42~Blind Spot~   作:フリーマスタード
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第7話:交差する現実

 すっかりと日が暮れて暗くなったカルネ村に一人のネコ科動物を思わせる顔立ちの女性が何かを探すように辺りを調べていた。彼女はスレイン法国漆黒聖典第九席次”疾風走破”のクレマンティーヌ。

 

 叡者の額冠を神殿から盗み出したのは良いものの、肝心のターゲットであるどんなマジックアイテムでも使用可能なタレントを持つンフィーレア・バレアレが行方不明になってしまい足取りを追ってカルネ村まで訪れていた。

 

「まったく、このクレマンティーヌ様を出し抜くとはなかなかやるじゃなーい。出てこないとお姉さんいい加減にそろそろ怒るよぉ~ん?」

 

 どこかに隠れているであろうンフィーレアに葉っぱを掛けるが何も反応は無い。

 

「きゃははは!お姉ちゃーん!」

 

 突然、少女が笑いながら何処かへ走っていくのをクレマンティーヌの目は捉えた。なぜ、こんな夜遅い無人の村に少女が?そんな事を考えると突然、氷の様に冷たい手が自分の手を強い力で握りしめてきた。流石の私でも今の僅かな瞬間で気配も無くあの距離を移動するのは不可能。嫌な汗が流れ心臓が高鳴りながらも恐る恐る、下を向くと少女の姿をした()()がいた。

 

「みいつけた!あれー、お姉ちゃんじゃない。あなたはだあれ?」

 

 その少女には目が無かった。反射的に直ぐにスティレットを突き刺したがやはり思った通り殺す事は不可能な様だ。しかし、隙を作って逃げる事さえできればいい。流石の漆黒聖典でもこの世の物ならざる正体不明の存在は想定外だ。スティレットに込めてあった使い切りの魔法を発動して謎の存在の手が離れた隙に武技を使用する。

 

「〈疾風走破〉〈能力向上〉〈能力超向上〉!」

 

 クレマンティーヌは躊躇わずに武技を使い全速力で得体の知れない少女から逃げる。しかし、小さい村のはずなのに何時まで走ってもずっと村が続いている。

 

「きゃははは!お姉ちゃーん!」

 

 後ろからは少女の楽しそうな笑い声が徐々に距離を詰めて迫ってきている。仮にも疾風走破と呼ばれていた自分が速度で負けるとは相手は一体何者なのか?そして、何時までも走っても永遠に続く村を全速力で走っているが甲高い笑い声がどんどん距離を詰めて迫って来るのがわかる。

 

「くっそ!一体何なんだよ!完全にこの村狂ってやがる!」

「お前は!?早くこっちへ来い!早く!こっちだ!」

 

 見覚えのある男が建物のドアから身を半分出して叫んでいるのを見て迷わず逃げ込むことにした。たしか彼は消息不明になっていた陽光聖典のニグンだったはず。ドアを閉めるとニグンは六大神により伝えられたジェスチャーで「音を立てるな」と伝えてきた。建物の周囲では少女の笑い声が何かを探すように行ったり来たりしていた。

 

 ―――ドンッドンッ

 

 扉を叩く音が聞こえ、ニグンとクレマンティーヌは互いに顔を見合わす。急いで隠れる場所が無いかと辺りを探ると地下室に続く隠し階段があり、その奥には鉄製の扉があった。何やら神の文字で「関係者以外立ち入り禁止」という文字が掛かれていたが今は考える時間はない。急いでその扉を開くと村とは異なる異質な空間が広がっていたが今はそれどころでは無い為に慌てて中に入りドアを閉める。

 

 何よりも相手は自分の切り札を使っても隙を作る事しかできなかった謎の存在だ。別に狂信的な本国の連中と違って命を懸けてまでそんな得体の知れない化け物相手に戦いたいとは思わない。

 

「第九席次殿、本国から救援に来て下さり感謝しております。しかしながら、相手は八欲王に匹敵する強大な邪神と思われます。私の部下は保護した謎の村娘と神の荷車のせいで全員死んでしまいました」

 

