魔法科高校の加速者【凍結】 作:稀代の凡人
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恐らくお風呂上がりなのだろう、良い香りをさせる姉さんに腕を掴まれ、俺は食堂へと連行されていた。
兄さんはその背後から気配を消して付いてくる。
完璧に、使用人のように。
いくら姉さん以外への激情が存在しないにしても、13歳でこの在り方は異常である。
そう思いつつ、口に出すことは決してしない。
ミストレスである姉さんとガーディアンである兄さんの関係は、当人たちで決めることだ。
姉さんにはまだ早いと判断し全てをまだ告げないというのならば、俺には口出しする気はない。
◆ ◆ ◆
「あ、来ましたね。じゃあ、食べましょうか」
配膳をしていた桜井さんがこちらを振り向いてそう言った。
食堂には4人分の食事が置いてあった。
どうやら今日も母上は部屋で食べるようだ。
過度の魔法の酷使の影響で体調が慢性的に優れない母上は、あまり動こうとしない。
普段は桜井さんが側についているのだが、今は食欲が無いので本を読んでいるらしい。
一人にして欲しいと言われたので出てきたそうだ。
こういうことは昔から、というほど昔を知っているわけでもないが、とにかく前から時々あった。
たまたまそれが今日だったのだろう。
他の二人も特に思うところは無かったようで席に着く。
席の配置は母上が一番奥の所謂お誕生席で、向かって右側に奥から俺、兄さん。
向かって左側は桜井さん、姉さんになっている。
今日の夕飯、というかいつも食事は桜井さんが作っている。
HARに任せてもいいのだが、桜井さんの料理の方が美味しいのだ。
最近は姉さんも料理を始めたらしいが、その腕前はまだまだ上手とは言い難い。
まぁ比較対象の桜井さんが上手すぎるだけで、普通に美味しいのだが。
普段より少し味の落ちるこのスープが、恐らく姉さんの作ったものなのだろう。
その証拠に、俺が飲むと少しそわそわしている。
「あの、和也……」
「何、姉さん?」
「そのスープなのだけど……」
「あぁ、これ?すごく美味しいよ。……もしかして姉さんが作ったの?」
さも気付かなかったかのようにそう言うと、途端に満面の笑みを浮かべる姉さん。
そんなに喜んでくれると小芝居をした甲斐があったというものだ。
その隣では、桜井さんが白々しい……とでも言いたげな呆れた目でこちらを見ているが。
「え、ええ。美味しかったのなら良かったわ」
「本当に美味しいよ。上達したじゃないか、姉さん」
さっきから偉そうに料理を批評している俺はどうなのかという声が聞こえてきそうなので答えるが、実は俺は美味しい料理を作るのは得意だ。
ただ、俺の場合味覚が脳に与える刺激やそれによる反応を全てデータ化した上で、最も美味しく感じるように組み合わせているだけなので料理というより調合に近いと言える。
こんなのは邪道だというのは自覚しているので、余程頼まれないとやらないようにしている。
お菓子なんかはたまに作るのだが。
俺の渾身のクッキーを食べた料理の出来る桜井さんからは、「美味しすぎて気味が悪い」という評価を頂いている。
その夜一人で泣いたのは内緒だ。
◆ ◆ ◆
まぁ、そんなことはどうでもいいのだ。
目下の懸念事項は、大亜連合の沖縄侵攻だ。
原作通りに事が運べば、桜井さんが死ぬ。
寿命の短い調整体魔法師とはいえ、あの時死んだのは間違いなく障壁魔法で艦砲射撃を幾度も防いだからだ。
自分の意思で死ねたから良かったなんてことを言っていたが、人間生きてこそという自論を持つ俺は彼女を死なせる気は無い。
小さい頃からお世話になったしな。
焦点は桜井さんの負担を減らすこと。
確かあの時兄さんは[
姉さんには多分、まだ荷が重い。
ならばここは俺が任されるしかないだろう。
しかし障壁魔法は得意ではない俺には精々相殺して余波を防いでもらう、ぐらいが最上だろう。
問題は、一個人で艦砲射撃に匹敵する火力が出せるかどうかなのだが……これは恐らく問題ない。
十師族が一、四葉の直系を舐めるなという話だ。
俺の得意な系統で使えそうなのは振動系加速魔法。
多分アレを使えば平気だろ。
前線に向かうのも、十師族としての責務がどうこうと言っておけば大丈夫だろう。
最悪、反対されても無視すれば良いし。
四葉の不利益にはならないし、平気だろう。
ふむ。
しかし、この辺りで何か切り札が欲しいところではある。
具体的には戦略級魔法とか。
四葉の次期当主が戦略級魔法師というのは、大きい。
現在五輪家は、戦略級魔法師を抱えているからという理由だけで十師族に名を連ねているのだから。
ただ、四葉の権力の増大を嫌う七草や九島からちょっかいを出されるかもしれないが……。
この辺は叔母上に相談するしかないな。
ただでさえ、俺の持つ魔法は強力なのだから。
お読みいただき、ありがとうございました。