ガゼフと会うのは例の舞踏会以来だ。
思えば、あの舞踏会があったからこそ、アインズは法国がシャルティアを洗脳した敵だと認識でき、その後の計画が動き出したと言える。
その意味で、舞踏会の話を持ってきたガゼフや、そもそも開催を決めた王にも感謝すべきなのかも知れないが、個人的な感情はまた別だ。
商売である以上、客の下手に出るのは当然だが、あの第一王子。あれはもはや客ではなく、国のトップとしてそれを抑えられなかった王も、アインズにとっては良い客とは言えない。
もっと言うのなら、既にラナーという内通者を迎えている以上、王国の上層部と親好を深める意味は薄い。
だから今回、アインズはガゼフが何を言いに来たのか分かった上で、それを呑むことも譲歩する気すらなかった。
「率直に言わせて欲しい。以前の舞踏会で、アインズ殿に大変不快な思いをさせてしまったことを謝罪したい。我が王も同じ気持ちだ。そして今度はアインズ殿を客人として王宮に招待させて頂きたい」
余計な挨拶もなく、いきなりそう言って頭を下げるガゼフに驚かされる。
ここのところ会う者会う者、全てが貴族的なルールを熟知していた者ばかりだったため、余計に新鮮であり、アインズとしてはこちらの方が気楽だ。
「ふむ……では私も率直に話そう。不快な思いとはあの第一王子の件だな?」
ガゼフは何も言わず、ただ顎を引いて肯定する。
「その件を詫びとして王自ら私を招待したいと、なるほどなるほど。一国の王が私のような立場もない
「そうした陛下の覚悟を含めて、ゴウン殿への謝罪とさせていただきたいとのことだ」
王としてもそれが苦渋の決断であるのは言うまでもない。
貴族の力が強く、王と言えど、一つミスを犯したらそのまま引きずり落とされかねない歪な権力構造を持った国。
それが王国だ。
何代も前から腐り続けた国を今の王は何とか変えようと無駄な努力をしている。とはデミウルゴスの言葉であり、それにはアインズも同意する。
しかしだからといって大々的な改革を行うでもなく、愚鈍だと分かっているはずの第一王子を切り捨てることも出来ずに、今回も自分が動くではなく、あくまでアインズを呼び出し、言葉や金銭での直接的な謝罪をせずに、あくまで客として招待し王がこれほど気を使っているのだから。という行動を謝罪に置き換える。それが今の王の限界だ。
だが、それが仕方がないことだとも分かっている。
国のトップである王が簡単に頭を下げては内部の貴族や、国民だけではなく、他国にも侮られるからだ。
それが出来ないからせめて。と考える気持ちは理解している。その上でアインズはそれを受け入れる訳にはいかないのだ。
「足りないな」
「……足りない、とは?」
重々しい口調のガゼフに、アインズは背もたれに体を預け、小さく鼻を鳴らす。
「そのままの意味だよ。ガゼフ殿、いや王国からの使者、戦士長殿。今の言葉には足りないものがある。謝罪はともかく、あのバルブロなる王子はどうなる? あれは未だに貴族派の大貴族に働きかけ、私の邪魔を続けている。いや、私だけではない。私が世話をしている冒険者モモンへの依頼も出さないようにしているそうじゃないか」
高額な報酬でしか雇えないアダマンタイト級冒険者の雇い主は大抵が大商人や貴族だ。
バルブロが繋がっている貴族派は、そこにも裏から手を回している。もっともモモンの最たる目的であった現地の金銭を稼ぐ事に関しては既に商会の売り上げの方が多くなり、名声に関してもこれ以上は必要ないため、そちらは大して困ってはいないのだが。
「それは──」
「謝罪されたとしても、それをどうにかしなければまた同じことの繰り返しだ。それとも手立てでもあるのか?」
アインズの質問には答えず、唇を強く結び、噛みしめるガゼフ。
やはりバルブロを切り捨てる覚悟は出来ていないらしい。無理もない、血の繋がった子供に対する情だけではなく、第一王子を切り捨てることはそのまま貴族派との対立を激化させることに繋がり、最悪国を二分することになる。
