俺も魔法科高校に入学する 作:フリーザ様
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授業中。
「940ms。達也さん、クリアです!」
「やれやれ……三回目でようやくクリアか」
美月の喜びに達也は疲れ気味の笑顔で答えた。今の実技は基礎単一系魔法の魔法式を制限時間内にコンパイルして発動する、という課題を、二人一組になってクリアするのがその内容だ。終わらなければ昼休みも使って居残り。
「ずいぶん時間が掛かりましたなー」
と、ニヤニヤしながら大輝が達也の肩に肘を置く。
「まぁ?俺は?君よりも早く?終わってましたけどぉ?」
「黙れ。大して終わった時間は大して変わってないし、昨日は俺の方が早かったが?」
「男は後ろばかり過去の栄光に気を取られず前を向いて生きるもんだぜぃ?」
「時には振り返る事で同じ過ちを繰り返さないことも大事だろう」
と、睨み合いながら口喧嘩が始まる。
「でも意外でした。達也さん、本当に実技が苦手だったんですね」
「意外って、結構何度も自己申告したと思うけど?」
「負けた時の言い訳作りにな」
「大輝、お前後で相手してやる。今のうちに遺言を考えとけよ」
「確かにお聞きしましたけど……謙遜だとばかり。だって達也さんみたいに何でもできる人が、実技が苦手だなんて」
「……自分で言うのもなんだけど、実技が人並みにできていたら、このクラスにはいなかっただろうね」
「自慢か?自慢なのか?」
「お前も同じようなもんだろ」
「や、俺はテストとかできねーから。はははは、中間試験どうしよう……」
と、勝手に自滅した大輝を捨て置いて、達也と美月は話を進める。
「でも達也さん、悔しくないんですか?」
「何が?」
「本当は実力があるのに、実力がないみたいに評価されるなんて、普通なら悔しいと思うんです。私に達也さんや大輝さんくらいの実力があれば、雑草みたいに見下されて、とても平気でいられないと思うんですけど……達也さんも、大輝さんもあまり気にしていないみたいだから……」
「そこの馬鹿はどう思ってるのか知らんが、俺は処理速度も実力だと思ってるからね。それも、重要なファクターだ。コンマ一秒が生死を分けるような事態だって、皆無ではない。実力がないという評価は間違いじゃない」
「お前がバカ」
「でも、実践を想定するなら達也さん、本当はもっと速く発動できるんでしょう?」
「……さすがに良い目をしているな」
「え、目って何?写輪眼でも持ってんの?」
大輝の質問は無視された。で、達也は続ける。
「確かに、基礎単一系程度なら、直接魔法式を組むことでもう少し速く発動できるよ。目もその手が使えるのは工程の少ない魔法だけだ。俺には五工程が限界だな」
「俺は六工程だけど」
「いや本当は俺七工程だけど」
「大輝さん、黙ってて下さい。今は私と達也さんが話してるんです」
「お、おう」
意外にもピシャリと言われて、本当に黙る大輝。
「それで、達也さん。五工程あれば戦闘には十分だと思うんですけど」
「俺は、戦闘用に魔法を学んでるわけじゃないからね。多段階工程の魔法を使いこなすためにはやはり起動式が必要で、その速度が劣っていることに対して相応の評価を受けるのは仕方ないことだと納得しているよ」
と、達也は軽く笑って言うと、美月はなぜか目を潤ませていた。
「すごいです、達也さん……尊敬します」
「「はっ?」」
達也と大輝の声がハモった。
「魔法が使えるから魔法師になる……それがふつうなのに、達也さんはちゃんと自分の目的を持って、その為に魔法を学んでるんですね……」
「いや、まあ、確かたその通りだけど……」
「私、心をいれかえます!」
「えーっと……」
「私は元々、この目をコントロールするために魔法を勉強しているだけで、将来、魔法を使って何をしたいかなんて深く考えたことはなかったんですけど、これからしっかり、考えてみます!」
「もしもし、美月さん?」
ツッコミが入るが、美月は取らない。
「そうですよね、目的をしっかりと持っていたら少し中傷されたくらいで挫けたりしませんよね。自分の人生にとって大切な目標が達成できれば……」
「チョッと、美月。なにエキサイトしてるの?」
美月の長台詞はエリカのツッコミによって中断された。そこでようやく、クラスメイトの白い目線に気付いて、美月は顔を赤くして俯いた。
○
昼休み。達也と美月は結局居残りしていた。エリカとレオに懇願されて。
「悪ぃな達也……」
「礼を言う暇があったら早くやれ」
「お、おう……しかし、大輝の野郎、1人で飯を食いに行くなんて薄情な野郎だ……」
