魔法科高校の幻想紡義 -旧- 作:空之風
<< 前の話 次の話 >>
その日の放課後、
「ですから、深雪さんはお兄さんと一緒に帰るって言っているんです。話があるんでしたら一緒に帰ったらいいでしょう! 何の権利があって二人の仲を引き裂こうとするんですか!?」
激昂した様子で啖呵を切ったのは、達也のクラスメイトで
昨日今日の付き合いだが、普段の大人しい性格を見ていただけに、真っ先に一科生に食ってかかったことに達也は意外感を禁じ得なかった。
「引き裂くと言われてもなぁ」
「み、美月は何を勘違いしているのでしょう?」
「深雪、なぜお前が焦る?」
当事者でありながら傍観者の立場にいる二人も混乱気味であるが、場は更に混乱しつつあった。
「僕たちは彼女に相談があるんだ! ……あと、言っておくけど引き裂くつもりなんて無いからな!」
「そうよ! 司波さんには悪いけど、少しだけ時間を貸してもらうだけなんだから!」
そう反論するのはA組の男子生徒その一と女子生徒その一。
なぜか男子生徒その一が「引き裂く」ことを強調して否定したが、冷静だった達也以外はヒートアップ、一名のみはそれで更にトリップしていたので怪訝に思う者はいなかった。
あと小声で「雅季を敵に回すわけにはいかない……」と悲壮な声で呟いていたが、それもまた誰の耳にも入ることはなかった。
「ハ、相談だったら自活中にやれよ。ちゃんと時間を取ってあるだろうが」
「深雪の都合も考えたら? 相手の都合も考えずに相談だなんて、まずは相手の同意を取ってからがルールでしょ。そんなことも知らないの?」
相手を挑発するような態度で言い放ったのは美月と同じく達也のクラスメイト、
A組とE組、一科生と二科生。
両者の間で一触即発の空気が流れる。
あくまで当事者である達也と深雪を置いてけぼりにして。
最初の衝突は昼休み。
早めに食堂に来られた達也たちが昼食を取っているところへ、A組の男子女子に囲まれた深雪がやって来た。
深雪は達也たちと共に食べるつもりだったのだが、
「奴は……いないな、よし! 司波さん、親睦を深めるためにもA組同士で一緒に食べませんか!」
男子生徒その一が周囲を確認した後、深雪を昼食に誘った。
それを切っ掛けに、A組のクラスメイトから次々と誘われる深雪。
だが深雪がそれを断り続けると、次第に矛先が一科生と二科生の違いへと向かい、しまいには一部が「ウィードは席を空けろ」などと言い出す始末。
その場は達也が目配せをして席を立ったために事なきを得たが、レオとエリカは既に爆発寸前であり、この時から既に険悪な空気が出来上がっていた。
そして現在、達也たちと一緒に帰ろうとする深雪に再びA組が誘いを掛け、それが強引な誘い方になってきたところで美月が切れ、今に至る。
そして、
「ウィードごときが口出しするな!」
「同じ新入生じゃないですか! あなた達ブルームが、今の時点でいったいどれだけ優れているっていうんですか!」
男子生徒その二の差別的発言に対する美月の反論に、両者の関係はついに臨界点を迎えた。
「どれだけ優れているかだって? 知りたいなら教えてやるぞ」
「ハ! 面白れぇ、教えてもらおうじゃねぇか!」
売り言葉に買い言葉でヒートアップした男子生徒その一の「本気」の宣告をレオが買う。
隣にいるエリカも不敵な笑みを浮かべてそれに応える。
「なら――教えてやる!」
瞬間、男子生徒は一瞬で特化型CADを抜き取り、銃口をレオに突きつけた。
そして、突きつけると同時にその手からCADが弾き飛ばされた。
「ッ!?」
反射的に後退する男子生徒。
男子生徒の視線の先には、いつの間にか取り出した警棒を振り抜いた姿勢で笑みを浮かべるエリカ。
「この間合いなら、体を動かしたほうが速いのよね」
「それは同感だが、テメエ今俺の手ごとぶっ叩くつもりだっただろ」
残心を解いて不敵にそう告げるエリカを、CADを掴みかけた手を咄嗟に引いたレオが睨む。
「あーら、そんなことしないわよ」
「わざとらしく笑って誤魔化すんじゃねぇ!」
漫才のような騒ぎを繰り広げるエリカとレオだったが――。
「じゃあこいつも今から叩けるのか?」
「――!!」
