銀輪蓮廻魂≼⓪≽境東夢方界 作:カイバーマン。
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ここは魔法の森入口近くにある香霖堂。
今日も今日とて客は滅多に来ないが一人のお客が店主である森近霖之助に会いにやってきた。
「よー生きてるか香霖≪こーりん≫」
「来て早々失礼な挨拶だな」
やって来た一人の少女に霖之助は慣れた様子で顔を上げる。
霧雨魔理沙
霖之助やもう一人の魔法使いと同じく魔法の森に住んでいる魔法をたしなんでる少女だ。
魔法使いの宿命として人々の生活から離れて暮らしていており、基本的に頭は切れるが勢い任せな所が多い現代っ子である。
博麗霊夢とは古い付き合いであり霖之助とは更に古い間柄の仲、親しげに彼を香霖というあだ名で呼ぶのは彼女だけだ。
「なんか良い掘り出し物とかあったりしないか、出来れば霊夢の奴に一泡吹かせそうな奴」
「生憎だがここ最近はてんでないね。ていうか君は買い物より先にいい加減溜めたツケを返してほしいんだが」
「細かい事気にしてるとハゲるぞ香霖」
「もはや細かい金額じゃ済ませられない所まで溜まっているんだが」
店にやって来ていきなりのこの図々しさ。
カウンターに歩み寄ると早速目星の物が無いかと溜まったツケも知らん顔で聞いてくる彼女に霖之助は相変わらずの彼女にため息を突く。
「それより魔理沙、君が先日僕の店で持って行ったジャンプ、アレのおかげで八雲の旦那が怒り狂っていたよ」
「え? ああ、アレか。最近幻想郷で流行ってるって人里で聞いたから持って帰った奴か、まあそれなりには楽しく読めたわ」
「感想を聞いたつもりはないよ、君も知ってるだろ、八雲銀時という男の事」
「ああ霊夢の神社にたまに出て来る銀髪のモジャモジャ頭か。よく一緒に遊んでるぜ」
銀時と聞いて魔理沙はすぐに思い出した、霊夢経由でなんだかんだで彼とは付き合いが長いのだ。
「あのお侍がどうかしたのか」
「君が持ち去ったジャンプ、アレは元々彼が買うものだったんだよ。それを君が彼がいない隙に持って行ってしまったから今の彼は怒り心頭って訳さ」
「ふーん、私は別に横から掻っ攫おうとしたつもりもないんだけど。相変わらず気が短い奴だな」
霖之助から経緯を聞いてケラケラと笑いながら全く気にしていない様子の魔理沙。
しかしそんな彼女の被ってる黒い三角帽子が突然ヒョイっと上に
「誰が気が短いだ、神妙にお縄につけこのジャンプ泥棒」
「痛ッ!」
魔理沙の帽子を奪い露わになった彼女の頭頂部にそのまま拳骨を振り下ろしたのは。
いつの間にか彼女の背後に現れていた八雲銀時。
相変わらず死んだ魚のような目でけだるそうにしながらも、どことなく苛立っている様子だ。
そんな彼の方に魔理沙は痛む頭を押さえながら振り返る。
「いってー……相変わらず妙な能力使ってくるじゃないか銀時さんよ」
「なら俺の力の真骨頂をこの場で見せてやろうか、こんなちんけな店軽く吹き飛ぶぞ」
「いやそれは勘弁してやってくれ、香霖が路上生活するハメになっちまうから」
一体どんな能力を使うのか気になる所だが、さすがに場所が場所なので魔理沙も遠慮した。
銀時が手に持つ帽子を奪って再び被り直すと、彼女は改めて彼に口を開く。
「香霖から聞いたけど私がジャンプ持って行ったから怒ってんだっけ? そんぐらいの事で怒るなよ、今度霊夢の所へ持って行ってやるからそん時に読ませてやるって」
「あのな、俺がお前にキレてんのはジャンプだけじゃねぇんだよ、ぶっちゃけ前々からキレてる」
「ん? そうなの?」
なあなあと言った感じで銀時を落ち着かせようとする魔理沙だが、彼の不満はそれだけではなかった。元より彼女に対して銀時はあまり快く思っていない部分があるからだ。
「テメェ霊夢の所に遊びに行って変な事ばかりアイツに教えてるだろ。元はといえばアイツがあんなに分からず屋になったのはお前と付き合い始めてからだ、という事で二度とウチの娘に近づくな不良娘」
「いやいやそれはないって、霊夢の性格はありゃ絶対おたくの影響だろ。私は何も教えてないしただ遊んでるだけだって」