「いない奴の愚痴を言っても仕方ないだろ。さっきのが1060ms……ほら、頑張れ。もう一息だ」
「と、遠い……0.1秒がこんなに遠いなんて知らなかったぜ……」
「バカね、時間は遠いとは言わないの。それを言うなら長いでしょ」
「エリカちゃん……1052msよ」
「あああぁ!言わないで!せっかくバカで気分転換してたのに!」
「ご、ごめんなさい」
「ううん、いいのよ美月。どんなに厳しくても現実は直視しなくちゃいけないものね……」
「テメェの三文芝居なんざどうでもいいが、いい加減、人を玩具にするのはやめやがれ」
エリカとレオは、仲良く残り1秒に手間取っている。その面倒を達也と美月が見ているのだった。すると、その部屋に大輝がカップ麺(お湯入り)を2個持って入ってきた。
「おーう、まだやってんのか」
「「大輝!」」
エリカとレオがパァッとした表情で大輝を見る。
「もしかして、買ってきてくれたのか⁉︎」
「流石!私は信じてたわよ!」
と、レオとエリカは大輝の元へ駆け寄る。だが、その目の前で大輝は手に持ってたカップ麺をゾボボボボッと2個纏めて啜った。固まる2人を無視して、もっちゃもっちゃと音を立てて咀嚼。
「えっ、何やってんの?」
白くなった2人を写メで撮ると、壁によっかかった。
「空腹は最高のスパイスwww」
と、ほくそ笑みながら麺を再び啜る。すると、エリカとレオはCADを取り出した。
「今回ばかりはあんたに協力してあげるわ……」
「そりゃ助かるぜ……」
と、2人が殺意を隠しもせずに、むしろ剥き出しで襲いかかろうとする。だが、達也が止めた。
「やめろ。風紀委員の目の前で」
「風紀委員ならやめさせろよあれ!」
「そうよ!ここ飲食禁止でしょ⁉︎」
「それは情報端末が置いてあるエリアだけだ」
「「ち、畜生………」」
「いいからやるぞ」
トボトボと2人は作業に戻っていく。
「仕方がない。裏技を教えてやってもいいが」
「そんなのあるのか⁉︎頼む!教えてくれ達也!」
「おーい達也ー。お前と美月の分はパン買ってきたけどどうする?」
「どうしても邪魔してぇのかテメェはッ‼︎」
大輝の一言にレオが声を荒げる。だが、達也は、
「せっかくだが、遠慮しとく。わざわざ買ってきてくれたのに悪いな」
「達也ぁ……」
ほとんど涙目のレオだった、その様子を見ながら大輝はカップ麺をわざと音を立てて啜るのだった。
○
「ようやく終わった〜」
「ふぅ……ダンケ、達也」
終わった2人。すると、良いタイミングで深雪、雫、ほのかが入って来た。
「お兄様、お邪魔してもよろしいですか?」
「ああ、良いタイミングだよ。深雪。今終わったところだ」
「ご注文の通り揃えて参りましたが、足りないのではないのでしょうか?」
「いや、もう時間もないことだし、このくらいが適量だろう。深雪、ご苦労様。北山さんと光井さんもありがとう。手伝わせて悪かったね」
「いえ、この程度のこと、何でもないです!」
「大丈夫。私はこれでも力持ち」
と、いうやり取りに理解が追いつかないレオとエリカ。達也は深雪達から袋を受け取ると、2人に手渡した。
「これは、サンドイッチ……?」
「食堂で食べてると午後の授業に間に合わなくなるかもしれないからな」
「ありがと〜。もうお腹ペコペコだったのよ!」
「達也、お前って最高だぜ!……あそこのクソドSと違ってな」
レオの視線の先には大輝がアイマスクを着けて寝ていた。
「あっ、真田さん」
雫がそれを見ると呟いた。で、ほのかが雫の背中に隠れる。
「……光井さん、何かされたのか?」
達也が聞いた。
「い、いえ……その、前にSSボード・バイアスロン部の見学の時にたまたま一緒になったんですけど……その時にちょっと喧嘩があって……」
「その時の真田さんがトラウマになってる」
雫が付け加えた。
「それは……災難だったな……」
「私も、柔道部と拳法部の時に助けてもらったんだけど、人の頭からグシャッて音がしたの初めて聞いた」
「ちょっとやめてよ、食欲無くなってくるじゃない……」
エリカがうへっと、呟いた。
「それより、深雪さんたちはもう済まされたんですか?」
「えぇ。お兄様に、先に食べているように言われたから」
美月の問いに深雪がそう返すと、
「へぇ、チョッと意外。深雪なら『お兄様より先に箸をつけるこのなどできません』とか言うと思ったのに」
ニヤニヤしながらエリカが茶々を入れた。
「あら、よく分かったわねエリカ。いつもならもちろん、その通りなのだけど、今日はお兄様のご命令だったから」
「いつもなら、そうなんだ……」
「ええ」
「……もちろん、なのね?」
「ええ、そうよ?」
