骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ
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第27話 「サンタ魔王」

「敗レタ、ダト?」

 

 戦場となっている各都市を視界に収めることなど出来るわけもない後陣にて、コキュートスは初敗北の報告を受け取っていた。

 〈伝言(メッセージ)〉による情報網が断絶したため、後方から偵察していた悪魔の一体が東方第一陣の完全壊滅とも言える無残な有り様を――またそこへ至るまでの大まかな経緯を伝えにきたのだ。

 ただ、遥か遠方からの視認であったが故に、現地の細やかな情報を得ることはできない。

 

「はイ。アンデッド部隊、悪魔部隊、共に残存兵力は皆無デありまス。戦場となっタ都市は人間自身ノ付け火にヨって黒焦げデ、人間どもガ籠城のためナのか、修復作業を行っているトのことでス」

 

「ソウカ、モモンガ様ニ創造シテ頂イタ“エルダーリッチ”モヤラレタカ……」

 

 第一陣の壊滅に後悔はない。

 そもそも人間たちの抵抗を煽るための部隊であり、『もしかしたら魔王軍に勝てるのではないか?』と希望を持たせるための演出なのだ。

 だけど、モモンガ様の召喚(しもべ)まで犠牲になってしまったことは心に刺さる。魔王様自身が「使い捨てで構わん」と仰っていたとしても。

 

「ソレニシテモ……。他ノ都市ハ防戦一方デアルノニ、何故東方ノ小都市ガ?」

 

 戦力的に言えば、援軍が駆けつけたエ・ペスペルの方が圧倒的だ。

 数万規模に膨れ上がった王国軍に対して魔王軍は二千五百。しかも骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)など、一般民兵でもなんとかなりそうな相手も含まれている。

 それなのに――。

 

 エ・ペスペルは攻めと籠城で意見が割れ、指揮系統が真っ二つに引き裂かれていた。仲間内で物資の取り合いが始まり、多量の避難民で圧迫された食糧事情も含め、見るも無残な有様。

 防衛に特化しているわけでもない地方都市は、アンデッドや悪魔に取りつかれたまま、魔王軍相手ではなく身内同士で小競り合いを始めてしまったのだ。

 

「コキュートス様……」思考に耽る指揮官を前にして、巨大な一本角を備える黒曜石の如き甲殻の巨大蟲は、「東方軍は罠に掛けられたと思われます。都市のほぼ全域が焼失しておりましたので、誘き寄せての火責めかと。アンデッドはもとより、悪魔でも厳しい状況に追い込まれたのではないでしょうか」と語る。

 

「フム、手際ガ良過ギル気モスルガ……」

 

 魔王軍と対峙した王国軍兵士たちの反応は大抵同じだ。

 まず驚愕、そして悲鳴、逃亡。

 気を持ち直して剣や槍を向けてくるには、少しばかり――というか結構な時間を要するはずである。実際、エ・ペスペルではそうだった。

 

「情報ノ収集と分析に優レた指揮官が率いテいるのでシょう。人間側の犠牲モ少なかっタと聞きまス。なかなカに面白そうデすな」

 

 最後の一言は、『出番がきた』とでも言いたいのだろう。

 人間どもを滅ぼす本命の第二陣。

 死の騎士(デスナイト)魂喰らい(ソウルイーター)などの中位のアンデッド、及び伝説に語られるような――それでもナザリックでは中位の扱いだが――悪魔たちで構成された撃滅部隊だ。

 数は千五百と少なく、それも三つに分けられているので東方に向けられるのは五百程度であろう。まぁそれでも、人間の軍隊など相手にならないと思われるが。

 

「指揮ハ私めニお任せクださイ」見事な一本角を深く下げ、巨大なカブトムシを思わせる側近の一人はコキュートスへ嘆願する。

 

「ソウダナ、第一陣壊滅時ニ姿ヲ見セテイナイ強者ガイルヤモシレン。ソノ場合ハ、情報ヲ持チ帰レルダケノ実力ガ必要ダロウ。タダ、戦況ハ逐一知ラセルノダ。エルダーリッチヲ何体カ連レテ、〈伝言(メッセージ)〉ニヨル情報伝達網ヲ構築シテオケ」