「あぁ? どうして俺の影響でアイツがあんな風になっちまうんだよ」
「そりゃ二人を長く見ている私から言わせればわかりきった事だぜ、わざわざ口に出す必要も無いだろ」
分かってない様子で顔をしかめる銀時に魔理沙はやれやれと軽く鼻で笑う。どうやら自分がどれ程周りの人間や妖怪に影響を及ぼしているのか当の本人は気づいてないみたいだ。
「娘の交流関係に首突っ込むのは野暮ってもんだと思うがね親父さん」
「誰が親父だ、子持ちの年に見えるか」
「アンタの年齢を考えれば十分過ぎるぐらい見えるだろ」
「じゃあ霊夢云々の話は別にして。俺が個人的にお前の事が気に入らねぇ」
「おいおい遂に直球勝負仕掛けてきたぞこのオッサン……」
今度は余計な事すっ飛ばして一気にストレートで攻めてきた銀時。これにはさすがに魔理沙も頬を引きつらせる。
「私は別にアンタの事は嫌いじゃないんだけどな、一緒にいて面白いし」
「俺は全然面白くもなんともねぇから、お前なんか大嫌いだコノヤロー」
「そう言うなって、一緒によく霊夢の神社で飲んで騒いだりしてるだろ。ほら前もアリスが来た時とか……」
断固として嫌って来る銀時に苦笑しながら魔理沙はふと思い出す。
「そういえば最近アイツの様子おかしくなったって聞いたけど何か知ってるか? 確かあの時二人仲良く同じ布団に……」
「お前なんか本当に大嫌いだコノヤロー!!」
嫌な事を的確に思い出してくる魔理沙に対してますます腹が立つ銀時。
「もう限界だ、こうなったら今日は徹底的にギャフンと言わせてやる。そうでもしねぇと俺の煮えたぎったはらわたがおさまらねぇ」
「お、勝負するか? そういやアンタとまともにやり合った事無かったな。一度やってみたかったからこっちは大歓迎だわ」
大人げなく実力行使に出ようとする銀時に対し不敵に笑いながら真っ向から挑もうとする魔理沙。
火花を散らしすぐにでも戦闘開始しようとする二人を、さっきからカウンターの奥で眺めていた霖之助は
「勝負したいなら僕が用意してあげようか」
「お、急にどうした香霖。もしかしてお前も戦いたいのか」
「2対1だろうが俺は全然構わねぇぜ。二人仲良く地底にでも沈めてやる」
「いや違うよ、戦いの舞台をセッティングするだけさ」
こんな血の気の多い連中の戦いに参加するなど死んでもごめんこうむると思いながら、霖之助は二人に向かって説明する。
「舞台はこの店、そして勝負方法は力と力をぶつけ合わせて勝負するんじゃなくて、各々知恵を使って戦ってもらう」
「香霖の店で知恵を使った戦い? どういう事だ?」
「この店には色んな商品が並べてある」
香霖堂にはそれこそ外の世界から冥界のモノまで色んな商品が存在する。
しかしそれがどうしたのだと魔理沙と銀時が首を傾げていると
「ここに来たお客に君等二人は別々の商品を持って言葉巧みにそれを売りつけてくれ、そして商品を売った方が勝者だ」
「商品を売りつけるってそれが知恵比べとなんの関係があるんだよ」
「どんな物がそのお客さんに相応しい商品なのか考え、それをどうやって売るか自分なりに宣伝をする。こういうのって結構頭使う事だよ」
力をぶつけ合う事だけが勝負とは限らない、こういった頭を使う戦いもあるのだと霖之助はわかりやすく説明する。
だが二人は彼の思惑などすぐに読んでいた。
「おいどうするんだ銀時さんよ、香霖の奴絶対店の売り上げの為にあんな勝負内容持ちかけてきたんだぜ」
「腹の底隠すつもりねぇなアイツ、ハナっから俺達を店員として利用する目的か」
「人聞きの悪い事を、僕は二人が不毛な争いで怪我しない為に、こういう誰も傷付かずなおかつウチの店が儲かる戦い方があるんだと紹介したまでだよ」
手に持った本をパラパラと読みながら白々しい態度を貫く霖之助に魔理沙と銀時はジト目を向けていると、背後にある店のドアがガチャと開く音が聞こえた。
「こんにちわ霖之助さん、ここって虫取りアミとか置いてある? そろそろコオロギにも飽きてきたから山行ってカブトムシでも取ろうかと思ってて」
とんでもない事を口走りながらやってきたのはこの店の常連の一人であり銀時と魔理沙にとっては近しい存在である博麗霊夢であった。
彼女が店にやって来たことを確認すると霖之助は読んでいた本から顔を上げて。
