オーバーロード ―さまよう死霊― 作:スペシャルティアイス
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荘厳なる、という言葉がこれほど当てはまることがない光景がそこにはあった。
金細工の施された壁、七色の宝石の眩いシャンデリア、そして両壁に飾られた41の紋章旗。
地下とは思えぬほどに天井が高くまた広さもある空間に、両開きの扉からまっすぐに赤い絨毯がひいてある。
その絨毯の先には段上が、そしてその上には玉座があった。
シックな色合いでありながら、各所には精巧な細工が希少な金属で飾り付けられている。
しかしそこに座す者の前ではその寛雅な玉座も、やや精彩を欠いたように見える。
「順を追って、報告してもらおうか」
王気溢るるその声音の主は玉座に片肘をつき、こめかみに当たる箇所をコツ、コツと人差し指で叩く。
力を宿す漆黒のガウンに身を包み、フードから除く顔には皮も肉もない。骨だけだ。
リッチの中でも魔道の窮極、そこに至った者をこう呼ぶ。―――オーバーロードと。
その中でも彼は、経験と知略を蓄えた古強者であった。
名はアインズ・ウール・ゴウン。その場所、ナザリック地下大墳墓の支配者にして、至高の41人の最後の一柱。
ナザリック地下大墳墓第十階層、玉座の間にて王たる威容を示していた。
その場にいる八人にとって、彼は神そのものであった。
赤い絨毯の上、黒髪の悪魔と銀髪の真祖は片膝をついて顔を上げ、残る吸血鬼の花嫁の二人は身を縮こまらせ、震えながら同じ型をとっている。
その他に、四人の人物が部屋にいた。
骸の王の傍に侍る絶世の美女。微笑みを湛えた口元に、金黄玉色の瞳と鴉の濡羽のような長髪。
純白のドレスに身を包む姿はまさに美の女神、という美しさだ。その頭にある双角と黒い翼がなければ。
訂正しよう。零落した女神が貶められて悪魔と化した、その表現のほうが合う。
このナザリックの戦力を束ねる統括者アルベドである。
そして彼女の立つ場所から下がったところに、ダークエルフの双子がいた。
一人は男装をしているので一見は男と見紛うが、彼女の性別を間違える者はこの場にいない。
第六階層「ジャングル」守護者アウラ・ベラ・フィオーラ。普段は快活そうなその顔を、今は困惑したものにしている。
彼女に並ぶように立つ、オドオドした態度の女装の少年。
ミニスカートにニーソックス、タレた長耳と柔和そうな顔立ちで、手には木杖が握られている。
アウラの“弟”にして同じ階層の守護者、マーレ・ベロ・フィオーレが名前だ。ちなみに男の娘である。
最後に、段上の骨の王の盾に瞬時になれる位置に立つ青い巨影。
ライトブルーに輝く体色に、四本腕の一つに矛槍を握っている。
種族は《蟲王・ヴァーミンロード》であるらしく、強靭な肉体を持っていた。
その佇まいは武人、そのもの。第四階層「氷河」の守護者コキュートスである。
どうやら、野盗への襲撃からシャルティアに匹敵する強者の集団までの報告がちょうど終わった所だ。
途中、シャルティアが人間を取り逃がした段で、威圧が黒いオーラとなってアインズから立ち上り、守護者たちに脂汗をかかせる場面があった。
それも昂ぶった精神を沈静化するアンデッドのスキルですぐに落ち着きを取り戻したが。
「話を整理すれば、獲物を取り逃がし、あまつさえその後、お前が苦戦するほどの相手と遭遇。これも取り逃がしたと?そういうことか」
「相違ございません……」
「……シャルティアよ、一度目の汚名は返上される機会を与えられるべきだと私は考えている。
何故なら、失敗はその者に奮起を促し、成長の芽生えとなるからだ。故に此度のこと、私はお前を許そう」
「ア、 アインズ様ぁ」
「しかし―――」
喜びと安堵から漏れた声が、アインズの言葉に区切られる。
「同じことを三度以上、繰り返すなら話は別だ。私を『お前に失望させて』くれるなよ、シャルティア?」
