平成30年12月26日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成30年(ワ)第41752号 ルームシェア契約解除および退去請求事件
口頭弁論終結日 平成30年12月18日
原告 富澤佳代子及びその父(氏名不詳)
被告 A
判 決
主 文
1 本件契約解除を無効とする。
2 原告は被告Aをその管理にかかるシェアハウスから退去させてはならない。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
理 由
1 事案の概要
本件は、東京都板橋区前野町5-38-2所在の村山マンションでルームシェア事業を営んでいる原告の富澤佳代子およびその父が、平成30年3月中旬頃に、被告Aが、原告がインターネットの「ルームシェアジャパン」(http://roomshare.jp/)という、シェアハウス等の紹介を目的とした掲示板サイトに自己の物件について紹介をしていたのを見つけ、Aから同サイト掲載のメールアドレス宛てに、「今すぐ住みたいんですが住めますか」というメールがあり、富澤が当初、「他に内見希望者がいるのでその人が辞退すれば住めます」と返信し、Aが様子を見ていたところ、原告が、「内見希望者が辞退したので内見可能になりました」というメールをAに送り、Aがルームシェア契約ができる可能性が高まったものと考えて、平成30年3月28日に板橋区前野町所在の村山マンションに行ってそのまま原告と契約し、207号室でルームシェア契約をしたが、原告は、契約当時、被告の外観上、特に問題のないような人であり、危険性や精神疾患を抱えている者ではないと判断したため、契約してしまったが、後日になって、Aが同シェアハウス内で様々なトラブルを起こしたり、精神疾患を抱えているような様子が分かるようになったが、そもそも自己が管理する物件が、賃料さえ払ってもらえれば多少のルール違反には目をつぶって事業をしていたため、被告Aに対しては、形式的なことを言って居住させていたが、被告Aが、夜中に隣室の者に対して「(生活騒音が)うるせえんだよ、ぶっ殺すぞコラ」と大声を出したり、Aが隣室の者の生活騒音を抑えるために条例に基づいて警察官を呼んだりした件について、営業妨害であると考えて、当該事件が起きた4月中旬の時点で、「あなたはうちは無理だから出て行ってちょうだい」と強く申し向けて退去を要請したこと、これに対してAが丁寧な謝罪を重ねて、もう二度としないから何とか住まわせてもらえないかと電話で言ったため、原告がこれを憐れんで同情し、「分かった、でも次警察を呼んだら出て行ってもらうからね」と言って、Aを同所に継続して住まわせることとしたが、6月頃に、Aが205号室の者が出す生活騒音に激怒して「ガタガタうるせえんだよお前、次やったらぶっ殺すからな、覚えとけよボケが」などと怒鳴り散らした件で、205号室に居住の細川真作および204号室の者が同時に原告に苦情を行い、原告がAに注意のメールをしたものの、その時は、Aの怒声があまりにも強く、205号室の細川及び204号室の者、および原告とその父が恐怖を覚えたため、形式的な注意のメールをしただけで終わった。しかし、6月中旬頃に、Aが、同シェアハウスに志村警察署の警察官を呼んで、このシェアハウスの住人は生活騒音がうるさいからどうにかしてくれ、と言って警察官に指導を要請した件で、同シェアハウスの多くの者から原告に苦情のメールが入り、先日Aが激怒して怒鳴り散らした件も含めて、原告が遂に堪忍袋の緒が切れてAに対し電話をし、「また警察を呼んだよね?もう出て行ってくんない?」と言われたことから、Aが強気に出て「205号室の者がわざとこっちに嫌がらせしてくるんでこっちも我慢の限界なんですよ」などと反駁したところ、原告が、自分ではAを説き伏すことができないと考えて、同所の実質的なオーナーである父親に電話を交代し、父親が「お前何モンや?うちは安いところやから多少生活騒音があっても許しとるんや。それが嫌なんやったら出て行けやオンドレ。」「出て行かんのやったらワシが今からお前のところに行って追い出すぞ」などとAに言ったことから、Aと喧嘩になった。しかし最終的に、「もう警察は呼ばないな?男同士の約束だぞ」ということで、紛争は納まり、Aは引き続き同所に居住することとなった。
