魔法科高校の神童生 作:RAUL85
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エイミィ撃退後、遅刻ギリギリのタイミングで鋼が登校してきたため、今後の牽制も兼ねて一発入れると、総合カウンセラーという人が教室に入ってきた。どうやら名前の通りカウンセリングを担当するようだ。それが終わった直後、
『九十九隼人くん。至急、生徒会室まで来てください。繰り返します――』
………え?
「あはははは!初日から呼び出しだって、あはははぅっ!?」
「は・が・ね、くん?」
「あ、あはははは……イッテラッシャイ」
呼び出しを喰らった俺を笑う鋼に一発入れてから、俺はカウンセラーの先生に目礼して教室を出た。
☆★☆★
真っ直ぐ生徒会室へ向かう隼人。その足取りは途轍もなく重かった。
俺、初日からなんかしたかな?そんな覚えはないけどなぁ。目ぇつけられたくないなぁ……などとどんどん思考がネガティブへ急降下していくにつれ、隼人の足は生徒会室の扉に迫っていた。
「……はぁ…」
純度100%以上の面倒くささを外へ放出するために溜め息をつき、自分の雰囲気から消す。そうして残ったのっは、平常心な隼人だった。なにが起こっても驚かない、というレベルだったが。
インターホンを押して型通りに名乗ると、中からインターホン越しで聞こえてきたのは、昨日少し、ほんの少しだけ話した生徒会長の声だった。どうぞ、と言われたので躊躇わずに引き戸を引く。そうして見えた光景に、早くも隼人の平常心に亀裂が走った。
なんということでしょう。展開された目の前の光景に映るのは、学校のパンフレットで幾度と無く見た顔でした。そう、つまり、この学校の生徒会メンバーと、風紀委員長。途轍もない悪寒が隼人の背筋を駆け抜け、口元の表情筋がピクッと痙攣した。
「いらっしゃーい隼人くん」
随分と粉々に砕け散った生徒会長の歓迎の言葉に、隼人は引き攣った顔を隠すように一礼した。
「まあまあ、そんな畏まらないで、そこの席にでも座ってください」
「あ、はい……失礼シマス」
深々とした隼人の礼を緊張のものと勘違いしたのか、生徒会長は先ほどよりも更に猫を被ったような、可愛らしい声で椅子を勧めた。取り敢えず、そのまま礼をしているわけにもいかず、隼人はそそくさと勧められた席に座った。途端、一斉に向けられる好奇の目に、更に隼人の平常心が削られる。
「君が、九十九隼人くんかい?」
「はい」
呼び出したのだから、それ以外有り得ない。というツッコミを隼人は胸に閉じ込めた。よくある定型文だ。
隼人に問いかけた女の人は、恐らく生徒会の人間ではなく風紀委員の長だったはずだ。そんな人達がなんで俺を?と隼人は思いつつ、その質問は飲み込む。
「さて、単刀直入に言うが、九十九隼人くん。風紀委員会の教職員推薦枠に君が抜擢された」
「へっ?」
そこで遂に、隼人の平常心に綻びが生じた。
「正確に言うと、もう一人、森崎くんも推薦されてるんだけどね」
そう言ったのは真由美。他の生徒会の人たちは隼人の反応を見ていた。
「おや、どうした?」
真由美のつけたしになんの反応を示さなかった隼人に疑問を覚えたのか、風紀委員長――渡辺摩利は隼人に問いかけた。
「あ、ああいえ。突然のことで驚いてしまいまして……」
と、そんなふうに、新入生のような初々しい反応に思わず笑みを浮かべて、摩利は口を開いた。
「急な話ですまなかったが……話を戻すぞ。昨期の卒業生で風紀委員を抜けたのは二名。よって、今期の風紀委員会加入人数も二名となっている。そして今、教職員による推薦は君と森崎駿の二名だ」
「はぁ……」
「しかし、一名はともかくとして、もう一名は私達自身による推薦で決めたい」
「……と、言うことは?」
なにかを恐れるように問い返す隼人に、摩利はニヤッと笑みを浮かべた。
「君か森崎。どちらか一人に枠を譲ってもらうことになる」
