• 地域:

    東京

    よくご覧になる地域を選択してください。
    選択した地域の「番組表」が自動的に表示されます。

    現在設定中の地域 :東京(首都圏放送センター)

    一括設定

    閉じる

クローズアップ現代

ご意見・情報募集中

毎週月曜から木曜 総合 午後10:00

Menu
ただいま表示中:2012年2月21日(火)世界を魅了する日本の歌謡曲 ~由紀さおり ヒットの秘密~P1/P1
No.31622012年2月21日(火)放送
世界を魅了する日本の歌謡曲 ~由紀さおり ヒットの秘密~

世界を魅了する日本の歌謡曲 ~由紀さおり ヒットの秘密~

シェアするhelp

  • twitter
  • facebook
  • google

世界が絶賛 由紀さおりの歌声

アメリカ・オレゴン州に住む主婦のナンシーさん。

アンシー・ハーパーズさん
「娘と夫からのクリスマスプレゼントなんです
パーティで夜通しかけ続けたんですよ」

ナンシーさんにとっての由紀さんの歌の魅力とは。

「日本語の響きが すごく音楽にあっています」

ニューヨークの国連で働くウラジミルさんにとっての魅力は。

「言葉の意味はわかりません でもすごく楽しめます
心に自然や海が浮かぶんです」

ファンに共通するのは、由紀さんの歌声にそれまで、あまり聴いたことのないような新鮮な魅力を覚えるということでした。

●由紀さおり ヒットの秘密

由紀さおりの名を世界中に広めたのはちょっと風変わりなこちらの男性。
地元の中古レコード店で由紀さんのレコードをたまたま手にしたことがきっかけでした。

 

「ここで見つけたのが“夜明けのスキャット”です
ジャケットが素晴らしかったのです」

実はこの男性、世界で今、注目を集めるジャズオーケストラのリーダー トーマス・ローダーデールさんだったのです。

トーマス・ローダーデールさん
「(曲を聴いて)一瞬で恋に落ちました
夏のそよ風のような美しさでした 安らかだけどどこか寂しい
そんな気持ちになりました」

♪「ルルル…」

43年前の由紀さんの歌に欧米の音楽にはない独特のテンポや声の抑揚など斬新な魅力を発見したトーマスさん。
往年の日本の歌謡曲が持つ新鮮な魅力を広く伝えたいと由紀さんとアルバムを作ることを企画しました。

♪「愛の唄~」
トーマスさんは高いキーや激しいビートを強調する近年の潮流とは逆にあえて歌のキーを下げテンポを遅くするアレンジを行いました。
♪「愛し合う~」
♪「二人の~」

「もっとスローがいい?」

「このテンポでよかった」

そのねらいは日本の歌謡曲が醸し出す独特の世界観をさらに引き出すことでした。

 

「うまく表現できているかわかりませんが 由紀さんの歌う日本語には浮世絵のような漂う感覚があります」

 

●日本の歌謡曲 その極意とは?

トーマスさんのいう浮世絵のような日本の歌謡曲の魅力とはなんなのか。

音楽理論と歴史を研究する秋岡陽さんです。
西洋のメロディーにいかに日本語を乗せるかを考え抜いてきた日本歌謡の極意に秘密があるといいます。

「同じフレーズの長さ、旋律の長さを使うとするとそこに盛り込める日本語の単語は英語やドイツ語に比べて少なくなりますのでその一つ一つの単語がとっても重要なんですね。」

♪「パフ魔法の竜が暮らしてた」

由紀さんが歌う「パフ」という曲で見てみましょう。
原曲は60年代に流行したアメリカのフォークソング。
竜と少年の触れ合いを歌った曲です。
その中の竜と少年の別れのシーンの一節です。

「His head was bent in sorrow,(彼は悲しみの中で うなだれ)
green scales fell like rain.(緑のうろこは雨のように流れた)」

原曲では5小節の間に11のことばが盛り込まれています。
同じフレーズを日本語訳で歌うと…。

日本語では同じ小節に4つのことばしか入りません。
英語と比べると半分以下です。

実は日本の音楽家たちは西洋の音楽が入ってきた明治時代から限られたことばで伝えることを追求し続けてきました。
童謡「この道」や「赤とんぼ」を作曲した日本近代音楽の父山田耕筰は、その極意をこんなことばで表しています。

1+1=1

日本語と西洋の旋律を融合しどこにもなかった新しい音楽を生み出す。

制約があるからこそ、少ないことばに思いを込めることで新たな深い味わいが出る。
由紀さんはそれを体現していると秋岡さんはいいます。

「1足す1がですね 高次元のっていうんでしょうか ハイブリットでありながら 1段上の 西洋にもない 日本にもないものにならないかってのを目指していたと思います
一つ一つの単語をどうやって膨らませて相手に伝えるか 単語数が使えないだけに一つ一つの単語にかける思いっていうのがものすごく強くなるわけなんですよね。
その思いが、例えばそれを理解しない人たち日本語を理解しない人たちにも思いが伝わっていく。」