それを避けるために努力を続けていた王にとって、そう簡単に決められることではない。
アインズとしても安心した。
ここで第一王子を捨て、第二王子なり、他の候補者に王位を譲ると決めた。などと言われては今後に差し支える。
「そして。王が私を呼び出すことは謝罪にはならない。謝罪しようと言うのなら、本人が直接出向くべきだ。と私は考える」
「それは! そのようなことはできない。王の威信というものがある」
「だからこそ、だ。ガゼフ殿、王がそれを決断して初めて、我々は再び手を取り合い、良い関係を築けるのだと思うのだよ……これを」
空間から一枚の銀で作られた薄い板を取り出し、ガゼフに見せる。
ソリュシャンが考えた文章をツアレたちが王国語に翻訳し、彫り込んだ招待状だ。
「これは?」
「招待状だよ。近々トブの大森林に作った魔導王の宝石箱の本店、その開店を記念したパーティーを開くつもりでね。本当は君だけを招待するつもりだったが、まだ名前は書いていない。今から国王陛下の名を彫り込もう。それを届けて貰いたい。無論護衛として君も来て貰って構わない」
「アインズ殿。つまり陛下をそのパーティーに招待したいと? それを持って謝罪を受け入れると言うことで良いのだな?」
本当にストレートに聞くな。と思いつつ、アインズは頷く。
「しかし。私のような爵位も後ろ盾もない一商人が開催するパーティーなどに陛下が来てくれるだろうか」
「何とかお越し下さるように話してみる。バルブロ殿下の件についても、なんとか説得してみよう。アインズ殿、かたじけない」
どうやらガゼフは、王がアインズの下に来る理由付けとしてパーティーに招待するという形を取ったのだと勘違いしているようだ。
だが、それは早計だ。
「話はまだ終わっていない。そのパーティー、例え陛下が来てくれるとしてもだ。陛下は主賓ではないよ」
頭を下げようとするガゼフを手で制し、話を続ける。
「それはいかなる──」
通常、どのようなパーティーであれ、王を招待するとなれば主賓は王で決まりだ。
もっともこの間ジルクニフが開いたアインズがヤルダバオトを撃退した祝勝会のように、主賓が最初から決まっていれば話は別だが、今回のような開店記念のパーティーであれば、招待した者の立場を考え、最も格上の者を主賓として扱うのが通例だ。
「当然だろう? 元より本店は会員制の店だ。そして会員となる者は今まで他の店舗で多くの買い物をしてくれた方々だ。陛下は私の店で何も購入などしてはいまい? もちろん陛下の立場は考慮する。その上で今回のパーティーの主賓は、帝都支店で最も多く買い物をしてくれたジルクニフ、いや皇帝陛下。そして今はまだ全ての代金は支払って貰ってはないが、こちらも復興のために多数の取引を約束してくれた聖王国のカルカ・ベサーレス聖王女陛下。この二人だ。国王陛下はまあ、その次になるな」
他国のそれも現在戦争中の帝国の皇帝が主賓と聞いて、ガゼフは思わずといった様子で立ち上がる。
アインズはそれを目で追いながらも、態度は崩さない。
ここでガゼフが怒りに任せて行動するならば、それはそれで問題ない。
今度はラナーから進言させるだけだ。
「我が国と帝国との関係を知っていて言っているのか?」
「勿論だ。つまり今回の件、国王陛下が了承した場合でも、陛下は戦争中の敵国の皇帝陛下より下の立場での招待に応じることになる。無論、貴族派は反発するだろう。いや、王派閥の貴族も反対するかもしれない。それでも強行すればほぼ間違いなく近いうちに国は割れる。そうなった時に貴族派閥の旗頭になるのは言うまでもなく、バルブロ殿下だろうな」
「そこまで分かっていて」
「君の言いたいことは理解しているが、派閥争いはあくまで王国側の問題。そして私は王国の臣民ではない。国の内情を気にする義理はない」
「……っ」
どのような葛藤があるのかは不明だが、ガゼフは言葉を詰まらせる。
ここだ。とアインズはすかさず事前に決められた言葉を口にした。
