ポイント
- 化学物質を電気的に検出する一般的なガスセンサは大きなエネルギーを消費している。
- ナノスケールで熱を時間・空間制御することにより、従来の10億分の1の微小なエネルギーで動く分子センサの開発に世界に先駆けて成功した。
- 本センサ技術により化学物質をモバイル機器で検知するなど新たな利用が期待される。
九州大学 先導物質化学研究所の柳田 剛 教授らの研究グループは、従来の10億分の1のエネルギー(pJ:ピコジュール注1))で駆動する分子センサを世界に先駆けて開発しました。従来のガスセンサでは、その消費エネルギーが極めて大きく(~mJ:ミリジュール)、センサエレクトロニクス応用は困難であり、より少ない消費エネルギーで駆動する高感度な分子センサの開発が来たるIoT(モノのインターネット)注2)社会に向けて強く望まれていました。
本研究グループは、ナノスケール領域における熱を時間・空間的に制御するという新しい概念をナノ分子センサに導入することで、開発に成功しました。
本分子センサデバイスは、我々の健康に関連した揮発性化学物質をモバイル機器で検知する新しい技術へと発展し、集めた化学物質データをビッグデータとして活用する新しいビジネス展開も期待されます。
本研究は、慶應義塾大学 理工学部の内田 建 教授と共同で行ったものです。
本研究成果は、2016年7月19日に米国化学会誌「ACS Sensors」に掲載されました。
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域 | 「素材・デバイス・システム融合による革新的ナノエレクトロニクスの創成」 (研究総括:桜井 貴康 東京大学 教授) |
研究課題 | 「極細電荷チャネルとナノ熱管理工学による極小エネルギー・多機能センサプラットフォームの創製」 |
研究代表者 | 内田 建(慶應義塾大学 理工学部 教授) |
研究期間 | 平成25年10月~平成31年3月 |
<研究の背景と経緯>
近年のモバイル(持ち運び可能な)機器の急速な発展や普及によって、以前は予想できなかった時間的・空間的なビッグデータの収集が可能になりつつあります。AI注3)などの情報処理技術の革新的進展により、これらのデータを活用した新しい科学技術が生まれようとしています。現在のモバイル機器では、温度、位置、動きなどの物理的なデータを収集できていますが、今後は我々の健康に関連した多種多様な化学物質に関するデータを電子デバイスで収集する新しいセンサエレクトロニクスが重要になります。しかし、従来のガスセンサなどでは極めて大きな消費エネルギー(~mJ)を必要とし、モバイル機器への展開は困難でした。そのため、センサエレクトロニクスとして適用可能な超低消費エネルギーかつ高感度な化学分子センサの開発が強く望まれていました。
<研究の内容>
本研究では、低消費エネルギーかつ高感度な分子センサを実現するために、下記に示すアプローチを提案、実証しました。
◎低消費エネルギーのアプローチとして、ピンポイントでのナノ時間・空間熱制御
ナノワイヤー注4)分子センサの原理は、酸化物材料から構成されるナノワイヤー表面において、ターゲット分子が酸化還元反応を起こすことでナノワイヤーの電気抵抗値を変化することに由来しています。このナノワイヤー表面における酸化還元反応を生じさせるためには、反応の活性化エネルギーを超える熱のアシストが必要であったが、下記のナノ時空間制御により低消費エネルギーを実証しました。
- 1. 数10ナノメートルの径を持つ極めて微小なナノワイヤー構造(微小体積、小さな熱伝導率)に自己加熱法注5)を適用することにより、小さなエネルギーで必要最低限のナノサイズ空間だけの熱を制御することが可能となりました。
- 2. 加えて、ナノワイヤーの極めて小さな熱緩和時間注6)(サブマイクロ秒)を利用したサブマイクロ秒レベルのパルス自己加熱法注7)を適用することで、検出が必要な時だけに熱を時系列で制御することが可能です。
- 3. これらの熱の時間・空間制御により、今回開発した分子センサが世界最小値であるピコジュール程度の消費エネルギー(従来技術の10億分の1)で100ppb注8)のNOx分子を電流検知可能であることを実証しました。
◎センサの高感度化アプローチとして、パルス加熱を利用