限られたことばだからこそ伝えることができる。
その日本語の歌の特性を海外の大物アーティストも感じ取っています。

名曲「スタンド・バイ・ミー」で名高いソウルシンガーのベン・E.キングさんです。

日本語の響きを気に入り、去年、坂本九の「上を向いて歩こう」を日本語でカバーしました。
キングさんに今回由紀さんが歌った「パフ」を聴いてもらいました。
♪「魔法の竜が暮らしてた」
♪「ほこらへ帰る」

「信じられない みんなが知っている曲だよ
とても良かった 穏やかで 英語だともっとテンポが速いし 押しが強い
彼女はもとの曲よりも誠実に 穏やかなイメージを伝えている」

●日本の歌謡曲 “母音”の潜在力

さらに取材を進めると由紀さんの日本語の構造をうまく生かした歌い方にもヒットの秘密があることが分かってきました。
音声心理学が専門の重野純さんです。
重野さんが注目したのは由紀さんのことばの発音のしかた特に母音の使い方です。

「初めのころ(デビュー当時)はルルルで『ル』というのをはっきりおっしゃっていたけれども 現在の方はもちろんルとはおっしゃっているんだけれども 非常にソフトに“L”の部分を発音なさって 『ウ』の部分を響かせるように歌っていますね」

日本語は英語などと比べて母音が多く使用される言語です。
例えばアイ・ラブ・ユーという英語には母音が3つ含まれています。
日本語で、それと同じ意味合いを伝えようとすると母音の数は15個になるのです。

♪「愛し合う」
♪「その時に」
由紀さんは日本語特有の母音の強弱や抑揚を表情豊かにコントロールし、日本語が分からない人たちにも細やかな感情を伝えているのではと重野さんは分析します。

「長く延ばされた母音の中にいろいろなものが含まれていて
感情かもしれないし 思い入れかもしれないし あるいはもっとなんか由紀さんの考える美しさとか悲しみとかいろんなものがあると思うんですが 日本語の歌にしたことによって そういったものがより直接的に伝わっていったってことなんじゃないでしょうか」

●由紀さおり 歌声の秘密

実際に由紀さんの母音の音質を分析してみると、人の心を引き付けるさらなる魅力も見えてきました。

「由紀さん、すごいですよ。
1本、2本、3本、4本、5本6本、7本、8本ぐらいありますね。」

注目したのはグラフの色の濃くなった部分。
フォルマントと呼ばれる声の響き音質を表す周波数の帯です。
このフォルマントの本数が由紀さんは7本から8本。
一般的な日本人の2倍近くになるといいます。

音声学 筑波大学名誉教授 城生佰太郎(はくたろう)さん
「フォルマントの本数が多いってことは極めて多種多様な共鳴音を含んでいますっていう意味ですから 豊かな声っていうことになるわけで楽器の種類ということにたとえるならばピアノを核としてそこに管楽器、弦楽器、打楽器がわーっとつながってオーケストラになるともっと感激すると そういうことですよ。」

●由紀さおり 日本語と向き合う

こうした由紀さんの歌声は長年、童謡を歌い続ける中で日本語一つ一つと真摯に向き合ってきたからこそ磨き上げられてきました。

「どうぞ、きょうはよろしくお願いいたします。」

日本語と向き合うその奥深い世界を由紀さんはこう語りました。

「『ちいさい秋』っていうね歌がありますね。
『だれかさんがだれかさんが』って
ちいさい秋は、ちいさい秋で終わっちゃうんですよ。
ちいさい秋ってどんな秋ですか?」

♪「だれかさんがだれかさんが」
♪「だれかさんがみつけた」
♪「ちいさい秋ちいさい秋ちいさい秋みつけた」
♪「めかくし鬼さん手のなる方へ」

 

「ちいさい秋っていうことはさ 季節の移ろいなわけよ。
夏から秋にいくときに秋のささやかな変化、ね。
虫の音がある日、突然夕方になると鈴虫が鳴いていたり気がつくとちょっと夜出かけるにはTシャツじゃ肌寒くてセーターを持っていこうかしらって思ったり 八百屋さんに行ったらクリとか柿 秋の味覚が出ていたりいつも自分が通ってる道をぱっと見るとイチョウや紅葉が少しずつ色づいていたりそれが、そういうことにふっと気づくことがちいさい秋だと思って歌っているわけよ。
それを自分のことばの響きの中で日本人の歌い手として母国語を歌うという 私の歌。」

世界を魅了する日本の歌謡曲

ゲストアーサー・ビナードさん(詩人)