「しかし私はガゼフ殿を友人だと思っている。そしてバルブロ殿下に手を貸す理由は一切無い。故にもし今回の件で国が二分され、王派閥と貴族派閥で争うことになったとしても、私は陛下が望むのならば貴族派には一切手を貸さず、陛下にのみ力を貸すことを誓おう」
ガゼフは立ったまま眉間に皺を寄せ、必死に考えを巡らせている。
これもまたデミウルゴスが、ラナーから得た情報を元に提案された作戦の一つ。
王国の腐敗がどうしようもない状態まで来ていると判断し、いっそ反対勢力だけを貴族派に集めて合法的に消し去ることで、後の経済による王国の支配を容易にするためのもの。
ここでガゼフが断ろうとも、今度は貴族派を焚き付け、国を割らせるだけ。
結末は変わらない。
むしろそちらの方が貴族派閥と王派閥双方と取引が可能となる以上、儲けは多くなる。
しかし、アインズがわざわざ王派閥に肩入れしているのは、ラナーの存在もあるが、この男ガゼフ・ストロノーフが大きな要因だ。
魔導王の宝石箱が双方に力を貸し、戦いを激化させたとあっては例え王派閥が勝とうとも、ガゼフは納得しない。とブレインも語っていた。
それにはアインズも同意している。
ガゼフは平民を憂う王の存在に感銘を受け、忠誠を誓ったという。
ならば国を割り、その民に負担を強いるような真似をしては必ずアインズに反発する。
だが、現地随一の実力を持ったレアな存在として、そして自分には無い輝きを持つ男として、どちらの意味でもコレクターであるアインズとしてはガゼフを手元に残したい。
これはそんなワガママから生まれた提案に他ならない。
デミウルゴスはこれもまたアインズの策の一つだとなにやら勝手に納得してくれていたが、今回ばかりは助かった。
「ガゼフ。既に王国は大きな改革をしなくてはどうにもならない状況にある。陛下は遅すぎた、そして改革には痛みが伴うものだ。この方法でしか王国を救うことはできない。私はそう考える……」
あえて殿を外し、だめ押しとばかりに、そう告げてアインズは立ち上がりガゼフと視線を合わせる。
「返事はここでする必要はない。一度話を持ち帰り、陛下と相談して決めると良い。話は以上だ。答えは私か、あるいはブレインに伝えてくれ」
話を切り上げ、アインズはその場で手を叩いた。
「ブレイン、入れ。客人がお帰りだ」
「はっ。失礼いたします!」
キビキビと見事な動きで中に入ってきたブレインに促されたガゼフは部屋を出る直前、こちらを振り返る。
「──アインズ殿。先の言葉に偽りはないともう一度約束してくれるか?」
強い瞳にはやはり、アインズの持ち得ない力強い輝きが見て取れる。
武力的な強さの意味ではガゼフも大したことはない。先の戦いでもブレインが吸血鬼としての力を全て出し切れば勝利は容易かっただろう。
だがこうした輝きを持つ者が敵に回ると、単純な強さとは別の意味で面倒なことになるものだ。
できればこのまま、アインズの敵には回らずにいて欲しいものだ。
そのためならばギルドの名を用いて約束することもやぶさかではない。
「構わないとも。陛下が私の招待に応じるのならば、以前の舞踏会で起こったことは全て水に流し、派閥争いが激化したなら、王派閥の者とだけ取引をする。その言葉に偽りなどない。これはアインズ・ウール・ゴウン、この私が自身の名に賭けて約束しよう」
その言葉に無言で、けれど力強く頷きガゼフはブレインに連れられて部屋を後にした。
これでアインズが行う準備は全て終わりだ。
後はNPCや店の者たちの仕事である。
しかしいつもの精神的な疲労感は少ない。むしろやっと。という思いがアインズを満たす。
ようやく法国に借りを返せる時がきた。
仮面を外し、拳を握る。
骸骨の顔では表情など存在しないが、もしあったなら、きっとそこには笑みが浮かんでいたことだろう。
・
スレイン法国の最奥。
神聖不可侵の室内に、法国における最高執行機関の面々、総勢十二人が集まっていた。