震えて頭を床に下げるシャルティアに、他の守護者らは主人の度量の広さに改めて敬服する。
しかしそれと同時に、至高の存在からの『失望』という、死刑よりも残酷な可能性に震えそうになっていた。
「(シャルティアが血の狂乱時の姿で戦ったのは不幸中の幸いか。あの姿を晒さなければ、狙われる可能性も低い、か?)」
アインズは心中で呟き、自分が冒険者として潜入しているエ・ランテルの街で情報収集、必要なら工作をする必要性を頭に浮かべる。
「そして、謎の戦闘集団か。完全武装でないにしろ、シャルティアと一対一で闘うとは、そいつは本当に人間か?」
今回は不覚を取ったが、シャルティアは守護者の中でも高位の戦闘能力を誇る。一対一の決闘によるのなら、おそらく守護者随一の強さであろう。
攻・守・魔・速の高水準かつバランスのとれたステータス。
攻撃・防御・強化などの多岐にわたる優秀なスキルと魔法を習得し、眷属召喚のスキルによる対軍能力も期待できる。
今回のことで、アインズの脳裏に一つの懸念が生まれた。NPC達の実際の経験値の少なさだ。
彼らはユグドラシルで創造されたNPCである。そのため作られた当初から高レベルであり、スキルが充実したものだった。
また装備も一点ものであり、正直にいえば、この世界で彼らを害するものはおそらく少ないだろうとアインズは考えていた。
しかしその考えを改める必要が出てきた。
守護者の中でも瑕疵の少ない構成のシャルティアに、単独かつ本気でないとはいえ善戦する者にこんなにも早く出会うことになったからだ。
既にレベル100の守護者らは、理論上これ以上のレベルアップは無いはずだ。
ならばそれ以外で強くなる方法を模索するべきである。
それが自らの裡に在る、友人の子どもに等しい存在たちを守ることに繋がる、そうアインズ、いやモモンガは考えていた。
「アインズ様、奴らの一人が持っていた衣服状のアイテム、あれは危険です。
私の攻撃で傷をつけられず、また不発に終わりましたが、発動していれば何らかの影響を私に与えていたと考えております」
「なんだと?」
シャルティアの装備は彼もよく知る仲間が、気合を入れて創りだした神器級アイテムだ。
それで破壊できないものといえば。
「(世界級アイテム!まさかとは思うがここにもあるのか?いや、この世界特有のモノということは?神器級で壊せないものなんて考えたくないが)」
聞けばそのアイテム、使用者死亡とともに他の仲間が回収、そして撤退したという。
結局、そのアイテムの効果や集団の正体はわからずじまいだ。
「(今回の戦闘はシャルティアを狙っての襲撃?ありえない。シャルティアはこれまでナザリックから外に出ていない。
取り逃がした冒険者の増援か?しかも王国内にシャルティアに迫る実力の者が?噂のアダマンタイト冒険者か)」
アインズの顔に表情があれば、玉座に背を預け、眉間に皺を寄せ瞠目する顔が見えたことだろう。
空虚な骨の顔には表情が伺えず、周りの者らも戸惑っている。
「(もしくは別の目的?)」
そこで気がつく。最後の報告がまだだ。
「シャルティアよ、お前とその集団の戦闘に乱入した者について聞いていなかったな」
「は、はい」
突如現れた死霊。シャルティアが危険と判断した敵に、背後から奇襲を仕掛けたという謎の存在。
「姿は一回り大きな《レイス/死霊》でした。ただ、常に頭の周りが緑色の光に包まれ―――」
「(それって、アンデッドの精神安定のスキルじゃ……?いや、判断するのは早計だ。とりあえず最後まで話を)」
「―――そして頭上には、謎の印が浮かんでいて」
「……待て。今しがた、頭上に印と言ったか?」
「アインズ様?」
声の調子が変わった主に、アルベドが不安そうにアインズを見る。
そこへ場の推移に沈黙を守っていたデミウルゴスが、一枚の紙をアインズへ捧げ差し出す。
