「旦那は黙っててくれ。それに俺は知ってるんだぜ?豪王バザーを倒したのはそこの嬢ちゃんじゃねえ。あんただろ?俺はあいつを倒すことを目標にしてたんだ。そいつを倒しちまったあんたには俺と戦う責任がある。だろう?まさか逃げねえよな?」
そう言って獰猛な笑みを浮かべるオルランド。モモンガは一瞬呆けたように黙っていたが、嬉しそうに笑い出した。
「ははははっ、面白い。PVPなんて久しぶりだ。いいだろう。負けたら聖騎士になってやる」
「よっしゃ。じゃ、早速広場に行こうぜ」
「くくくっ・・・・・・早まったな、モモンよ。オルランドは聖王国でも近接戦においては最強と謳われる聖騎士団長に匹敵する強者。お前に果たして勝てるかな?オルランド、遠慮はいらんぞ。殺す気でいけ。いや、むしろ娘に纏わりつく有象無象は殺せ!」
「いや、まぁ殺す気でやらねえといけないくらいの相手だってのは分かるけどよお。旦那いい加減娘離れしろよ・・・・・・」
「ふふふふっ、もし生き残ったとしても九色の権限を使って娘とは絶対に会えないような部署に飛ばしてやるからな」
(お父さん、本当に何しに来たの・・・・・・)
勧誘したいのかしたくないのか分からない父の行動に娘の父への好感度がどんどん下がっていく。しかし当のパベルはモモンガを睨めつけることに必死で、娘の冷めた目に気付くことはないのであった。
♦
城壁内側の訓練に使う広場でオルランドとモモンガが向かい合っていた。ネイアとパベルは城壁の上で勝負の開始を待っている。モモンガは両手にグレートソードを持ち、対するオルランドは両手に片手剣を持つ。二刀流同士の戦いだ。
パベルの開始の合図とともにオルランドがモモンに襲い掛かる。
オルランドの振るう剛剣をモモンガはほとんど動かずに躱していた。しかしオルランドもそれだけでは終わらない、避けられても素早く横へ後ろへと回り込み剣を振り続けモモンガに反撃の隙を与えない。
素早く動き続ける二人の姿を目で追っていたネイアだが、横からごそごそと言う音が聞こえる。気になって振り向くとパベルが弓を取り出していた。服装も戦争にでも行くようなフル装備だ。
「お父さん、何をしてるの?」
「モモンとやらオルランドの攻撃によくついて行っているな。だが、あのオルランドには切り札がある。やつの腰にいくつもの武器があるのが分かるだろう?やつは武器を破壊することにより技の威力を何倍にもして放つ武技を使えるんだ」
「モモンさんが危ないってこと?」
「いや、やつの装備も見たところ一級品だ。もしかしたら防ぎきるかもしれん。だが、その時やつの動きは確実に止まるだろうな」
確かに、強力な一撃がくれば受けるか、避けるかしかないだろう。そしてそのどちらを選んだとしてもその隙は大きい。それをオルランドが狙って二撃目を繰り出すとでも言うつもりなのだろうか。
「武技《射撃強化》《属性付与》《一撃必中》」
「ちょっと!お父さん!?」
パべルは弓を弾き絞ると武技を発動させる。
「ネイア分かってくれ。これはお前のためなんだ。今はあの男に夢中だろうがいつかお父さんに感謝する日が来る」
「何言ってるのお父さん!?」
「安心しろ!苦しまないように一撃で葬ってくれる!奴の動きが止まったその瞬間に奴の脳天に・・・・・・!」
パベルの脳天に強力な蹴りが見舞われた。武技を使用したその強力な蹴りはパベルを吹き飛ばし城壁のレンガに顔を突っ込む。放たれた矢はあらぬ方向に飛んで行った。顔を押さえて悶絶している父から目を上げるとそこにいたのは母であった。
「あなたと言う人は・・・・・・何をやってるんですか」
母からの言葉には心の底からの呆れと本気の怒りがあった。
「お、おまえ!どうしてここが!?」
「あなたがモモンを勧誘に行くと聞いた時からこうなると思ってたんですよ」
「はっ、そうだ!まだ・・・・・・間に合う!邪魔をしないでくれ!」
落とした弓を拾おうとした父が今度は顔を母に捉まれる。
「いたたたたああ!ちょっ母さんやめて!中身が!中身がでちゃう!」
母のアイアンクローを食らった父が叫んでいる。聖騎士である母の腕力は父を超える。ネイアも昔悪戯をしたときに食らったことがあるが、あれは痛い。
「あなたは娘が信じられないのですか。それにあのモモンは慈悲深く礼儀正しいという噂しか聞きませんよ。それを何で邪魔するんです」
「だって!最近ネイアはお父さんに会ってくれないし!おしゃれなカフェで男とお茶してるし!こうなったら殺るしかないじゃすみませんもうしません頭があああああ」
「ネイア、やましいことなんてないんでしょう?お母さんは信じていますからね?」
そう言ってニッコリと笑う母を見てネイアは背筋に冷たいものが流れる。モモンガがアンデッドだと分かったら自分もただではすまないだろう。
そんなことを思っているうちにモモンガとオルランドの勝負は終了していた。オルランドが全ての武器を破壊技で使い切ってしまったのだ。仕方なく負けを認めるオルランド。これでモモンガが勧誘に煩わされることはなくなるだろう。そんな安堵をしたのもつかの間、突如鐘が鳴り響く。
鐘の音が段々と近づき、そして広がっていく。今まで聞いたことのある間隔の長い鐘の音ではなく、速く大きく鳴り響くそれは亜人が城壁の中へまで侵入したことを告げるものであった。