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【社説】

週のはじめに考える 大事なことの決め方は

 全員で投票し多数決。この民主主義の根本のような原理に、あれこれ言うのは恐れ多いのですが、正直、昨今はちょっと首をひねりたくなる時もあり…。

 例えば、米大統領選。単純な得票数でなく、州ごとの「選挙人」の獲得総数で勝負が決する奇妙な仕組みですが、あのトランプ大統領も、民主主義にのっとり国民の投票、多数決によって選ばれたことは間違いありません。

◆「手がかり」が不十分

 ネットでたまたま、米国務省が出している『民主主義の原則-多数決の原理と少数派の権利』という文章を読みました。人種や宗教などの要因であれ、単に選挙に敗れた結果であれ、「少数派」の権利は政府や多数派によって擁護される、と高らかにうたいます。

 なるほど。でも、現大統領の数々の言動に重ねると、何か少しジョークじみてしまいます。

 さて本題は英国の一件。欧州連合(EU)からの離脱、いわゆるブレグジットはEUとの合意が前提でしたが、メイ首相が議会に出した合意案は大差で否決され、承認の道筋は不透明です。もし「合意なき離脱」なんてことになれば混乱は世界に波及しましょう。

 そもそも、このEU離脱という世界を唖然(あぜん)とさせる決定を下したのは英国民です。議員が議会で決めたのではなく、国民が直接、一票を投じた上での多数決でした。

 しかし、離脱に伴うメリット、デメリット、つまりは「選択の手がかり」がしっかりと示され、それを国民が吟味した上で、投票がなされたのかといえば、どうもそうではなかったようです。最近の世論調査では、国民投票の結果とは逆に、「残留」派が「離脱」派に勝っており、再度の国民投票を求める声も根強いという事実がその証左でしょう。

◆国民投票の「使い方」

 大体、十分な選択の手がかりが周知されにくい非常に多数の投票者-国民全体に、賛否の主張対立が激烈な命題を、いわば生煮え、あるいは“未熟”なままで委ねるというのは得策なのでしょうか。

 思えば、英国にとって残留は「現状維持」、離脱は「変化」でした。シェークスピアは戯曲『トロイラスとクレシダ』で登場人物にこう言わせています。「世界中の人間は一つの性質によって親類関係にある、つまり新しいものと見れば声をそろえてほめそやす」

 十分な選択の手がかりを得られない時、人が、現状維持より、新しさや変化を望む漠然とした熱、空気に流されやすくなるのは、ある意味自然かもしれません。いつもの選挙と違い、ただ一つの問題に白黒つけるという劇的要素も、その傾向を強めたでしょう。

 さらに言えば、そんな大事な問題の決定が過半数の多数決でいいかという疑問もわきます。例えば51対49なら、限りなく半数に近い人が反対ということ。決定後も共同体が分断されないでしょうか。

 共同体の構成員全員による投票は確かに最もピュアな民主主義の「決め方」かもしれないけれど、こう見てくると、軽々に依存していい制度でもない気がします。

 逆に、もし大事な決定を委ねるのなら、命題が“熟し”ていることが前提になるということでしょう。議会やメディアを通じた国民的議論で、各選択肢の利点、問題点を詳しくあぶり出し、整理し、論点の理解が国民の間に広く染みわたるまで時間も手間もかける。それでやっと選択肢として熟す。

 英国の場合も、そうやって行われた国民投票だったら話はまた違ったかもしれません。

 こうしたことは私たちも肝に銘じておくべきだと思います。わが国では安倍政権が改憲を企図しており、その最終決定は、やはり国民投票に委ねられるからです。

 その前提は、衆参両院での三分の二以上の議員の賛成。普通の多数決より相当厳しいようですが、三分の二の議席を得るのに三分の二の得票がいるわけではありません。例えば、一昨年の総選挙で自民党は小選挙区での得票率48%で74%もの議席を得ています。思われているより緩いのです。

◆64%の多数決に

 それを越えると、残るは国民投票だけ。しかも、国の根幹を変える最後の関門だというのに、普通の過半数による多数決です。

 経済学者の坂井豊貴氏は著書『多数決を疑う 社会的選択理論とは何か』で、米国の経済学者らが導き出した「64%多数決ルール」を採用すべきであると提言しています。理屈は難しいので省きますが、過半数ルールでは達成できない「多数意見の反映としての正当性」が、64%ルールなら理論的に確保されるといいます。考えてみる価値がありましょう。

 ちなみに、いささか禅問答じみますが、ゆえに、氏の主張はこうなります。「より改憲しにくくなるよう改憲すべきなのだ」-。

 

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