AKG(アーカーゲー)は1947年に"音楽の都"オーストリアのウィーンで設立され、プロ用のヘッドホンやマイクロホンの分野で一流の会社に成長しました。2005年には名機"K701"が発売され、"クリスタルサウンド"と称される高域の美しさで世界中を魅了しました。その後K700シリーズはK701, K702, Q701, K702 65th Anniversary Editionとマイナーチャンジを続け、2013年にはK712が発表されました。K7XXやK7XX LIMITED RED EDITIONというモデルもあります。K700シリーズは、見た目はほとんど同じですが、その音に違いはあるのでしょうか?違いがあるとしたら原因は何なのでしょうか?
7種類のK700シリーズの音の違いについて語る前に、そもそも何が違うかを確認しましょう。パッと見るとカラーリングの違いやコブのありなしが目に付きますが、音には全く影響が無いのは明らかですね。K702AEやK7XX、K7XXLEはなかなかお目にかかれないので、今回は除外して残りの四機に注目すると重要なのは以下の三点です。
①K701はケーブルが四芯で着脱が不可能。その他はケーブルが三芯で着脱可能。
②Q701はQマークのあるハウジングカバーの下にスポンジがあり、その他は無い。
③K712はイヤーパッドが低反発のベロア生地で、その他は普通のベロア生地。
④K712はドライバが新設計のもので、その他は(おそらく)同じドライバを搭載。
この違いが四機の周波数特性にどう影響しているか見てみましょう。
HeadRoomというサイトで公開されている周波数特性を見てみると、四機の音の出方は結構違うようですね。K701から徐々に低音が増えているように見えます。ある程度の誤差があるとはいえ、これら全てが"全く同じ音"というのは無理があります。ちなみに、サイトの仕様のため、以下掲載するグラフの色は機種毎に統一できませんでした。御了承ください。
K701とK02の主な違いは、ケーブルのみです。K702ではケーブルが着脱できるように3ピンのminiXLR端子を採用しています。ここで重要なのは以下の三点です。
①K701とK702はケーブル以外に違いが"ほとんど"無い
②K701はドライバからケーブルが繋がっているが、K702は間に接続端子を介する。
③K701のケ-ブルは四芯(左右チャンネルの+と-)だがK702のケーブルは三芯(-が共通)
ケーブル以外は"ほとんど"同じと見られるため、音に違いがあるとすれば原因はケーブル以外に考えられません。そして、K702はminiXLR端子によって抵抗が変化し、両チャンネルの-を共通にすることでクロストークなどが発生します。この端子の抵抗も、チャンネルクロストークも、聴き分けるのは困難!オカルトだ!と言われることも多いのですが、私も静かな所で試聴できていないため、判断がつきません。ただ、上の周波数特性を見てみると、誤差とも言える範囲ですが、地味に違いがあるような気もします。ほとんどプラシーボ効果のレベルと言ってもおかしくないような...そうでもないような微妙なラインでしょうか?