既に部屋の清掃と、神への感謝を込めた祈りを捧げ終わり、彼らは円卓で人類の守護と繁栄を目的とした会議を開始した。
この会議は、自国だけではなく人類全体のことを考えて行われる。当然他国の動向にも目を光らせており、それが議題に挙がることも多い。
「さて。最初の議題ですが……聖王国に出現した悪魔ヤルダバオトと亜人の軍勢の顛末についてです」
今回進行役を務める土の神官長レイモンが口を開く。
聖王国に突如出現し、暴虐の限りを尽くした大悪魔ヤルダバオトについては、以前の会議でも議題に挙がり、その時は既に聖王国が王国のアダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇と漆黒のモモンに依頼を出したこともあって、神人級と目されているモモンの実力を測る意味でも監視と万が一に備えた後方待機だけをする事になっていたが、その戦いが終結したという情報は、既に全員の元に届いていた。
「結局倒したのはモモンではなく、例の商人、アインズ・ウール・ゴウンなのだろう? ヤルダバオトの力が今まで調べた通りならば、それを倒した奴もまた神人級の実力者と見て間違いあるまい」
光の神官長イヴォンが切れ長の鋭い目を手元に配布された文書に向けて言う。
「やはりもう一度、勧誘してみるべきではないのか? 前回はモモンだけでゴウンとは接触していないのだろう?」
誰かが発言し、皆納得したように頷く。
現在の人類の状況を考えると、強大な力を持った者は一人でも多く欲しい。
「……彼がどのようにして、亜人の軍勢から都市を取り戻したかはご存じですか?」
レイモンの言葉に皆は顔を見合わせ、首を振る。
「聞いてはおらぬが、ゴウンが魔法を使ったのではないか? 神人級の
風の神官長ドミニクが嬉しそうに笑った。
元陽光聖典の一人として数多の異種族を滅した聖戦士である彼にとって、過去に大規模討伐を行ってなお、一時的な間引きしかできなかったアベリオン丘陵の亜人を多数殲滅した今回の件は喜ばしい結果なのだろう。
もっとも、それはここにいる誰にとっても同じなのだが。
「いえ、違います。ヤルダバオトを倒して以後、ゴウン自身が戦いに出向くことはありませんでした。戦果は、商品として聖王国に提供した戦力によるものです」
「戦力? 確か、ゴウンの店では安価なゴーレムを貸し出していると聞いていた。それか?」
「帝都ではデス・ナイトを使役していたとも聞いているけど、如何にデス・ナイトでも数体程度では万を超える亜人相手では時間がかかりすぎるものね」
この集まりにおける唯一の女性、火の神官長ベリニスが同意する。
デス・ナイトは確かに強大な力を持ち、殺した者を従者として従える力も持っているがその数は限られている。それらが作り出すゾンビの数には制限はないが、戦闘力はほぼ皆無。人間ならまだしも、亜人相手には効果が薄い。
本体の強さは間違いなく伝説級だが、対空攻撃の手段を持たず、範囲攻撃もできないため、大群である亜人を相手にしては時間が掛かりすぎる。
こんなに素早く都市を奪還できた以上、アインズが魔法の力を使っていなければ、数に物を言わせた物量作戦しかあり得ない。
そんな彼らに対し、レイモンは深いため息を落とし、疲れたように首を振った。
「次の頁をご覧ください。占星千里の見た戦いの様子が記されています」
漆黒聖典の一人にして、占いや遠距離の監視を行える彼女の存在は、法国の情報収集において重要な位置を占める。
不思議に思いながら言われるがまま、報告書の頁をめくった面々は表情を強張らせる。
「バカな!」
「デス・ナイトが数百、それに……
「嘘だ! こんなこと、信じられるか!」
「不味い、不味いぞ。こんな力をただの一商会、一個人が有して良いわけがない。すぐに対策を取らねば」
口々に驚愕の言葉を重ねる面々の言葉を遮るように、最高神官長が重々しく口を開く。
「見間違い……と言うことはないな?」
念押しされたレイモンは、確信を持って大きく頷いてみせる。
