42~Blind Spot~   作:フリーマスタード
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予告を無視してすみません。
全く予告と関係ないリアルの世界について言及した話になります。


第6話:レラティビティ

 すっかりと日が暮れて深い暗闇に覆われたトブの大森林南部付近。空には雲が掛かっており時折雲の切れ目から月明かりが差すと全長400メートルの巨大な貨物船の姿が照らし出される。まるで全ての生命が消えてしまったかのように森からは虫の鳴き声すら聞こえず、風で騒めく草木の音や巨大な貨物船の船体が軋む音のみが聞こえる。

 

 そう、これはリアルの世界にて21世紀から使われている超大型のコンテナ船。最大規模の物ではスエズ運河やマラッカ海峡を通れるギリギリの大きさの全長470メートルの船も存在する。特に主要な資源のほとんどが枯渇した22世紀においては航空機のジェット燃料は非常に高く、コストを抑える為に飛行機による空輸よりも大型貨物船で纏めて一気に運ぶ事が多い。

 

 一般船舶で使用される重油はバイオディーゼル燃料などトウモロコシを利用した代替え燃料が使えるからだ。特に広大な土地と経済力を持っているアメリカや中国では代替え燃料の為だけに使うトウモロコシを育てているアーコロジー・ファームがいくつも存在している。もっとも、国内の食料事情は日本とあまり変わらないが。市民の食料よりも企業が使う船舶や重機の燃料確保が優先されている。

 

 さらに全長400メートル以上の貨物船を所有する巨大複合企業では米海軍で使われている原子力空母の技術を流用した原子力貨物船も建造しており一度燃料補給してしまえば50年間は使い続ける事ができる。これが前世紀なら一企業がウランを保有するのはあり得ない事だったが、事実上国家という物は形骸化している為に企業の暴走を止める者は誰もいない。

 

 そして、良いのか悪いのか。ウランは数少ない今でも現存する資源であり、何も資源が残っていない内陸部の国家では使い切りの核兵器の生産中止及びに解体して抑止力としての必要最低数だけを残して燃料として優先的に消費されている。いずれは大型船舶や原子力発電用に容赦なく浪費され始めたウランも23世紀には枯渇して物理的に核兵器は二度と作れなくなるだろう。もっとも、あと100年経っても人類が滅びていなければの話だが。

 

 その様な国際情勢の中で日本は未だに国外からの資源に頼っているのかと言えば、そうでもない。21世紀中盤までは天然の温泉が数多く存在していたが、現在は各所に地熱発電所が乱立したことによりほぼ全ての温泉が消滅した。22世紀では深刻な大気汚染により太陽光発電が役に立たない為、火山大国で島国である事を活かした地熱発電や潮力発電が国内の主要なエネルギーとなっている。

 

 前世紀では潮の満ち引きを利用した潮力発電はタービンにフジツボや貝が付着して、それらを除去する為のメンテナンスに膨大なコストが掛る為に採算が悪く実用化を見送られていたが、幸か不幸か、現代では深刻な海洋汚染により海洋の生態系は全滅しているのでフジツボや貝がタービンに付着する心配がないのだ。

 

 一時は急速に発展していくアジアや南アジア諸国に追い越されそうになったが、深刻な環境破壊や資源の枯渇で多くの国が自滅していく中で火山と海に恵まれていた日本は電力の最大輸出国として息を吹き返して再びGNP上位の国となっていた。化石燃料や太陽光発電が使えなくなった世界で多くの国がやむを得ず原子力発電に回帰する中で数少ない再生可能エネルギーで全てを賄えている国だ。

 

 アメリカでは核融合発電も実用化されているが、作り方が余りにも複雑で難しすぎる為に設備投資費を回収するのに何十年も掛かってしまい全く普及していない。それよりも基本原理は水力発電とほとんど変わらない潮力発電などの方が低コストで作れて安定した電力を得ることができる。または海水を内陸まで運ぶ為のコストは懸かるが原理は火力発電と変わらない火山による地熱を利用した地熱発電が日本やハワイで普及している。