K701とQ702の主な違いは、Qマークのあるハウジングカバーと、ハウジング内部のスポンジのみです。両者ともケーブルが着脱できるように3ピンのminiXLR端子を採用しています。ハウジングカバーの形状とスポンジによって周波数特性は大きく変わっているようですが、9kHz以上では似た傾向を示しています。70Hz以下に関しては判別がつきませんが、9kHz以上はminiXLR端子による抵抗の変化の影響が見られると言っていいかもしれません(曖昧)。
先程はK702とQ701の共通点に着目しましたが、今度は相違点について見てみましょう。Qマークのあるハウジングカバーと、ハウジング内部のスポンジはどのような影響を及ぼしているのでしょうか。Q701はQマークのぶんハウジングカバーの穴が少なく、さらにスポンジによって残りの穴も閉じられています。つまり、K702はいわゆる典型的な開放型でしたが、Q701は半開放型に少しだけ近付いているといえます。
実は、ヘッドホンのような小さなドライバで低域を出力するのは非常に難しく、そのためハウジング内で反射させて低域を再利用します(高域は減衰します)。密閉型のヘッドホンでは、この反射された低域が再反射によって増幅されモコモコするため、スポンジや綿で中高域をさらに減衰させて低音を回収している機種も多いです。Q701はK701よりも密閉型の方に近づいており、反射した中低域によって柔らかな音になっていると考えられます。もちろん開放型なので反響音はほとんど無いはずですが、後述の実験で差を感じたため、おそらく僅かながらに反響があると思われます。たかがスポンジだけだろうと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、この"たかが厚さ数mmのスポンジ"は周波数特性調整用の重要な部品のひとつです。綿やスポンジで調節するなんてよくあることです。
実際にQ701のハウジング内のスポンンジを"あり"と"なし"で比較してみましたが、シンバルの響き方が少し違うと気づきました。スポンジありの状態だとシンバルは「シャンシャン」と地味な音で鳴っていましたが、スポンジを取った途端「シャリンシャリン」と美しい"クリスタルサウンド"に様変わりです。まさにクラッシュシンバルがクラッシュし、スプラッシュシンバルがスプラッシュするのが目に見えるようになります。中低域は、ギターの低域あたりのモコモコした感じが少し解消され、メリハリがつきます。DTMでは楽器の歯切れを良くするために3kHz付近をブーストすることがありますが、Q701のハウジングカバーの工夫は、まさにその逆の効果があり、逆に考えると刺さらなくなるともいえます。サックスのつんざくような高域が特徴的なジャズでは、K702の高域がやりすぎだと感じることもありますが、Q701はまろやかにしっとりと表現できるため、色気を纏った夜を演出することが出来ます。実際、オーケストラはK702で聴いた方が好みですが、しっとりとした曲調のピアノ曲やジャズだとQ701で聴いた方が好みです。「新世界より」の第四楽章くらいトランペットが元気だと、正直どっちでも良い気がしますが...
私は据置機のヘッドホンアンプとしてHP-A7を使用していますが、これはかなり高域が強いので、K702よりかはQ701の方に合っていると思います。高域の強さで悪名高いアンプと、K701の兄弟機で高域の強いヘッドホンを合わせるのは良くないとは思いますが。ついでに言っておくとDT250等のヘッドホンには合うと思います。癖が強いので積極的にオススメできる機種ではありませんが、中古が大量に投げ売りされているので安く買えてイイですね。
K712は試聴した際に買う気になれなかったので詳しくは知らないのですが、イヤーパッドが低反発素材になっただけではなく、ドライバもだいぶ変わってるんですね。そりゃドライバが変われば音も大きく変わります。低域がだいぶ増えて刺さりの原因である3kHzが引っ込んでるので、Q701で試した調整をより積極的にしたというところでしょうか。K701のスッキリしたサウンドとは別物ですが、DTM等でのモニタリングはやりやすくなったという印象です。それにしても、この周波数特性...どこかで見たような...?
