銀輪蓮廻魂≼⓪≽境東夢方界   作:カイバーマン。
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#6 ータニス銀ナサル時ー

時刻は昼過ぎ。

アリス・マーガトロイドは魔法の森にある自宅にて物思いに耽っていた。

おしとやかに椅子に座り、テーブルに置かれたカップを手に取り優雅に紅茶を飲みながら彼女が考えているのは

 

(……何故かしら、ここ最近あの男の顔が脳裏にチラつくようになったわ)

 

彼女が自分自身の状態に顔をしかめながら再び紅茶を一口飲んでいると、突然ドンドンドン!っと家のドアを激しく叩く音が聞こえる共に、ドアの向こうから女の子らしき声が悲痛に泣き叫んでいる。

 

「助けてぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「家に入れてぇぇぇぇぇ!!!」

 

一体何事かとアリスはカップをテーブルに戻し、急がずに普通に客人を迎えるかの様にドアの前に立って開ける。

 

すると二人の妖精が一心不乱の様子でドアの隙間から入って来る。

 

「お邪魔します! どうするのサニー! ルナの事置いてけぼりにしちゃったけど!」

「諦めなさいスター! アイツはもう1回休み確定よ! 今私達が考える事はとにかくここに隠れる事よ!」

 

そう言いながらドタドタと勝手に人の家に上がり込んで来たのはアリスが知ってる妖精であった。

 

最初に急ぎながらも挨拶を忘れなかった黒髪の妖精はスターサファイア、通称『スター』

光の三妖精の一人で、友人二人と共に魔法の森の大木で暮らしている妖精だ。したたかに生きる性格で「妖精は基本アホ」という常識に比べ少々賢そうな雰囲気が見える。たまに一人だけで遊んでたり勝手に出歩いていたりするなど仲間意識は他二人に比べちょっと低い。

 

次になりふり構わず仲間を犠牲にした事よりもまず自分の身を守ろうとすることを最優先に考えながら入ってきたのはサニーミルク、通称『サニー』

三妖精のリーダー(自称)であり、三妖精の行動は彼女の発案によるものが多い。そこから三妖精の頭脳とも呼ばれるが(呼んでるのはサニー自身)、所詮妖精なのでそれほど頭がいいわけではなく、彼女の発案するイタズラはほとんどが失敗に終わる。

 

「危ない所だったわね、死に物狂いで逃げたかいがあったわ!」

「運良くアリスさんの家に辿りつけたしね、ルナには悪いけどここでジッとしてよう」

 

勝手に入って来て勝手に自分に匿ってもらおうと相談しているサニーとスターはそのまま部屋の奥の方へと移動していく。

 

「また誰かにイタズラして追われてるの?」

 

そんな焦っている二人にアリスは目を細めながら尋ねる。

 

「またあの白黒魔法使いの家を爆破でもしようとしたの? もし成功したなら私にとっては大変喜ばしい事なんだけど、その感じじゃ失敗みたいね」

「今回は魔理沙さんじゃないの! 聞いてよアリスさん!」

「くっそぉ! ただのマヌケ面のおっさんだと思ったのにぃ!!」

「……マヌケ面のおっさん?」

 

正直魔理沙が彼女のイタズラの犠牲になっていればいいなとかアリスは考えていたが、二人の反応を見る限り違うらしい。

 

相手の事をマヌケ面のおっさんと称したサニーの方がアリスに向かって口を開いた。

 

「私達が香霖堂にまたセミの抜け殻が大量に入った箱を商品棚に置こうってイタズラを相談していた時よ、あの男はこの森の日陰のある木の下でいびきを掻いて寝ていたのよ」

「それでサニーがその人にイタズラしようって言ったのが全ての悲劇の始まりだったの」

「あぁ!? アンタ達も賛同したじゃないの! 私のせいみたいに言わないでよ!」

 

話の途中で勝手にアリスの椅子に座っていたスターが相槌を打ってくると、サニーはムキになった様子で怒鳴りながら、再びアリスの方へ向き直る。

 

