スイス・チューリッヒ工科大学と米ローレンス・リバモア国立研究所が、カーボンナノチューブ(CNT)を用いた超高感度の分子センサを開発した。表面増強ラマン分光(SERS:surface-enhanced Raman spectroscopy)用の基板として金と酸化ハフニウムをコーティングしたCNTを使っている。pptレベルといわれる犬の鼻に匹敵する感度で特定分子の検出を行うことができ、従来のSERS基板と比べて安価かつ容易に製造できるという。2013年8月27日発行の Advanced Materials に論文が掲載されている。
SERSは、特定波長の光を試料に照射したときに試料の分子の振動モードに応じて返ってくるラマン散乱光を表面プラズモン共鳴によって増幅することで、極微量の分子の特定を行う分析手法である。従来のSERSでは、リソグラフィ加工によって金属ナノ構造を形成した基板を使って、ラマン散乱の信号増幅が行われる。
今回の研究では、リソグラフィによるトップダウン型の製法ではなく、ボトムアップ成長させた垂直配向CNTを使って超高感度のSERS基板が作製できることが示された。トップダウンのプロセスと比べて、低コストで大面積の基板を作製できるとみられる。
周密に垂直配向させたCNT群の表面は、先端が絡まりあって湾曲し、多くの接合部を有するキャノピ状の構造となる。このCNT表面に金および酸化ハフニウムをコーティングしたものをSERS基板として用いたところ、1リットル当たり数百フェムトモルという極めて低濃度の有機分子BPEを検出することができたという(100フェムトモル溶液に含まれるBPEは1リットル当たり約30兆分の1グラム)。
技術のポイントは、CNTのコーティングに金だけでなく高誘電絶縁体である酸化ハフニウムを用いたところにある。金だけを被覆したCNTでは、CNTの仕事関数が 4.95eV 程度、金の仕事関数が 5.1eV 程度となっており、仕事関数にわずかな差しかないため、CNTと金の間で電子が直接輸送されることで金表面での表面プラズモンが消滅してしまい、目立った信号増幅効果が得られない。
一方、仕事関数 7eV 程度の酸化ハフニウム薄膜を金とCNTの間に挟むと、金とCNTの電子エネルギー準位の結合を防いで金の表面プラズモンを持続させる効果があると考えられる。また、ナノワイヤが集積した接合部分がランダムに形成されることで、表面増強効果を担う「ホットスポット」が多数生じることも、信号増幅に寄与していると考えられる。
SERSによる超高感度分子検出の応用分野としては、水中に含まれる環境汚染物質や残存薬物のオンサイト分析から、バイオ・医療、犯罪捜査、麻薬捜査、生物化学兵器の早期発見といった軍事利用まで幅広い可能性がある。研究グループは、今回の技術の製品化に向けて、産業界の研究パートナーを探しているところであるという。
発表資料
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