届かないことに安堵した。
ムーンにある18禁verよりもマイルドな表現で執筆していきます。
――羽のようだと思った。勿論、そんな訳はないのだけれど。
むしろ、極限状態にあったとはいえ最低限の体重は維持していたし、満身創痍ではあったものの、出血多量で死ねる程血を流したわけでもない。ほんの少し裂けば痛みと共に命が流れる薄皮の下、どろどろとした生命器官達は健気にもしっかりと役割を果たしていて、尚更、憎らしかった。
あかいあかいそれは、俺の身体を破って飛び出した瞬間、汚物へと変わるというのに。それを体内で飼って、生命の糸で全身へ張り巡らせて、生み出して、流して、命として俺を生かしている。なんだか、考えるだけで身体中を掻き毟りたくなった。命が、汚いもののかたまりに思えた。……そんなこと、できやしない癖に。
逸そ彼等がいうような、“人とは認められない気持ち悪い”化物の姿であったなら。優しさなど感じることなく消えられただろうか。迷う自身に嫌悪を覚えなくても良かったのだろうか。縋るこの手を、無意味に、徒に、空へ手を伸ばそうとする愚かな手を、自らで切り落とせただろうか。
優しさが、裏切りへと直行する毒になるなんて。希望が、正気であろうとする心を殺す凶器になるなんて。諦めが、救いにも匹敵する傷みに変わるなんて。絶望が、どうしようもない安らぎを与えてくれるなんて。死が、――泣きたくなる程の解放に思えるなんて。
痛みばかりの世界でした。命を恨むだけの世界でした。けれど、今この瞬間だけは、残酷で大嫌いなこの世界が、愛せそうです。
空が遠くなる。羽のように、腕を広げた。
きっと、後数刻でこの場に惨劇が訪れるだろう。俺は頭から地に打ち付けられ、頭蓋骨を陥没し、裂けた頭部から脳漿を撒き散らし、血でしとどに濡れた髪を貼り付かせ、盛大に、美しい外観を誇るこの庭を汚すことだろう。
手足は可笑しな方向に曲がり、筋は千切れ、白い骨は皮膚を突き出して姿を現すかもしれない。死に様すら醜い俺の姿が、そこに刻み込まれるのだ。
ああ、愉快だ。恐怖なんてない。この先、この世界で生きる事の方が、余程恐ろしい。
ただ、麻痺しているだけなのかもしれない。頭は、とっくに正常でなくなったのだ。けれど、それでも俺は、この道を選ぶしかなかった。初めての、救いだと思った。
笑ってやろう。笑ってやるんだ。最後まで、お前達を、この世界を、嘲笑ってやる。
空が近付く。俺は笑った。笑っていた。殴られ色取り取りに変色した頬を、懸命に引き上げて。地へと着くその瞬間まで。
ふわりと浮く雫。あおが、歪む。
ああ、雨の中で迎える終わりも、悪くない……――――
眩しいほどの快晴の下、ひとりの少年が死んだ。死因は、飛び降り自殺だった。