 

 特にハワイでは観光収入が成り立たなくなっている為に発電所が乱立しているエネルギープラントに島全体がなっていた。かつての面影は完全になくなっており、今ではアメリカ合衆国の電力需要を支える重要な場所となっている。イエローストーン国立自然公園という膨大な地熱エネルギーが眠っている場所もあるが、内陸部で海から遠い為、地熱発電に利用するのは難易度が高い。

 

 海水を溶岩で蒸発させて発生した蒸気でタービンを回転させる為、電力生み出すだけではなく火山を冷却するガス抜きとしての効果もある。その甲斐もあり日本やハワイでは噴火が起きる頻度は少なくなった。そのデメリットでかつては豊富に湧いていた天然の温泉が全て消滅したが、末期的な環境の今のご時世ではもはや些細な事だった。

 

 地熱発電は大雑把に言ってしまえば火力発電で使われていた石油が溶岩に変わっただけだ。火山の真上に建っている為に作業員にとっては危険があるが、それでも原子力発電に比べたら遥かにマシで、何よりも贅沢を言えるほど世界には資源が残っていない為に使える物は何でも使わなければ人口を支えることができない。

 

 もっとも悲惨なのが貧しい内陸部の国家だ。ある物といえば砂と岩しかなく輸入に頼らなければ資源が何も残っていない。多くの貧しい内陸国家が資源の奪い合いをしている中で、厳しくとも大規模な戦争と無縁で働けば格差はあれども誰でも生きていける日本はかなり恵まれている部類に入る。ましてやユグドラシルで遊ぶことができた鈴木悟は自覚は無かったかもしれないが、世界的な平均から見れば相当上位の裕福な暮らしをしている。

 

 予想では一部滅びる国も出てくるだろうが、再生可能資源に恵まれている日本はあと100年から200年は文明を維持できるだろうと見込んでいる。食料自給率の問題で人口は減少していくだろうが。それを覚悟すれば周りの国が全て滅びても規模を縮小すれば辛うじて社会を維持することは可能だろう。恐らく劇的な死ではなく、徐々に人類の灯が緩やかに消えていく。

 

 かつて1940年代に石油資源を求めて起こした太平洋戦争とその結末を思えば、今や火山と海という資源を活用して世界有数の資源大国となっているのはなんと皮肉な事だろう。そして、やはり日本は平和だと腐ってしまうが逆境には世界で一番強い国だ。

 

 第二次世界大戦では2発の原爆が落とされ、2036年に発生した南海トラフ巨大連動地震では浜岡原発が国内2度目のメルトダウンを起こし、それがきっかけで世論が大きく動き原発の国内完全廃止が決まった。合計で4回も原子力に纏わる惨事が起きているがそれでも見事に復活している。

 

 幕末からの明治維新による凄まじい速度の近代化、第二次世界大戦後の1950年から1980年にかけた高度経済成長で誕生した企業達は22世紀では世界有数の巨大複合企業になっているし、2080年には完全に自然が破壊されて海で泳ぐことも出来なければ呼吸すらもできない中で日本は火山と潮力を有効活用しアーコロジーの建設も始めた。日本の地震と共に歩んできた高度な建築技術は他国の追従を許さず、海外に建つアーコロジーはほとんど日本製だ。

 

 21世紀の初頭から既に進行が始まったいた北京やムンバイのPM2.5等による大気汚染はどんどん広大化、深刻化していき日本列島は早い時期に完全に覆われた。それにより早い段階から日本企業では空気をろ過する為のマスクから始まり人口肺が商品開発されていき特許を獲得したことにより巨大複合企業の雛型が完成していた。

 

 

 そして、そんな静かにゆっくりと着実に死に向かう世界から来たとしか思えない原子力貨物船がなぜ世界の壁を越えてトブの大森林に現れたのか?もっともそれを言ってしまえばゲームのデータに過ぎなかったナザリック地下大墳墓がそのままこちらの世界に来たことの方が遥かに謎なので、純粋にリアルの世界の船が航海中に行方不明になりこちらの世界に来たのだろうと考える。

