もしも深雪が百合に目覚めたら 作:カボチャ自動販売機
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「どうする? あたしらもホームルームへ行ってみる?」
「悪い。妹と待ち合わせているんだ」
式が終了し、IDカードの交付をすると、美月とエリカとクラスが同じであることが分かった。自然、クラスの違った二人とは別れ、三人で行動する流れとなる。が、今日はもう授業も連絡事項もないと分かっている。ならば、堂々としていながら初々しく慎ましく、本人の並外れて可憐な美貌と相乗して、新入生・上級生の区別無く、男たちのハートを鷲掴みにしたであろう素晴らしい答辞をした深雪を労ってやりたい。
清々しいまでにシスコンである。
「へぇ……司波君の妹なら、さぞかし可愛いんじゃないの?」
「もしかして、新入生総代の司波深雪さんですか?」
「良く分かったね、いくら名字が一緒とはいえ似てないだろ。俺は」
「面差しが似てましたから……」
「確かに、雰囲気が似てるわね」
女子二人の意見に、達也としては首を傾げざるを得ない。達也がシスコンだから、というわけではなく深雪が絶世の美少女であることは間違いなく、残念ながら達也の容姿はそれに見合う程ではない。似ている、と言われたことは初めてではないが、毎回、こうして首を傾げることになる。
「あ、同級生ってことは双子かしら?」
「いや、良く聞かれるんだが双子ではないよ。俺が四月生まれで妹が三月生まれなんだ」
そうして、ホームルームへ向かうこともなく、女子二人と会話をしていると人垣の中から待ち人がやってきた。
「お兄様、お待たせ致しました」
予想通りのタイミングだった。
来賓やら生徒会やらの人垣の中にいながら、チラチラとこちらの様子を伺っていたのを達也は横目で確認していた。
深雪は、社交性に欠ける訳ではないが、お世辞やお愛想を嫌う潔癖症の傾向は否めない。幼い時分から誉められる機会には事欠かず、その分、妬み・やっかみ混じりの上辺だけの賞賛に曝されることも少なくなかったことからチヤホヤされることにやや懐疑的だ。
ああして人垣の中にいることは好きではないだろうし、何より、達也の周囲にいる美少女と早く話したくて仕方がなかったのだろう。
そろそろ抜け出してくるだろうな、と達也は予想していたのだ。
「そんなに待っていないよ」と応える、つもりだったが、言葉は予定通りでも、イントネーションが疑問形になってしまった。深雪に同伴者がいたからである。
「こんにちは、司波君。また会いましたね」
その人懐こい笑顔は今朝見たばかりだ。困惑しつつも無言で頭を下げる。
愛想に乏しい応対だったが生徒会長・七草真由美は微笑みを崩さない。
「お兄様、その方たちは……?」
目がキラキラしているのが分かった。
表面上は相変わらず、大和撫子の見本の様だったが、その瞳はトランペットをショーウィンドウの外から眺める子供の様に輝いている。
それでいて、後ろについてくる上級生、真由美のことも気にしているというのだから筋金入りだ。
自分が一人じゃない事情の説明より先に、達也が一人ではない理由の説明を求めてきたことから、美月とエリカへの興味の方が勝った様ではあるが。
「こちらが柴田美月さん。そしてこちらが千葉エリカさん。同じクラスなんだ」
「そうですか!早速こんな素晴らしい綺麗なクラスメイトと仲良くなるとは、流石はお兄様です!柴田さん、千葉さん、はじめまして、司波深雪です。わたしも新入生ですので、お兄様同様、よろしくお願いしますね」
「柴田美月です。こちらこそよろしくお願いします」
「よろしく。あたしのことはエリカでいいわ。貴女のことも、深雪って呼ばせてもらってもいい?」
「ええ、どうぞ。名字では、お兄様と区別がつきにくいですものね」
深雪の挨拶に、照れながらも返したのが美月。
馴れ馴れしさと紙一重の砕けた、親しげな物言いで返したのがエリカ。