 

「はッ!」

 

 一本角の実力は守護者側近に相応しく、レベル80を軽く超えている。

 これならば相手がプレイヤーであろうとも瞬殺は免れよう。強者の情報をコキュートスの元へ運ぶことだって容易いはずだ。

 第二陣の(しもべ)たちが足止めのために全滅しようとも、強者の情報さえ得られれば何も問題はない。コキュートスが本陣の側近たちを引き連れて叩き潰せばよいだけだ。もちろん可能であればだが。

 この戦争に関する全ての差配はモモンガ様より任されている。たとえレベル100のプレイヤーが出てこようとも、ナザリックの助けを借りずに対処しなくてはならない。その覚悟で軍を率いているのだし、そのための本陣だ。

 

 手に負えない最強の勇者が立ちはだかるかもしれない――そんな『もしも』を胸に、コキュートスは側近を送り出す。

 

「サァ食イツクガイイ勇者ヨ。私ニ“ガチバトル”ヲヨコセ」

 

 ガチンと何かを噛み砕くかのような警戒音を鳴らし、コキュートスは実戦を渇望する。

 ここ最近、白黒少女との縛り戦闘で己の実力は飛躍的に上昇していると感じていた。今までにない戦闘経験を毎日のように味わい、死と隣り合わせの環境に酔いしれていたのだ。

 だが足りない。

 白黒少女は高レベルであり、相応のハンデさえあれば危機的状況も作り出せる。

 しかしそれは全力勝負ではないのだ。

 真に望むは、全てを出し尽くしても負けるかもしれないと思える絶望感――を乗り越えて勝利を掴もうとする命を懸けた死闘。

 

「カツテノ屈辱ヲ――晴ラスタメニ」

 

 過去に一度、そう一度だけコキュートスは蹂躙されている。ナザリック第五階層にて、千を超えるプレイヤーどもに。

 だからこそ乗り越えたいと願うのだ。

 弱き過去の自分を。

 

 

 ◆

 

 

「よく燃えるものだな……」

 

 人気の無い宮殿らしき大きな通路を一体の骸骨が歩く。

 豪華なローブを着込んだ骸骨が――コツンコツンと外見に似合わない小さな足音を立てて歩く通路は、廃墟とまでは言えないものの所々が破損しており、掃除らしい掃除も行われなくなって久しいようだ。

 それにすごく寒そうである。

 壁や窓が穴だらけであることも関係しているのだろうが、大気自体に冷気が漂っているような気がしてならない。当の骸骨は、白い息を吐きながら両手を擦るなんて仕草とは無縁なのだから、この場が極寒の地だろうと関係ないのだろうけど。

 

「都市全体に燃え広がろうとも消化するつもりはないのか? いや、消化可能な規模では罠の役目を果たせんとみたのだな。うむうむ、悪くはない――が、価値としては普通の人間並みでしかなさそうだ。タレントも無し、か」

 

 ふよふよと浮かぶ魔法の鏡をコツンと弾き、骸骨は鏡面に映し出されていた炎上都市から目を離す。

 ちょうど目の前に巨大な扉が現れたからだ。

 ナザリック第十階層の大扉よりは大きさも豪華さも、強度すらも及ばない無価値なモノかもしれないが、人の世からすると素晴らしいの一言に尽きよう。

 廃墟の如き宮殿にありながら傷一つなく、成竜ですら楽に通れる大きさ。もしかすると魔化されているのかもしれない。

 

「ふむ、ここが――」

『モ、モモンガ様、あの、よろしいでしょうか?』

 

 さっそく傍にいたハンゾウたちに扉を開けさせようとするも、〈伝言(メッセージ)〉の魔法が可愛らしい子供の声を届けてくれる。

 

「マーレか、探し物は見つかったのか?」

 