「ほら二人共、勝負開始のゴングはもうとっくに鳴ってるよ。売った売った」
「コイツやるとも言ってないのに強引に始めやがった!」
「仕方ない、なら私の機転の良さを香霖と銀時に見せつけてやるぜ!」
「は? 何やってんのアンタ達?」
両手でパンパンと叩いて勝負を無理矢理始めさせる霖之助。
二人は仕方なく店内にある商品の中でどれが霊夢が買いそうな商品なのか模索し始める。
しかしそんな勝負事があるなど全く知らない霊夢は入り口付近で口をへの字にして立ち尽くす。
「霖之助さんこれどういう事? このバカ二人は一体何をやっているの?」
「プライドを賭けた真剣勝負だよ、君もそれに応えて彼等が売りつけて来た商品を片方買っていってくれ」
「バカ同士の戦いは戦い方もバカらしいわね」
霊夢が一人呆れている中、早速銀時が彼女の所に駆け寄って来た。
「おい霊夢今すぐこれ買っていけ! もう絶対手に入らねぇもんだぞ!」
「私限定品とかそういうの集める趣味ないわよ?」
「何言ってんだ、この夏限定のレア食材だぜ、欲しくねぇのかお買い得だぞ?」
「食材!?」
さっきまでテンションだだ下がりだったのに食べ物と聞かれて一瞬で目を輝かせる霊夢。
夏といえばスイカやマンゴー、パイナップルなど美味しい物がよりどりみどりだ。
期待の眼差しを向ける彼女に銀時は得意げにその商品を。
「この夏限定商品、その名もセミの抜け殻だ」
「それのどこが食材なのよ!!」
銀時が両手に持って出してきたのは空き箱に大量に入れられたセミの抜け殻。
一匹ならともかく集団で箱詰めされているその見た目はあまりにも気持ちが悪い。
「いくらなんでも食えないわよそんなの! 虫は食べるけど虫の抜け殻は食べる程落ちぶれていないわ!」
「フ、そういうと思っておまけでセミの死骸も一つ入ってるぜ」
「いらんわそんなセット! なにわかった風な顔してんのよ腹立つ!!」
ドヤ顔を浮かべてセミの死骸も見せつけて来る銀時に霊夢はツッコミながら霖之助の方へ。
「ていうかなんであんな物が店の商品に並んでいるのよ!」
「ああ、きっと妖精達がイタズラして置いていったんじゃないかな。廃品回収として引き取ってくれないか?」
「なんで店のゴミをわざわざ私が引き取らないといけないのよ! いるかそんなモン!」
こっちを見ずに本を読みながら適当な事を言う霖之助にキレる霊夢。するとそんな彼女の下へ今度は魔理沙が嬉しそうに駆け寄って来た。
「持ってきたぜ霊夢! セミの抜け殻なんて食えるわけないよな! だけど私が紹介する商品はちゃんと身がたっぷり詰まってるぜ!」
「身がたっぷり!? それってもしかして甘みが濃縮されたフルーツとか!?」
身が詰まってると聞いて一気に目の色を変えて彼女の方へ霊夢が振り返ると、魔理沙はフフンと勝ち誇った表情で出してきたのは
「ゴキブリホイホイに大量に駆除されていたゴキブリ達だ」
「ギャァァァァァァァ!! この夏最も恐ろしい生物を何堂々と持ってきてんのよこのバカ!!」
10体近くが貼り付けられて無残な死を遂げているゴキブリ達を収納したゴキブリホイホイを、少しも躊躇せずに取り出してきた魔理沙にドン引きで後ずさりする霊夢。
「身が詰まっててもそんなえげつないモン口に入れたくないわよ!」
「コオロギ食ってるんだからゴキブリだって食えるだろ? それに実はな霊夢、この中の1匹、まだ息があるんだぜ? つまり新鮮な内に食べれるって事だ、そそるだろ?」
「そそらねぇよ!! ゴキブリじゃなくてアンタを駆除してやろうかコラ!!」
ニヤリと笑ってゴキブリホイホイ持ったままこちらにジリジリ寄って来る魔理沙に怒鳴りながら再び霊夢は霖之助の方へ
「ちょっとなんであんなモンを商品に!!」
「いやあれはただの僕が床下に置いていただけの物だから、もう大量に貼り付けてあるなら持って帰ってもいいよ」
「だから私にゴミを押し付けようとするな! いるかそんなモン!! 私もう帰る!!」
セミの抜け殻の次はゴキブリの死骸。こんなモンを売りつけ、否、引き取らせようとするなど店以前の大問題だ。
もうたくさんだと霊夢は帰ろうとするが瞬時に銀時が彼女に前にパッと現れ