若干、猫が剥がれ気味の深雪だったが、それが逆にエリカには好評価になった様で、深雪とエリカの二人は何やら通じ合ったかのように、すっかり打ち解けた笑みを交わす深雪とエリカ。やや置いてきぼりの感のある美月は、未だ照れが抜けきっていないのか、まだ深雪を前に緊張しているらしかった。
「……深雪。生徒会の方々の用は済んだのか? まだだったら、適当に時間を潰しているぞ?」
女子三人で話すにしてもいつまでも上級生を放置している状況はよろしくない。そうでなくても、生徒会長の一行が一緒だからこそ邪魔者扱いされることはないが、集団で固まっている現状は通行の邪魔だった。
「大丈夫ですよ、司波君」
応えは、深雪からではなく真由美から返ってきた。
「今日はご挨拶させていただいただけですから。深雪さん、詳しいお話はまた、日を改めて」
相変わらずの人懐っこさのある笑みを浮かべて真由美が言うと、真由美の後ろで控えていた男子生徒が一歩前へ出る。
「しかし会長、それでは予定が……」
「予めお約束していたものではありませんから。司波君と予定がある様ですし、そちらを優先すべきでしょう?」
「会長、お急ぎでしたら今日にでも」
話を切り上げようとする真由美を止めに入った男子生徒に何故か加勢する深雪。
どうやらまだ真由美と話したかったらしい。
「いえ、無理なさらないで。また後日伺いますから。
それでは深雪さん、今日はこれで。司波君もいずれまた、ゆっくりと……あ、そうでした、司波君――」
真由美は立ち去ろうとした足を止め、振り返ると、達也に意味有りげな笑みを向けた。
「――自慢する相手、沢山いるではないですか」
固まってしまった達也と、首を傾げている女子三人にクスクスと笑みを残して、立ち去る真由美。
背後に続く男子生徒が振り返り、舌打ちの聞こえてきそうな表情で達也を睨んだのは、予定を延期させられた腹いせか、今のやり取りに対する嫉妬からか。
「……さて、帰ろうか」
ドッと疲れた、というのが達也の素直な感想だった。
どうやら入学早々、生徒会役員の上級生の不興を買ってしまった(不可抗力に近いとんだ理不尽)のは、まあ許容範囲ではあるが、ああも生徒会長に親しみを持たれているとは思わなかった。
達也の分析では真由美は気に入った者に対していたずら紛いのことをするのが好きな性格だ。正直に白状すると人付き合いをする上で達也の苦手とするタイプだった。
「お兄様、早速先輩に目をつけられてしまいましたね、流石です」
「楽しそうに言うのは止めてくれ」
兄が上級生から不興を買ったというのに、深雪は楽しそうに笑みを浮かべていた。内心、ワクワクしているに違いない、と達也は予想しながらため息を吐く。
この妹、性癖以外にも色々手遅れであった。
「お兄様、なんだかお疲れの様子。そういう時は甘いものが一番ですよ。せっかくですから、お茶でも飲んでいきませんか?エリカと美月もご一緒に如何?」
「いいね、賛成! 美味しいケーキ屋さんがあるらしいんだ♪」
どうやら入学にあたり、周辺の甘味処をチェックしていたらしいエリカが早速端末を取り出し店の情報を開く。
「わ、私もご一緒して良いんでしょうか、なんだかこのメンバーだと気後れしてしまって」
「まあ、何も気にすることはないわ。それに、私は美月ともお話したいのよ、もしこの後、特に用事がないのなら是非来てくれないかしら」
深雪とエリカという頭一つ飛び抜けた美少女に囲まれ、気後れしていた美月の手を、深雪はそっと両手で包み込み、下から見上げるように目を見て、お願いする。
それはもはや、お願いという名の強制だった。
「い、いきましゅっ!」
顔を真っ赤にした美月が盛大に噛み、さらに顔を赤くしてしまったことも、仕方のないことだろう。
次話で完結なのですが、投稿している内に、書きたいことが増えてきているので、連載版を投稿するかもしれません。
それでは、明日も0時に投稿します。