魔法科高校の幻想紡義 -旧- 作:空之風
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初日の教室は独特の雰囲気に包まれるものである。
この中に友人がいる者は友人と話すだろうし、友人がいなくとも初対面に話しかけて新たに友人となる、そんな時間帯だ。それはA組も同様である。
そして雅季も、割り当てられたクラスであるそのA組の教室に足を踏み入れた。
ちなみに二日酔いは既に『能力』で治してある。
昨日のうちに顔合わせした者もいるのだろう、既に小集団が幾つかできてそれぞれ談笑している。
(俺の席はどこかなー?)
机に刻印された番号から自分の番号を探そうと雅季は教室を見渡し、
「あれ」
ふと教室の中央付近の小集団の中に見知った顔を見つけた。
向こうは会話に夢中でこちらに気づいていないようだった。
雅季はさり気なく友人の背後に回ると、
「よう」
「そこは加重魔法で――ブハッ!!」
会話に夢中だった友人の脇腹を人差し指で突っついた。
ちなみに今の奇声のせいで教室中の人間が何事かと振り返りこちらを注目しているが、友人(?)に気づいた様子は無い。
「いきなり何す――って、雅季!?」
「よう駿。社長の息子さんの結婚式以来だな」
振り返って抗議の声をあげかけ、目の前にいる人物に驚愕、というか仰天している少年の名は森崎駿。
雅季に(主にからかいの対象として)魅入られている不幸な少年である。
「な、なんでお前がここに!?」
目に見えて動揺を浮かべている駿の問いに、
「入学したからだろ」
「――」
そう雅季が答えた瞬間、森崎は固まった。
「おーい」
目の前で手を振ってみても、森崎は反応を示さない。
ただ愕然とした表情を浮かべたまま、時が止まっていた。
結代雅季と森崎駿。
二人は以前に同じ学校だった、というわけではなく、家が近くだったというわけでもない。
だが二人の家の家業が、二人の間に腐れ縁を結ぶ役目を果たしていた。
森崎一門は「いかにして速く魔法を発動させられるか」を追及した魔法技術『クイックドロウ』の活かした民間のボディーガード業を営んでいる。
結代家は結代神社の神職を務める家系であり、結代神社は縁結びのご利益で有名な神社だ。
皇族の結婚式も執り行う結代神社には、そのご利益、というより権威に肖ろうと民間の資産家たちが結婚式を挙げることも少なくない。
雅季と駿が顔見知りになったのも互いの家業が縁となったものであり、ある資産家の親族の結婚式を結代神社で挙げることになり、その親族の護衛として森崎家が営む警備会社が選ばれたのが切っ掛けだ。
以来、同じケースが重なって家業関係で結代雅季と森崎駿は何度も顔を合わせる機会があり、それなりの縁が続いている。
……尤も、森崎にしてみれば「悪縁の類だ、しかも腐れ縁の」と断言するだろうが。
「……お前も、A組、なのか?」
秒針が半周ぐらいしてようやく動き出した森崎だが、その動きはどこかぎこちなく、問い掛けの内容は今更なものだった。
「A組じゃなきゃここにいないだろ。初日からいきなり違うクラスに行く奴いるのかな?」
雅季は何を当たり前なことを、と言わんばかりの表情から何かに気付き、
「いや、そんな質問が出てくるってことは……森崎、お前は何組なんだ?」
「A組に決まってるだろ!」
一転して真面目な顔で尋ねてきた雅季に。森崎は若干半ギレで答えた。
はぁ、と肩を落とす森崎。その周りには先ほどまでの誇りに満ち溢れた覇気は無く、どんよりとした空気だけが漂っていた。
森崎駿はジェットコースター並みの感情の転落を自覚していた。
駿はこの同年齢の知人、結代雅季が苦手だ。
初めて会った時は、雅季も結代家の一人として真面目に神事を執り行っていたので、それなりに好感を覚えたものだ。
だが、この少年は神職に携わっている時とプライベートの時との差が実に激しい。
神事では見ている方も姿勢を正したくなるほど真剣に執り行うのに、プライベートでは根が真面目な駿をしょっちゅうからかい、おまけに何故か他の森崎一門から気に入られており、そこから本人すら忘れているような恥ずかしい話も聞かされている。
