魔法科高校の神童生 作:RAUL85
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山奥の、無人の空き地。木々に囲まれた丁度良いフィールドになっているこの場所で向かい合う二人の魔法師の姿。開戦は唐突だった。漆黒のグローブを嵌めた魔法師の掌が、何も無い空間を叩いた。直後に飛来する空気の砲弾。もう一人の魔法師は、無色透明なソレを勘でかわした。
「ハアア!!」
「ハァッ!」
二人の魔法師の拳がぶつかり合い、軽い衝撃波となって木々を揺らす。無理矢理引き剥がされる形となった二人は、仕切りなおしとばかりに拳を構えた。
入学式を終え、昼食も済ませた隼人と鋼は、二人が自主トレによく使うこの無人の山奥で模擬戦を行っていた。隼人が駈け出す。魔法により自己加速を行った隼人のスピードは、瞬時に最高速度へ到達する。それを迎え撃つ鋼もまた、自己加速による恩恵を受けていた。
交わる拳と鋭い蹴り。凡そ魔法を扱う者としては見ない『格闘』だが、二人の場合はこれこそが彼らの戦闘スタイルだった。
百家『十三束家』の息子たる十三束鋼の異名は『レンジ・ゼロ』。呼んで字の如く、近接戦闘に最も長けた魔法師だ。それに対する『九十九家』の息子たる九十九隼人の異名は『レンジ・オーバー』。こちらは、全ての距離に長けている魔法師を意味する。だがそれは、全ての距離において『最強』というわけではない。『全ての距離に於いて一般以上の戦闘力を有する者』。それがレンジ・オーバーの意味だ。故に、近接戦闘に持ち込まれれば苦戦するのは隼人のほう。
拳戟の合間を縫うように侵入した鋼の脚が、隼人の脇腹を強打した。
「ぐっ…!」
鈍い痛みに呻き声を漏らしながら、隼人は鋼から距離をとった。
「うえっ、ゲホッ……手加減しろよ鋼ぇ」
「いや、手加減すんなって言ったのそっちだよ?」
「そうでしたっけ?」
消えない痛みに内心で舌打ちしながら、隼人は嫌な笑みを浮かべた。
「じゃあ、俺も本気でいこうか」
「……え?」
百家である『九十九家』の最大の特徴は、ほぼ全ての人間がBS魔法師だという点にある。BS魔法師(Born Specialized魔法師)とは、別名『先天的特異能力者』、『先天的特異魔法技能者』とも呼ばれる、魔法としての『技術化』が困難な異能に特化した超能力者のことだ。多くの人は、これに魔法を使う才能そのものとなる『魔法演算領域』をこの特異魔法に占められるため、BS魔法師は通常の技術化された魔法を満足に使うことはできない。だが、隼人、いや彼の両親や家族も含めて、彼らのBS魔法は特別だった。
彼の父親の能力は、『世界を構成するサイオンを視る』能力と『サイオンに特殊命令を与える』能力。ただ、彼の特異能力は通常の技術化された、『加速』『加重』『移動』『振動』『収束』『発散』『吸収』『放出』の8種類16パターンしか命令することはできない。
対して彼の母親は、通常の魔法の命令が与えられないのに対して、想像を現実へ投射する能力を持っていた。
全ての特殊な『魔法』は遺伝的な継承が多い。九十九隼人は、両親のBS魔法をそのまま受け継いでいた。だが、彼の魔法の場合は、火種がなくても火を、高温の状態でも氷をつくり出してしまう。故に、彼は公の場で彼自身のオリジン魔法を使うことは滅多にない。
隼人の『本気』。それは、いつもは隠しているオリジン魔法を使うということだった。
キョトンとする鋼を余所に、隼人は空間へ雷を生み出した。それを、身体へ纏わせる。微弱な雷を脳へ送り、普段は制限されている脳の権能を無理矢理こじ空ける。『
相対する鋼が、ゴクリと生唾を飲み下した。こうなれば、いくら近接で長けている鋼であろうと苦戦以上の戦いは免れない。
「さて…行くよ、鋼」
「まったく…エグいなぁ……隼人は」
笑みを浮かべた瞬間、二人は地面を蹴っていた。だが、肉体活性した隼人の方が鋼より数倍速かった。目の前にいたはずの隼人の姿が、消える。そう認識した刹那には鋼は大きく、着地のことは考えずに飛んでいた。直後に落ちる隼人の踵落し。だが、鋼には溜め息を吐く余裕すらない。後退しながら着地した鋼の背後から、隼人の回し蹴りが襲いかかった。だが、鋼は一瞬だけ聞こえたなにかが弾ける音を聞き、知覚する前に頭を伏せた。伏せた頭上で薙がれる雷を纏った脚。隼人の攻撃を紙一重でかわしながら、鋼は冷や汗ダラダラだった。
(少しは手加減しろよ!)
なんて、心の中で叫んでみても、『雷帝』と化した隼人には聞こえるはずもない。肉体活性隼人の動きは、最早人間の範疇を逸脱して余りある。音速にも匹敵するか否かのスピードで迫る攻撃を、鋼は長年の勘と、今までに掴んだ隼人の癖、そしてチリチリと聞こえる雷の音を頼りにしてかわしていた。
しかし、それは長くは続かず、気づいたときには隼人の雷を纏った手刀が鋼の首筋に添えられていた。
「ゲームセット、だね」
「参りましたー……」
笑みを浮かべて勝利宣言をする親友に、鋼は苦笑いで敗北を認めた。
☆★☆★
「それにしても……相変わらずのチートだよね隼人は」
「まあ、『九十九家』はみんなチートだしねえ」
「隼人はその筆頭だろ」
「いや真面目な話、俺は父さんにはまだ勝てない」
まるで他人事のように流した隼人にツッコミを入れてから鋼は溜め息を吐き出した。
「それでも、隼人といると自信をなくすよ」
「なーに言ってんの。『雷帝』を相手に一分間保つ人なんてそうそういないよ。てか、いてたまるか。それに、こんな力や能力に恵まれた条件の俺が負けてられないからね」
「誉められてんのか、貶されてんのか……」
複雑な表情を浮かべた鋼に隼人は声をたてて笑った。
「勿論、誉めてるよ。鋼は俺にとって『親友』であり『
「フン、油断してると一瞬で追い抜くからな」
「だったら、その倍の速さで俺は再び追い抜くよ」
そう言って、声を立てずに二人は笑った。その口元には穏やかな笑みを。その瞳には、確かな闘志を宿して。