しかし、平成30年11月に、209号室に住む篠原直樹との間で口論があり、篠原が振るった暴行等の件で、Aが前野町交番に通報したため、前野町交番の巡査がオーナーである原告に電話で色々と事情聴取をしたことで、原告である富澤が個人的なストレスを抱えるようになり、パニックに陥って、仮にAが篠原から犯罪被害を受けたにせよ何にせよ、Aが同シェアハウスに入居したせいで様々な混乱が起きており、Aが邪魔だと考えて、原告は、父親と相談してAを追い出すことに決め、かねてより、Aに精神疾患があったことを知っていたため、契約時に交付してあったルームシェア契約書に記載の「精神疾患がある場合は退去要請ができる」旨の条項に基づき、原告がAに対して、契約の解除と退去を持ちかけたところ、Aが退去を拒んだため、原告が裁判所に契約解除の有効性の確認を求めているものである。
2 当事者の主張
(1) 原告の主張
原告は、被告が同所に入居してからの行動が、総合的に見て、「精神疾患であまりに神経質」であり、契約書の退去要請条項第4項に当たるとして、契約書であらかじめ警告してあったのだから、この条項に該当する以上、原告に契約解除権があるのは当然であり、契約を解除した上、被告を同シェアハウスから退去させられると主張する。
(2) 被告の主張
原告が契約時に交付してあった契約書は、確かに一応の体裁が整っているが、契約書に「運転免許証か健康保険のコピー」を用意せよとあるにも関わらず、契約時に特にこれを求めなかった上に、b)生活上の注意事項の第8項に、「トラブル防止のため、細かいことは言わない、気にしない」などと書いてあって、これに違反した場合は即刻退去願う、などと書いておきながら、これに違反してトラブルを起こしてきた209号室の篠原直樹については、この者が狡猾で強いのをいいことにオーナー等の自己判断で野放しにし、契約書違反をしている篠原とは契約解除をせず、また、契約時にメールでも、「うちには特に細かいルールはない」などと言って、契約書は賃料を振り込んでもらうための建前であり、少なくとも平成30年4月時点では、契約書はあってなきがごとし、のごとくに振る舞っておきながら、12月になって、突然契約書を盾にとり、解除権を主張するがごときことは信義則に反して許されない、として、原告の解除権の無効を主張している。
3 当裁判所の判断
(1)口頭弁論の全趣旨、裁判所に顕著な事実、諸般の証拠を総合し、本件に関しては以下に掲げる事実が認められる。
ア 原告、富澤佳代子は、板橋区前野町に所在する淑徳大学の児童発達障害に関する研究を行っている大学教員であり、これと同時に、板橋区前野町5-38-2所在の昭和49年建築の村山マンションの2階に存在する部屋を8室にパーテーションし、また、共同ベランダ、キッチン、トイレ、個室シャワールームなどを完備し、ルームシェア事業を実施しており、他にも、足立区の西新井など数か所にもマンションを購入しており、同様にルームシェア事業を行っている。
イ 原告は、別の自宅で父親と共に居住しており、ルームシェア事業は主に父親の発想によるもので、富澤はその娘で、二人で共同してルームシェア事業をしているものであるところ、右事業で収益を上げることを企図し、インターネットの「ルームシェアジャパン」(http://roomshare.jp/)という、シェアハウスの広告を出す有名な巨大サイトに、一般的に「えと」という、男性とも女性ともつかないような可愛らしい名前で、同シェアハウスに入居する者を、退去者が出て部屋が空いた都度、募集の掲示して募集している。
ウ 被告がこの掲示を見た時点では、シェアハウスが男性限定と書いてあったことや、掲示の文面、メールの記載から、管理者が女性には見えず、あたかも男性の主催によるものに見えたことと、記載内容は、部屋の写真などがついていて、家賃は38000円であり、「ベッドあえい」という記載もあるなど、諧謔に富むが、一部日本語としておかしい記載もあった。