 どうやら、この男は私がスレイン法国を裏切った事を知らないようだ。ここは一先ずこの男の勘違いをそのまま利用しようと考える。生き残るために。

 

 そして、明らかに高度な文明の手によって作られたであろう謎の地下通路を歩きながらニグンの話を聞く。この巨大な地下通路は所々に不規則に点滅する何らかの原理で動いている魔法以外の照明が付いており、段差の下には2本の鉄でできた細長い物が永遠に地下通路に沿って続いている。そして壁には未知の素材で作られた弾力がある黒い管の様な物があった。

 

 ニグンの話では保護した村娘の正体が得体の知れないものであったこと、神の荷車が突然姿を変えて部隊は瞬く間に全滅。恐らく推定難度300の六大神や八欲王級。部下たちが悲鳴を上げながら聞いたことも無い言葉を発しながら自食をしたり共食いを始める地獄絵図になった事などを話してくれた。中には自ら眼球を抉りだしたり悍ましい光景が広がっていた事。そして、その言葉の意味は分からないが、とても邪悪な物を感じたとのこと。

 

 さらに何日経っても夜が明けず、どこまで逃げても村が永遠に続き脱出も不可能でずっと隠れていたということ。どうやら、とんでもない地獄に迷い込んでしまった様だとクレマンティーヌは乾いた笑いを上げる。この世の理を自由に曲げれる存在相手に逃げれるわけがない。恐らく、もうどこの国に亡命しようが世界規模の混乱に巻き込まれるだろう。世界の終わりが来てしまった。

 

 たしか、占星千里は破滅の竜王がトブの大森林に復活するのを予知していたはずと思い出す、しかし相手は「破滅の()()」が正しい表現だろう。何より、普段から人殺しが趣味のクレマンティーヌには相手が楽しんでいて本気を出していない事がなんとなく分かっていた。

 

 それにしてもこの男は良くもこのような状況で神を信じながら馬鹿正直に生き残っていたもんだと感心する。私なら数日で発狂しているだろうに。

 

 果たして、あの神人やスレイン法国が隠し持っている人外女で勝てる相手なのだろうか?相手は世界の理を自由に操れる。そんな事を考えながら歩いているとより光が強く輝いている広い場所に出た。

 

『現在、国家非常事態宣言により全ての路線が運休となっております。お近くの避難所まで避難してください。State of emergency declared・・・』

 

 永遠と女性の声で数か国語を話しているであろう同じ内容の声が永遠と繰り返されており、何やら壁に神の文字で「丸の内線 東京駅」と書かれていたが意味は全く分からない。その空間は非常に広く、見たことが無い斬新なデザインの服や南方に伝わるスーツという民族衣装を着た液状化の始まった腐乱死体が辺りに転がっていた。恐らく、100体以上はいるのだろうか?殺しなれたクレマンティーヌでも吐き気を催すほど酷い匂いが立ち込めている。

 

 クレマンティーヌは吐き気を抑えつつも女性であったであろうカラフルな服や短いスカートを着た蠅や蛆の集る腐乱死体が握っている薄っぺらい板状の四角い物を奪うと何やら神の文字が浮かび上がった。

 

『8:27 日曜日 News:世界の終焉か?自衛隊は壊滅。各国で深刻な被害。大阪では巨大生物一体を倒した模様。今なお生き残っているアメリカ軍と中国軍とロシア軍の上層部は謎の生物に対して核兵器の使用に合意。 SNS:アヤちゃん助けて!彼氏の様子が変なの!どうしよう?そんな・・・私はどうすればいいの?』

 

 仕組みは分からないが音と共に映像が再生され悍ましい物が展開されて思わずクレマンティーヌは変な手のひらサイズの板を投げ捨てる。その板からはこの世の物とは思えない断末魔が聞こえ続けていた。

 

「クッソ!一体、何がどうなっているんだよ!」

 

 クレマンテーヌが頭を掻き毟ってる一方でニグンは神に祈りを捧げていた。徐々に彼女の心に亀裂が入り始める。このままでは遅かれ早かれ壊れるとクレマンテーヌは危機感を覚える。