『は、はい! えっと、逃げようとしていた小さいのも含めて、全部お姉ちゃんが見つけてくれました。あ、あの、でも、三体ほどは攻撃してきたので殺しちゃいましたけど……』

 

「その程度は構わん。従わぬ者は殺せばよい。それにドラゴンは皮も肉も、骨だって使い道はあるのだからな。司書長も喜ぶことだろう。……それで? なにか面白そうな個体(レア)はいたか?」

 

 あまり期待はしていないが、雪と氷で覆われているアゼルリシア山脈まで“竜狩り”――ただ単に足を踏み入れた場所が竜の巣だっただけの偶然――に赴いているのだ。成果の一つぐらい期待したいところである。

 

『え、え~っとその、眼鏡をかけた太めの丸いドラゴンならいましたけど……。でもあのっ、お姉ちゃんが「粗相するような汚いドラゴンなんかいらない!」って怒っていましたから、モ、モモンガ様にお見せできるようなモノではないかと』

 

「太めの、丸いドラゴンか。まぁ、気に入らなければ素材にするだけだからな。見るだけ見ておこうか」

 

『は、はい、かしこまりました! えっと、生き残ったドラゴンはこのまま捕縛しておきます』

 

「うむ、ではあとでな」

 

 嬉しそうな子供の返事を最後に〈伝言(メッセージ)〉は終了した。

 

「さて――」

 

 神々さえ侵食するほどの深い闇に満ちたローブを着込む骸骨こと大魔王モモンガは、再び大扉へ赤眼を向ける。

 この扉は宮殿の最深部を護る最後の扉だ。つまり奥にはラスボスが待ち構えているに違いない。ユグドラシルでは定番中の定番コース。“悟”と何度味わったことだろう。

 

「ドワーフの宝物庫を探すクエストで、フロストドラゴンの巣にぶち当たる……か。捻りはないが、懐かしい感じはするな」

 

 白い息が出るわけもないのに「はぁ~」と人間らしく振る舞い、しばし佇む。

 そんな大魔王は、再度側頭部に手を添え魔法の発動に意識を向ける。

 

「ナーベラルか?」

 

『はいっ、モモンガ様。御報告いたします。先程、集結していたモグラどもの軍勢を発見、即時襲撃へと移りました。現在は、ユリ姉様がモグラの総大将と一騎打ちをおこなっております』

 

「ほぅ、総大将か。強いのか?」

 

『はい。モモンガ様からすればミジンコのごとき脆弱さではあるものの、ユリ姉様とある程度は打ち合えております。もちろん、本気を出せば即座に叩き潰せるかと。相手のモグラは多少なりとも斬撃耐性を持っているようですが、ユリ姉様の発勁ならば一撃で全身粉々にできましょう』

 

 少しでも姉の評価を上げようと頑張っているナーベラルの報告に、モモンガはホッコリと満足げに頷きながら、しかし大魔王の威厳たっぷりに返答する。

 

「ユリを相手にできるなら中々使えそうだな。よし、モグラどもは勇者たちの経験値に使用する。生かして捕らえ、服従させよ。だが刃向うものは殺してよい、とシズにも伝えておけ。後でアウラとマーレもそちらの手伝いへ行かせる」

 

『はっ! かしこまりました!』

 

 歓喜の感情を抑えきれないかのようなナーベラルとの通話を終え、モモンガはふと思考する。

 ある目的のために山小人(ドワーフ)の国へ訪れたとき、最初に出会ったのが人間並みに大きなモグラの亜人だった。

 最初はただの魔獣かと思い、普通に群れごと蹴散らしてしまった。ただ、会話ができるだけの知能があるとなれば、「利用してみるか」と考えずにはいられない。

 結果、育成中の勇者へぶつけるのに十分な強さ、そして数を備えていると判明。

「これなら気兼ねなく使い潰せるな」と一人納得し、この地でのモグラ放牧と、その都度必要な数だけを経験値として消費させようと決断した。

 

「これで少しはサマになってくれるとよいのだが、今のところは白黒女と槍使いぐらいだからなぁ。やれやれ」

 

 最近独り言が多くなってきたような気もする、と妙な感想を抱きつつ、大魔王モモンガは大扉の前へ歩を進めては、「ラスボスを待たせては悪いからな、さっさといくか」と傍にいるハンゾウたちへ扉を開けるよう指示を下していた。

 

「さぁてと……」

 

 大扉は何の抵抗も受けず静かに動き、その奥にある大きな空間と巨大な白い生物を――

 

 ボゴォオオォォヴフッ!!

