「透明性の錯覚」は人間が持つ認知バイアスの一種であり、様々なコミュニケーションの場面で見出される。これは冒頭で挙げたように、「緊張感」や「罪の意識」のような「隠したい感情や思考」だけでなく、「恋愛感情のアピール」のような寧ろ「伝えたい感情や思考」の場合にも、「相手は、自分の感情が分かっているはずだ」と過剰評価してしまう事が起こりうる(鎌田, 2007)。"illusion of transparency"という用語を最初に用いたトーマス・ギロヴィッチ
実際にこういう認知バイアス経験した事がある人は多いはずだ。そして、このバイアスはコミュニケーションにおいて多様な結果を生む。スピーチの場で緊張している人なら、その緊張は取り越し苦労で終わるかもしれないが、嫉妬がパートナーに伝わっていると思っているのに実は伝わっておらず、気づいた時には恋愛関係がうまくいかなくなるという結果は当事者にとって望ましくない。(ちなみに、武田・沼崎(2007)の実験によると、透明性の錯覚は見知らぬ人よりも親密な相手の方が起こりやすい。「彼/彼女は私の事をよく分かっているはずだ」という思い込みが入るからだ。)
この「透明性の錯覚」が何故起こるかについての定説は、次のようなものだ。我々は「相手が自分をどう評価しているか」と考える場合でも、自分が意識している感情や思考を強烈に意識してしまう事で、そこから離れて考えられず、自分の感情を基準として「相手がどう思っているか」を考えてしまうというものだ(遠藤, 2007)。違う例でわかりやすく言えば、「相手が嫌がる事は何か」と考える時に、本来は客観的に相手が嫌がる事を考えれば良いのだが、「自分がされて嫌な事」を相手に適用してしまうという事だ。(「自分がされて嫌な事は他人にしてはならない」というのは、基本的に相手を思いやる上で大事な考え方だが、そこにはバイアスを生む可能性もあるということだ。)
とは言っても、実際のところ「客観的に」相手が自分をどう見ているかを考えるのは極めて難しい。この種の問題は、客観的に考えていると思っていても、それが本当に客観的であるかを確認するのが難しいからだ。
では、我々はこの「透明性の錯覚」を如何にして解決出来るのか。(解決する必要は無いという見方も多くあろう。)勿論、ある程度は感情を大事にしなければならないと思うが、こういうバイアスが抑えられたら便利な場合も多くあろう。その抜本的な解決策を私が持つわけではない。
しかし、膨大な心理学の実証実験により、「自分が思っているよりかは感情や思考は伝わりにくい」事が分かっているのだから、それを普段から知識として取り入れていれば(つまり、このブログを読んだあなたである)、少しは是正されるだろう。(心理学実験でも、被験者に予め「何を実験するか」がバレてしまったら正しく結果が出ないのだ。)少なくとも、誰かに気持ちを伝えようとするならば、「相手は自分が思っている以上に鈍感」という姿勢を持てば良いわけだ。逆に感情を隠したい場合では、この知識がある事でプレゼン等で緊張をほぐすのに役立つかもしれない。
参考文献【論文PDF】
T. Gilovich, V. H. Medvec, K. Savitsky(1998), "The Illusion of Transparency: Biased Assessments of Others' Ability to Read One's Emotional States", Journal of Personality and Social Psychology, Vol. 75-2, pp. 332-346
遠藤由美(2007)「自己紹介場面での緊張と透明性錯覚」『実験社会心理学研究』Vol. 46-1, pp. 53-62
鎌田晶子(2007)「透明性の錯覚:日本人における錯覚の生起と係留の効果」『実験社会心理学研究』Vol. 46-1, pp. 78-89
武田美亜, 沼崎誠(2007)「相手との親密さが内的経験の積極的伝達場面における2種類の透明性の錯覚に及ぼす効果」『社会心理学研究』Vol. 23-1, pp. 57-70