 

 この状態が狂気に染まっていて自分が真面なのか、それの反対なのか?わからなくなってくる。しかしそんな事はどうでも良い。とにかく今は逃げなければ。

 

 ドーン!パラパラパラ・・・

 

 大きな地響き共に大きく揺れて天井からは埃や小石が落ちてくる。ここは地下で何やら地上で大きな爆発が起きたらしい。そして、何やら大量に転がっている腐乱死体が少し動いたような気がするが気のせいだろう?目を凝らして観察すると確かに何かが腐乱死体の中でモゾモゾと動いている。

 

 クレマンティーヌは腐乱死体の中で蠢いている何かを想像して生理的な嫌悪感から来る寒気を覚えた。腐乱死体食い破って出てきたのは見たことも無い謎の蜘蛛のような化け物。足は10本あり非常に細長く胴体は何やら内蔵の様な物がむき出しになっており人間の顔が付いている。

 

「助けてくれー!」

「痛い!嫌だ!死にたくない!」

 

 その人面蜘蛛が人間の声を発しながら次々と100体以上ある腐乱死体から出てきて数が増えていく。異常事態に気付いたニグンは天使を一体召喚するが直後に眩暈がしてよろめく。

 

「そんな、馬鹿な・・・。一回魔法を使っただけで魔力が尽きるだと?」

「こっちも武技が使えない。一体どうなってやがる?」

「仕方がない、天使を囮にしてその隙に逃げるぞ!」

 

 人面蜘蛛が群がり天使はあっと言う間に倒されてしまったが兎に角全力で逃げる。階段を登ると商店らしきものが並ぶ長い通路に出る。目に入るもの全てが見た事の無い物ばかりでこんな状況でなければゆっくりと調べたいところだが、いつか必ず出口に辿り着けると信じてがむしゃらに走る。

 

 しかし、走りながらでも一つだけ分かった事がある。あちこちで使われている神の文字。それに見たこともない道具や建築様式、そして思い出すだけで悍ましい謎の化け物に魔法や武技の消費が激しすぎて碌に使えない事を踏まえると法則が異なる異世界に来てしまった可能性が高い。

 

(ここは神の世界か?しかし、この惨状は一体何が起こったのだ?)

 

 かつては高度な文明で栄えていたのであろうこの場所は獣に食い荒らされた様に人体の破片や血が散らばっており、中には子供の物と思わしき腕も転がっていた。後ろからは人面蜘蛛の群れが迫って来る音が聞こえ「クッ、ここまでか!」と諦めかけた瞬間、目の前から何やら鉄製の小さなものが前方の階段から投げ込まれてニグン達を通り過ぎ後方に迫る人面蜘蛛の方へと転がっていく。

 

「手榴弾だ!2人とも伏せろ!」

 

 鉄製の小さなものがその大きさからは想像もできない爆発を起こして人面蜘蛛が複数吹き飛んだ。何やら見慣れない武器と思わしき物を重武装している男2人組が黒色の変わった形の武器を構えると乾いた破裂音が鳴り響き人面蜘蛛が次々と倒されていく。

 

 ズガガガガッ!

 

「たっちさん、あなたはそれでも警官ですか?私の方が倒した数勝ってますよ?」

「後にしろウルベルト!さあ、二人共こっちへ!外に車があるから早く乗るんだ!」

「やれやれ、3週間も探してようやく生存者を見つけたんですから、いい加減に気が済んだでしょう?」

 

 彼らはユグドラシルをプレイしていた頃に同じギルド「アインズ・ウール・ゴウン」に所属していた。異変直前、ウルベルトは搾取し続ける裕福層が自由に法律を作る理不尽な世の中を変えようと革命を計画しており、たっち・みーは警官で体制側としてウルベルトと対峙することになった。

 

 しかし、異変が起こった。人々が服だけを残して突然消えてしまい、その後は謎の生物達が現れて次々と生存者達が餌食にされていった。自衛隊が出撃するも謎の生物の数が非常に多く部隊は瞬く間に全滅。汚染されたこの環境でも外で生存できるうえに連中の主食は人間だ。若干地球に昔存在していた昆虫や動物などに似ていなくも無いが、たっち・みーとウルベルトの二人にとって今まで見たことも聞いたことも無い未知の生物だった。