摩利によって宣言された言葉に、隼人は内心で溜め息をついた。
「それで…その決着方法は…?」
「勿論、模擬戦だ」
予想通りの答えに、隼人は思わず苦笑いを浮かべた。
風紀委員会のメンバーには、学校敷地内でのCADの常時携行が認められている。それは、風紀委員会が魔法関係のトラブルを扱うからということなのだが、学校内のCAD携行可能という状態は隼人にとって、この上ない好都合だった。
隼人の家は『暗殺』の仕事を生業としている。そのためか、彼自身も命を狙われることは少なくない。学校の敷地内、ましてや『魔法科高校』に殴りこんでくる大馬鹿者はそうそういないだろうが、油断はできない。それに、『ブランシュ』などといった組織はこの学校の生徒を取り込んでくる可能性もある。そのとき、『九十九家』として対応するためには、やはりCADが必要だ。
そういった事情があるために、隼人は意外とやる気だった。相対するのは一人の男子生徒。
☆★☆★
昼食時、森崎くんとの対戦の直前、俺は自分のCADの調整をしていた。グローブ形態の特化型CADは、俺の本当の魔法を隠す必須ツールだ。何度も言うが、俺はBS魔法師だ。他の人が使えない能力が使える代わりに、技術化された魔法を俺は、
しかし、俺の異能によって再現は可能だ。だが、俺の異能はサイオンに直接干渉し、改変する。故に、魔法師が魔法を使用よるときに必要となる『魔法式』が現れない。俺のBS魔法は特別秘匿されたものではないが、手の内を晒すのは好ましくない。魔法式を必要としない魔法師。それがバレれば確実にあの『謎の魔法記者』に感づかれ暴露されてしまう。それを防ぐためには、『魔法式を擬似的につくればいい』のだ。
そんな無知な浅知恵を叶えたのが、このCADだ。銘は『シルバー・フィスト』。これは、あの天才魔工技師『トーラス・シルバー』の完全オーダーメイド品だ。なんの接点があるのか知らないけど、俺の父が作らせたらしい。こいつは、魔法を使うための道具ではない。こいつの正体は、印を組むことでこのCAD自身がサイオンに介入し、『魔法を使えない魔法式』を作り出すという代物だ。こいつで、俺の異能で発動する魔法の魔法式を作り出して、『魔法式を必要としない魔法』を隠す。全く、こんなことができるなんて何者だよ、トーラス・シルバー。
「グローブか……おもしろいCADだな」
「うわ、渡辺先輩!?」
いつの間にか、渡辺先輩の顔が俺の手元にあった。見られたくらいでこのCADの本質は見抜けないだろうが、こんな間近で見られると緊張はする。
「そんなに驚くことはないだろう」
「いや、すみません……ん?」
と、そこで俺はなにか変な香りを知覚した。なにかは現状では分からないが、とにかく、これは俺に害を為すものだ。自らを構成するサイオンを視る。微弱な異常を確認。即座に、『九十九隼人』を構成する
「どうかしたか?」
「あ、はは。渡辺先輩はイタズラがお好きなようですね」
そう言うと、渡辺先輩の表情が驚き、そしてすぐには妖しい笑みに替わった。
「気づいたか」
「止めてくださいよ、もう。俺はこれから戦うんですよ?」
「ははは、すまなかったな。まあ、頑張って来い」
「はい」
森崎くんにはなにも言わなくていいのかな?と思ったが、俺には関係ないか、とも思い気持ちを戦闘モードへと切り替えた。ギュッ、とグローブを引っ張りフィット感を確かめて、俺は一歩踏み出した。
視線が、森崎くんと交わる。
「さて、始めるか」
「ふふ、楽しみね」
「………」
何故か、観客には審判を兼用する渡辺先輩以外に、会長に、市原先輩に、中条先輩もいた。
「では、ルールを説明するぞ。直接攻撃、間接攻撃を問わず相手を死に至らしめる術式は禁止。回復不能な障害を与える術式も禁止。相手の肉体を直接損壊する術式も禁止とする。ただし、捻挫異常の負傷を与えない直接攻撃は許可する。武器の使用は禁止、素手による攻撃は許可する。蹴り技を使いたければ今ここで靴を脱いで、学校指定のソフトシューズに履き替えること。勝敗は一方が負けを認めるか、審判が続行不能と判断した場合に決する。双方開始線まで下がり、合図があるまでCADを起動しないこと。このルールに従わない場合は、その時点で負けとする。あたしが力ずくで止めさせるから覚悟しておけ。以上だ」
