もしも深雪が百合に目覚めたら 作:カボチャ自動販売機
<< 前の話 次の話 >>
妹の付き添いでリハーサル前に登校した達也は、妹の発言に若干の不安を残しつつ、中学生の頃から周囲の評価が低下するような失態はまずしたことのない深雪である。上手く
学校施設を利用する為のIDカードは、入学式終了後に配られる段取りになっているため、達也が利用したいと思う校内の施設(図書室やカフェ)は使用することが出来ない上に、来訪者の為のオープンカフェも、混乱を避ける為か、流石に時間が早すぎるのか、今日は営業していない。
一度、校外に出ても良かったが、それはそれで暇なことに変わりはなく、結局、晴れ渡るような晴天であることを良いことに、達也は、中庭のベンチに腰を落ち着け、携帯端末を開いてお気に入りの書籍サイトにアクセスした。
外のベンチで二時間読書、とは奇異の視線を集める行動かもしれないが、達也はこの程度のことを気にするほど小心者ではなかった。でなくては、この学校の、二科生として生活するのは中々に苦行だろう。
式の運営に駆り出されているのだろう、校舎から出てきて、中庭を横切る、左胸にエンブレムを戴く在校生。
「補欠」「スペア」「ウィード」。
彼らからポツポツと聞こえてるその単語は、全てが「二科生」を示しており、つまりは、二科生を卑下にする言葉だ。
この学校の定員は一学年二百名。
その内百名が、第二科所属の生徒として入学するわけだが、国立魔法大学の付属教育機関である第一高校は、魔法技能師育成の為の国策機関である、つまりは、国から予算が与えられている代わりに、一定の成果が義務付けられているということだ。
この学校のノルマは、魔法科大学、魔法技能専門高等訓練機関に、毎年百名以上の卒業生を供給すること、であるのだが、ノウハウの蓄積により、死亡事故や身体に障害が残るような事故はほぼ根絶されているとはいえ、魔法教育には事故が付き物であり、そうした事故のショックで魔法を使えなくなった生徒が毎年少なからず退学していく。
魔法の才能は、心理的要因により容易にスポイルされてしまうからだ。
そうした事態に備え作られた、穴埋め要員。それが「二科生徒」なのだ。
二科生は、学校に在籍し、授業に参加し、施設・資料を使用することを許可されてはいるものの、最も重要な、魔法実技の個別指導を受ける権利が無い。
独力で学び、自力で結果を出す、というおおよそ「学校」としての機能の半分以上を満たせないわけであるが、それができなければ、普通科高校卒業資格しか得られない。そうなれば当然、魔法科高校の卒業資格は与えられず、魔法科大学には進学できないわけで、それは実質的に今まで学んできた「魔法」という技術が、社会において、評価を得られないということになる。
二科生徒は、最初からハンデ、一科生とは明確な「差」を与えられた生徒たちだ。
その「差」が、校内において明確な溝となることは、誰でも簡単に分かるだろう。
扱いの格差。
一科生の差別。
それを気にしている様では、とても魔法科高校の卒業資格は得られない。
総代である妹と、二科生の兄。
「差」など生まれたときから知っている。
そう、達也は自嘲気味に考えると、徐々に、お気に入りの書籍に集中していった。
◆
開いていた端末に、時計が表示された。予め設定しておいた通り、入学式の三十分前だ。
読書に没頭していた意識を現実に引き戻し、愛用の書籍サイトからログアウト、端末を閉じてベンチから立ち上ろうとしたちょうどその時、頭上から声が降って来た。
「新入生ですね? 開場の時間ですよ」
達也が座っていたからだろう。まず目に付いたのは制服のスカート。思わず、妹の発言が頭をかすめるが、それを押し退け、スカートから、声の主の、左腕に巻かれたテンキー付の幅広ブレスレットに視線を向ける。
普及型より大幅に小型化され、ファッション性も考慮された最新式の術式補助演算機、通称CADだ。デバイス、アシスタンス、ホウキ(法機)とも呼称されるが、達也はCADと呼ぶようにしており、実際、
CADは、魔法を発動する為の起動式を、呪文や呪符、印契、魔法陣、魔法書等の伝統的な手法・道具に代わり提供する、現代の魔法技能師に必須のツール。
当然、この学校の生徒ならば誰もが持っている物ではあるが、達也の記憶によれば、学内では生徒のCAD携行は
「ありがとうございます、すぐに行きます」
左胸に、八枚花弁のエンブレム。
彼女は一科生であり、例外的に、学内におけるCADの常時携行が認められている、一握りの人間。つまりは、生徒会の役員か特定の委員会のメンバー。
