史上最凶最悪の師匠とその弟子 作:RYUZEN
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常夏の国というフレーズに違わず、ティダード王国には日本のように四季はなく毎日が夏だ。
だから住民は皆涼しい格好をしているし、男としては嬉しいことに女性の服もわりと露出度が高い。
今日のティダードの天気も一日中晴れ模様。きんきんと光る太陽が眩しいものだった。
だが一方でこの国に来てから翼の心が晴れたことはない。
一週間の地獄のようなテストをどうにかクリアしてから二日の休息をとった後、急にジュナザードは指導に熱心になった。
やはり課題をクリアしたのがジュナザードの機嫌を良くしたのだろうか。
翼としてはジュナザードが自分に興味を失って、放り出してくれた方が嬉しい限りなのだが――――もう殺されないだけ良いと思うしかない。
シルクァッド・ジュナザードという妖怪に関してはもう色々と諦めた。
(プンチャック・シラットだったか。ジュナザード……さんが達人の武術って)
休息を終えての一週間はひたすらにシラットの基礎を叩き込まれる毎日だった。
最初のテストの時は課題だけ出して後は放置だったというのに、この一週間はジュナザードがつきっきりで指導するものだから、肉体的よりも精神的な疲労が凄まじい。
だが最初は向かい合うだけで膝を折りそうになったジュナザードを相手に、どうにか面と向かって話せるようになっただけ進歩したと思うべきだろうか。
そして今日はジュナザードに武術を教わるようになって初めての外出だった。
「何処へ行くんですか、えーとジュナザード……さん?」
まさか拉致犯と呼ぶわけにもいかない。なにか良い呼び方が思いつかなかったので、適当な敬称をつけて呼ぶ。
だがジュナザードの部下達にはそれが好ましくなかったようだ。
「拳魔邪神様に対して無礼だぞ小僧。ジュナザード様とお呼びせよ」
「!」
翼が驚いたのはジュナザードの部下に叱責されたからではない。この鉄仮面な部下が普通に日本語を話したことに対してだ。
(こいつ、幾ら話しかけても無視した癖に……)
きっと日本語が話せないのだから仕方ない、と諦めた悲哀を返せと言いたい。本当にそんな事を言ったらなにをされるか分からないので言いはしないが。
「別に構わんわいのう」
「し、しかし邪神様」
「我は構わぬ、と言ったのじゃが」
睨むと同時に、その部下の顔面にジュナザードの拳が炸裂していた。
敬愛する相手から予期せぬ攻撃を喰らった部下はボールのように吹っ飛び、地面で三回バウンドしながら木に激突する。
「邪……神様……ごふっ!」
ぴくぴくと痙攣していた部下は、救いを求める信徒のようにジュナザードに手を伸ばすが力尽き斃れた。
「カッカッカッ。うっかり手加減を忘れておったわいのう。折角のマスタークラスというに殺してしまったわい」
「う、嘘――――死んじゃったんですか!? は、早く救急車を」
「ここにそんな便利なものはないわいのう。それにあってもあれは完全に死んでおるわい。神域の名医も死者までは蘇らせんわいのう。無駄じゃ」
「…………」
ただの問答で少し気に入らない発言をしただけで、容赦なく自分を慕う部下を殺害する。
軍事国家の独裁者だってもう少し分別があるだろう。自分が武術を教わっている男の恐ろしさを翼は再確認した。
(それにしても)
目の前で人が死んだのに我ながら不思議なほど落ち着いている。
或いは自分自身の生存本能というべきものが、この恐ろしい妖怪から命を守る為にメンタルを逞しく成長させてくれたのかもしれない。
「それでジュナザードさん。これから何処へ行くんですか?」
「森じゃわい」
「……森ですか」
「そう、森じゃ。シラットの神髄はジャングルファイト。アレをやるにはジャングルがベストじゃわいのう」