長いルール説明が終わり、俺と森崎くんが頷くと渡辺先輩は一歩下がった。
それに伴って、拳銃型のCADを握るほうとは逆の手をブランと下げた。俺は、グローブを嵌めた手を緩く握り、体の前で構える。左足を前に、右足を後ろの半身で構えて、森崎くんを見据える。
場が静寂に包まれた。緊張感が、辺りを満たす。あ、達也と深雪さんだ。ヤッホー。
「始め!!」
審判である摩利の宣言で、戦いの火蓋が切って落とされた。
先に動いたのは森崎。『森崎家』はクイック・ドロウで有名だ。クイック・ドロウ、即ち早撃ち。如何に早くCADを起動させ、如何に早く魔法を発動するか。威力は二の次。難度は無視。いくら威力がなくても先に魔法を当てられたら相手を無力化できる。今回も森崎の得意技能通り、常人以上のスピードで拳銃型のCADを起動させる。と、同時に起動式を読み取り、座標を隼人に合わせた。引き金が引かれる、刹那――――
隼人の姿が、森崎の視界から消えた。
「後ろだよ」
「っ!?」
背後から声が聞こえてきて、森崎は振り返るより先に隼人から距離をとるように飛び退った。
「さあ、行け!」
呑気な掛け声とは裏腹に、放たれるは極寒の吹雪。ドライアイスと化した二酸化炭素が、森崎の体を飲み込んだ。
視界全てを覆い尽くすような純白のベールの中、それを見ていた観客は皆一様に様々な驚きをその表情に浮かべていた。
摩利と真由美は、その魔法『ドライブリザード』の規模と威力に。
鈴音とあずさと深雪は、魔法の展開までの異様な速さに。
そして達也は、
誰もが勝負は決した、と思った刹那、純白の質量を持ったベールがただの霧に変化した。そして、その霧の中から白い銃身が突き出た。飛び退った隼人。そのさっきまでいた場所が空気の銃弾によって抉られる。次々に放たれる弾丸を、隼人は驚異的な身体能力でかわし続ける。
形勢逆転か、と思われた瞬間、隼人は森崎の魔法によって砕け散った地面の残骸を手にとって、それを森崎目掛けて投擲した。だが、それはなんの工夫もないただの石。森崎は嘲笑を交えてかわした。
入学当初、つい先ほどまで森崎は隼人のことを尊敬していた。彼が九十九隼人の存在を知ったのは、ある雑誌の特集記事でだ。記事に書いてあった彼の魔法力は、ある程度補正がかかっているにしても彼が尊敬の念を覚えるには十分だった。処理能力、干渉力のどちらも彼を軽く上回り、キャパシティだけなら近いところにいるが、全体的な『戦闘力』では遠く及ばないはずだった。そう、
しかしどうだろう、今現在、彼の尊敬する人は彼の魔法によって逃げ回っている。あまつさえ、砕けた石の礫を投げてきたではないか。森崎は、彼の持つ尊敬の念を打ち払った。残ったのは、隼人への侮蔑。森崎はそうそうに勝負を決するため、更に集中力を上げた。隼人が投げた石が、森崎の右横の地面に落ちる。落下による石が地面を打つ音は、鳴らなかった。代わりに、絹を裂くような甲高い音が、森崎の聴覚を襲った。
その正体は、条件発動式の術式を組み込まれた振動魔法だった。その条件とは、『特定の場所になにかが落下したとき』だ。それを、森崎の右横の地面のサイオンを改変してかけた。そこに丁度、石の礫が落下したとき、その落下したときの音が振動魔法によって極限まで増幅し、森崎の三半規管を狂わしたのだ。
三半規管を狂わされた人間はバランス感覚を失い倒れるのみ。森崎は、指一本動かすこともできずにその場に倒れた。
『負けた』にも係わらず、プライドの高い森崎の心の中にあったのは、隼人への、尊敬だった。
「俺の勝ちだね」
静まり返った第三演習室に、勝者の宣言が響いた。
――to be continued――