(最終更新 1月21日 13時57分)
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JR福井駅の北約300メートル、福井城跡(福井市大手3)。
堀が囲む旧本丸には福井県庁と県議会議事堂、県警本部が建つが、「お堀の内にあるのはおかしい」と
反感を持つ市民は少なくない。
西川一誠知事は年頭、庁舎移転に向けて新年度から本格的な議論をする意向を表明。
2022年度末に北陸新幹線の福井開業を控え、新たな観光資源として城の復元を期待する声も上がる。【岸川弘明】
1世紀近く鎮座
福井城は徳川家康の次男、結城秀康が1601年に築城を始め、江戸時代を通して福井藩主越前松平家の居城だった。
本丸は天守が1669年の大火で焼失し、以後再建されなかったが、明治初期まで本丸の西南と東南にそれぞれ
3重の坤櫓(ひつじさるやぐら)と巽(たつみ)櫓がそびえ、将軍家の「御家門」にふさわしい威容を誇ったと伝えられる。
城跡に県庁が建つのは、前庁舎が完成した1923年にさかのぼる。70年代にも移転が検討されたが立ち消えとなり、
81年に現庁舎に建て替えられた。
堀の内側に県庁が“鎮座”する状態は1世紀近く続いており、公園として整備されている富山城跡や
金沢城跡と比較されることも多い。
住民からも要望
「県外の人から福井城はどこにあるのかと聞かれて説明に困った」「お城に行ったら県庁だったと、
観光客のひんしゅくを買う」
昨年12月26日、約1200の個人・団体でつくる「福井城の復元をすすめる会」など福井県内8団体の代表者らが
福井市役所を訪れ、東村新一市長に積年の思いをぶつけた。坤櫓と石垣上の土塀を復元するよう要望し、
約1万7000人分の署名も添えた。
すすめる会は2002年の設立以来、講演会の開催や県外の城郭視察を重ね、復元の機運醸成に努める。
新幹線開業が迫る中、「県都の顔」となるような歴史的景観を求める声は増えているという。(以下略)
https://mainichi.jp/articles/20190121/k00/00m/040/050000c--------
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