梓さんは夫の栄蔵さん(仮名・60歳)のことを考えてみた。年齢は10歳離れている。夫婦仲は決して悪くはないが、最後に性交渉をしたのがいつだったのか思い出せない。なんとなくご無沙汰しているうちに、すっかり月日が流れてしまったのだが、それで全然構わないと思っている。
定年を過ぎた栄蔵さんは、現在、週休3日の延長雇用中。自由な時間が増えたので、近頃はよく、一緒に旅行に出かける。今年の結婚記念日には、豪華列車の旅に行く予定で、すでにチケットも手配済みだ。
「肉体的な結びつきを重視する人の気持ちも想像できないではないんだけど、私は年を取ったら、心の結びつきをより大切にして生きていきたいわ。『やらしてくれないなら男と一緒』なんて考える人とは分かり合えない。まして、相手が傷つくこともいとわず、自分勝手な言葉をいい放つ人は絶対に嫌」
「そうね、私も嫌。そういう人って、脳の感情をコントロールする部分が衰えているんじゃないかしら。一種の認知症かもしれないね」
高齢者同士のお見合い
仲介者の責任は重大
年齢を重ねると、角が取れて丸くなる人も当然いるが、丸くなるどころか信じられないくらい攻撃的になる人も少なくない。ご近所トラブルを起こしたり、電車内や道の真ん中で、怒りのリミッターが外れたように大声で怒鳴っている高齢者を見たことはないだろうか。
「そういえば前に、カウンセラーの人が、『近所の騒音がうるさいと、役所に苦情電話をかける人の中には、認知症などの精神的障害の可能性がある人が少なからずいる』って言っていたけど」
梓さんが言うと、友人は声のトーンを落とし、「私もつらい体験談を聞いたことがあるわ」と話し始めた。
「老人ホームで働いている友達がいるんだけどね、すっごく仲がいい、男性と女性のご入居者がいたんだって。2人とも80代で、夫婦みたいに仲むつまじかったんだけど、ある日、70代の女性が新しく入ってきたの。70代っていっても78歳とか79歳とか、私たちからしたら、高齢者であることに変わりはない気がするんだけど、そうじゃなかったのね。男性はすぐに70代の女性のほうと親しくなっちゃったんだって。それですっかり元気がなくなった80代の女性に、その友達が声をかけたら、『もう私のこと、嫌いになったのかも』と言われたので、『そんなことないわよ。私が彼に気持ちを聞いてあげる』って言ったんですって」