さっきの5倍くらいうへっとなるエリカ。全員が若干引いていた。
「ヘブシッ」
が、その空気は寝てる奴のくしゃみによって遮られた。
「あ、起きた。早ぇーな起きるの」
レオが大輝に声をかける。くあっと欠伸をしてん〜っと伸びをする大輝。
「おはよ」
「おう……あれ、なんか人数増えてね?」
「深雪があたし達に持ってきてくれたんだよーパンを」
「あっそ……で、深雪って誰?」
「俺の妹だ」
達也が深雪を手で指す。
「えーっと、初めまして、じゃないですよね?」
「俺は過去を振り返らずに前だけを見て生きることに決めたんだよ」
「そ、そうですか……では、改めて司波深雪です」
「そう。一年?」
「A組です」
「へぇー。優等生なんだ。兄貴は劣等生なのに」
ニヤニヤしながら大輝は達也を見た。だが、怒ったのは達也ではなかった。
「お兄様は劣等生ではありません‼︎」
「えっ?お、おう……」
思わず声が引き攣る大輝。頬を膨らませて、ジトーっと大輝を睨むのは深雪。
「ま、まぁまぁ。それより深雪さんのクラスも実習始まってるんですよね?どんなことをやっているんですか?」
美月がなんとか場を和まそうと聞いた。
「多分、美月たちと変わらないと思うわ。ノロマな機械をあてがわれて、テスト以外では役に立ちそうもないつまらない練習をさせられているところ」
「ご機嫌斜めだな」
「不機嫌にもなります。あんな練習させられてる上にお兄様を愚弄されたのですから」
ジロリと大輝を睨む深雪。
「おい達也、どんな教育したんだよそいつに。ブラコンにブラコンをかけてブラコンを足したようなブラコンじゃねぇか」
「ブラコン……?ブラジャーコンプレックスの略か?」
「お兄様、後でお話があります」
馬鹿め……と、大輝は心の中で呟いた。
「ふーん……手取り足取りも良し悪しみたいね」
「恵まれているのは認めるわ。気を悪くしたのだったらごめんなさい」
「やっ、少しも気を悪くなんてしてないから」
エリカの台詞に深雪は頭をさげる。
「見込みのありそうな生徒に手を割くのは当然だもの。ウチの道場でも、見込みのない奴はほっとくから」
「エリカちゃんのお家って、道場をしているの?」
「副業だけど、古流剣術を少しね」
「あっ、それで……」
美月が納得したように頷く。
「千葉さんは……当然だと思っているの?」
そこへ、控えめに口を挟んだのはほのかだった。
「エリカでいいよ。いや、むしろそう呼びなさい」
「じゃあエリカ、私のことも、ほのかで」
「オーケーおーけー。で、当然と思うかって、一科生には指導教官がついて、二科生にはつかないことかな?」
「そう、そのこと」
「だったら、当然だよね。当たり前のことなんだから、深雪やほのかが引け目を覚える必要はないんだよ?」
「……やけにあっさりしてるな」
「あれ?もしかしてレオ君は、不満に思っているのかな?」
「いや、俺だって仕方がないことだと思っているけどよ……」
「そっか〜。でもあたしは、『仕方がない』じゃなくて『当然』だって思ってるんだけどな」
「……理由を聞いてもいい?」
ほのかが尋ねた。
「う〜ん……今まで当たり前のことだと思ってたから、説明が難しいなぁ……。例えばね、ウチの道場でら、入門しても最低でも半年は、技を教えないの」
「ほぉ」
興味深げに頷いたのは達也。それと、大輝も目だけエリカに向ける。
「最初に足運びと素振りを教えるだけ。それも一回やって見せるだけで、後はひたすら素振りの繰り返しを見ているだけ。そして、まともに刀を振れるようになった人から技を教えていくの」
「……それじゃあ、いつまで経っても上達しないお弟子さんも出てくるんじゃない……?」
「いるね〜、そういうの。で、そういう奴に限って自分の努力不足を棚に上げたがるんだな。まず、刀を振るって動作に身体が慣れないとどんな技を教わっても身につくはずがないんだけどね」
エリカは続ける。
「そしてそのためには、自分が刀を振るしかないんだよ。やり方は、見て覚える。周りにいっぱい、お手本がいるんだから。教えてくれるのを待っているようじゃ、論外。最初から教えてもらおうって考え方も、甘え過ぎ。師範も師範代も、現役の修行者なんだよ?あの人たちにも、自分自身の修行があるの。教えられたことを吸収できないヤツが、教えてくれなんて寝言こくなっての……」
そこまで言ったところで、ガタッと大輝が立ち上がった。表情は心なしか不愉快そうだ。
「ウンコしたくなった」
そう言うと、大輝はその場をさっさと離れた。
「………え、なんか私マズイこと言った?」
エリカが恐る恐る聞くが、誰も答えない。答えられなかった。