「……まあちょっとしたいつものイタズラよ、ただちょっと寝てる隙にその男の衣服を剝ぎ取って、森の中で全裸で放置させてやろうよ思ったの」

「それイタズラじゃ済ませないレベルなんだけど……」

 

妖精のやるイタズラというのは少々度が過ぎた事もやる事がある。妖精その者に命の危機という物に関しては皆無なので(妖精は例え一度死んでも”一回休み”つまり一時的に消滅するだけですぐに復活する)下手すりゃ常人なら普通に死ぬ様なこともなんの悪びれもせずにやってくるのだ。

 

「私にそんな事やったらマジで怒るからね、で? イタズラは成功したの?」

「失敗だったわ、そもそもイタズラする相手をあの男にした時点で大失敗……。私達が近づき、ルナが男の着物を脱がそうと裾を掴んだ直後よ……気が付いたら男は死んだ魚の様な目でこっちを見ていたの……」

「死んだ魚の様な目をした男……」

 

サニーのやたらと詳しい状況説明を聞いてアリスは反射的に一人の男を思い浮かべる。

ここ最近ずっと頭の中に現れるあの男の顔だ。

 

「あなた達が誰を相手にイタズラしようとしたのか心当たりあるわね」

「知ってるなら早いわ、あの男は危険よ。なにせ私達が隠れようとする前に着物の裾を掴んでいたルナの頭を鷲掴みにして……」

 

あの時の状況を鮮明に思い出してサニーは青ざめた表情を浮かべる。

 

「そのままアイアンクローかましてルナを手に持ったまま無言で私達を追いかけてきたのよ……」

「私達の力を使って隠れようとしてもすぐに見つけて、だから私達は常に後ろから聞こえるルナの断末魔の叫びを耳に入れながらも懸命に走ったの……」

「アレはヤバかったわね……ルナの頭に思いきり指食い込ませてたし」

「死ぬー!とか叫んでたよね、妖精のクセに」

 

二人で顔を合わせてそんな会話をしているサニーとスターを見下ろしながらアリスはボソッと。

 

「ていうかあなた達、捕まった仲間の妖精は助けようとか思わなかったのね」

「は? なんでルナなんかの為にそんな事しなきゃいけないのよ」

「あそこでビビッて動けずに捕まったルナが悪いんだし」

「薄情な連中ね」

 

あっけらかんとした感じで冷たい事を言いながら振り向いてくる二人にアリスが目を細めていると

 

コンコンとドアを軽く叩く音が聞こえる。

 

「サニー! スター! いるんでしょ! ここを開けて!!」

「あ! この声は!」

「生きてたのねルナ!」

 

聞き慣れた声にサニーとスターは同時にドアの方へ顔を上げる。

どうやら上手く逃げてきた様だ、二人はすぐにドアの方へ駆け出す。

だがアリスは怪しむ様にドアの方へ目をやり

 

(もし彼女達を追っているのがあの男であるとしたら……みすみす捕まえていた妖精を逃がすかしら?)

 

そんな事を疑いながら彼女はドアを開けようとするサニーとスターを止めようとする。

だが既にサニーは勢いよくドアを開いていた。

 

「ルナ!」

「良かった……二人共ここにいたんだね!」

 

ドアの向こうには息を荒げながら彼女達と同じ妖精がそこに立っていた。

 

ルナチャイルド

サニー、スターと同じく光の三妖精の一人

音をかき消すことが出来る能力を持っているのでかくれんぼの最終兵器担当でもある、ちなみに二人に比べややドジ。

コーヒーなどの苦みのあるものが好きで、自分の部屋にぬいぐるみや人形の人工物を置いているなど、少々他の妖精とはずれている部分がある。

 

捕まっていた筈の彼女がまさか無事に戻って来るとは、サニーとスターは危機感などすっかり忘れて彼女を家に招き入れる。

 

「無事で何よりだったわルナ!」

「私たちずっと心配だったんだから!」

(コイツ等……)

 

アリスの冷ややかな視線も気付かずに戻ってくれたルナに対して喜んで見せるサニーとスター。

しかしルナは二人を見ながら突如無表情になり

 