「なるほど。この力があれば亜人どもなどたやすく撃退できるだろう。しかもそれを兵力として貸し出すなど」
それぞれ伝説のアンデッドと呼ばれ、下手をすれば小国を落とすことも可能な戦力、それが五百組も存在する事実に、皆改めて絶句した。
その後レイモンの、神人ならばその数でも対処は可能、との言葉を聞き、彼らはある程度落ち着きを取り戻した。更にはアインズとモモン、そしてヤルダバオト、漆黒聖典が接触した謎の吸血鬼の存在も合わせて、法国の上層部のみが知り得ている百年に一度現れる強大な力を持った存在にも言及が及んだ。だが、そうであるという証拠はなく、改めてアインズのみに絞っての話が再開された。
「──問題はゴウンが何者であれ、その戦力でなにをするつもりなのか。ということだ」
「商人である以上、金集めなのは間違いないが、金を集めてどう使うか。という話ですな?」
各国と積極的に交易をし、魔導王の宝石箱はその規模に不釣り合いなほどの儲けを出している。
「もしや……国を興すつもりなのでは?」
一個人が国を興すなど、あり得ないこと。と一蹴したいところだが、歴史上無かったことではないし、それを口にしたのは闇の神官長マクシミリアンだ。
元司法機関の出身である彼は法律に関する知識が深い、その彼がいうのだから一考する価値はある。
「あり得ない話ではない。力と金、そして土地が存在すれば人は集まり、国はできあがる。実際トブの大森林に加え、アベリオン丘陵も自分で管理すると言い出したのだろう? あえて人がいない土地を手に入れ、各国と関係を結び、改めて独立を宣言すれば誰も何も言えなくなる」
「今はそのための宣伝期間、と言うわけですか。であれば今までの動きにも説明は付く。やっていることも基本的には人類の為になることばかりだ」
疲弊した王国の村人の助けになるような安価なゴーレム。帝国や聖王国に貸し出されているアンデッドも本来は忌み嫌うべき存在とは言え、ゴーレムよりも細かな作業を行え、なおかつ疲れ知らずで昼夜を問わず働かせられるとなれば利点は大きい。
「陽光聖典や、村に送り込んだ者たちのことがあるがな」
先ほどとは打って変わって不機嫌な口調でドミニクが言う。彼の古巣でもある陽光聖典は現在ほぼ瓦解状態であり、それにアインズ・ウール・ゴウンが関わっているのは確実とされていた。だからこそ法国は初めからアインズを危険視し、情報を集めていた。その為にカルネ村に送り込んだ者とも連絡がつかなくなって久しい。
「それも元は王国の村を救うため、人類の状況や王国の現状を知らなかったとすればおかしいことではなかろう。やはり人類に害する意志はないと考えて良いのではないか?」
腐りきった王国を帝国に併合させるのを早めるため、戦争時一番の障害になりうるガゼフ・ストロノーフを暗殺することが陽光聖典の目的であり、おびき寄せる餌として帝国兵を偽装して王国の村を焼いた。
本来、人類の守り手である法国が取る手段としては褒められたものではない。だがそれほどまでに王国は腐りきっており、後々の人類の為を思えばやむなしという判断だった。それでも、人類世界が大海に放り出された脆い船であるという、彼らを初めとしたごく少数のみが知る認識がなければ、怒りを覚えてもおかしくはない。
その後カルネ村に送り込んだ者たちが、村に不和をもたらし、混乱に乗じて情報収集をする手筈だったことも余計に反感を買ったのだろう。
「ならばやはり一度、話をしてみても良いのでは? 陽光聖典の件はこちらが折れ、場合によっては人類の置かれた状況を話せば聡明な者なら理解してくれるだろう。仮に国を興したとしてもその国と協力関係を築けば良い」
「いや、むしろそんな危険を冒すよりゴウンにかの神の力、ケイセケコゥクを掛けた方が手っとり早いのでは? そうすればアンデッドの軍勢のみならず店そのものを法国の支配下に置くことも可能だ。その上で我々がゴーレムやアンデッドを管理すれば、多くの問題が解決する」