 

 刹那、押し開けた空間から冷気の津波が押し寄せる。

 中へ入ろうとしていたモモンガとハンゾウたちは、生物が生き残れないであろう極寒の地獄で足を止めていた。

 叩きつけられた爆流が宿すは、生命活動を停止させる寒さだけではない。その勢いだけでも四肢五体を消し飛ばしそうな威力だ。その冷たき暴風の中においては、『寒さに強ければ耐えられる』なんて言葉は意味を持たない。

 

「やれやれ、挨拶もなしに冷気系のドラゴンブレスか。まぁ、初手で最大の攻撃を仕掛けてきたことには賞賛を送ろう」

 

 大扉付近一帯が凍りつくも、大魔王は悠然と一歩を踏み出す。供のハンゾウたちも何事もなかったかのように付き従うが、身体に霜がはっているところからすると流石に無傷とはいかなかったようだ。

 

「ハンゾウよ、四体同時のドラゴンブレスを喰らった感想はどうだ?」

 

「はっ、氷結や移動阻害などの状態異常(バッド・ステータス)抵抗(レジスト)できましたので問題ありません。体力に関しては一割も削られていないかと」

 

 ハンゾウは高レベルモンスターながらも隠密や偵察に特化しており、防御面はさほどでもない。それ故か、格下のドラゴンでもダメージを与えることは可能なようだ。

 

「ふむ、まともに喰らってもそれだけか。こちらは常時発動型特殊技術(パッシブスキル)を切っても、暴風粉塵によるかすり傷が関の山。冷気には最初から耐性を持っているしな。とはいえ、これがダメージを受ける感覚……、痛みか」

 

 骨の手を何度か開いたり握ったり、大魔王は初めての負傷に感慨深く頷く。

 傍に守護者が居る状況では、誰かに攻撃されて傷付くなど許されるわけもないので、大変珍しい状況であると言わざるを得ない。わざわざアウラやマーレに任務を与えて遠ざけただけの価値はあろう。

 

「な、なぜ動ける!? スケルトンごときがっ!!」

 

 呆けていた意識を取り戻し、巨体の(ドラゴン)が吠える。

 この地の主である霜の竜(フロスト・ドラゴン)の王、白き竜王こと“オラサーダルク=ヘイリリアル”であろう。傍には側近もしくは妃かと思われる三体の竜が警戒しながら控えていた。

 

「侵入者は貴様か?! 私の子供を殺したのは貴様なのか?! 下等なアンデッドが私の居城へ攻め込んできたというのか!!?」

 

 なんの前触れもなく居城へ入り込んできて、追い払おうとした子供は瞬殺。『待ち伏せてブレスによる奇襲を』と懇願してきた妃、“キーリストラン=デンシュシュア”の案を採用し、見事ぶちのめしたと歓声を上げようとしていたところで、悠々と骸骨が歩いてきた。

 目も眩まんばかりに豪華で、後ずさりしてしまいそうなほどの沸き立つ魔力を秘めたローブをバサリと翻しながら。

 

「ただのスケルトンではない、のか?」

 

「これが竜王だと? 名前負けも甚だしいな。だがまぁ、特訓の相手ぐらいにはなるか。ハンゾウ、カシンコジ。大人しくなるまで痛めつけてからナザリックへ運べ。〈転移門(ゲート)〉は開けておく」

 

「「はっ!」」

 