エ 被告は、平成30年3月に、文京区千駄木所在の「eルーム」で生活していたが、文京区の戸籍課に右レンタルルームで住民票をとり、生活保護を受けたいと言ったところ、戸籍課の方で、右レンタルルームが入っているレイニオン千駄木は宿泊施設としては届け出がされておらず、区役所はあくまで倉庫として扱っているので、実態上、宿泊を許していても、倉庫に対しては住民票を発行しないと主張し、これに関して、被告と論争があったものの、戸籍課の職員は断固として譲らず、結局、同所で住民票が取れない以上、同所で生活保護を受けることが被告において不可能だと分かった。
オ 被告は、eルーム自体は、賃料も安価で、インターネットも利用でき、ビル外に4分100円の個室シャワーもあり、コインランドリーも近く、都心部にあるため、周辺にスーパーがたくさんあり買い物には事欠かず、白山まで歩けばすき家もあるため、朝食にも困らないし、2か月に一度振り込まれる障害基礎年金の16万円があれば、そこでも生活していけると考えたものの、床が硬く、寝ると腰が痛くなることや、入居当初日の3月はじめ、同ルームでそのまま横たわって寝たところ、空調があまり質が良くなく、厳寒期なのに対して室内が極寒だったことから寒さで震えて起きてしまい、空調があまりに酷いと考えたため、最初は上野にあるニトリエクスプレスで適当な寝具を買おうと思い立ち、山手線で上野のニトリに行ったものの、高級布団しかなく、寝袋は売っていなかったので、適当に秋葉原の方面へ歩いて行ったところ、たまたまドンキホーテがあり、店員に聞いたら1500円の寝袋があることを知ったので、この寝袋とパソコンを置く台を購入して、eルームに帰宅した。
カ しばらくは、同寝袋にくるまって、朝は白山の吉野家に、昼は白山のローソンストア100で購入した100円ソバを食べ、夜は、まいばすけっとで購入した「あたりめ」とゼリー飲料を飲んで基礎代謝を維持する生活に徹した。
キ 被告は、3月中旬に、ルームシェアやシェアハウスといった居住形態があることを、インターネットをみていてたまたま知り、シェアハウス掲示板を発見して、色々と検索していた。しかし、Yahoo知恵袋などをみると、役所は、シェアハウスでは生活保護を許可していないなどの記載が多かったので、シェアハウスやルームシェアに移っても前途がないなどと考え、これもたまたま、荒川区役所に、シェアハウスで生活保護が通るのか、と質問したところ、意外にも、シェアハウスでもルームシェアの形態で、部屋が別々でカギがついており、住居人が赤の他人で、一緒に生活しているとはいえない場合は、例外的に生活保護を認めていると回答があったため、「シェアハウスジャパン」で、ルームシェアの募集を適当に検索していたところ、原告が主催している本件シェアハウスが良さそうだとあたりをつけていたものの、「えと」にメールをしたら、内見予定者がいるということで、ダメだろうなと思い放置していた。
ク 被告は、他のシェアハウス掲示板もあたって、荒川区に初月家賃18000円、通常家賃38000円の物件や、池袋で個人が主催しているシェアハウスなど数件にもメールで問い合わせをしていたが、中々返信がなく、荒川区の物件は4月になってからようやく返信があったので怪しいと思い、池袋の物件は応募者から返信がないので、嫌われたと思い、流していた。
ケ 被告は、そもそもシェアハウスでは生活保護は無理だという頭があったので、はてなブログのコメント欄に書いていた「えごいすた」という者と連絡を取り合い、匿名チャットなどで談合し、生活保護を受けるために居候させてくれないか、などと話を持ちかけていたが、えごいすたから、今は実家に親がいるから無理だから、一旦帰郷してまた東京にきたときに、マンションを買うから居候の件はそのときに考えてくれないか、ということでその話は終わった。