誰かが口にした発言を直ぐに別の者が否定する。
「危険すぎる。ゴウンがどのようにしてアンデッドを支配しているのかも分からないのだ。そうした瞬間、アンデッドが暴れ出したら最悪だ。モモンも確実に敵に回る。何よりいきなり支配とは些か乱暴だろう。私も一度対話することを提案する」
法国が暗殺や破壊工作など、表沙汰に出来ない手段を用いているのは間違いないが、それも全てはあくまで人類という種族を守るための行動だ。
仮に相手も同じことを考えているのならば、わざわざそうした手を使うこともない。
「そうだな。そもそもゴウンが我々を嫌っていると言ったのもモモンだ。本人はどう思っているかわからない。ケイセケコゥクは最終手段としつつ、先ずは接触する方向が良いだろう」
異議なし、と全員が同意する。
「ではどのように接触する? そもそもどこに行けば会えるのだ?」
「基本的に店には出て来ていないようですな。店は自分が後見人として世話をしている者たちに任せているようです。公の場に姿を見せたのは、先ずは帝都にヤルダバオトが現れた時、そして王国の舞踏会、今回の聖王国、最後はつい先日行われた帝国での祝勝会を兼ねた舞踏会。これのみです」
レイモンが六色聖典を用いて集めた情報ならば信用できる。と全員が納得しつつ、誰かが呆れたように息を吐く。
「こうしてみると、国のトップとばかり接触しているな。やはり先ほどの国を興すという発言も荒唐無稽とは言いがたくなってきた」
「その件で一つ報告が。帝国で開催された舞踏会。我らも招待されました。本人は皇帝と常に行動をともにしていたため接触はできませんでしたが、その時にこういった話を耳にしました」
他国との外交も管轄している、行政を司る機関長が発言した。
「近々魔導王の宝石箱の本店が開店するに伴い、それを祝う催しを開くと。そこに出席できるのはごく一部の上客のみですが、そこに皇帝、そして聖王国の聖王女を招く。と本人が語ったそうです」
一商人が他国の王を、それも二人同時に招くとはそれはそれで異常事態だが、各国に対するアインズの働きを見れば断ることもできないのだろう。
「なるほど。その席に潜り込めれば、ゴウンと接触できるだけではなく、帝国や聖王国と今後どのようなつき合いを望んでいるのかも知ることができると言うことか。上客とはつまりより多くの金銭を店に落とした者ということで良いのだな?」
「そのようですな。そうしたところはやはり商人と言ったところですか」
「ならば我が国の者を、店に出向かせるか?」
「時間が足りないでしょう。それにまだゴウンがこちらをどう思っているかわからない以上、我々が前面に出るのではなく、別の手段を用いるべきだ」
「別の手段とは?」
「王国の貴族に、我々と志を共にする者がいる。彼に招待状を手に入れてもらい、その護衛として聖典を送り込んでみるのはどうですか? 力を見るためではないため、漆黒聖典ではなく、風花聖典を送り込むのが良いのではないかと」
六大神信仰を国教としているのは法国のみだが、他国にも僅かには信者がいる。
王国にいる貴族もその一人で、今までも王派閥と貴族派閥の動きに関する情報を集め、貢献してくれていた。
それがあったからこそ、王国を見限り、帝国に併呑させるプランを提唱しガゼフ暗殺を決めたのだ。
「それは悪くない。こちらから周りに気づかれないように支援を行うことも検討しては? 他国の者であろうと、共に人類を他種族から守ると決めた者ならば仲間であることは間違いない。多少の気遣いは必要だろう」
ようは貴族に金銭的な援助を行い、間接的に法国が買い物をするという意味だ。
現在様々な不幸によって国力が低下し、その回復には十年単位の時間と金銭が掛かると試算されている。
その状況でさらなる出費は痛いが、全員が同意した。
彼らにとって同じ神を信奉する者は仲間であり、それで少しでも人類のためになるのなら、力を貸すのは当然だ。
「では儂らの給料なみの支援を行うか?」
皮肉めいた言葉に笑いが起こる。