 

 2人は警察署の押収品やウルベルトのアジトにあった武器や弾薬をありったけ自動車に積んで共に行動することになった。また道中で乗り捨てられた自衛隊の車両から使えそうな武器や装備を補給しながら3週間も生存者を探して回っていた。

 

 たっち・みーは異変が始まってすぐに慌てて家族が待つ家に向かったが現実は無慈悲だった。今の彼は誰か一人でも生存者を探して助けようとすることで辛い現実から目を背けて紛らわせている。

 

 反面、ウルベルトは今の状況を非常に楽しんでいた。どうやら世界は自分と同じように今の人類を許せないらしい。たぶんあのグロテスクな化け物どもはエイリアンか地獄からやってきた悪魔か何かの類なのだろう。憎き理不尽な世界が蹂躙される様を特等席で見られるとはなんと運がいいことか。

 

 一方でニグンとクレマンティーヌの二人はたっち・みーとウルベルトが話している言葉が全く理解出来なかった。ニグンは何とか感謝の意を示そうとするが向こうもこちらの言葉が解らないらしくて困った表情をしていた。

 

「聞いたことが無い言葉だな。見た目からしてヨーロッパ人か?」

「いや、フランス語でもドイツ語でも無いぞ。・・・ギリシャ語か?」

「まあいいや、お前ら、これを使って自分の身は自分で守りな」

 

 ウルベルトはニグンとクレマンティーヌそれぞれにピストルを渡す。使い方はなんとなく2人の姿を見て理解していた。恐らくクロスボウと同じように引き金を引けば発射される仕組みなのだろう。しかし、できればあの強力な大きい武器の方が欲しかったのだが。明らかに護身用と思われる小さい武器ではなんとなく不安があった。

 

 外に出ると霧が立ち込めており周囲には蜘蛛の巣のような物が張り巡らされ、地面や建物の壁には血を思わせるどす黒い赤色の不気味な植物が生えていた。肺に何かが刺さるような激痛が走り咳き込むとたっち・みーが鞄からマスクを2つ取り出して、付けるようにジェスチャーしてきた。一体どういう仕組みなのか理解できないが毒の霧の中でも楽に呼吸が出来るようになった。なぜ、この男2人はマスク無しで平気なのだろう?

 

 大型の8つの車輪が付いている明らかに戦闘用と思われる装甲で覆われている神の荷車には先ほどより大きめの遠距離武器が上部に固定されており、内部には武器が大量に積まれていた。彼らには知る由も無いが、これは道中で放置されていた自衛隊の装甲車両にウルベルト達が乗り換えたのだ。武器は主に自衛隊が使う日本製やアメリカ製の物、ウルベルトがアジトに隠し持っていた中国製やイスラエル製やロシア製の武器などが中心だ。

 

 特にロシア製の物は非常に持ちが良く修理やメンテナンスが容易で200年前の武器ですら未だに現役でゲリラや紛争地帯で愛され使用されている。一体どうやって入手して何をするつもりだったのか、RPG-7という年代物のロケットランチャーや予備のロケット推進式の弾頭まで揃っていた。

 

 ドーン!ゴロゴロゴロ!

 

 突然、空で真っ赤な稲妻が轟き直撃した高い建造物が崩れていく様子が明滅する稲妻の明かりによってシルエットが霧に映し出されていた。そしてボツリと血が空から降ってくると真っ赤な血が豪雨となり降り注ぎ、辺り一面は血で染まっていく。

 

 そしてニグンとクレマンティーヌは雷鳴で照らし出された巨大な化け物を見て絶句する。高さは300メートルはあるだろう長い脚がいくつもある細長い巨大な化け物が胴体から伸びる無数の触手をうねうねと動かしている様子が見えたからだ。

 