 

 昔から飛行機や船舶が航海中に行方不明になり消息を絶ってしまう話や事件は多い為、単なる事故から異世界にワープした等いろいろな噂が古今東西で語り続けられている。

 

 もしも、この世界が”出口”なら他の年代の飛行機や船が現れた可能性もある。しかし、仮に18世紀や20世紀に失踪した船がこちらの世界に現れていたとすれば、何万年以上も大昔の事になるだろう。ユグドラシルの強制ログアウトの僅かなバラつきで200年前に現れたプレイヤーの事を思えば、リアルでの数百年はこちらでは何十万年か数億年の差になる可能性がある。

 

 ―――もしかすると、この世界の人間種の遠い子孫は何千万年も昔に現れた18世紀や20世紀の船の生き残りか?それが原生種族のエルフ等と交配したことにより遺伝的に魔法が使える様になった可能性はある。

 

 そうすれば、この世界の人間が妙にリアルの様に弱すぎる事の説明もできるだろう。

 

 様々な知的種族が混在する世界で力の弱い人間が碌な道具も無い原始時代で生存競争に勝ち生き抜くことは困難だろう。もしも、地面を掘って類人猿の化石が出てこなければその可能性は大いに高くなる。いくら魔法が存在する世界だからといって突然、生物が完成形態で現れるなんて物理的にあり得るはずが無い。どこの世界でもダーウィンの進化論は適用されるはずだ。

 

 いきなり書き始めたばかりの小説の初心者がシェイクスピアの様な大作を書けるはずがない。必ず段階を経て成長し変化していくものだ。何事にも”最初”は存在する。

 

 別の世界から”完成された物”が突然現れた場合を除いては。

 

 それにこの世界特有の始祖の魔法(ワイルド・マジック)の存在も評議国で確認できた。そしてユグドラシルの位階魔法の存在や言語が自動翻訳されるのは完全に八欲王が”流れ星の指輪”を使ったせいだろう。

 

 ある意味、この世界の法則の汚染具合は深刻とも言える。この世界の事を考えればリアルから来た”ナザリック地下大墳墓”及びに大陸中央の砂漠地帯に存在する八欲王のギルド拠点”浮遊都市エリュエンティウ”を完全破壊した後に自身を削除しなければならない。

 

 人類がめちゃくちゃに壊してしまう世界は一つで十分だ。せめて、友人を殺すことになってもこの世界は守りたい。異世界から来た我々が干渉するべきでは無い。

 

 では、自殺するためにこの世界に来たのか?否。たしかにこの世界で生きている。パラドクスは抱えていても。何をするのが最も理に適っているのだろう?

 

 レラティビティは一人で船内を調べていた。彼は唯物主義者であり宗教的な”神”とか”あの世”や”奇跡”には否定的な立場だ。あくまで彼はこの世の万物の事象は原因と結果による複雑な連鎖反応によって起こるのであって、その連鎖反応の大元に辿り着くことが出来れば全ての事象は説明可能だし制御も可能と考えている。

 

 なぜ、どうとでも解釈できる抽象的な何でもありのワイルドカードを使っている宗教を疑わずに信じている人間がいるのか理解できず、彼は若いころは宗教に熱心で勧誘してきた友人を論理で説き伏せて恨みを買ったり、逆に人の良心を踏み台代わりに利用して詐欺師に近いことも行っていた。

 

 そして、彼は大人になる頃にはそういった物が社会には必要な事を理解していた。例え間違っていたとしても、社会には必要なのだ。ガッチリと固めるよりも遊び幅を持たせることが必要なのだ。宗教の現代版がメディアであり、両者とも国民の注意や関心を現実から逸らさせる事に大いに役立っている。例え、社会の歯車に過ぎない現実が真実であったとしても宗教を信じるなり、豊富なメディアでガス抜きをしたり、国家という大規模な集団を統制する為には必要不可欠な物なのだ。