その時には既に、男子生徒は弾き飛ばされたCADとは別の小型特化型CADの銃口をエリカに向けていた。
「二つ目!?」
ほとんどの魔法師にとって本来、特化型CADは一つで充分である。
汎用型CADと特化型CADの組み合わせならば、CADを二つ持っていてもおかしくはない。
汎用型CADで補助系の魔法を使い、特化型CADで攻撃系の魔法を使う。
実際、男子生徒の戦闘スタイルはそれである。
汎用型CAD一つあれば多種多様な起動式をインストールできるので、特化型CADを二つも持つ必要性はあまり無い。
それにCADを同時に使用しようとするとサイオン波が干渉しあい、余程の高等テクニックが無ければ魔法は発動しない。
では何故、彼は特化型CADを二つも持っているのか。
それはこの男子生徒がCADの同時使用という高等テクを使える――わけではない。
不本意なことに、そう非常に不本意なことに、過去に非常識の塊と模擬戦をした時にCADを弾かれるという経験を既にしていたからだ。
それ以来、彼は予備のCADも所有するようになった。
そしてそれは、副次的な効果でこういった場面で真価を発揮することに彼は気づいた。
特化型CADは一つのみ、という先入観を逆手に取った戦術。
「魔法」の切り札ではなく、「魔法を使った戦い方」としての切り札。
その切り札に、エリカは引っかかってしまった。
エリカとレオの表情から余裕が消え失せる。
男子生徒がトリガーに指をかける。
その右後ろでA組の女子生徒が汎用型CADに指を走らせる。
「お兄様!」
第三者の視点でそれに気づいた深雪が切羽詰った声で達也へと振り返り、深雪が言い終わる前に達也は右手を突き出していた。
そして達也が『魔法』を駆使する前に、達也の『知覚』はそれに気づいた。
女子生徒の起動式にサイオンの弾丸が撃ち込まれて砕け散るのと、
「――うがッ!?」
何処からともなく飛んできた未開封の缶ジュースが男子生徒の後頭部に直撃したのはほぼ同時だった。
「……」
その場にいる全員、ちょうど止めに入った
「よし!」
「よし、じゃない!!」
ガバっと頭を上げて男子生徒、森崎駿はキレた声で思いっきり振り返った。
「何するんだ雅季!?」
「いや、何か混乱していたみたいだから止めに入ろうと思って」
「それがどうして缶ジュースを僕に投げつける結果になるんだ!」
「だって初対面の奴にぶつけるわけにもいかないだろ?」
「僕ならいいのか!? というかそもそも投げるな!!」
「大丈夫、食べ物を粗末に扱ったりしない。ちゃんと飲むさ」
「そういう問題じゃない!!」
さっきのエリカとレオ以上に漫才染みた森崎と雅季のやり取りに、この場にいる全員が毒気を抜かれたように呆然と佇む。
そんな中で真っ先に立ち直ったのは真由美だ。生徒会長の肩書きは伊達ではない。
「あなた達、自衛目的以外の魔法による対人攻撃は、校則違反である以前に法律違反です」
「一年A組と一年E組の生徒ね。事情を聞きます、付いて来なさい」
冷たい声でそう告げたのは風紀委員の委員長、三年生の渡辺摩利だ。その手に持つCADは既に起動式の展開を終えていた。
当事者たちの生徒のほとんどが硬直し、立ち竦む。
例外としては、エリカは摩利を睨みつけ、森崎は唇を噛み締め、そして深雪の視線の意味を理解し頷いた達也は、ごく自然な振る舞いで摩利の前に歩み出た。
「すいません、悪ふざけが過ぎました」
「悪ふざけ?」
「はい。森崎一門のクイックドロウは有名ですから後学のために見せてもらうだけのつもりだったんですが、あまりに真に迫っていたので思わず手が出てしまいました」
達也の発言に、誰もが言葉を失う。森崎は目を丸くし、雅季は「へぇ」と興味深そうに達也と摩利のやり取りを見つめる。
摩利は地面に転がった拳銃型デバイスと、森崎、エリカ、女子生徒をそれぞれ一瞥して、冷笑を浮かべる。
「では、森崎が再びCADを構え直し、更にA組の女子が攻撃性の魔法を発動しようとしていたのはどうしてだ?」
「驚いたのでしょう。条件反射で即座に攻撃姿勢を整え、また起動プロセスを実行できるとは、さすが一科生です」
真面目な表情だが白々しさが混ざった口調で答えた達也に、雅季は口元を緩めるがそれに気づいた者はいない。