 超巨大な化け物や人面蜘蛛、血の雨が豪雨となって降り注ぎ、それを養分として成長しているであろう赤い植物。そして建物が崩壊する程の破壊力を持った赤い稲妻が轟く世界。どうやらここは地獄らしい。そして魔法も存在しないこの世界でそれでも力強く生き残っている人類の逞しさはなんと素晴らしいのか!魔法の代わりに道具が発達したのだろうとニグンはこの世界で生きる人類を称えた。

 

 そして、彼は人類を守護する者としてスレイン法国に生きる人間としてあの巨大な化け物を倒す覚悟を決めた。恐らくあれさえ倒せれば、あとはこの世界の人類が発明した高度な武器で対処が可能だろう。もし帰れれば、この異世界に救援を派遣するように申請しよう。懐から魔封じの水晶を取り出す。

 

(魔力の消費が激しいが、最悪でも一回は魔法が使えるだろう)

 

「下がるのだ!今から最上位天使を召喚する!出でよ!ドミニオン・オーソリティ!」

 

 眩い白い閃光が広がり周囲の霧や雲が吹き飛ばされて1世紀ぶりに青空が広がり、太陽の日差しが異形の怪物達の蹂躙を受けて破壊された東京の街並みを照らし出す。

 

 まさにその様子は地獄に降臨した天使が神聖な光に包まれているような神秘的で生命力や希望を感じる神聖な雰囲気を出していた。恐らく周辺に生き残っている人間がいたらこの光景を見て涙を流して歓喜したことだろう。

 

 しかし、それを知っているたっち・みーとウルベルトは違う意味で驚愕していた。

 

「なあ、たっちさん。あれってユグドラシルのやつだよな?」

「そう・・・だな」

「地獄の怪物が現れた次は、ゲームのキャラクターが出てくるとかどうなってんだ?」

「わからん。もう何を見ても驚かんさ」

 

 2人は直ぐにヨーロッパ人と思われる男が何をするのか理解して急いで車内から対戦車ライフルや携帯用対戦車ミサイルを持ち出し組み立てる。

 

「最上位天使の力を見るがいい魔物よ!聖なる極撃(ホーリー・スマイト)を放て!」

 

 見事に聖なる極撃(ホーリー・スマイト)が直撃した巨大生物はよろめき、その隙を逃さない様にたっち・みーは対戦車ライフルを胴体に撃ち込む。そしてウルベルトはレーザー誘導式のジャベリン砲を発射する。煙を出しながら進んでいくミサイルは巨大生物の胴体に直撃して巨大な爆発を起こし巨大生物が呻き声をあげ、2発目の聖なる極撃(ホーリー・スマイト)が止めとなり巨大生物は崩れる様に倒れた。

 

 それと同時に2発目の魔法を使用して魔力を完全に失ったドミニオン・オーソリティは光の粒となり消滅していく。共に強大な敵を倒して心が通じ合っているのか3人は何やら握手を交わしたり紙に字を書いて意思疎通を図っている一方でクレマンティーヌは手持無沙汰な感じがしてやまなかった。

 

 確かに、この小さい武器は何発も続けて発射出来てクロスボウや弓よりは優れているだろうが、ニグンの使った魔封じの水晶やあの男2人が使っている強力な武器と比べるとなんだか頼りなさを感じる。軽くて携帯しやすく自分の戦闘スタイルでも組み合わせられる凄い便利な武器なのは間違いないんだけど。

 

 

 

 

 カルネ村周辺

 

「レラティビティ様、カルネ村を中心に世界の境界線の崩壊が拡大していると思われます。事態を隠蔽する為に迷い込んだ女性を始末しようとしたのですが向こう側に消えてしまいました」

「そうか、ありがとうナイアラ。まさか、会社で進めていた計画(プロジェクト)が失敗してこんな事態が起こるとは思ってなかった」

 

 レラティビティは貨物船を調べて回収した航海日誌などから、自分が投資して関わっていた巨大複合企業の計画―――粒子加速装置の出力を最大限に上げて99.9998%という限りなく光速に近い速度で粒子を対衝突させたエネルギーで空間に負荷を与え、世界の壁に穴を開けて違う世界から手付かずの資源や食料を奪い可能なら移住する計画。これが思わぬ事態を引き起こしてこの世界と現実世界、そしてもう一つの完全に未知な異世界の3つが繋がってしまっている事を知った。特に現実世界は3つ目の世界からの浸食が激しく壊滅状態の様だ。

