- 海軍士官が絶対に行ってはならない「CUES」という紳士協定に違反している
- 問題は、事件後のでたらめな危機管理にある
- 韓国が不可解な言い訳をしていると明言できる理由
韓国艦艇の紳士協定違反
昨年末、海自P1哨戒機に韓国駆逐艦が火器管制レーダーを照射した事件の収拾が見えない。
世界の海軍には、誤解をうける行動から「戦争に絶対拡大させてはならない」という強い共通認識がある。そのため2014年、西太平洋の21か国の海軍参謀長がサインし、CUES(キューズ=洋上で不慮の遭遇をした場合の行動基準)という信号書(ルールブック)を作った。これは西太平洋海軍シンポジウム(WPNS)という多国間枠組みにおいて、約20年かけて完成させたもので、条約のような法的拘束力はないものの「海軍士官の絶対に行ってはならないこと」をまとめた紳士協定だ。今回の事件はこのCUES違反だ。2013年に中国海軍による海自護衛艦への火器管制レーダー照射事件があったが、当時CUESに署名していなかった中国も、翌年署名し、今や真面目に守っている。
筆者は、24年前このWPNSに担当者として参加していたが、当時の議論は「この枠組みにどうやって中国を取り込むか」というものだった。韓国海軍の担当者とも話し合ったことを思い出す。そう。元々韓国海軍は、中国やロシアにCUESを守らせる側だったのだ。
艦長不適格者が起こした今回の事件。その第一報に接した韓国海軍参謀総長が「あのバカ、何やってんだ」と苦々しく思ったことは想像に難くない。
お粗末な韓国国防部の危機管理
問題は、事件後のでたらめな危機管理にある。韓国海軍ではなく、陸海空軍本部の上部組織で陸軍軍人中心の国防部が担当したことが全ての元凶といえよう。
まず、防衛省の公表に対し「遭難した北朝鮮船を捜索するため、すべてのレーダーを使っていた」と釈明した。筆者は潜水艦乗りだったが、護衛艦の火器管制担当士官(TAO)の資格も持っていた。火器管制レーダーは、対空レーダーで探知中の多数の目標から艦長が特定の目標を指定し、TAOがコンソール操作して初めて目標に指向する。その後の追尾は得意だが、目標を探すことには使えないレーダーなのだ。そもそも事件が起きた時点では、すでに北朝鮮漁船は2隻の韓国艦船に保護され、レーダーを使用する捜索作業は終了していた。
でたらめな主張に対し、防衛省は22日、哨戒機内にある電波探知装置により記録したいわゆる〝録音テープ〟を、地上の解析装置で再現、「慎重かつ詳細な分析を行い、当該照射が火器管制レーダーによるものと判断した」と追加の公表を行い、韓国側に再発防止を求めた。
すると24日の記者会見では一転、海自機に向けた「一切の電波照射はなかった」と韓国は主張。あきれた防衛省は25日、「火器管制レーダー特有の電波を、一定時間継続して複数回照射された」とさらに反論を公表。呼びかけが「聞こえなかった」という釈明にも、3つの周波数で呼びかけたことを明らかにした。これらは全て緊急信号で、常時モニターする義務がある。
その後韓国は、「人道的な救助活動中に異常な低空飛行をした。謝罪せよ。」と問題をすり替え、動画を作った。11秒の新たな映像部分は、韓国警備艇が撮影した遠くに哨戒機が映るものだった。法執行機関である海上保安庁や海洋警察庁は、証拠収集のため、ビデオ撮影要員が常時配置されている。あれは北朝鮮漁船に対する救助作業を撮影していたものだ。「温かいお湯を・・」という音声がその証拠だ。つまり海自哨戒機は、ビデオに偶然入り込んだだけなのだ。本当に低空飛行に怯えていたならば、そちらに画面を切り替え、音声にもその旨が記録されたはずだ。
更に「軍用機は適用除外である、民間航空機の安全距離を日本が理由にするのはおかしい」とまで言い出したが、そもそも軍用機には安全距離などない。「適用除外」とは「戦う航空機には民間条約は適用されない」という意味だ。つまり韓国の主張は、「もっと近づいてよい」といっているのに等しい。基準がないからこそ、平時は民間航空機の安全距離を各国軍用機は遵守しているのであり、これはP3C哨戒機を16機保有している韓国海軍も行っていることなのだ。
非を認めた韓国海軍?
1月7日、シム・スンソプ海軍参謀総長が新年の現場点検のため、当該艦艇が所属する海軍第一艦隊司令部を訪問した。画像とともに「すべての諸隊は、外国艦艇・航空機総軍など海洋で発生しうるいかなる偶発状況にも作戦例規や規定、国際法にのっとり即刻に対応し、現場で作戦を終結させなければならない」と画像と共に韓国メディアが報じた。韓国海軍が今回の事件を認めた瞬間と言えよう。
しかしこれは、「部隊を激励」と報じられた上、海軍部の公表ではないため、防衛省統合幕僚監部と韓国国防部で行っている日韓実務協議は継続されている。今は日韓でいがみ合っているときではない。海上自衛隊と韓国海軍の実務者が直接対話すれば、すぐに解決する問題だ。一刻も早く、自衛隊と韓国軍の関係が正常に戻ることを願っている。
【執筆:金沢工業大学虎ノ門大学院教授・元海将 伊藤俊幸】