過去にあった実例では、こんな話がある。
ある資産家の息子が結代神社で結婚式を挙げることになり、親族の護衛に森崎一門が雇われた。
そして神社で事前の護衛の打ち合わせを行った時のことだ。
森崎、結代、依頼主の代表たちが最初の打ち合わせをしている時、駿は部屋の外で待機していた。
そこへ依頼主の親族である中年男性がやってきて、駿を見るなり眉を顰めて「君のような子供がボディーガートなんて出来るのか?」と文句を言い出した。
流石にムッとした駿が反論しようとして――。
「大切な親族の一生に一度の晴れ舞台。その式典と護衛に、私や彼のような子供がいることに不安を思うのは当然のことでしょう」
いつの間にか隣に来ていた雅季がそれを手で制し、男性の目を真正面から見ながら言った。
「ですが、私は未だ若輩の身ですが、少なくともここにいる森崎駿の実力は我が結代家が保証致しましょう。彼は信頼にたる実力を持ち、実績を以てそれを証明しております。何でしたら、彼の警備会社に問い合わせてデータを取り寄せましょう。――きっと、貴方も満足することでしょう」
普段のふざけた態度など全く感じさせない毅然とした態度で、最後は相手に心配無用と口外に伝えるような笑顔で、雅季は相手に告げた。
隣にいる駿が呆然と雅季を見遣っている中、男性はしばらく雅季を見返し、
「そうか」
と呟いて、ゆっくりと肩を下ろす。その時には男性の気配から刺々しいものは既に無くなっていた。
そこへ、ついさっきまでの毅然とした態度など何処へやら、雅季は悪戯染みた笑みを浮かべて砕けた口調で言った。
「まあ、本当に心配しないで下さい。確かに駿は自室の本棚の裏に秘宝を隠す思春期真っ盛りの少年ですが、本当に魔法師としての腕は確かですよ」
「何でお前が知ってるんだ!?」
露骨に反応してしまったため、かえってそれが事実だと証明してしまったのだが、混乱している駿は気づかない。
男性は一瞬キョトンとしたが、やがて穏やかな、そして意地の悪い笑みを浮かべた。
「そうか、そこまで言うのなら信用しよう。大切な姪の結婚式なんだ。結婚式も護衛も、どうかよろしく頼む。あと、同じ男としてのアドバイスだ。秘宝は本棚の中に紛れ込ませるといい。木を隠すなら森の中だ。私はそれでバレなかった」
「だってさ」
ニヤニヤとしている二人の視線を受けた駿は、雅季と出会ってから何度も感じている「穴があったら入りたい」という思いを再び感じていた。
森崎駿は結代雅季が“苦手”だ。
普段から面白可笑しくからかってくるくせに、不思議と憎めない。
無視しようとしても、何故か腐れ縁で一緒になってしまう。というか無視できるほど雅季は没個性な人間性ではない。
ある時は「あいつ、面白いからって理由でポリヒドラ・ハンドルみたいな偶然を利用する魔法を使ってないよな?」と本気で疑っていたこともある。
そう、結代雅季は魔法が使える。それも森崎駿より強い魔法力を持っている。
だというのに、決してそれを誇ったりしない。否、誇りとも思っていない。
当然だ、結代雅季にとって魔法とは『趣味』であって『本業』ではない。
雅季の本業はあくまで結代神社の、縁結びの宮司であり、魔法師ではないのだ。
それを知った一時期は愕然として、忸怩たる思いに駆られたものだが、雅季の『結代』という家名にかける真剣さを知っているだけに、今では何とか割り切れている。
やはり、森崎駿は結代雅季が“苦手”だ。天敵だと言ってもいい。
森崎駿の価値観とは全く噛み合わないくせに、どうしてか不思議と腐れ縁が続く。
きっとこれから一年間、苦労することになるんだろうなぁと、森崎駿は高校生活二日目で既に悟り、暗澹とした気持ちでいっぱいになっていた。
それは絶世と言っても過言ではない美少女、司波深雪が教室に入ってきて教室内がざわついても、それに気づかないぐらいだった。
腐れ縁で変な奴とよくつるんだせいで森崎の性格が良くなっています。あと苦労人属性も追加されています(笑)