 

 大昔から壁を壊すには爆弾で吹き飛ばせば良いと相場が決まっているが、爆破工事に失敗して壁の崩壊が止まらなくなったというところだろうか。世界の境界線が壊れて存在があやふやになってしまったせいで転移が起きたのだという事がわかった。

 

 船内にいた未知の異形の生物は大方始末して、積み荷のコンテナに入っていた顕微鏡でその生物を調べたがDNAの螺旋構造が3つあったり、地球と似ているが違う生物であることがわかった。しかも塩基配列は4種類ではなく6種類も存在している。恐らく地球は間もなく異常な生命力を持った未知の生命体に乗っ取られて、ある意味では生態系が回復して生命の溢れる豊かな星になるだろう。・・・異形の生命体が溢れる魔境としてだが。

 

「一体、私たちはこれからどうなるのでしょうか?」

「宇宙は一つではなく、無数に存在している。それらの境界線が崩れていずれは一つに混ざり合ってしまうだろうね。その先にどんな世界が待っているかは分からない・・・それで、そのデカいハムスターはなんだ?」

「はい、この周辺に動物が迷い込んでいたので追い返そうとしたのですが、多少は知能があるようなので捕らえました」

 

 全身の毛が逆立ち鱗に覆われた長いしっぽを腹の下に丸め込んでいる怯えた巨大なハムスターがブルブルと震えている。

 

「よく聞けハムスター。この周辺には二度と近づくな、そしてここで見た事や聞いたことを誰かに話せばハムステーキにして食ってやる。理解したら去るが良い」

 

 人間だったら情報漏洩を防ぐために殺すつもりだったがハムスターなので多めに見ることにした。

 

「ヒィ!某は森から出て行くでござるから食べないで欲しいでござるー!」

 

 巨大なハムスターはエ・ランテルのある方角へ全速力で走り去っていく。

 

「では、ナイアラ。お前はリ・エスティーゼ王国の王都に潜入して無能な貴族達や王族達を改心させ、駄目なら発狂させて自殺に追い込め。有用な人物が存在した場合はその人物を中心とした勢力の構築に協力して、政権交代させろ。随時、必要に応じて技術提供をしてもいいが、産業革命以降の原理を教えることは禁止だ。身勝手で罪深い組織が存在した場合は自らの判断で必要悪か不必要な物か分析して対応するように。私は貨物船の使える機材を回収する」

 

 リ・エスティーゼ王国は内政がガバガバで隙だらけであり最も乗っ取りやすい国だと判明した。王派閥と貴族派閥の権力争いに乗じて乗っ取ればいい。まさに「ご自由にお使いください」と国が置いてあるようなもんだ。王国を駒として使い世界を自分が望む方向に持っていく。現実世界では叶わなかった人類の夢を。

 

 レラティビティの頭の中には子供の頃から夢見てきた盛大な目標があった。この地上に人工的な楽園(エデン)を築き上げる事。高度な科学技術と自然が調和し、地上からは飢饉や疫病が一掃され、人類が新たな開拓地(フロンティア)を求めて広大な宇宙に広がっていく。

 

 数多くの偉大な先人たちが未来に夢描いてきた輝かしい未来をただのSFの夢物語として終わらせはしない。

 

 神がいないなら自らがその仕事を行えば良い。長い歴史を歩んできた先輩として我々の歴史で繰り返されてきた数々の失敗を回避して効率よく立ち回り導いていく。

 

 少々、予定は狂ったがこの世界をベースに計画を進めて現実世界から使える技術は回収し、この世界が危うくなるギリギリの所で”流れ星の指輪”で穴を塞いでしまえば良いだろう。それまでは隠蔽工作をしなければいけない。

 