 多数の声が上がったと思いきや、モモンガの周囲から『どっさり』と言わんばかりに人影が湧いて出た。

 姿は軽装のヒューマノイドタイプで、いわゆる忍者型モンスター。ただ武装や衣装に違いが見られるので、いくつかタイプがあるのだろう。

 

「ふ、ふざけるな! 私は王だぞっ!!」

 

 ヒュゴッ、と多量の空気が引き込まれ、周囲から熱が奪われる。

 竜の吐息(ドラゴンブレス)の事前動作だ。

「他に芸はないのか?」と魔王様から愚痴が零れそうな状況ではあるものの、竜にとっては自慢であり最大の攻撃手段なのだから仕方がない。

 

「凍りつくがいい!! このぉ――んぐぇっ」

 

 冷気ブレスが玉座の間と思しき空間を満たす前に、竜の首が折れ曲がる。

 見れば複数のハンゾウが、竜の首に拳を叩きつけていた。殺傷能力はたいして望めないだろうが、圧倒的なレベル差を前にすると首の骨ごと引き散ってしまいそうな勢いだ。

 と同時に、他の三体も捕縛される。

 内一体は主人である竜王が暴れている隙に逃げ出そうとしていたようで、大きな柱の影から引っ張り出されていた。

 

「あれは雌なのか? う~む、違いが判らんな」ずるずると連れて行かれる霜の竜(フロスト・ドラゴン)をしばし眺め、首を傾げる魔王様。

 だがしかし、そんな興味を満たすために此処へきたわけではない。

 狙いは山小人(ドワーフ)の宝物庫。

 何人たりとも入り込めない、国宝だらけの最深部。

 

「ふふふ、他国の宝物庫へ足を踏み入れるのはこの世界へきて二度目か。とは言っても、すでにドラゴンによって占拠されていたのだから『他国』でもないか? 竜狩りで得た戦利品とでも言うべきかな?」

 

 法国での出来事を思い起こしながら、貴重な鍵開けアイテムで魔化された扉を開錠する魔王様は、「中に誰かいないだろうか」と中を覗き込みつつ、一呼吸後に魔法で場を明るくする。

 ちなみに、明かりを灯すのは“悟”がいた頃からの癖だ。暗闇を見通すアンデッドなのに、何故か自然と光で闇を払ってしまう。闇を代表する大魔王様であるにもかかわらず……。気分的な問題だろうか?

 

「まぁいいか。それより」足を踏み入れれば、山積みだった見知らぬ金貨がガチャガチャと零れ落ちる。

 宝物庫へ入る前も、竜王の溜め込んでいた金貨や宝石、黄金などを「シュレッダーへ流し込むか」と横目で観察していたが、流石は長年人の手が入っていなかった聖域だ。

 乱雑に敷き詰められていながらも美しい。まるで時間が止まっていたかのよう。

 金貨の山に突き刺さっている青いブロードソードからは、当時の山小人(ドワーフ)どもが如何に慌てて国の宝を押し込んでいたのかが見えてくる。

 

「……ん? フルウィウスか?」さらに奥へ進もうとして、モモンガはふと魔力による意識の繋がりを感じる。

「ドワーフどもがどうかしたか? ニューロニストやブレインイーターたちなら大丈夫だろうが……」

 

「はっ、モモンガ様。ニューロニスト殿率いるブレインイーター部隊は、順調にドワーフどもの脳を吸っております。今は“摂政会の長たち”や“軍事関係者”を喰らい終え、“鍛冶職人”や“ルーン職人”などを襲っているようです」

 

「そうか……」山小人(ドワーフ)の国へ出張中の司書、死の支配者(オーバーロード)“フルウィウス”からの報告に、大魔王は少しだけ失望を滲ませる。

「やはり“勇者”はいなかったのだな」

 

「はい、抵抗らしい抵抗もありませんでした。切り札となる魔法具(マジック・アイテム)も、一撃必殺の魔法もありません」

 