コ シェアハウスに応募をかけるのは、そのまま放置していたが、3月下旬になって、原告からメールで、「内見予定者が辞退したので一番手になりました」というメールが届き、被告はこれしかないと思い、「明日にも行きますのでお願いします」と返信し、原告からは「布団を用意していないので明後日はだめですか」との返信があったので「寝袋があるから布団は大丈夫です」と返信したところ「それなら大丈夫ですね」との返信があり、結局、3月28日に被告は原告のマンションに行き、その場でルームシェア契約を締結した。
サ しかし、被告は前野町まで行ったものの、マンションがどこにあるか当初は分からなかったので、男性であると思っていた富澤に携帯から電話したら、その時点で「えと」が女性であることが分かって驚き、「児童遊園の前にある」と指示されたので、しばらくマンションを探していたら、児童遊園を発見し、それをみていたら、近くに女性がいたので、その者が「えと」であることを認識できた。
シ そのまま、2階に上がり、207号室に案内されて、契約書を受け取ったが、契約書記載の、身分証明書のコピーの提示は要求されず、初月家賃の支払いとサインを求められただけで、その他は、共有ワイファイの暗証番号などが伝えられた。その後のメールでも、契約書は渡したが、うちのハウスには特にルールはないから適当にやってほしいといった趣旨のメール返信があり、また、「えと」こと富澤も、被告において極めて上品で淑徳な印象を受けたので、安心できる人物と信頼し、しばらく同ハウスで日数が過ぎた。
ス 被告は、3月28日に入居したときから、隣室の者が、やけにうるさく、床に物を置いたりして、ガタガタと生活騒音を立て、その回数も相当数に上ったため、次第にイライラを募らせるようになり、4月中旬に、遂に我慢できずに、夜中に目が覚めて、隣室の方に向けて、「うるせえんだよ、ぶっ殺すぞボケが」と叫んでしまった。
セ 被告は、4月中旬に、隣室の者の出す音が、東京都の迷惑条例に違反していると考えて、志村警察署の警察官を呼んで指導してもらったところ、隣室の者が卑怯にも居留守を使って警察官の対応に応じず、部屋に閉じこもってオーナーの富澤に苦情を入れ、これを聞いた富澤が、被告が警官を呼んだ行為を営業妨害ととらえて、直ちに被告の携帯に電話し、「警察を呼ぶなら今月末で出て行ってくんない?」などと言われたため、被告において、富澤が、淑徳で大人しい女性ではなく、面前で会うときの態度と、裏での日常生活で、人格を使い分けるタイプの精神障害者であることが分かって裏切られたとの感を抱いたものの、散々インターネットを検索した挙句に同ハウスを見つけた矢先に、同所を追い出されると、実質的には他にいくところがなかったため、富澤に精神疾患がある点については言及せず、富澤が分かるような穏やかな口調で「もう二度としませんからなんとかここに住ませてもらえないでしょうか」「お願いします」などと繰り返し説得し、富澤の怒りを鎮め果せて、富澤から「分かった。でも今度警察を呼んだらそのときは出て行ってもらうからね」と言われて、事なきを得た。また、富澤が、被告の説得を聞いて憐憫の情を抱いたのか、被告に対して、「206号室が開いたから移る?」などと持ちかけ、被告がこれに応じて、転居を決定し、4月23日に富澤と再度ルームシェア契約を取り交わし、家賃が値上げになったので、福祉事務所のケースワーカに電話をして、家賃扶助を訂正してもらった。
ソ 被告は、そのまま206号室で生活を開始したが、今度は205号室に居住する細川真作が、激しい音を立てて居室のドアを閉める、ガサツで他人の迷惑も気にしない男であり、また、部屋でも、壁が薄いのに壁に物をぶつけるなどする行為が、相当回数に及んだために、被告がイライラを募らせ、6月頃に、被告が激怒して、「ガタガタうるせえんだよ、次やったらぶっ殺すからなこのクソガキが」などと叫んでしまったことと、被告が、細川及び同シェアハウスの他の生活騒音がうるさい者に報復をするために、スピーカーで大音量で音楽を流していた件で、細川と204号室の者が個人的に嫌気を感じたために、富澤に、迷惑をしているといった電話を入れた件で、富澤が、被告に注意のメールをした。