「アインズ様ご不在のため、勝手ながらシャルティアへ同行した折に見たその印を模写したものです」
「ご苦労、デミウルゴス」
アインズはその紙を開き見て、しばし沈黙してから口を開く。
「して、コンタクトを取れたのはそちらの二人、か」
その呼びかけにビクリと肩を震わす吸血鬼の花嫁ら。
圧倒的な強者に囲まれたこの状況は、遥かにレベルの劣る吸血鬼の花嫁にとって、不敬であるが地獄といってよかった。
むしろ気絶せずにいただけでも褒められて然るべきかもしれない。
そして、アインズに促されるままに述べたことは以下のことだった。
自分たちとはレベルが上ではあるものの、守護者ほどの強さは感じなかった。
馴れ馴れしい、むしろ格下の自分たちにへりくだる様子すらあった。
主人であるシャルティア様の話を出すと非常に嬉しそうだった。
転移門を目にして、ユグドラシルのようだと呟いたこと。
守護者であるシャルティアとデミウルゴスの姿を見るや、怯えたように逃げ出した。
きっと守護者の強さに恐れをなしたのだ、と。
その報告を聞いて、アインズは確信する。
特に転移門を見て死霊がつぶやいた『ユグドラシルのようだ』という言葉に笑みを抑えられなくなる。
「くっくっ、やはり他にもいたか。十中八九、頭上の印とやらは“敗者の烙印”。ギルドバトルの経験プレイヤーか」
主人の言葉の意を理解できた者は少なかった。そしてアインズは、シャルティアとデミウルゴスに目線を送る。
「ふむ。お前たち二人は、かの死霊に何を感じた?」
「正直に申しまして、奇妙な存在かと。
そこまでの脅威は感じないにも拘らず、《ディメンジョナル・ムーブ/次元の移動》を使ったように突然現れ、私の武器で傷つけられない相手を容易く倒す手腕から、間違いなくただのアンデッドではないかと」
「私もシャルティアと同じく、相手から我々を倒すほどの強さを感じ取ることはできませんでした。ただ」
「ただ、なんだというのだ?」
ナザリックの頭脳たる悪魔の困惑した顔に、アインズが怪訝な声音で問い返す。
「シャルティアの語った戦闘を抜きにしても、『決して、近づかせてはいけない』そう思いました」
「ふむ……」
直感や感情ではなく、論理や理性を重視するデミウルゴスらしからぬ言葉だった。
「というか、話を聞く限りただの女好きに聞こえるんですけど」
「アンデッドニ性欲ガアルトイウノカ?」
アウラの言葉にコキュートスが首を傾げる。その問いにアルベドが口を開く。
「あるに決まっているでしょう。でなくばアインズ様が、私をその御手で蹂躙するはずがないわ!」
「そ、それどういうことよ!?」
主人の前にかかわらず、シャルティアは立ち上がってアルベドを睨む。
女性陣であるアウラも目を驚きのものにしている。
なにせアルベドからのアプローチは日常茶飯事だが、その逆はこれまでに見たことがなかったからだ。
他の守護者からも視線が集まり、アルベドは恍惚した様子で身体をくねらせる。
話題のもう一人の当事者はというと、顎の骨が外れたように口を開け、アルベドを見つめていた。
「あの日アインズ様は『アルベド、お前に触れたい(※実際は、胸を触ってもいいか?)』とそうおっしゃって、私の手首から胸へと、その御手で触れ、揉みしだき、捻り上げ―――」
「あ、あんたまさか、アインズ様を誑かしてさせたんじゃないの!?そうなんでしょっ、この淫乱雌狐!」
「……揉まれるほどないまな板がァ、言ってくれるじゃないの」
空気が剣呑としたものに変わる。悪魔と吸血鬼の相対する空間が、力場の異なる力の衝突に陽炎のように歪む。
しかしそれを止めるはずの主人はいまだ沈黙している。
そんな中で、ダークエルフの少年が姉を向く。
「ねえお姉ちゃん。ど、どうして二人は喧嘩してるの?」
「えっ?いやその」
「そ、それに胸がどうのこうのって、どういうこと?」
普段なら「自分で考えなさいよっ」と言いたいところだが、自分を見る弟のまっすぐな視線にしどろもどろになる。