 国として存在している以上、奥の手らしき何かを備えているのではないかと期待していた。だから、『山小人(ドワーフ)の国がある』との情報程度で乗り込んだのだ。

 途中で宝物庫やモグラ亜人の情報を得たので、ニューロニストや死の支配者(オーバーロード)の司書たちに後を任せてしまったが、最後の最後、国家存続の危機ともなれば、隠れている何者かが顔を出してくるのではないかと期待だけは残していた。

 

「つまらん結末だ。ドワーフの国は潰してかまわんな。……ニューロニストに伝えよ。職人の脳を吸っても、知識はともかく経験を反映させることは難しい。適当なところで切り上げてナザリックへ帰還し、集めた情報を纏め上げておけ――とな」

 

「はっ」

 

「ああ、それから、デスナイトを何体か召喚して、生き残りの始末をさせておけ。放棄したという都市も同様にな」

 

「はいっ、お任せください!」

 

 山小人(ドワーフ)の国に興味はない。いや、興味が無くなったというべきか?

 勇者やそれに類する対大魔王への切り札が無い以上、意識を向ける価値はない――というだけのことだ。

 ただ、宝物庫に埋蔵されていた『伝説上の英雄が所持していたかもしれない』と思うほどの武具に関しては、時間を割くだけの価値はあろう。

 

「……ふむ、今まで見た中でも破格の性能だな」近くにあった剣の内包魔力を軽く探査し、人類社会ではありえないくらいの高レベルであることに少しだけ驚く。

 これほどの――もしくはそれ以上の魔剣を所持しているのは、今は亡き法国の漆黒聖典ぐらいであろう。

 ならば大魔王モモンガの思惑は、期待通りに進むというものだ。

 

「よし、フウマ、トビカトウ。宝物庫の武具を集め、帝国の皇帝に渡してこい。大魔王からの選別だ、とな」

 

「「はっ、即座に!」」

 

「残りの者は武具以外のモノをナザリックへ運べ。金貨や宝石はエクスチェンジ・ボックスへ放り込むから宝物殿だ。魔法具(マジック・アイテム)や魔導書は大図書館のティトゥスへ渡せ」

 

「「はっ、かしこまりました、モモンガ様!」」

 

 慌ただしくなる宝物庫を前に、モモンガは十分な収穫があったと一人満足げに頷く。

 これで帝国の皇帝、ジルなんとかは対大魔王の人類救済連合軍を編成しやすくなるだろう。やる気になってくれるはずだ。

 今まで目にしたことのない伝説級の武具が、山ほど目の前に積み上げられるという事実。これに奮起しない英雄がどこにいようか? 我こそは! と魔王の前に堂々と立ちはだかってくれるだろう。

 今から楽しみだ。

 

「ああ、王国にも少しぐらい送っておくべきだったか? いや、もう戦争が始まっているのだから、横やりは無粋かもしれんな。あっちはパンドラに任せておこう」

 

 大魔王は再び魔法の鏡を浮かばせて、炎上する都市を、積み重ねられる人間の死体を、泣き叫ぶ英雄たちの有り様を眺める。

「王国が滅びる前に、あと数か国は潰せるかな?」モモンガは休憩時間に所用を済ませるかのような感覚で、懐から地図を取り出しては「霜の巨人(フロスト・ジャイアント)か……、ビーストマンか」と軽やかに呟くのであった。

 

 この日、山小人(ドワーフ)の国はひっそりと滅亡した。

 ついでに霜の竜(フロスト・ドラゴン)の群れも居なくなった。

 後に残るは、徘徊する死の騎士(デスナイト)の集団。生きとし生けるモノを探し出しては肉片へと変える、一切話の通じない凶悪なアンデッドたち。そして飼育されて、誰かの都合で殺されるモグラ亜人の一族。

 

『後の世にこの地を訪れた者たちは、あまりに悲惨な国の末路を目撃してこう語った』――と本来なら様々な逸話が後世に残るところなのだろうが、実際は何も語られないし残らない。

 なぜならこの地へ足を踏み入れた者たちは、誰も生きて帰れないのだから……。

 






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