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【書評】

国際法 大沼保昭(やすあき)著

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◆荒波を渡る武器として

[評]古関彰一(獨協大名誉教授)

 本書は、昨年十月に世を去られた国際法の泰斗の遺作である。本書の題名からも、読者は難解な教科書風の内容を想定されるかもしれない。ところが著者は、国際法について「憲法、日米安保体制といった日本国民全体にかかわる大問題だけでなく、コンビニでパンを買うといったまったく私的な問題まで、国際法とかかわりを持っている」との問題意識で執筆している。

 もちろん、国際法の誕生から国家主権にいたる国際法の基本理念の解説から始まるが、著者自身の新しくかつ広い視野からの関心が個々の分野に凝縮している。

 国際人権が国際条約を通じて国内法によって実施されることになり、国際法の革命をもたらしたが、本書はこうした「人権」の後に「経済」を、なかでも国際投資、通貨・金融を加え、さらに環境問題を「地球文明」の視点から論じている。経済と環境がこれからの国際法で大きな地位を占めるという著者の見識を示していると言えるだろう。

 著者の若き日の名著『戦争責任論序説』にかかわる「戦争と平和」の章では、国連憲章の自衛権はもとより、憲章が予測していなかったPKOやテロといった今日的問題にも論及している。

 しかしその一方で、国際法の現状に向き合い、その強化や実効性の向上に力を注ぐことを「虚(むな)しい営為」だとする読者の絶望感に理解を示す。「わたし自身、いやになるほど感じてきた」と積年の思いを吐露したうえで、それでも明治期以来、日本では外交も条約も二国間関係にすぎず、「国際法秩序全体のありかたに目を向けるようになったのは一九八〇年以降のことにすぎない」と喝破する。

 ここには、従軍慰安婦問題など、いわゆる「戦後責任」に深くかかわった学者としての著者の苦悩と「若き」国際法に対する今後への展望が込められていると言えよう。

 著者はこの遺作の最後で、「『知の力』(ソフトパワー)である国際法を身につけ、それを武器としてしたたかに国際社会の荒波をわたっていくべき」だと呼びかけている。

 (ちくま新書・1188円)

 1946~2018年。国際法学者。著書『「歴史認識」とは何か』など。

◆もう1冊

 森川幸一・森肇志ほか編『国際法で世界がわかる』(岩波書店)

 

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