「揚げたら美味いかも」
「だからいらないわよ!」
グイッと無理矢理セミの抜け殻の入った箱を押し付けて来る銀時に霊夢は負けずに拒む。すると今度は背後から魔理沙が目をキランと輝かせ
「外の世界じゃゴキブリを揚げて大騒ぎになった事があったらしいぞ、つまり大騒ぎする程美味いって事だ」
「なわけないでしょ! それ悪い意味で大騒ぎしたの! ちょ! 前と後ろからセミの抜け殻とゴキブリで私を挟まないでよ!!」
虫の抜け殻vs虫の死骸。そんな最悪の物にサンドイッチされた状態で徐々に迫って来る銀時と魔理沙。
「ほらほら早くこっち買えよ~、セミの抜け殻だよ~、こんがり揚げればサクサクだよ~」
「こっちの方がお得だぜ~、なにせゴキブリの死骸だ、身もびっしり詰まってきっと食べたら良い食感なんだろうな~」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!! こ、こっち来るなバカ共ォォォォォォ!!!」
霊夢は本気で嫌がっているのに二人は楽しげにニヤニヤとしながら迫っていく。
もはや勝負とか関係なく彼女の反応を楽しんでいるいじめっ子の顔だ。
悲鳴を上げて霊夢が遂に涙目になってしまっていたその時
「!」
彼女の横から突如空間が裂けて切れ目が生まれた。そしてそこからにゅっと現れたのは
「随分と面白そうな事してるわね」
「ゆ、紫!」
銀時の奥さんこと八雲紫。いきなり現れた彼女に霊夢が困惑の色を浮かべていると彼女はスッと何かを取り出し
「私も参加しようかしら、はいコレ」
「あーやっぱりそういう事ね、どうしてアンタ達夫婦はそうやっていつも悪ノリして……!」
また何か変なモン売りつけて来るのかと霊夢はそろそろ本気でキレそうな様子で紫が手に持った物を見ると
「その辺で採って来たイナゴの大群」
「……」
紫が両手に持って差し出してきたのは大きめの虫かごに収められた大量のイナゴ。所狭しとピョンピョンと跳ね回っている生きのいいイナゴ達を無言で見下ろすと、霊夢はそれに手を伸ばしてスッと受け取り
「……買ったわ、ツケで」
「はい毎度あり~」
「「なにィィィィィィィィ!?」」
あっさり買う事を決めた霊夢に先程からずっと拒否されていた銀時と魔理沙が驚きの声を叫ぶ。
「どういう事だテメェ! どうして俺のセミの抜け殻は駄目で紫のイナゴは良いんだよ!」
「私のゴキブリだって負けてないだろ!」
「何言ってんのアンタ達」
両手に持ったイナゴ詰めの虫かごを大事そうに抱えたまま霊夢は二人の方へ振り返る。
「イナゴはね、佃煮にすると美味しいの。昔から食べられているちゃんとした食材なのよ」
「いやセミの抜け殻だって潰してご飯にかければいけるって絶対!」
「ゴキブリも塩ふっかけて焼けばいいオカズになると思うんだ!」
「アンタ等いい加減さっさと引き下がりなさいよ……私に薦める前にそれ自分で食ってみなさいよね」
そう言い残すと霊夢はフンと鼻を鳴らしてイナゴの入った虫かごを抱えたままツカツカと店のドアの方へ歩き出す。
「あーいいモン手に入った。あんたに感謝するのは癪だけど一応礼を言っておくわ紫」
「食べ過ぎてお腹壊すんじゃないわよ、それといい加減虫じゃなくてまともな物も食べなさい」
「わかってるわよ、じゃあね霖之助さんに……そこのバカ二人」
「「……」」
最後に紫に礼を言って霊夢はドアを開けて出て行った。
残された銀時と魔理沙は両手に虫の抜け殻とと虫の死骸を持ったまま呆然としていると、カウンターにいた霖之助が本を読んだまま
「ウチの商品を扱った訳じゃないけど、勝者は彼女でいいのかな」
「ま、当然ね。じゃあねあなた、夕食までに帰って来るのよ」
「「……」」
それを聞いて満足したのか紫は先程開いたスキマにまた潜って中へと入っていく。
最後に銀時の方へ顔を出して笑いかけるとすぐに引っ込んであっという間にスキマごと消えてしまった。
残された二人は呆然としたまま顔を合わせて
「じゃあ今度は博麗神社で料理対決という事で、俺のセミの抜け殻かけご飯と」
「私のゴキブリ揚げ串で勝負か、霊夢にぜひ食べてもらわないとな」
再戦を誓い合うのであった。