タ 被告は、6月頃に、同ハウスの多くの者が、あまりにも節度がなく、ドアの開け閉めの音、床を歩く音の大きさ、室内で出す生活騒音があまりにもうるさく、ストレスが蓄積して、志村警察署に相談し、警察官を呼んで生活指導をしてもらうことを企図したが、ハウスに来た警察官が形式的にしか仕事をしなかったうえ、同ハウスがあまりにも無法地帯であることから、被告がパニックを起こして一時騒然となり、同ハウスの者が、自分たちに都合のいい野放図な生活を、被告が警察を使って邪魔しており不都合と考えて、一斉に富澤に苦情を言った件で、実態としてはその当時、同ハウスを安い賃料で多くの者に利用させ、その代わりに特にルールを設定せず無法地帯を許していた富澤およびその父が、同ハウスに警察を入れられると、退去者が出るのではないか、営業妨害であると思料して、被告に電話をし、「また警察を呼んだね?もう出て行って」などと言ったが、たまたまその時は被告も強気に出て「こっちもこのハウスの色々な者から迷惑を受けている。生活騒音がうるさくて仕方がない、生活できない」と反駁したことから、富澤が、自分の力では被告を説き伏すことができないと考え、通常は高度のパニック障害と精神疾患を抱え、日頃から発狂しているため、同ハウスの者には正体をさらしていなかった真の管理者である富澤の父親に電話を交代し、父親が「お前何モンやコラ」「うちは安い賃料で貸してるから多少の生活騒音は見逃しとるんや」「嫌なんやったら出て行けや」「出て行かんのやったら今からワシがお前のところにいって追い出すぞ」などと、滅茶苦茶なことを言い、被告とヤクザ者同然の喧嘩となったが、最終的には「もう警察は呼ばないな?男同士の約束だぞ」などといって決着して、以降も被告は同所に住めることとなった。
チ その後も、205号室の細川は、相当回数生活騒音を立て、204号室の者もうるさかったが、被告は、警察沙汰になると退去しろと言われるし、裁判所が機能していないから訴えたところで無駄であると考えて8月の夏までは我慢して生活し、東京での生活が一段落したことから、宮崎県の実家で暮らしている母や祖母が病気なのでその様子を見に行くと言って、ケースワーカーに、帰省の要請をして、9月5日に、新幹線で延岡市に帰省した。帰省後、富澤に、帰省していて部屋を使っていないから、家賃をまけてもらえないかとメールをしたら「共益費の8000円だけサービスできます」との返信があり、被告は9月分の家賃を実家の最寄りの郵便局から富澤の口座に振り込んだ。
ツ 被告は、10月10日まで延岡市で過ごした後、同ハウスに戻った。一か月、田舎に帰省していたことから、同ハウスでのストレスも和らいでいたため、205号室の細川に対し、ドアの開け閉めや生活騒音を出さないようにすることを狙って、「以前は怒鳴り散らして申し訳ありませんでした」云々といった手紙と共に2000円を封筒に入れて、細川の部屋のドアに挟んでおいた。細川は素直にこれを受け取って以降、生活騒音は次第に少なくなっていった。
テ 10月中は特に何もなかったが、富澤親子の気が代わり、玄関先にルール表が貼付され、生活騒音を出さないことなどに関して注意書きが設けられた。
ト 11月6日に、被告が洗濯をするためベランダに出ていたところ、被告が同ハウスで自分に喧嘩を売っていたことなど、かねてより積年の恨みつらみを募らせていた209号室の篠原直樹が、被告が共同ベランダにいて人目につかない場所にいるのをいいことに、「おい、ドアの開け方がうるせえんだよ」などと因縁をつけて喧嘩となり、もともと会社などで上司などからいじめを受け、ストレスを抱えており、そのストレスを被告に当たり散らそうとした篠原がこれに激して、被告がしていた洗濯の洗濯機のスイッチを止めて被告を突き飛ばし、「お前は気持ち悪い」「このシェアハウスのみんなから嫌われている」「キッチンのゴミ、片づけていなかったのお前だろ」「ぶっ飛ばすぞ」「さっさとこの家から出て行けや」などと、諸般の実質ないし形式的な因縁をつけて、被告の服を破り、暴行、器物損壊、脅迫、侮辱の犯罪行為を行った。その後も、篠原が被告を玄関に誘導し、ルール表を手に取ってこれを被告の首元につきつけ、「このルールはお前のためにできたもんだぞ、音楽をかけるときはイヤホン使えや、ねえならヘッドホンを買えや」などといって暴行を行った。