K812です。やはりAKGは意図的に低域を増やし、刺さる帯域を引っ込めていますね。AKGはヘッドホンもマイクロホンも高域が煌びやかで美しかったのですが、人工的な美を捨て、新しい"フラット"を定義しようとしているのかもしれませんね。ここらへんは"モニターとフラットについて"で触れましたが、「ディフューズフィールド・カーブ」から「ハーマン・カーブ」という補正カーブに変化しているわけですね。もしくは、メタル系やEDM系が流行って来て、モニターとして低域を聴き分ける必要が増し、激しいシンバルや電子音が増えて耳が痛いため、音作りをこの方向に進めただけなのかもしれません。
長々と話して来ましたが、K700シリーズはそれぞれ微妙にキャラクターが異なっており、なかでもK712は良くも悪くも音が全然違うというのが結論です。K701から始まり、徐々に低音が盛られて豊かな音になり、徐々に3kHzあたりの中高域が削られて冷静な音になってきています。K701やK702の"クリスタルサウンド"が気に入ったならQ701やK712は気に入らないかもしれませんし、K702とK712の中間あたりが良いと思えばQ701が合うかもしれません。ただ一つだけ言えることは、購入するまえに"静かな環境で"じっくり試聴することをオススメします。私の様に「それぞれ意外とキャラが違う」と思う人もいるでしょうし、そこまで大差ないと感じる人もいるでしょう。重要なのは「差があるかどうか」ではなく、そのヘッドホンの音が好きかどうかなので、取り敢えず実際に試聴してみて気に入ったものを買いましょう。
おまけ
イヤパッドとドライバの間に挟まっているドーナツ型のスポンジも、かなり重要な調整剤だとわかりました。この「たかが厚さ数mmのスポンジ」は中央に穴が開いているため、ハウジングカバーを塞いでいた小さなスポンジよりも効果が薄いようにも見えます。ゴミの侵入を防ぐためだけのものだろうと思う人もいるかもしれませんね。しかし、これはプラシーボなんかでは無いと確信しています。この記事の中で最も明確な差を実感したのですが、このスポンジがあるだけでかなり低域が増えます。このスポンジを外してみたところ、爽やかになって透明感は増したのですが、シャリシャリのスカスカになったともいえます。
何故「たかが厚さ数mmのスポンジ」でここまで大きな差があるのかを考えてみました。そして気づいたのですが、おそらくK700シリーズはパッシブラジエータ型(ドローンコーン型)に似た構造を取っている可能性が高いです。ヘッドホンでは意外と一般的な構造で、ドライバとパッシブドライバの間に仕切りを設けたディアルチャンバーシステムというのもよく見られます。K700シリーズは、スピーカーにように回路の繋がっていないドライバをもう一つ載せているというわけではなく、単に白い紙かテープのようなものが張られているだけなのですが、これが鍵を握っているようです。
真ん中の銀色の部分がドライバで、電気によって振動し音を出します。その周りの白いテープは飾りではなく、パッシブラジエータのように共振で低域を出力する振動膜なのではないでしょうか。上の図では音響レジスターとなっていましたが、正式な名称は私も知りません。重要なのは、ドーナツ型のスポンジは、真ん中のドライバから直接出て来ている音には影響せず、パッシブラジエータから出てきた音だけに影響を与えていると推測できるということです。壁を通して聞こえる音や、耳を手で塞いだ時に聞こえる音は、くぐもって聞えますが、これは「高域は減衰しやすい」という性質によるものです。つまり、スポンジを通すことで、パッシブラジエータから出てきた中低域は中域が減衰されるため、低域が出力されるという仕組みです。つまり、この白い膜を全て破ってしまえば、音はスカスカのシャカシャカになるでしょうし、スポンジを取ってしまえば、中高域が増えて相対的に低域が不足する、ということになります。
なお、ハウジングのスポンジのありなし、イヤパッドのスポンジのありなしで四通りの組み合わせを試しましたが、結局K701, K702のデフォルトの組み合わせ(イヤパッドのスポンジのみあり)が最も良いバランスと感じました。愛用のQ701はbass modの改造をして低域がかなり出ているいるため、別の素材か薄いものを探して、少しだけ低域を削る実験を画策中です。
このように、「たかが厚さ数mmのスポンジ」は構造上非常に重要な部品であり、Q701のハウジング内の小さなスポンジも重要な役割があります。実は、あのHD800とHD800Sも、フェルト材くらいしか大した差は無いのですが、その「たかがフェルト材」で音は変わるということは知っていて欲しいです。これは実際に効果のある調整であって、決してオカルトではないのです。WAVファイルとハイレゾの違いが判別できなくても、ケーブルの材の違いが判別できなくても、スポンジによる微調整の違いは判別できるという方は多いはずです。K700シリーズを購入する際は、K701, K702, Q701, K702AE, K7XXは全部同じ音だと決めてかからずに、せめて一度試聴してから考えてみて欲しいです。取り敢えずQ701を買って、スポンジを抜いて比較すれば二度おいしいので、試聴できないという方は初手Q701というのもオススメです。もちろんある程度のDACとアンプが必須ですが。
電気系統についてはあまり詳しくないので、もし間違っているという所があったら、是非コメントで御教示ください!