 転移初日に使用した”流れ星の指輪”でこの世界の寿命は永遠になったはずだから、しばらく放置してもこの世界が崩壊することは無いだろう。

 

「畏まりましたレラティビティ様!我が創造主のご意志のままに!」

 

 ナイアラは白いスーパーカーに変身するとエンジン音を唸らせながら、王都に向かって砂埃を上げ走り去っていく。彼女はレラティビティがこっそりと作った長い黒髪のスーツ姿の女性型NPCでドッペルゲンガーだ。ナーベラル・ガンマとパンドラズ・アクターを足して割ったようなバランスになっており、ドッペルゲンガーの種族レベルとトリックスターの職業レベルが半々ぐらいだ。

 

 彼女はレラティビティの設定によりシズ・デルタ並みにテクノロジーへの理解度が高く、外装データにはレラティビティが趣味で再現したスーパーカーの姿などがある。他にも戦闘機や戦闘ヘリの外装データも。もっとも、悪魔で外装を再現しただけなのでミサイルは撃てないが。

 

 以前、この村に訪れた王国の戦士達やスレイン法国の魔法詠唱者(マジックキャスター)を自動車に偽装して村娘の幻影を映し出し、騙して情報収集を行った後に殺戮したり優秀なNPCだ。ただ、少しばかり猫の様に獲物で遊ぶきらいがあり、現にガゼフとニグンとクレマンティーヌの3人を取り逃がしてしまっている。しかしながらレラティビティ本人も殺し損ねた蚊に対するような感覚しかない為、問題になる様なら改めてその時に始末すれば良いかと見逃すことにした。

 

 それに現実世界に消えた2人に関しては後を追っても、またこちらに帰れる保証が無い。向こうはかなり酷い様だから生き残れる可能性は低いだろうし放置で問題ない。問題はガゼフだ。ナザリックの手厚い保護のせいで手が出せない。

 

 名前負けしていない本当の意味で()()()()()()になってしまった。

 

 王国の上層部はこれからナイアラの手によって改善されるだろうから、ついでにガゼフを閑職に追いやって飼い殺しにすれば問題ないだろう。それにそこまでしなくても、現代でもUFOや宇宙人を見たと騒いだところで誰も信じないのと同じように”可哀そうな人”で済む可能性もある。

 

 ガゼフの報告を聞いた王国側の反応次第だな。変に動いてナザリックを刺激したくない。既にアルベドにモモンガの個人情報を渡して内部工作してあるから、モモンガに取って不利益になる事をしなければ敵対されることは無いだろう。ベルリバーが内の企業の情報を盗んだ際に念のために「アインズ・ウール・ゴウン」のギルドメンバー全員の情報を調べておいた甲斐があった。まさか、こんな形で役に立つ日が来るとは。

 

 アルベドとデミウルゴスの頭脳は脅威で見抜かれるのは時間の問題だが、それを前提にして手を回しておけば良い。彼らNPCの弱点は”高すぎる忠誠心”及びに”性格を熟知している事”だ。優れた頭脳を持ってはいるが、性格に癖がある為に自ずと思考にも癖が出てくる。故に過程は予測できなくても到達点はある程度予測できる。モモンガが幸せを感じながら平穏に暮らす道を選べば全く問題ない。結果的にモモンガの幸福に繋がるのならアルベドとデミウルゴスは気付いたとしても、こちらに干渉してこないはずだ。

 

 だからこそ、内の企業が原因で崩壊していく現実世界の事は絶対に隠蔽して無かった事にしなければならない。自身もナイアラも戦闘スキルが低く、直接戦闘したら確実に負ける。

 

 それでも、やはり万が一の時に備えて抑止力を持つことは必要か。幸いにもこの原子力貨物船のリアクターを改造すれば原子力爆弾が造れる。若干、本家の水爆と比べたら破壊力に劣るが転移の指輪(リング・オブ・アインズウールゴウン)を使ってナザリック地下大墳墓を内側から爆発させれば完全に崩落するだろう。

 