この場にいる者の視線は達也と摩利のみに注がれていた。
「君の友人は、魔法によって攻撃されそうになっていたわけだが、それでも悪ふざけだと主張するのかね?」
「攻撃といっても、彼は条件反射で銃口を向けてしまっただけですし、それに彼女が発動しようとしたのは目くらましの閃光魔法ですから。それも失明したり視力障害を起こしたりする程のレベルではありませんでした」
再び、皆が言葉を失う。
今度は貶された側である達也が一科生を庇ったからという意外性からではなく、起動式を当ててみせたという達也の『異能』によって。
「ほう……どうやら君は、展開された起動式を読み取ることができるらしいな」
「実技は苦手ですが、分析は得意です」
「……誤魔化すのも得意なようだ」
そして、それを分析の一言で済ませた達也に摩利は皮肉を投げかけると、今度は視線を雅季に向けた。
達也は難攻不落だと察した摩利が、別口から攻め立てる。
「……では、君が森崎に缶ジュースを投げつけたのは?」
だが、雅季はある意味で達也以上に難攻不落だった。
雅季は姿勢を正し、過ちなどなど無いと言わんばかりの態度で、極めて真剣な口調で言った。
「そこに森崎駿がいたからです」
「本気で殴るぞお前!!」
隣で森崎がまたキレていたが、摩利は額に手を当てて、苛立った声で再度尋ねる。
「……君は森崎を見かけると缶ジュースを投げつけるのか?」
「時と場合によります。今回は森崎たちが『悪ふざけ』をしていたようなので、それに便乗したからです。ちなみに投げたのはアルミ缶ですので、怪我をする心配は無かったと思っています」
だが今度の答えはふざけたものではなく、「友人がふざけていたからそれに便乗した」というハッキリとした理由を告げた答えだった。
摩利も虚を突かれて、一瞬声を詰まらせる。
そこへ、達也の隣に立った深雪が声をかけた。
「あの、兄の申した通り、本当にちょっとした行き違いだったんです。先輩方のお手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした」
結局、深々と頭を下げた深雪と、生徒会長である七草真由美の執り成しによって、その場はお咎め無しとなり、三年生二人は引き下がった。
「司波達也、だったな」
三年生が去った後、森崎は達也へ視線を向けた。
「……僕の名前は森崎駿。お前が見抜いたとおり、森崎の本家に連なる者だ」
「見抜いたとか、そんな大袈裟な話じゃないんだが。単に模範実技の映像資料を見たことがあっただけで」
「あ。あたしもそれ見たことあるかも」
「で、今の今まで思い出しもしなかったと。やっぱ達也とは出来が違うな」
「フン。起動中のホウキを素手で掴もうとするバカに言われたくないわよ」
達也の後ろの方が再び騒がしくなる中、達也と森崎は視線を交錯させたまま動かない。
しばらく睨むように達也を見据えていた森崎だったが、やがて口を開く。
「……礼は言っておく。一つ借りだ、いつか返す」
あくまで上から目線の口調だったが “普通のブルーム”なら言わないような、ある意味でウィードである達也を容認したセリフを言う森崎。
いつの間にかエリカたちも漫才を止めて、意外そうに森崎を見ている。
ただ達也は、昼休みのことも含めて森崎の言葉に意外感を感じることは無かった。
「貸したつもりなんて無いんだけどな」
「お前にその気がなくとも、僕の気が済まないだけだ」
苦笑いで返す達也に、森崎はフンと鼻を鳴らして言い放つ。
そこへ、森崎の横でやり取りを見ていた雅季が口を挟んだ。
「素直に受け取っておけばいいよ。駿は真面目だからね」
面白がっている口調でそう言った雅季に、森崎は面白くなさそうに雅季に向き直った。
「あと雅季、お前だけは許さない」
「いや何で?」
「僕の後頭部にコブ作っておいて何ではないだろ! 人に物を投げるな!」
「知り合いの巫女はもっと重たい玉をぶん投げて来るけど?」
「お前の交友関係はどうなってるんだ!?」
そんな物騒な巫女と知り合いである雅季に、森崎は『類は友を呼ぶ』という諺を思い出し、途中で何かを振り払うように首を横に振った。
(大丈夫! 僕と雅季は腐れ縁の知人だ、友人じゃない。だから同類じゃない!)
