米政権が発表した「ミサイル防衛見直し(MDR)」。終わりなき軍拡競争に突入した、との心配が頭をよぎる。いま必要なことは脅威への対抗ではなく、軍縮へと舵(かじ)を切る賢明な思考ではないか。
ミサイル防衛を巡る米戦略文書の見直しは、オバマ前政権当時の二〇一〇年以来九年ぶりとなる。
前回は「弾道ミサイル防衛見直し(BMDR)」として北朝鮮とイランの弾道ミサイルに焦点を当てていたが、今回の見直しは弾道ミサイルに限らず、中国、ロシアが開発を進める新型巡航ミサイルや音速の五倍以上で飛行する「極超音速兵器」など、ミサイルを巡る新しい脅威への対応を打ち出すことが主眼なのだろう。
MDRは、地上レーダーで探知が難しい新型兵器を追跡するため宇宙空間に配備する高性能センサーや、迎撃システムの実現に向けて検討を進めると明記している。
トランプ政権には、中ロ両国の新兵器開発により米国のミサイル防衛網が無力化されかねず、宇宙空間をも活用して米国の軍事的優位を保ち、抑止力を維持する必要があるとの判断があるのだろう。
中ロ両国の新型ミサイル開発は憂慮すべきものではあるが、その要因が、米国のミサイル防衛網構築にあることも否定できまい。
日本にとって見過ごせないのはMDRが、インド太平洋地域で米国が日本などと協力してミサイル防衛システムを構築していることに言及し、「同盟国や友好国との負担の分かち合いを拡大する」と述べていることだ。
日本政府はすでに一基千二百二十四億円の地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」を二基配備する計画で、ミサイル防衛も見直しが進めば、追加的な装備の購入圧力が高まる可能性がある。
またMDRは、日本も合計百四十七機の調達を計画している最新鋭ステルス戦闘機を、打ち上げ直後のミサイル撃墜のために活用する構想も盛り込んでいる。
こうしたことは日本の自衛隊がすでに米国のミサイル防衛網に深く組み込まれていることを意味しているが、日本のミサイル防衛網がそもそも日本防衛のためなのか、日本の防衛力整備が世界の軍拡競争を促してはいないか、精緻な検証が必要だろう。
自国の安全保障は必要でも、宇宙空間にまで広がる野放図な軍拡競争は、人類を滅亡の道へと導きかねない。世界のリーダーたちにいま必要なのは、軍拡の弊害と軍縮の理を説く叡智(えいち)と勇気である。
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