日韓関係が揺れています。韓国人元徴用工への賠償支払いを日本企業に命じる判決が、韓国で相次いでいるからです。有効な手だてはあるでしょうか。
「十五時間も穴にもぐらされているのに、飯は少ない。石炭を掘りながら、食い物のことばかり考えているよ」
一九四三年に朝鮮半島から日本に来た、十七歳の男性を主人公にした小説「三たびの海峡」(帚木蓬生(ははきぎほうせい)著)の一節です。
貨物列車で九州の炭鉱に連れて行かれた男性は、坑道の奥深くで働きますが、その後逃亡して祖国で成功、日本を再訪問する-。映画化もされたこの小説は、フィクションではありません。
◆日本での厳しい境遇
韓国政府は、第二次大戦末期、日本の植民地だった韓国から、軍人などを除く約十五万人が日本で働かされたと認定しています。
暴力も伴う厳しい監視の下、日本人も避ける危険な仕事に回されました。賃金は強制貯金され、支払われないこともありました。
この問題に関連し日本政府は、六五年に実現した日韓国交正常化の際、有償二億ドル、無償三億ドル分を「経済協力」の名目で韓国政府に渡しています。
この時交わした日韓請求権協定には、「問題は完全かつ最終的に解決」との文言が盛り込まれ、韓国政府も同意しています。
韓国が経済成長した後、韓国政府が責任を持って、強制労働させられた人などへの補償(請求権)問題を解決する-そういう意味を持った合意でした。
当時は東西冷戦やベトナム戦争があり、米国を含めた三カ国の結束を固める必要から、さまざまな問題を一括妥結させたのです。
韓国に無償で渡されたのは現金ではありません。金額分に当たる、日本の生産物や役務でした。
◆決着済みだった問題
その韓国で、元徴用工や女子勤労挺身(ていしん)隊員として働いた人たちへの賠償を命じる判決が相次いでいます。問題を蒸し返すのか。そう感じた人も多かったはずです。
ただ、家族から離れ、過酷な環境で働かされた人たちの体験を、忘れてはならないでしょう。
この人たちは帰国後、ねぎらわれるどころか「日本に協力した」と白い目で見られました。
日韓両政府の問題処理にも納得できず、支援者の協力を得て訪日を果たし、企業との直接交渉を始めたのです。
一部企業は和解に応じましたが、多くは和解を拒んだため、賠償を求めて日本で裁判を起こします。九〇年代のことです。
日本での判決は、原告たちの厳しい労働実態を認定しています。しかし、すでに外交的な解決が図られたことから、請求はできないとの判断を下し、原告は敗訴。裁判は韓国に場所を移します。
この間、韓国は民主化を果たし、市民の声が政治を動かすようになりました。それが徴用工問題にも反映していきます。
協定では決着済みでも「未解決」部分が残っているのなら、解決すべきだという考え方です。
日本の植民地支配に対する解釈でも日韓は対立していますが、重要なのは高齢となった被害者の心を満たし、どう救済するかです。
原告らは判決に従い、資産の差し押さえを行う構えを見せています。もしそうなれば、日韓関係はさらに緊張するでしょう。
一方、別の被害者らは、「補償責任は韓国政府にある」として、昨年暮れ、逆に韓国政府を相手に集団訴訟を起こしています。
混乱を防ぐため、韓国政府は、日本からの援助で利益を得た韓国企業、日本企業による三者で基金をつくり、幅広い救済に当たる構想を持っています。日本政府は基金には否定的で、韓国側に協議を申し入れています。差し押さえには対抗措置をとる姿勢です。
一致点はなかなか見つかりません。例えば、米中の国交樹立をはじめ、難しい交渉を実らせたキッシンジャー元米国務長官の外交術は一助にならないでしょうか。
タフな交渉者のイメージが強い人ですが、意外にも「相手の趣味や関心に理解を示し、相手の視点に共感し、同じ心境になろうとした」(「キッシンジャー超交渉術」日経BP社)そうです。当たり前ですが、大切な姿勢です。
◆今後も続く隣国関係
今、日韓間ではレーダー照射問題などを巡っても、激しい応酬が繰り返されています。理屈は双方にあるにせよ、この「視点や共感」が不足しているのではないでしょうか。
両国の外相は、二十三日に会談する予定です。元徴用工の人たちが味わった思いを考えたい。そして引っ越せない隣国である両国が知恵を寄せ合って、なんとか方策を探ってほしいと思います。
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