「本当に二人がここにいてよかった……もしここにいなかったら私の身が危なかったわ」

「え?」

「おかげで私の命だけは助かるんだから……」

「ルナ、何を言って……」

 

ルナの様子と言動に何処か違和感を覚えたのは長い付き合いであるサニーとスターはすぐに気付いた。

だが二人が心配そうに彼女に何か言いかけようとしたその時だった。

 

二人の背後から、本来この家の中にいなかった筈のあの人物のけだるそうな声が……

 

「よう、しばらく妖精さん達、そして大人しくしばかられろクソガキ共」

「「ギャァァァァァァァ!!!」」

 

その声に二人はバッと振り返るそこにいたのは彼女達が魔法の森で全裸放置にさせようとした人物。

八雲銀時がいつの間にかアリスの家に現れたのだ。

 

サニーとスターはすぐに逃げようとするが彼女達の肩に銀時はすぐに手を伸ばして捕まえる。

そして暴れる二人を抑え込みながら銀時は目の前に立つルナに向かって

 

「よくやった縦ロール、約束通りお前には慈悲を与えて生かしておいてやる」

「ありがたき幸せ」

 

どうやら銀時とルナの間には密約があったらしい。

差し詰め「仲間二人のいるかもしれない場所を教えればお前の命だけは助けてやる」とでも言われたのだろう。

 

「ルナァァァァァァ!! テメェ私達を売ったのかゴラァァァァァ!!!」

「最低よ! 私達は仲良し光の三妖精!! そう思ってずっとここまでやって来たのに!! この卑怯者!!」

「ああん? 私を見捨ててすたこらさっさと逃げていたのはどこのどいつ等だったかしら?」

 

銀時に腰を掴まれたまま持ち上げられた状態になってなお、自分達を棚に上げてルナに噛みつくサニーとスター、しかしそんな彼女達にルナはただ中指を立てて喧嘩腰に

 

「大丈夫よ私達なら1回休みで済むんだし、まあその休みが来るまでどれ程の苦痛がアンタ達を待ち構えてるのかは知らないけど……」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!! 誰か助けてぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「一生のお願いですアリスさん! 私達か弱い妖精達を助けて下さい! そして願わくばあの裏切り妖精に天罰を!!」

「えぇ……まあ裏切り妖精に天罰って部分はやりたくないけど……」

 

銀時の腕の中でジタバタ暴れながらこちらの方へ涙目で助けを求めるスター。

妖精の一生ってどれぐらいなのかと呑気に考えながらアリスは銀時の方へ歩み寄って行く。

正直彼とは色々あったので(ある意味ではなかったかもしれないとも言える)気まずい……

 

「コホン……あー銀時さんちょっとよろしいかしら?」

「アレ、お前いたの?」

「……当たり前でしょ、ここは私の家なんだから」

 

こちらがぎこちなく話しかけてるのに、向こうの方はケロッとした様子で振り返って来た。

アレだけの事があったのにもう気にしてないのかこの男は……彼の態度にそんな事を思いアリスは若干苛立つが、ふと彼が来ている着物の裾を見てある事に気付いた。

 

「ていうかあなた着物の裾、破れてるわよ」

「あ、きっと最初に捕まえたバカ妖精が暴れたせいだ。おい、やっぱお前も一回休みだ、覚悟しろ」

「えぇぇぇぇぇぇぇそんな!! 私の事は助けてくれると言ったのに!!」

「ざまぁみろ!! コレでアンタも道連れよ!!」

「……どっち道これから私等みんな同じ目に遭うって事だね」

 

銀時がサニーを捕まえている方の右手の部分の裾が軽く裂けていることに気付いた。

それに伴いすっかり安心していたルナにも死刑宣告、ルナは絶望、サニーは爆笑、スターは悲愴に暮れている。

そんな中でアリスはやるしかないという風に頭を掻き毟ってため息を突くと

 