由紀さんが日本語をうまく使って、もともと日本語で本当に見事に作られた歌を、日本語の技術を使って歌ってるんですけど、でも歌ってる世界は、別に日本語に限定されたものじゃないし、日本語に依存してるわけでもないんですよね。
ちいさい秋の話があったんだけど、そのことばの向こうにある世界を歌ってるんですね。
そのことばの向こうにある世界を日本語で表現する、そうすると、それが広がって、見えてきますよね、聴いてる人は。
例えば、「ちいさい秋」でも、「おぼろ月夜」でも、海は広いな、大きいなって、それはちょっとでもヒントがあれば、アメリカ人でも分かるし、太平洋を見たことのある人は、みんな分かりますよね、海は広い、大きい。
それをうまく日本語で表現すれば、別に日本語が分からなくても、その現象は分かるし、その表現の広がりも出てくるので、たぶん、由紀さんは、日本語を使ってるんだけど、日本語の中で作品を作ってるわけじゃなくて、大きな広がりを持った、ことばの向こうにある対象物を見つめて表現する。
そうすると、アメリカ人もそれが見えてくる。

(浮世絵のような世界だと)トーマスさんが言ってました。
いろいろ大学の先生が出てきて、フォルマントでしたっけ?
フォルマントの本数がすごい、それで音声心理学がこうだっておっしゃるんですけど、実際に由紀さんの歌に魅了されてるアメリカの方々の話聞くと、例えば、夏のそよ風が感じられたとか、海が見えたとか、そういう自然現象とつながるところで、みんな魅力を感じているわけです。
景色が見えたって。
それはそうなんですよ。
だって、それを歌ってるわけですよね。
それが見えたら、もう、そこで歌い手と聴き手が、その時間の中で、その海の景色なら、その中でつながって、それが歌、それが芸術、それが詩っていうものなんですよね。
だから日本語だからとか、英語だからとか、ポルトガル語だから、スワヒリ語だからということでもないですね。

●“アメリカ人”ではなく 歌の向こうにあるものをみる

(なぜアメリカで成功したのかというと)アメリカ人を見てるわけじゃないんですね、由紀さんは。
童謡歌手としてずっと作り上げてきたその世界は、歌の向こうにあるものを、どうやって歌で表現するかって、それができたときに、童謡の世界が伝わる。
それはアメリカでも通用するはずなんでね。
これまでアメリカに行って、アメリカでヒット出そうって頑張ってた方々は、たぶん、アメリカ人を見てたんですね。
アメリカ人が何が好みなのかな、何が受けるか、どういう人と組んで、どういう仕掛けでやったらって。
でも、アメリカの人たちは、別にアメリカに限らず、みんな、自分たちを見つめる人が欲しいんじゃなくて、ちいさい秋を手渡してくれる人が欲しいんで、そのほうがずっと魅力的だし、歌い手と聴き手の関係も深まるんで、たぶん、アメリカ人を見てたのがよくないんじゃないですかね。

(アメリカは)ものすごくいいものだったら受け取るんですね。
由紀さんのこのアルバムがヒットしてるって聞いたときに、僕は1958年に発表された「ボラーレ」っていう歌を思い出したんですね。
これですね、皆さん、聴いたことあると思うんですけど、これは1959年のグラミー賞の最優秀アルバムと、あとソングもとってですね、イタリア語ですよ。
アメリカ人は分からないです。
僕のおじいちゃん、おばあちゃん、分からずに、聴いてた。
でも、ボラーレは飛ぶことですよね。
それでNel blu, dipinto di bluという、その青空、また青空を重ねて歌ってる。
で、ボラーレが、もう空を飛ぶ、青空があって、それを歌ってるわけ、彼が持ってる表現力を全部そこに注ぎ込んで、無邪気に、心を全部、それに注ぎ込んで、それで青空が見えてきて、青空が見えたら、もうグラミー賞に決まってるんですよね。
それ、由紀さんもそういう、同じような方向で同じような歌い方なんじゃないかなって気がします。

●日本の歌の魅力

(日本語のことばの魅力も)すごくあります。
あるんですけど、でもそれを日本語を大切に、美しい日本語で歌うって、その日本語だけに閉じこもって、それで美しい日本語が作れるわけじゃなくて、日本語の向こうにある対象物、どんぐりころころどんぐりこって、そのどんぶりこって、これを持ってきて、それを日本語でどう歌うかっていう、そこで歌の魅力が出てくる。

どじょうの魅力が日本語の魅力になる。
どんぐりのすばらしさが日本語のすばらしさになる。
で、それができたら、今度、どう歌うか。
それがうまく歌えたら、今度はアメリカ人に、これ、どんぐりだよって、それさえ伝われば、広がっていくんですよね。

あわせて読みたい