上に立つ者が私欲にまみれてはならないという決まりのために彼の給料は驚くほど安く、それを皮肉った冗談だ。
やがて笑いも収まり、改めて進行役のレイモンが会議を再開させる。
「それでは、次の議題に移らせていただきます。とはいえこれも今回の件に関係しているのかも知れませんが……エイヴィーシャー大森林で消息を絶った、漆黒聖典第五席次、一人師団についてです」
・
主より聞いた監禁部屋にデミウルゴスが訪れたのは、アベリオン丘陵の牧場で自分のすべきことを終わらせ、ナザリックに帰還して間もなくのことだった。
部屋に入ると、デミウルゴスを見て不思議そうに首を傾げる男が一人。
この男については多少思うところはあるが、今は言うまい。
「初めまして。私はアインズ様にお仕えする守護者の一人デミウルゴス。今後は私が君に指示を出すことになった。よろしく頼むよ」
デミウルゴスの言葉を聞いた瞬間、その男、クアイエッセはその場に膝を突いた。
「はっ! 我が神にお仕えし、その身を守護する御方を前に、失礼いたしました」
流石は主の仕事、完璧な仕上がりだ。
「我が神、そう。貴方の神はどなたですか?」
疑うつもりなど毛頭ないが、確認は必要だ。
彼の中でどう認識されているかによって計画は変わるのだから。
「無論、アインズ・ウール・ゴウン様です」
「では、貴方にとってスルシャーナなる者は?」
その名を聞いただけで、クアイエッセは顔を歪ませ、吐き捨てるように言う。
「私を洗脳し、仕えさせていた偽りの神、いや畜生にも劣るゴミです。しかしそのお陰で神に法国の内情をお伝えできるのですから、失った時間に後悔などありません」
「なるほど。そうなりましたか。素晴らしい」
頷きながら思考する。
(流石はアインズ様。ゼロから構築するのではなく、信仰対象をアインズ様に変更した後、法国に洗脳されていたという情報を植え付けた。これならば今までの記憶はそのまま活用できる)
記憶操作は非常に取り扱いが難しく、巧くやらねば対象は全ての記憶を失い、情報も得られなくなってしまう。
そのため主は敢えて全ての記憶をそのままに、これまでは法国によって洗脳されていたという記憶を植え付けた。
つまり彼は元々主を信奉していたが、法国に洗脳され特殊部隊漆黒聖典に所属させられていたと自分で認識するようにしたのだ。
過去の記憶でどれだけスルシャーナなる者を崇拝していようと、操られていたのだからそれは当然。むしろ怒りが沸いて彼にとって思い出したくない記憶となっていき、結果深く考えることなく、記憶の齟齬が起きることもなくなる。
人間の生態については自分もそれなりに詳しい自信があったが、主を前にしてはそれも児戯に等しい。
(もっと羊を研究して、理解に勉める必要がありますね)
そう考えてから、頭の中で思考を切り替える。今回の作戦はこれまでと異なり、主と協力して計画を立てることになる。
その第一段階で躓くことなど許されない。
彼に命じるのもその一つだ。
「では改めまして、貴方に一つしてもらいたいことがあります。いいですか? これはアインズ様からの御勅命。決して失敗することは許されません」
相手に重圧を与えるやり方は、場合によってはやる気が空回りしたり──シャルティアなどはこれに該当する──失敗を恐れてかえってミスを誘発するのだが、中にはそうした重圧の中でこそ、最も良い結果を見せる者も存在する。
まだまだ主ほどとは言えないが、幾人もの人間を観察し、実験してきたデミウルゴスはクアイエッセがそうしたタイプだと理解していた。
もっとも、仮に失敗しても良いように代案を考えておくのも忘れてはいないが。
「はっ! この命に代えましても必ずや実行してみせます!」
やる気に満ちた表情で応えるクアイエッセに、デミウルゴスは満足げに頷いた。
やっとまともに法国が出てきました
法国とクアイエッセは最終章の法国編に繋がる話ですが、次は続きではなく開店パーティーの準備を通したナザリック側の話になります