「アレ?」
「カカカカカカッ。なにをするかは着いてのお楽しみじゃわい」
懸けても良いが、どうせ碌なことではない。懸けても、といってもチップにするのが自分の命しかないのはご愛嬌だ。
ジュナザードに連れられて二人で動物園での観客を呼ぶための偽物ではない、本物の木々が生い茂るジャングルへ足を踏み入れる。
靴を履いている自分でも木の根や石に躓きそうになり、簡単に進めないのに、裸足のジュナザードはひょいひょいと先に進んでいく。
「到着だわいのう」
ジャングルの中ではわりと開けた場所に出ると、ジュナザードが漸く足を止めた。
翼の目が見開かれる。
「子供……? それも沢山」
自分と同年代から少し年上に年下まで。男女問わず二十人以上の子供がそこにいた。
だが肌の色からして日本人は翼だけだろう。他の子供は皆浅黒く日に焼けた肌をしている。
子供達は彼等からしたら未知の存在である翼をジトっと見つめていた。隣りにいるジュナザードに助けを求めるが、ジュナザードはニヤニヤしているだけで助けてくれる気配はない。
仕方ないのでここは、
「初めまして。日本から来た内藤翼です」
礼儀作法に乗っ取り挨拶をする。
しかし子供達は無反応。それはそうだ。子供の彼等に英語ならまだしも日本語が分かるわけがない。
挨拶をされた子供達は挨拶を返すことはなく、翼の知らないインドネシア語でヒソヒソと話し始めた。
「……あのジュナザードさん。彼等は一体」
「こやつらか? こやつらはお前と同じ我の弟子候補だわいのう」
「弟子候補って、テストは終わったんじゃないんですか?」
「阿呆。我にシラットの教えを請いたいわっぱは掃いて捨てるほどいるのじゃ。そのわっぱの中から、お前を弟子とするならそれ相応の試練を乗り越えぬと」
「試練?」
ジュナザードの雰囲気が変わる。
好々爺めいた陽気さは消え失せ、冷血にして冷徹な邪神としての顔が表へ出てきた。
「ここに集まった童たちはのう。拳魔邪神シルクァッド・ジュナザードの弟子の座をかけて、唯の一人になるまで殺しあうために集まったのじゃわいのう」
「こ、殺しって!?」
「驚くことじゃないだろう。より優れた者を弟子にとるのは武術家として当然のこと。そして武術家の優劣を決める一番手っ取り早い術こそ殺し合い」
「そんな無茶苦茶、皆が従うと思ってるんですか!」
「従うわい。なにせここに集まった童たちは予め我から弟子を選ぶやり方を教わった上で来たのだからのう」
「……!」
振り返る。
自分以外の子供が纏っていた雰囲気、なんとなく既視感があったのだが漸く分かった。
病院のベッドで余命宣告された祖母と同じ、死ぬ覚悟をもった目。こんな目を祖母の五分の一も生きていない同年代の子供がしていることに翼は戦慄した。
ジュナザードの言葉は正しく。彼等は殺し殺されるためにこの場所に集まったのだ。
「ルールは至ってシンプル。自分以外が死ねば勝ち。殺すためにどんな手段を講じようと構わんが、武器は禁止じゃわいのう。石を蹴って飛ばすくらいなら大目にみるが、石で殴りつけたり投げるのはルール違反。それに戦う場所はこのジャングルだけじゃわいのう。
万が一じゃが、ルール違反を犯した者がおればそやつは我が殺す。あと我を殺し返す自信があるなら幾らでもルール違反して構わんわいのう」
「ちょっと……」
「わっぱ。我が『Dimulai』と言ったらスタートじゃわいのう。心の準備をしておけ」
ピシャリと有無を言わさぬ口調で言い切ると、ジュナザードは子供たちの輪の中心に立った。
そして、
「『Dimulai』」
合図の言葉が放たれた瞬間、ジュナザードはその場から幻影のように消え去り。子供達は一斉に自分以外の全てを殺すために動き始めた。
そんな中、翼は。
「せ、戦略的撤退っ!」
死への恐怖から、全力疾走で逃亡した。