自身を劣等生と卑下する達也とは正反対の、優等生。
「感心ですね、スクリーン型ですか」
「仮想型は読書に不向きですので」
ベンチから立ち上がった達也は、すぐにこの場を去るつもりだったが、少女から話しかけられれば無視は出来ない。特に考えずに、何の飾り気もない、無愛想で無感情な回答を返す。
とても、美少女に話しかけられた男子高校生の態度ではない。
少女は、紛れもなく美少女だろう。
立ち上がった達也よりも、二十センチは低い、女性としても小柄な身長。
白い肌を飾る宝石の様な、愛くるしい赤い瞳。
黒い髪はふわりとウェーブを描きながら美しく流れ、シンプルなデザインのリボンが、その魅力をそっと押し上げる。
そんな、十人が十人振り向く程度には、美少女な彼女を前にして、緊張の一つも、下心の一つもない達也は、こっそり深雪から同性愛者なのでは?と疑われる程度には、枯れているのかもしれない。
「あっ、そういえば自己紹介がまだでしたね。私は第一高校の生徒会長を務めています、七草真由美です。ななくさ、と書いて、さえぐさ、と読みます。よろしくお願いしますね」
数字付き、それも十師族の「七草」というだけでなく生徒会役員、それも会長。
新入生総代である深雪はまず間違いなく生徒会に選ばれる。今後のことを考え、この場は無難にやり過ごすと決めた達也だったが、同時にこんなことを思った。
――確かに深雪が気に入りそうだな。
深雪は、以前より生徒会の面々の情報をどこからか入手しており、全員好みで楽しみ、と何度も聞かされている。深雪の「好みのタイプ」、いわゆる、ストライクゾーンは、あの達也が心配を通り越して呆れるくらいには広く、深雪曰く、
――女性の魅力は人それぞれであり、それぞれに違った個性・魅力があり、それに優劣をつけることは、私には出来ません。つまり、大きいのも、小さいのも良い、ということです。
ということらしいのだが、この発言の意味はあまり考えたくはない。真面目なことを言っている様で、結局はおっぱいの話だからである。
この話を至って真面目な顔で、真剣に、絶世の美少女である深雪から聞かされた達也は、世も末、という言葉の意味を本当の意味で理解した。
あまり良くないことを思い出してしまい、反射的に顔を顰めそうになったが、何とか愛想笑いを浮かべて、達也は名乗り返す。
「自分は、司波達也です」
「司波達也君……そうですか、あなたが、あの司波君でしたか、ふふふ、先生方の間では、あなたの噂で持ちきりでしたよ。入試試験、前代未聞の高得点者として」
一瞬、「あの」とは、どうせ、新入生総代、主席入学の司波深雪の兄でありながら、まともに魔法が使えない落ちこぼれ、という意味であろう、とネガティブに捉えたが、それはすぐに覆される。
「七教科平均、百点満点中九十六点。
特に魔法理論と魔法工学に関しては、合格者の平均点が七十点に満たないのに、両教科とも小論文を含めて文句なしの満点!」
「……ペーパーテストの成績です。情報システムの中だけの話です」
「あら、随分と覇気のないことを。私だって同じ問題を解いても貴方のような点数はきっと取れません。自慢するくらいで良いと思いますよ?」
やけにテンションが高いというか、人懐っこいというか、初対面にしてはグイグイくる真由美に若干戸惑いながらも、達也は自分の左胸を指差しながら答える。
達也としては、謙遜でもなんでもなく本当に思ったことを話しているのだが、真由美はいたずらっぽい笑みを浮かべて、達也に言う。
――きっと、達也がらしくない発言を返してしまったのは、思春期の男子高校生なら一撃で勘違いすること間違いなしの真由美の小悪魔スマイルのせいではなく、今朝、妹からも全く同じ、「覇気のない」という叱咤を受けていたからだろう。
一瞬、硬直してしまったその間が、達也の口からそれを発させてしまったのだ。
「いえ、自慢する相手もおりませんので」
達也のその、自虐的なジョークに、きょとんとした顔を見せたあと、くすくすと笑みを浮かべた真由美。
「貴方、そんなことも言うのね、ちょっと意外」
未だ半分笑いながら、親しげに言う真由美にばつが悪くなった達也は――
「そろそろ時間ですので……失礼します」
――逃げた。敵前逃亡とも言う。
こんな美少女と二人きりで会話しているのに、逃げるなんて!私と代わってください!
なんて、妹の声が聞こえた気がした。
元々連載用であったがために、色々な説明があったりして、完全に達也回です。
次話からまた深雪がぶっ壊れます。
さて、明日も0時に投稿します。