LORD Meets LORD(更新凍結) 作:まつもり
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―――襲撃の二時間前、エ・ランテル近郊の街道にて。
朝早く、地平線から顔を出したばかりの太陽に照らされ、舗装されておらず土がむき出しの街道を二台の馬車が連なって進んでいた。
その馬車は灰色の布を屋根とした、二頭引きの幌馬車であり特に装飾なども施されていないもので、何も知らない者がこれを見れば、行商人か遠出する農民あたりが乗っているものと思うだろう。
しかし実際に中で揺られているのは、この国において辺境までその名が轟く程の著名人達だった。
「うーん、到着まであと、一時間くらいかしら………」
「そうですね。 この速さですと、その程度で到着すると思います。 城門での審査を上手く通過できれば良いのですが」
後ろに続く馬車の車内で、呟いたのは新王国の将軍ラナー。
普段着用している鎧は今日は見当たらず、木綿の布でできた臙脂色の上着に、丈長の赤いスカートを合わせただけの、まるで村娘のようなシンプルな服装だ。
それに応えた、隣に座るクライムも、一般的な農民風の半袖の上着とズボンを着用している。
ただ、クライムの場合、その質素なスタイルは普段着ている白銀の鎧や、儀礼の場で着用する礼服よりも、よほどしっくりと馴染んでいたが、ラナーの場合はどれだけ化粧を抑え、地味な服を着ても、その身に染み付いた生まれながらの貴人の雰囲気は全く誤魔化せていない。
もし、衛兵にその部分を怪しまれれば、少し面倒なことになるだろう。
それに、自分と今回同行しているクレマンティーヌは眷属同化の影響で、多少人間とは異なる特徴を持っており、イビルアイに幻術のスクロールを使わせて乗り切るつもりではあるが、念入りに魔法を用いて調査されると危うい……。
そうクライムは危惧していた。
「あはは、大丈夫なんじゃなーい? アダマンタイト級冒険者の蒼の薔薇が身分を保証すれば、審査なんかパスできるって。 その為にあいつら連れてきたんでしょ? 姫サマ」
御者として馬を操りながら、二人の話を聞いていたクレマンティーヌがラナー達に背中を向けたまま問いかけてくる。
彼女も、動きやすいようにスカートではなくズボンを履いている以外は、ラナーと同じように質素な服装をしている。
だが、スレイン法国内の名家の生まれであり、幼い頃から厳しい教育を受けて育ってきたにしては、彼女はなんの違和感もなくその服を着こなしていた。
良家の生まれにしては洗練されているとは言い難い内面が、外側に滲み出しているからかもしれない、とクライムは密かに考えた。
クレマンティーヌも普段は国民から尊敬される軍人であり、スレイン法国から貸し出されている客分としてそれなりに猫を被っているのだが、同じ眷属として何かと彼女と関わることの多いクライムは、彼女の奔放さ、いい加減さと言った、一般に思われている、美しく気高い戦士とは真逆の側面もよく知っている。
金属器使いの側近である眷属がそのような調子では、変な評判が立ってラナーの品位を損ねるのではないか、と危惧しているのだが、彼女の実力とラナーに対する忠誠は本物だとクライムも認めている。
多少の負の側面は有るものの、一応、総合的に見ればクライムは彼女に敬意を持っていた。とはいえ、一昨日のアンデッド実験のような彼女、そしてラナーがもつおぞましい顔までは彼は知らないが。
今のクレマンティーヌの言葉使いも王族、いや、上司に向けるものとしても不適切だが、クライムの主人であるラナーは意に介さずに話を続ける。
「声が大きいわよクレマンティーヌ、前の馬車に乗ってる彼女達に聞こえたらどうするの。 ……うん、でもまあ、彼女達を連れてきた理由はそれが大きいわね。 アダマンタイト級冒険者の社会的な信用は、実力以上に大きな武器になることもあるし、今回の件で説得に手こずった場合にも、きっと役に立つわ」
「ンフィーレア・バレアレという名前の少年でしたか……、来る前にお話は聞かせていただきましたが、確かに凄いタレントではありますね……。 まだ、どれほどの物か正確には分かりませんが……場合によっては脅威です」
「ええ、脅威であると同時に、重要な戦力にも為りうる………、危険を冒してでも確保する価値はあるわ。 もちろん穏便にね」
……ラナーがンフィーレア・バレアレという存在をエ・ランテルに関する資料の中に見つけたのは昨日の昼のことだ。
最も、彼がもつタレントに興味を惹かれはしたものの、その時はあの件とは結びつけていなかったが……。
アンデッドによる襲撃に際し、クレマンティーヌが接触したぷれいやーらしき存在。
ラナーは、その人物による情報を集めるために、エ・ランテル内に忍ばせている内偵から情報を上げさせると同時に、既にある雑多な資料にも目を通していた。
クレマンティーヌから聞いた話では、これまで降臨したぷれいやーと思われる存在は、ほぼ例外なく、その力を使いある程度派手な行動を起こしている。
流石に八欲王のように世界を手中に収めんと行動を起こす、というのは極端だが、彼らのように王国内の辺境都市で冒険者として地道に活動を始める、というのは、前例と比べてかなり目立たない部類と言えるだろう。
その行動をラナーは始め、情報収集を重要視するが故の行いだと結論づけた。
確かに冒険者には各地を転々とする者も多く、様々な情報を得たいならば、冒険者組合への加入は悪い選択ではない。
だとすれば、彼らは慎重かつ理性的に物事を進める存在であり、自分の利益となるように交渉することも出来る……。
