銀輪蓮廻魂≼⓪≽境東夢方界   作:カイバーマン。
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#2 銀夢時霊

幻想郷。

人里離れた辺境の地、妖怪を始め人外の生き物、つまり空想上・幻想の生き物だと言われている者達が住み、僅かながら人間も存在する世俗から結界により隔離された場所。

結界により通常は外部から認識する事も行き来も出来ず、その逆に内部から外の世界を認識したり行き来する事も出来ない。

 

その歴史は500年以上と古く、後に幻想郷の賢者と称される大妖怪・八雲紫が、人間の文明の発達と人口増加によって妖怪の勢力が人間に押され気味になった事で「妖怪拡張計画」を立案・実行し「幻と実体の境界」という結界を張った時が発端だと言われている。

これによりただの山奥に過ぎなかった場所が結界の作用により「幻となったものを自動的に呼び寄せる土地」へと進化し、国内だけでなく外国まで及び、勢力の弱まった妖怪が導かれ集まるようになり幻想郷と呼ばれるようになった。

 

しかし世界は時代の変化により科学文明は劇的に発達し、妖怪などは迷信と認識されるようになった事で、次第に外の人間に否定され始めるようになり妖怪は弱まり滅亡に瀕した。その為幻想郷も崩壊寸前だった。

 

そこで幻想郷の賢者は幻想郷と外の世界の境界に「非常識」と「常識」を分ける論理的な結界を張り巡らせ、幻想郷を「非常識の内側」の世界とすることで、外の世界の幻想を否定する力を逆に利用して幻想郷を保った。

 

この常識の結界・「博麗大結界」が張られた事で、幻想郷は外部から隔離された閉鎖空間となり、今日も博麗大結界の管理人として代々務めている「博麗の巫女」によって保たれているのであった。

 

 

 

 

 

 

「お腹減り過ぎてイライラするから結界緩めてやろうかしら」

 

保たれている”筈”だった。

しかし残念ながらそんな事知った事かと半ば八つ当たり気味に何かしでかそうとしている少女が一人。

現・博麗の巫女を務めている博麗霊夢≪はくれいれいむ≫は止まらない腹の虫に苛立ちを募らせながら、自宅兼仕事場である博麗神社の周りを箒で掃除しつつ天を見上げ呻いていた。

 

「なにが博麗の巫女よ! なにが博麗大結界よ! 幻想郷を護る為にこうしてキチンと管理してやってる上に幻想郷の異変も解決する役もこなしてるのに! 支給手当は極薄! おまけにたまに現物支給とかいうふざけた真似もしてくるし! なんなのよアイツ等!」

 

今まで溜まりに溜まった鬱憤を晴らすかのように霊夢は天に向かって大声で叫び始める。

どうやら空腹と日頃のストレスによってヒステリー気味になっている様だ。

 

「よし決めた! こんな世界知るか! すぐ滅べ! 今すぐ結界緩め……うご!」

「何やらかそうとしてんだクソガキ」

 

いよいよ彼女が本気で実行しようとする所で、霊夢の後頭部にゴツンと『霧の湖』と彫られた木刀が軽く振り下ろされる。

いつの間にか彼女の後ろには黒色の雲の様な渦巻き状と中華模様が描かれた着物に身を包んだ銀髪天然パーマの男が死んだ魚の様な目をして立っていた。

八雲銀時、この幻想郷を古くから見ている者の一人で、不老不死という謎の特性を持った男である。

 

「そろそろまたキレて何かやらかすんじゃねぇかと思って来て見たら、案の定コレだよ。お前巫女の自覚あんの? いい加減にしねぇと今月の給料コオロギにするぞ?」

「いつつ……今月どころか先月もコオロギだったわよ!」

「あれ、そうだっけ? じゃあ先月分どうした?」

「食べたわよ!!」

「たくましいなお前」

「血も涙も無い誰かさん達に育ててもらったおかげでね!」

 

先月現物支給したコオロギを全て胃の中に入れたと豪語する彼女に銀時が感心していると、霊夢は箒を持ったままジロリと睨み付ける。

 

「相変わらずなんの前触れもなくいきなり人の敷地内に出て来るんじゃないわよ。もしかして毎日私の私生活覗いてたりしてないでしょうね?」

「誰が毎日コオロギ食ってる小娘の面白味もねぇ私生活覗くか」

 