「……破れた箇所縫ってあげようかしら?」

「あぁ? どうした急に」

「その代わり三人共逃がしてあげてくれる? どうせ暇つぶし程度にその子達の事追いかけてたんでしょ」

「まぁな、年取ると些細な事で遊びたくなるもんなんだよ」

 

銀時の能力であれば逃げた相手を追いかける事など文字通り一瞬で終わる。それをせずにひたすら追いつめていった所から察するに、彼はただ兎狩りでもするかのように逃げる獲物を狩る感覚でサニーとスターを追い回していたのであろう。長らく自分を脅かす強敵がいない者故の暇を持て余した神々の遊びという奴だ。

彼の事はそこまで詳しくは知らないがきっといじめっ子体質なのだろうなとか考えながらアリスは話を続ける。

 

「死なずに永遠を生き続ける身体というのも考えモンね……さっさと着物の上脱いで、縫ってあげるから」

「いやこんぐらいなら自分でも出来っけど……まあいいか、人に任せた方が楽だし」

 

そう言いながら銀時は両手に持っていたサニーとスターからパッと手を放す。

二人は床に着地するとすぐに慌てながらドアの近くにいるルナの方へ駆け寄り

 

「この裏切り者!!」

「友達を裏切ってまで生き残りたかったの!」

「最初に裏切ったのはそっちだろうが!!」

 

そんな事をギャーギャー言いながら罵り合いを続けながら、三人はドアを開けて出て行く。

 

「お、お邪魔しましたーアリスさんありがとうございまーす」

「ルナ! もう金輪際私の家の敷居跨らせないからね!」

「アンタの家は私の家でもあんでしょうが! このバカサニー!」

 

スターだけはアリスの方へ礼を言って出て行くが、サニーとルナは外に出た瞬間取っ組み合いを始めていた。まあしばらくすればいつも通りの三人組に戻るであろう。

たった一つの裏切りで簡単にバラバラになる程三人の絆は浅くない。恐らく

 

三人が家から去って行ったのを確認するとアリスは疲れた様子でため息を突き、改めて銀時の方へ振り返った。

 

「それにしてもよくもまあこっちに顔出せたわね……私とあなたに何があったのか忘れたの?」

「何ってお前……あ」

「本当に忘れてたのね、呆れた……」

 

アリスがジト目で睨むと銀時はやっと思い出したのか気まずそうに後頭部を掻き毟り

 

「そういや色々あったなお前とは……だったらここにいるのはマズイか、帰るわ俺」

「……待ちなさい」

 

頬を引きつらせながらそんじゃと出て行こうとする銀時にアリスはすぐ様近づいて後襟をグイッと掴む。

 

「裾縫ってあげるって言ったでしょ」

「いやだってこういう所を他人に見られたらマズいだろ、特にあの鴉天狗とか……」

「八雲紫とか?」

 

奥さんの名前を出されて銀時はピクリと反応してバツの悪い顔に。

 

「……あの日以来妙に笑いかけることが多いんだよアイツ」

「……何か聞いてないの?」

「ああいう笑みを浮かべる時は触れない方がいいって長年の結婚生活で熟知してるんだよ」

 

妖精には強く出れるくせに妻には何も言えないのかとアリスは内心ツッコミを入れながら、彼の両肩を掴んで無理矢理近くにあった椅子に座らせた。

 

「裁縫道具取って来るから待ってて頂戴」

「っておい、やっぱ俺帰った方が……」

「いいから」

 

そう言ってアリスは2階へと登る階段を上がっていく。

 

「……自分でもあなたとどう接すればいいのかわからないのよ」

 

こちらに背を向けながら溜まってたモンを吐き出すかのように吐露するアリス。

2階へと消えていく彼女を見送りながら、銀時はふとテーブルの上に置いたままであった彼女の紅茶入りのカップを手に取る。

 

「……俺だってわかんねぇよ」

 

その紅茶が彼女が用意してくれたモンだと勘違いしつつ、銀時はカップをズズッと音を立てて一口飲むのであった。

 

 

突如彼等の前に現れた光の三妖精。

彼女達の起こしたイタズラのおかげで

 

二人の関係はますます気まずくなるのであった。

 

 






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