従来の連続加熱法注9)では、高温時の電気抵抗値を測定する必要があったが、パルス自己加熱法を用いることで、パルス加熱を停止している間(すなわち、低温時)に抵抗値を読み取ることが可能となり、半導体の温度特性から、従来の連続加熱法よりもセンサ感度が向上することを見出しました。
◎温度に弱いプラスチック基板上で分子センサを実証
従来法では、200~300℃程度にセンサ周辺部を加熱する必要があったため、プラスチック基板を利用することができなかった。本手法では所定のナノサイズ空間だけにピンポイントで加熱することが可能であるため、従来技術では適用が困難であった温度に弱いプラスチック基板上における分子センサを搭載できることを実証しました。
<今後の展開>
本研究で提案・実証した分子センサは、我々の健康状態に関連した揮発性化学物質を、従来のような検査装置がある場所に行くことなく、身の回りの電子デバイスに組み込む可能性を開き、場所を選ばず、簡便かつ高感度に検知・収集する新しい科学技術へと発展することが期待されます。具体的にはより複雑な分子構造を電流検知することを可能とし、危険物質の検出や肺がんマーカー分子などの電流検出へと展開を見据えています。さらに、将来のIoT社会でモバイル機器などから収集された化学物質のビッグデータを活用する展開が想定されます。
<参考図>
図1 本研究で開発したセンサデバイス(消費エネルギー10億分の1)と既存技術との比較
図2 本研究で開発したサスペンドナノワイヤーセンサ注10)とパルス自己加熱法の概念図
およびNO2分子の検出結果とプラスチック基板上におけるデバイス写真図
<用語解説>
- 注1) ジュール
- エネルギーの単位、ピコは10の12乗分の1、ミリは10の3乗分の1を表す量
- 注2) IoT
- internet of thingsの略 モノのインターネット
- 注3) AI
- artificial intelligenceの略 人工知能情報処理
- 注4) ナノワイヤー
- ナノメーターの径を有するワイヤー構造
- 注5) 自己加熱法
- ジュール熱を介して自己を加熱する手法
- 注6) 熱緩和時間
- 所望の温度に到達するのに必要な時間
- 注7) パルス自己加熱法
- パルス的に電流を流すことで生じるジュール熱で加熱する手法
- 注8) ppb(単位)
- parts per billonの略、1g中に0.000001mg含まれている
- 注9) 連続加熱法
- 連続的にセンサ部位を加熱する手法
- 注10) サスペンドナノワイヤーセンサ
- 基板から浮いた状態でデバイス化されたナノワイヤーセンサ
<論文情報>
タイトル | “Nanoscale Thermal Management of Single SnO2 Nanowire: pico-Joule Energy Consumed Molecule Sensor” (一本のSnO2ナノワイヤーにおけるナノスケール熱制御:ピコジュールエネルギー消費分子センサ) |
著者名 | Gang Meng, Fuwei Zhuge, Kazuki Nagashima, Atsuo Nakao, Masaki Kanai, Yong He, Mickael Boudot, Tsunaki Takahashi, Ken Uchida and Takeshi Yanagida |
掲載誌 | ACS Sensors |
doi | 10.1021/acssensors.6b00364 |
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
柳田 剛(ヤナギダ タケシ)
九州大学 先導物質化学研究所 教授
〒816-8580 福岡県春日市春日公園6-1
Tel:092-583-8835 Fax:092-583-8820
E-mail:
内田 建(ウチダ ケン)
慶應義塾大学 理工学部 電子工学科 教授
〒223-8522 神奈川県横浜市港北区日吉3-14-1
Tel:045-566-1761 Fax:045-566-1761
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<JST事業に関すること>
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科学技術振興機構 戦略研究推進部
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