メンチ切って来る霊夢に彼はフンと鼻を鳴らす。

 

「それに俺が博麗神社に自由に出入りするのにいちいちお前の許可なんか必要ねぇんだよ、博麗の巫女、誰がお前を立派な巫女に育ててあげたか思い出してみろ」

「紫の所の式神」

「ちげーよ、そりゃたまには手伝ってもらってたけど」

「大半押し付けてたでしょどうせ、アンタ等の事だし」

「だから違ぇよ、お前に俺達の何がわかるんだよ」

「昔から一つだけわかってるわよ、二人揃って言動が胡散臭すぎる」

 

こちらが不満げに言い返すとすぐ様噛みつくように反論してくる霊夢。

この少女、どうも口喧嘩ばかり上達してるような気がする。

一体誰に似たのやらと銀時は苦々しい表情で舌を鳴らした。

 

「ったく、先代の巫女相手ならこんな面倒な口論する事も無かったのによ」

「先代の巫女? なに? 私よりも優秀だったとか言いたい訳?」

「いや優秀と言うよりどっかの小娘と違って素直に聞いてくれる奴だったんだよ」

 

先代と比べられる事に少々カチンと来ている様子の彼女に、彼はうんうんと頷きながらかつて彼女の様に博麗の巫女として働いていた者を思い出す。

 

「トーンに頼り過ぎるなとか、細かい構図で手を抜くなとか、背景をアシスタントにばっか任せるなとか、言われた事はキチンとやる奴だったよアイツは」

「それどこの漫画家だ! なんで巫女に漫画の描き方なんか教えてんのよ!!」

「仕方ねぇだろ、あの頃は先々代が急逝しちまって大変だったんだよ、大掛かりな結界を管理する巫女を探さなきゃいけねぇのに。だから時間もねぇから」

 

銀時はあの時の事を思い出す。

時代が大きく変化する事をキッカケに幻想郷の維持が危ぶまれていた時だ。

そして博麗大結界を張るために彼が出した策は……

 

「適当に北の里にいた漫画家志望のゴリラを連れてきたんだよ」

「おいちょっと待て! 漫画家志望のゴリラ連れてきたってどういう事!? 先代の巫女の話してたのよね!? どうしてそこにゴリラが!? まさかそのゴリラが巫女やってたとか言わないわよね!?」

「まあ男だから巫女っつうより巫覡だな」

「いや男以前にゴリラだった事が問題なのよ!」

 

博麗の巫女というのは先代が初代で自分が二代目だというのは知っていた。

だがその選ばれし最初の巫女、正確には巫覡がゴリラだったと聞かされてさすがに霊夢も動揺を隠せない。

 

「あのゴリラも随分と頑張ってたなぁ、読み切り何本か載せてから連載スタートしたものの最初は鳴かず飛ばずで打ち切りの可能性もあったんだよ、そこで俺達が第二の担当編集として影ながらアドバイス送っていたらとんとん拍子で人気が上がってよ」

「打ち切り寸前で一大事のゴリラを助けてる前に、崩壊寸前で一大事の幻想郷の方をなんとかしなさいよ!!」

「そっからやれ重版だの、やれアニメ化だのすげぇ勢いで昇って行って、遂には映画化までこぎつけたから完全に成功者になってたなあのゴリラ」

 

しみじみとした表情で思い出しながら、銀時は霊夢のツッコミを無視して話を続ける。

 

「ただ実写映画化の時はさすがに俺達も気を付けろとは言っておいたよ、主役が小栗君だからって調子乗んなとか、橋本環奈に下ネタやゲロ吐かせることになんの罪悪感もないのかとか、金が入ったらわかってるよな?とか」

「それもうただのアンタ等の醜い妬みになってんじゃないの!!」

「まあ最終的に連載終わったら野生に帰っちゃったんだけどね、今頃その辺の山に住み着いて汗かきながら木に登ってんだろうよ」

「逃げられてんじゃないの!」

「いきなり野生に帰ってこっちもびっくりだよ、また連載やらせて休みなくしごいてやろうと思っていたのに、いやでもいつかは戻って来ると信じてるけどね」

「アンタ等がそうやって企んでる限り一生戻って来ないわよそのゴリラ……」

 