 

 この世では常に何らかの事象が絶えずに発生しているが、たまたまそれらが()()()()()()()()()()()()()奇跡だと感じ、()()()()()()()不幸だと勝手に感じているだけだと解釈していた。

 

 価値という概念と同じで、人間が勝手に付けたものに過ぎないというのがレラティビティの考え方だ。この世には意味も無ければ価値も存在しない、ただ在るだけの世界。

 

 そして、彼は2030年には喫煙による食道癌になり、既に長年の放置によりあちこちに腫瘍が転移していて手遅れだった。かつて宗教を否定して恨みを買った友人からは罰が当たったと言われた。

 

 しかしレラティビティは罰ではなく己が喫煙をしたことによる因果応報であり、論理的に説明できることだと反論をした。例え死んでも論理的思考こそが真実であり、この世の万物は論理的に説明できるというのが彼の信念だった。そして、親に恵まれていた彼は未来に希望を託して長い長い眠りについた。

 

 

 

 

 目覚めたら既に100年余りが経過しており世界は2030年とは大幅に変わっていた。完全に失われてしまった青い空や緑に絶望し、自身の知る全ての物を命と引き換えに失ってしまった彼は親の墓の前で何時間も泣いた。それが原因となり彼の心の奥で狂気の種が育ち始める。

 

 ―――すべてを無に帰して世界をリセットさせると。

 

 その時の彼は人類を豊かにすると信じてきた科学の発展が地球を破壊してしまった、世界が壊れてしまった未来を直に見て価値観やアイデンティティが崩壊していた。さらに精神的な追い打ちとなったのはデータベースで調べた自身の親の結末だった。

 

 自分にとっては昨日まで元気だった親が自身が眠りに就いている間に歩んだ悲劇の結末。以来、彼は自滅願望を持ちつつも、100年間の利息で大幅に増えた財力を活用して冷凍前とは打って変わって攻撃的な行動を取るようになっていった。自暴自棄になり心を捨てつつある彼は6年の間で着々と勢力を伸ばしていき巨大複合企業の予算委員会に出席するまでになり、かつての1世紀前の友人の”罰が当たった”という言葉があながち間違いではなかったかもしれないと皮肉気に笑っていた。

 

 他の星への移住は不可能。地球は死にかけている。かつての緑が豊かで空が青かった世界で生きた人間からすれば地獄そのものと言えるし、むしろ物語で語られている地獄が存在するなら休暇はそこで過ごしたいと思えるほどだ。どんな物語で語られている地獄でも流石に人口肺無しで呼吸ができる。

 

 そう、人類が生き残る方法は無く、どれだけ時間稼ぎができるかの段階にまで追い詰められている事を知った。もはや、人類の絶滅は避けることが不可能な確定事項だった。碌に空気が無い火星の方がずっとマシと思える程汚染された星に変わっていた。その悪夢のような真実を知ってしまった彼は馬鹿らしくなりユグドラシルという自由度が高くて面白そうなゲームを始めた。自分が生きている間だけ金が持てば関係ない。どうせ滅ぶのだからと。

 

 2020年や30年のVRとは完全に別物で非常に面白かった。若干、インプラントやナノマシン関連の手術には抵抗感があったが、どうせ滅ぶなら関係ないだろう。

 

 しかし、転移後に生き生きと独立した自我を持ったNPC達、特に容姿が好みであったルプスレギナを見て人間らしい心も解凍されていた。この世界がいずれは同じ歴史を辿り汚染されることを黙認して人として生きるべきか、神の仕事を引き継いでこの世界の安定のために容赦なく自身を含む異物を抹消するべきか悩んでいた。

 

「神は存在しない。だったな。確かに君が言ったように行き過ぎた世界は間違っていたよ」

 

 彼は虚空に向かってかつての亡き友人に語り掛ける。答えるものは誰もいない。

 




2話と5話にて誤字を報告してくださったザイン様と対艦ヘリ骸龍様どうもありがとうございました。




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