 ナイアラに指輪を持たせて原子力爆弾ごと第十階層に転移して自爆してもらえば良い。NPCもワールドアイテムも全て6000度以上の超高温地獄で流石に蒸発するはずだ。そしてユグドラシル金貨は溶解するからNPCの復活も二度と不可能。

 

 それとも、第五階層の氷河が一気に蒸発する際に発生する水蒸気爆発の圧力を利用した方が破壊力が高くなるか?しかしそれでは浅すぎて下の階層のNPC達を生き埋めにするだけになる。やはり最下層を吹き飛ばすのが最も効果的か。ただ玉座は警備が厳重だ。一般メイドが使用している一つ上の第九階層で爆発させた方が気付いた時には手遅れで盛大に吹き飛ぶはず。

 

 高層ビルの爆破解体の専門家ではないからわからんが、まあ一番下を吹き飛ばすのが無難だろう。ただ、物理的な破壊では無く、心臓部を狙い撃ちするなら宝物殿で核爆発を発生させればユグドラシル金貨が使えなくなり、維持費を失ったナザリック地下大墳墓は瞬く間に壊滅する。いずれにしても原子力爆弾の存在を知られると最終手段の決行が困難な為に、抑止力としては使えない。成功させるなら相手がこちらの情報を知らない事を前提にゲリラ的に行う必要がある。

 

 しかし、これはナザリックと敵対した時の最終手段。現地の強者もいる可能性が濃厚だからいたずらに手札を失いたくは無い。一人になってしまった場合に計画を続行することは不可能ではないが非常に困難になる。

 

 人類の夢を叶える為には最善手を考えて可能な限り避けれる争いは避けなければならない。この世界でもう一度人類はやり直し、いつの日か必ず、大空の彼方へと旅ができる輝かしい未来を叶えて見せる。

 




ようやくレラティビティのNPCが出せませた。そして、次の話こそ漆黒と蒼の薔薇の冒険に戻ります。

アインズ様がアルベドをきっかけにNPCを”共に生きる仲間”と認識を改めた一方で、レラティビティは”道具”として認識しています。

そして、現実世界では本来存在しない法則の為に魔法や武技の燃費が非常に悪くなっており、1回か2回使えば尽きてしまう設定です。それでもナザリック勢力は消費の少ない低位階魔法なら連発出来ますし、ステータスに物を言わせて殴るだけでも強いですがw

クレマンティーヌは1.1ガゼフ程の強さがある為、近距離戦では現実世界においてアクション映画の主人公並みの強さを発揮します。武技が使えれば銃弾を躱しながらスッといってドスッとできるでしょう。武技が使えれば。

また自動翻訳もされない為、言語が通じませんが、信心深いニグンさんなら信仰心で日本語を習得できるはず。


●ナイアラ レベル100 種族:旧支配者、ドッペルゲンガー 職業:トリックスター

カルマ:極悪

レラティビティが秘蔵していたNPC。転移後にナザリックから脱走して行方不明。普段はレラティビティの人間形態と同じ外装をしている。混沌を司るトリックスターとして様々な悪さやイタズラをして暗躍する。影武者。使徒。

本来の外装データは長い黒髪のスーツ姿の女性の姿。レラティビティがゲーム内でドライブを楽しむ為に作った現実世界のスポーツカーを再現した外装データを持っている。

高度な魔法や技術を相手に与えて自滅させるのが趣味。

●異形の生命体
ナザリックが転移した世界でも、現実世界でもない、異次元から来た謎の生物。
300メートルの巨大生物は第7位階魔法や対戦車兵器を数発叩きこめば倒せるぐらいの強さ。なお、大阪では一体倒された模様。

少し硬いだけの普通(?)の生き物です。

現実世界基準では怪物ですが、この世界の冒険者にとっては頑張れば倒せるぐらい。人面蜘蛛は弓があればカッパー級冒険者でも簡単に倒せます。

人面蜘蛛は人間の死体に卵を産み付けて孵化して、九官鳥のように人の言葉を真似します。そして数が多い。

謎の赤い植物は異次元の世界で生息している胞子で繁殖するシダ系の植物って考えていますが、深いことは考えていません。雰囲気を出すために使ったパセリ的な物です。




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