強い眼差しで彼の事を信じてる様子の銀時に、霊夢はボソッと疲れ切った表情で呟くとガクッと項垂れる。

 

「じゃあ私ってゴリラの後釜として博麗の巫女に選ばれたの……消え失せてたやる気が今完全に消滅したわ」

「元気出せって、巫女としてはお前の方がズバ抜けて優秀だって、これからもっと俺達の話を素直に聞いてくれるようになったら尚更な」

「その手には乗らないわよ」

「チッ反抗期が」

 

今後動かしやすくする為に上手くおだてたつもりなのだが、すぐにケロッとした表情で顔を上げる霊夢に銀時は舌打ち。

 

「ここ最近になって随分と扱い辛くなりやがって、さてはあの魔法使いに色々吹き込まれただろ」

「はぁ?」

「確かアイツとは随分前からの付き合いだよな? いい加減あんな不良家出娘と付き合うの止めなさい、パパ許しませんよ」

「誰がパパだ、アレはただ向こうから来るから相手してるだけよ、別に仲良くやってるつもりはないわ」

「俺は認めねぇからなあんな奴、大体アイツは元々いけ好かねぇんだよ、なにが『何でも屋』だ」

「難癖にも程があるわよ、今時何でも屋なんて珍しくも無いでしょ、不景気のご時世なんだから」

 

彼のどこぞの誰かに対する愚痴を途中で遮って反論すると、霊夢は「それより」とジト目を銀時に向ける。

 

「アンタの方の古い友人は大丈夫なの? 紫から聞いたわよ、なんか血眼にしてアンタの事探してるって聞いたわよ」

「コイツに余計な事教えやがって……俺とアイツは友人でもなんでもねぇよ、友人なのは紫とアイツ、俺の場合は昔から向こうが一方的に因縁持ってるだけだ」

 

そう言うと銀時はすぐにバツの悪そうな表情を浮かべた。

 

「あのチビなんであんな昔の事引きずってんだろうなぁ、『酒たらふく飲ませてだまし討ちした』だけじゃねぇか」

「そりゃキレるでしょ、なんかどっかで聞いた事ある話ね……」

「あの頃はアイツも若くてよぉ、結構ヤンチャしてたんだぜ? お互い若気の至りだったと水に流すべきだろ。だから……」

 

ゴソゴソと懐から銀時はある物を取り出す。

 

「昨日屋台で酔っぱらってつい角折っちゃった事もついでに流してくれよ」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!! アンタ何てことしてんのよぉぉぉぉぉ!!!!」

 

可愛らしい紫のリボンの付いたねじれた見事な角が見事にへし折られていた。

今彼の右手で持っている角を見て霊夢は悲鳴の様な雄叫びを上げた。

 

「明らかそれが原因でしょうが! どうすんのよアイツ等にとって角って凄い大事なモンだって聞いたわよ! それ折るとかアンタ何考えてんのよ!」

「大丈夫だってアイツ頭にもう一本残ってるし」

「そういう問題じゃないのよ! どうすんのよ紫が知ったらアンタすぐに捕まるわよ!」

「心配ねぇよ、アイツ今”外”行ってるから、だからこうしてのんびりと暇つぶしがてらにお前の所に来てんだろ」

 

手に持った角を肩に担ぎながら得意げに銀時はヘラヘラと笑いかける。

 

すると霊夢は見た、彼の背後にある空間から音もなく裂け目が開き

 

中からおどろおどろしい無数の目玉がギョロギョロとうごめいているのを

 

100%八雲紫の能力である。つまり彼女は既に……

 

「アイツとの駆け引きなんざこちとら何枚も上手だよ」

「へ~」

「ったくアイツもまだまだだな、きっと俺が昨日勝手に飲み行った事も気付いてねぇだろうよ。残念ながら銀さんを束縛するには千年はや……え?」

 

銀時が言葉を言い終えようとしたタイミングで。

彼は後ろからスッとあっという間に隙間に飲み込まれて消えてしまうのであった。

 

「さてと」

 

何事も無かったかのように霊夢は箒を持ったまま博麗神社へ向かい

 

「コオロギまだ残ってるかしら」

 

たくましい精神で今日もまた博麗の巫女として頑張るのであった。

 

 

 

 

 

 

一方隙間に飲まれて消えていった銀時はと言うと

 