頬の赤いアウラの助け舟を出したのはデミウルゴスだった。
「マーレ。以前にモモンガ様、いやアインズ様のお世継ぎの話をしたのは覚えているね?」
「は、はい。たしかボクたち守護者が闘技場に集まって、アインズ様に忠誠を誓った時ですよね」
「その通りだ。二人の言い合いは、アインズ様の寵を得る争いで、アルベドがリードしているためのシャルティアの嫉妬さ」
「そ、そうなんですか!」
目を瞬かせるマーレから、いまだ言い争う二人を見やるデミウルゴス。
「(まさに英雄色を好む、といったところか。しかし既にお世継ぎのことにも手を回しておいでとは、流石アインズ様)」
懸念が一つ減ったことで、デミウルゴスの顔が明るいものになっていた。
おそらく、某かの魔法的手段で身体を作ると考えられるが、アンデッドになっても衰えぬその精の気炎には感服してしまう。
「デ、デミウルゴスヨ。トイウコトハ、近イ内にアインズ様ノ御子ガ!?」
「ハハハ、それは少々気が早いのではないかなコキュートス。しかし結果的に、アインズ様が自らの後についても考えを回していることがわかった。おそらくそう遠くないうちに、もしかしたら」
「オ、オォォォ!!ナント、ナント喜バシイコトカ!!」
腕を天に伸ばし、歓喜の咆哮をあげ始めた友人を、デミウルゴスは微笑ましく思う。
しかしそんな空気の中で、ダークエルフの少女の顔に複雑な色があることに気づく。その感情を察したデミウルゴスの脳内で計算が始まる。
「アウラ、いっそ君もアインズ様の寵妃に立候補してみてはどうかね?」
「わ、私が!?冗談よしてよデミウルゴス。わたしなんて、そのアインズ様に相応しく、ないし……」
尻すぼみの言だが、頬を赤くしたアウラは、ちらちらと上目遣いでアインズを盗み見る。
おそらく、自分が主人の傍に妃として在る場面を想像したのだろう。
「(ふむ……。アウラであれば、忠誠心・実力・頭脳ともに申し分はないが、今は少々若すぎるか。
デメリットを考えても、お世継ぎは多いに越したことはないのだがね。
脈なしとも見えないし、しかるべき時が来たら本人の気持ちを確認して場を準備するべき、か)」
一方、玉座のアインズは、言い争うアルベドとシャルティアを目の前に、その精神を鈴木悟のものとしていた。表面上は微動だにしていなかったが。
「(プレイヤーらしい人に接触する方法を話し合うのに、なんでこんなんなってんだよ。……ああぁ原因俺だよ、アルベドの設定書き換えなんてしたから。タブラさんごめんなさいぃぃ。
それとたっちさん、『女は恐い』の言葉、今なら少しわかります、わかりました。
ウルベルトさんはそこらへん器用らしかったけど、もっと修羅場の話とか聞いておけばよかったかなぁ)」
「ァアァン!?てんめぇ、もう一度言えやドグされ✕✕✕がっ!!」
「何度でも言ってあげるわよ、この悪趣味で●●●な▲▲もちの✕✕✕✕!!」
「(ハハっ。二人がこんなこと言うわけないよ。可愛らしいシャルティアもお淑やかなアルベドも、こんな汚い言葉を吐くはずないさ。うん、女の子は砂糖とスパイスと素敵な何かでできているって言うじゃないか)」
考えることを放棄して黄昏れたアインズの姿は、言い争う二人以外の守護者からは泰然自若としたものに映っていた。
その後、ようやく現実に復帰したアインズの鶴の一声で場は収まり、当面は現状の方針に謎の死霊の探索を、モモンとして活動しながらアインズが行うことに決まる。
そして世界級アイテムを持つであろう勢力への対策として、外で活動するナザリックの者に、ギルド《アインズ・ウール・ゴウン》が所有する世界級アイテムを持たせて対策にすると決定した。
そのことで宝物庫に向かうことになったアインズだが、これから会うであろう自分の黒歴史を思い頭を抱えたくなっていた。
書くことは決まってるのに遅筆すぎるでござるの巻