ナ 被告は、上記犯罪行為を受けたことから、前野町交番に110番したが、かけつけた警察官が形式的にしか仕事をしなかったために、現行犯逮捕に至らず、篠原も居留守を使ったために、警察も対処ができなかった。その後も、被告は、本件に関する予想判決文を作成して、セブンイレブンの印刷機で印刷し、これをもって志村警察署や前野町交番に何度か足を運んで、どうにかしてくれと言ったが、いずれの警官も、なお形式的にしか対応しなかったため、捜査は進展しなかった。
ニ 前野町交番の地域2係の巡査が、被告からオーナーの電話番号を聞いていたため、巡査とオーナーが電話でやり取りをした件で、富澤も次第にストレスを募らせるようになり、確かに被告が篠原から犯罪被害を受けたが、富澤親子は、同ハウスは安い賃料で売り上げを上げたいし、ハウス内については細かいルールを設けず、今時の若者の好き勝手に任せておけばいい程度に考えていたため、法律やルールにやかましい被告が同ハウスに入ったせいで、様々なトラブルが起きており、被告を邪魔だと感じるようになったため、かねてより被告に精神疾患があって神経質だと思っていたことから、ルームシェア契約書の条項を利用して、被告と契約を解除することにした。
(2)以上の事実関係を踏まえたうえで、当事者の主張につき検討すると、結局において、本件ルームシェア契約書は、契約当初から、「身分証明書を提出せよ」と書いてあったに関わらず、その提示を求めなかった時点で、被告は契約書自体が怪しいと思っていた上、富澤から「うちには特にルールがない」ことも聞いていたし、後日になって、篠原から嫌がらせを受けたから契約書の条項を使って富澤に退去要請をしたときも、富澤から契約書を使うことに関し何らの反応もなかったこと、本件契約書は、これを受領した当時から、富澤がその意思表示として作成したものというより、第三者が作成した契約書のひな形を適当にコピーアンドペーストして作ったような稚拙なものであり、賃料の振込先口座などの記載以外の部分については、結局、最近までは富澤はこれを一切使用するつもりがなく、単なる建前であったことは優に認められる。
この点について、富澤は、被告に退去命令を出したときには、本件契約書の約旨を守ることとしたというのであるが、契約時点から富澤が本件契約書を何ら使うつもりがなかったことは、少なくとも4月中旬頃には、被告において察知できたものであり、賃料以外に関する規定は、単なる建前であって富澤の真意ではなく、意味を有しないことを被告が知ることができたのであるから、退去要請に関する契約書の条項は、これが虚偽であることを心裡留保して被告を契約をしたものと解するべく、民法93条但し書きによって、当該規定は無効であると解するのが相当である。よって、後日になって、富澤が意をひるがえしてこの規定により解除権を主張することには根拠がないばかりか、仮に退去要請の規定が心裡留保により無効ではなくても、(1)ア~ニに認定した諸般の事情を総合考慮すると、仮に原告に黙示の解除権があったにしても、被告には何ら落ち度がなく単に同居人の大勢が悪質であって、とりわけ篠原は犯罪行為に及んでいて特に悪質なものであり、諸般のトラブルが発生しているのは毫も被告が原因ではなく、自己中心的で自分のことしか考えておらず、実質的に他人の迷惑も考えないで生活してきた同ハウスの他の者に原因があるのであるから、今回富澤親子が主張するところの解除権は、極めて不合理な理由に基づくものであって権利の濫用として許されないものと解するのが相当である。
3 結論
以上の次第であるから、被告の主張には理由があり、原告の主張には理由がないから、本件における原告の契約解除は無効とするのを相当とし、また、被告が今後も同ハウスに居住して生活できるようにするため、原告に対しては、被告を同所から退去させないように命令することとし、訴訟費用に関しては、敗訴原告の負担とすることとして、主文のとおり判決する。
平成30年12月26日
東京地方裁判所民事第50部
裁判長裁判官 森 田 浩 美
裁判官 浦 上 薫 史
裁判官 山 下 浩 之