「おかえりダーリン」

「……ただいまハニー」

 

八雲の者しか知らぬ秘境の地にある自宅で、無事に千年以上連れ添った奥さんと再会するのであった。

 

博麗神社で霊夢と話していたら、気が付いたら自宅のこじんまりとした畳部屋に移動していた。

向かいに正座してやんわりと微笑む八雲紫の姿を見て銀時は頬を引きつらせながら無理矢理笑みを浮かべる。

 

「あっれ~? 今日のハニーは随分と外から戻って来るのお早い事で……」

「あら? まるで私が早く戻って来た事に不満げな様子だけど、何かあったのかしら?」

「おいおいそんな訳ないだろ、ちょうどオメェが早く戻って来てくれねぇかなと霊夢と喋ってたんだよ」

「そうだったのぉ~」

 

相変わらずニコニコ笑っている紫に対して銀時は適当な事を並べながらそろそろと後ずさりしてどこかへ逃げようと考えていると

 

「じゃああなたを逃げられない様に連れて来るんじゃなくてこっちから博麗神社に行けば良かったかしら?」

「え、逃げられない様にってなに!? まさか俺の”能力”を遮断する為の結界でも張ってんのここ!?」

「あなたの能力は中々に厄介だからこうでもしないと閉じ込められないのよ」

「ちょっと待てよ紫ちゃん、家に監禁するとかいつの間にそんな束縛系の嫁になっちゃったんだよ。俺が一体何かやらかしたって証拠でもあんの?」

「その手に持ってるの何?」

「え?」

 

微笑みながら自分の右手の方を指差す紫、指摘されて銀時は自分の右手で掴んでいた物を思い出した。

 

紫の古い友人であるとある”鬼”の角である。

 

「……いや違うからコレは」

 

しばし手に持った角を見つめた後、銀時は誤魔化す様に自分の股間にズボンの上からそれを取り付けて

 

「最近巷で流行しているズンボラって妖怪の股間ケースなんだよ」

「あらぁ、随分と立派なモノになったわねぇ」

「だろぉ、俺も一時的とはいえこういう流行に乗ってみたいと思ってさ。コレ付けてると心なしか本体の方もデカくなった気分に……」

「それじゃあ」

 

股間に装着した鬼の角をブンブン振り回す銀時に対して紫は笑ったまま指をパチンと弾く。

 

「茶番はもういいから謝って来なさい」

「ええ!? ちょ……!」

 

銀時の真横から突如裂け目が生まれそのまま彼が避けようとする暇さえ与えずに飲み込んでしまった。

一瞬にして目の前から彼はいなくなり、紫は部屋の中央に置かれてる小さなちゃぶ台の上にスキマを開き、そこに顔を覗き込む。

 

すると開いたスキマの向こうからあの男の声が

 

「よ、よう久しぶり! こんな所で出会うなんて奇遇だな! どうしてそんな怒り狂った顔してんのかな!?」

 

「え? 俺の股間に付いてるコレがなんだって? コレはあれだよ、最近男達の中で流行ってるズンボラって妖怪の股間ケースだよ! 決してお前の角じゃないから!」

 

「い、いやだから違うって、別にお前の角なんて取っちゃいねぇよ俺は! 昨日飲み行った時の事だろ! ありゃあきっと一緒に飲んでた勇儀の奴が……あれ勇儀さんいたの?」

 

「何言ってんすか俺別に罪なすりつけようなんて企んでませんよ人聞きの悪い。だから俺じゃないですって、コレただの股間ケースですから。ちょっと離してくれません? 俺ちょっと娘をたぶらかす不良娘にヤキ入れないといけないでそろそろ……っておい紫! テメェまだ俺の能力使えない様にしてやがるな!」

 

「イデデデデデ! 引っ張るな止めろ! 何これ奇跡的に俺のとジャストフィットしてるから完全に取れなくなってるんだけど! イダダダダダ! 取れる! 角だけじゃなくて本体ごと持ってかれ……アァァァァァァァァ!!!!」

 

最後に聞こえた断末魔の悲鳴を聞いた後、紫はスキマをゆっくりと閉じ、普通に戻ったちゃぶ台に頬杖を付いてため息を突く。

 

「懲りないわねあの人も……」

 

今日も幻想郷は平和だった

 

 

 

 

 

 






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