必死そうな表情で頭を振る森崎からは何故か同情を誘う悲壮感が溢れており、達也を含めて全員が可哀想なものを見る目を向けていたが、森崎は気づくことは無かった。
そして森崎の悲壮感の元凶と思われる雅季に、深雪が話しかけた。
「あの、たしか同じクラスでしたよね?」
「ん。ああ、そうだよ。司波深雪さんだったよね。俺は結代雅季」
雅季の名を聞いて、皆が少なからぬ驚きを以て雅季を見る。
「結代雅季って、『
「俺はアマチュアで、しかも趣味でやっているだけだけどね」
美月の呟きに雅季は何てことないように手を振って答える。
「にしても……」
雅季は深雪へ視線を向ける。
(容姿という点では、やっぱり似ているな)
「あの、何か?」
深雪の不思議そうな声で、雅季は彼女をまじまじと見つめていたことに気づいた。
達也は自分の妹の可憐さを知っているだけに「無理もないな」とさり気なく妹自慢なことを思い、他の面子も総じて「深雪に目を奪われていた」のだと思っていた。
だが、達也たちの常識は雅季には通じなかった。
「ん? ああ、ゴメンゴメン。知り合いの元引きこもりに似ているなーって思って」
再び、場が凍った。
すんごい軽い口調で言いのけた雅季。あれは間違いなく本音だ。
あの妹にそんなことを言ってのける男子がいるなんて、と達也はこの日一番の驚愕を感じた。
同時に、こんな美少女に似ている引きこもりって一体誰だ、と誰もが思った。
「お前、凄いな……」
ただ一人だけ、雅季の非常識に慣れている森崎だけが強者を見る目で雅季を見た。
「へえ、そうなんですか」
にこやかな笑みで答える深雪。
だけどこめかみに怒りのマークが浮かんでいる幻影を全員が見た。
あと気温が急激に下がっていく気がするのは気のせいか。
「なんだろう、急に寒くなってきたんだけど?」
どうやら気のせいでは無かったらしい。
「深雪」
とりあえず達也が機嫌を損ねた妹の名を呼ぶと、深雪はくるっと達也の方へ身体を向け、
「お兄様、私は引きこもりではありませんから!」
「いや、わかってるって」
再び混乱し始めた兄妹のやり取りを横目に、混乱の渦中に落とし込んだ張本人の雅季は知らぬ顔で森崎に声をかける。
「場も収まったことだし、帰るか駿」
「何でお前と一緒に帰らなくちゃいけないんだよ?」
「いいじゃん、どうせ駅までだし」
「……まあ、いいけど」
不承不承といった感じで頷く森崎。
「それじゃ、司波さん達もまた明日。達也、だったな。そちらさん達も、縁があったらまたなー」
深雪たちA組だけでなく、達也たちE組にも軽く手を振って、雅季は森崎と共に踵を返した。
森崎駿と結代雅季の二人が校門から出て行く後ろ姿を見つめながら、レオは達也に声をかける。
「にしても、あのプライドの高そうな奴が達也に礼を言うなんてな。言い方は傲慢だったけどよ」
「そうでもないさ」
達也の返答に、レオだけでなく深雪、エリカ、美月も意外そうに達也を見る。
「昼休みの時も思ったけど、森崎だけは最後までウィードって言葉を、二科生を貶すようなことを言わなかった。一科生であることに強い誇りを持っているようだったけどね」
「あ」
言われて初めて気が付き、四人は顔を見合わせた。
それを聞いていた一科生の女子生徒はピクっと身体を震わせ、男子生徒達は目を逸らす。
「それじゃ、俺たちも帰ろうか」
「あ、そうですね」
騒動は終わったと、五人は頷きあって駅へと歩き出す――その前に。
「
さっき魔法を使おうとしていた一科生の女子生徒が前に回り込んで、大きく頭を下げた。
その後、和解したA組の光井ほのかと
千葉エリカも、表向きはいつものように明るく振舞っていたが、内心は穏やかとは言い難いものだった。
思い出すのはさっきの森崎駿との攻防。
油断だった。CADを弾き飛ばした後、武器を奪ったことで隙が生まれてしまった。
そこを、森崎に突かれた。
魔法力ではない、魔法戦闘者としての敗北だった。
(朝の鍛錬、きちんと再開しよう)
エリカの中で、長らく忘れていた闘志に火がつき始めていた。
朝礼後、雅季は新しい縁(友人)を作るために森崎から離れる。
↓
憂鬱状態の森崎、深雪を発見。テンションアップ。
↓
そこで思い至る。雅季と一緒にいると奴のせいで第一印象が間違いなく暴落。
↓
雅季が来る前に何とか親しくならなければ……!!
強引じゃないんです、必死だったんです(笑)
あと森崎駿を微強化しています。