ラナーは、全ての国、勢力を自分の都合のいいように動かせる未来を望んではいるが、それは軍事力で世界を統一などという形のものではない。
例えば、スレイン法国のように敵対するよりは、親密な関係を結びながら適度に利用し合った方が多くの利益をもたらしてくれる国もある。
国々のパワーゲームの中で、常に有利な立場を保ち続け快適な生活を続ける………それこそがラナーの願い。
それには、利用できる者は全て利用するべきだ。
だが、ラナーの最初の考えは、その日の夕方に覆されることになる。
クレマンティーヌが珍しく焦りながら報告してきた内容、それは、スレイン法国の首都がなんの前触れも無く襲撃を受け、大きな被害を出した上に、襲撃者を取り逃がしたというものだった。
その報告は思わずたちの悪い冗談かと聞き返してしまうほどに、ラナーにとっては予想外なものだった。
スレイン法国は、人類により構成される国家としては間違いなく世界最強の存在であり、ビーストマンやトロールのような強力な種族であっても、迂闊に手を出せない程の戦力を保持している。
そんな国に、たった三人で手を出した上に、迎撃を受けながらも生き延びる……。
にわかには信じられないことだ。
現在は同盟国の事実上のトップである自分にも秘匿扱いになっているある情報をもラナーは握っており、それゆえに、襲撃者の取り逃がしは大きな衝撃を彼女に与えていた。
………実はラナーはスレイン法国内部の情報を、法国の上層部が予想するよりも多く握っている。
その情報の出処は、彼女の眷属であるクレマンティーヌだった。
どうしてクレマンティーヌが、ラナーの部下として動くようになったのか。
その説明には幾ばくかの年月を遡ることになる。
4年半前、ラナーは僅か12歳で、数多くの冒険者と兵士を飲み込んだ迷宮を攻略した。
……最初の迷宮攻略者であるバハルス帝国の帝王ジルクニフが、迷宮を攻略したのが七年前。 その後、迷宮で得た力をもって彼が簒奪者から帝国を取り戻して以来、この世界の戦争は大きくその姿を変えた。
数万の軍をたった一つの魔法で屠る程の火力、魔導師が使う飛行の魔法を遥かに凌ぐ速さで空中を飛び回る機動力……、それらを兼ね備えた魔神使いの出現により、既存の戦略、兵法は一気に陳腐化した。
もはや戦の勝敗を決めるのは、兵力の多寡ではなく、その国がどれほどの金属器を運用出来るかに左右されるようになったのだ。
スレイン法国の神人や評議国の竜王のように、金属器使いを相手に渡り合う力を持つ者も存在したが、いずれにせよ金属器というイレギュラーにより、この世界の軍事バランスが大きく崩れたのは間違いない事実である。
その中で当時から、黒粉にまつわる諍いなどで険悪だった王国と帝国の軍事バランスは、王国側が金属器を一つ所有するガゼフ・ストロノーム。帝国側が、金属器を二つ所有するジルクニフとほぼ拮抗していた。
金属器を一人が複数保有している場合、戦況や相性によって選べる手数が増える分、所有数が多いジルクニフが有利だったが、戦士として真正面から戦った場合は、攻撃力が高く、尚且つ戦士としての実力で上回るガゼフに分があるということで、両国の戦力は拮抗しており、王国と帝国は新しい迷宮を攻略し、更なる金属器を手に入れるべく鎬を削っていた。
ここで問題となるのが、一体誰に迷宮を攻略させるのか、である。
金属器の力は、たった一人で一国を滅ぼせる程の途轍もなく強力なもの。
もし国家に対しての叛意や野心を抱いているものに金属器の力が渡れば、逆に危機を招く結果になることは明白であるために、人選こそが最も重要なものとなる。
バハルス帝国は、この危険性を当初から認識し、厳重に対策を打ちだしている
外国の者や、冒険者が勝手に迷宮を攻略することを防ぐため、国内の迷宮は許可なくしての立ち入りを禁止する法律を作り、迷宮の入口には常に衛兵を立たせることにしたのだ。
だが、問題は人選である。
その辺の冒険者を捕まえて金属器を手にすることができれば、国に仕えることと見返りに褒美をやる、などと言うほど帝国は馬鹿ではない。 もし金属器使いが望めば、国を作ることすら夢ではないのだ。 果たして褒美などにどれほどの価値があるのか。 ジルクニフを初めとする帝国の上層部は金属器使いを物欲で制御するのは困難だと結論づけていた。
だとすれば、わざわざ帝国を潰しても何のメリットもない存在が理想的。
まず考えられるのが、ジルクニフの兄弟などの皇族だが、あいにく彼らはジルクニフ暗殺の陰謀に関わり処刑されたり、反乱を起こし戦死するなどして殆ど残っていなかった。
唯一陰謀に関わっていなかったと判明したジルクニフの弟である第二王子は本人の希望もあって、表舞台を退き辺境で隠遁生活を送っており、表舞台に引っ張り出すのは本人もジルクニフも望んでいない。
そこで、次に候補として上がったのはジルクニフが信頼を置く、有能かつ、強い使命感を持つ数少ない貴族達であった。
実際に三回ほど攻略者候補として志願した貴族に優秀な騎士と魔導師を同行させ迷宮に送り込んでみたが、結果は三回とも失敗。
このまま続けると、帝国の為に尽くす貴重な人材を無駄に死なせるだけだと判断したジルクニフにより、この方針は当分見送られた。
……尤も、多くの戦力を注ぎ込んだ攻略が三回とも失敗で終わったという結果に尻込みし、もはや自分から攻略者に志願する貴族はいなかったが。
やむを得ず、金属器使いであり既に二つの迷宮を攻略した実績もあるジルクニフが必要に応じて自ら迷宮を攻略するという方針に変更したのだ。
それにより権力だけでなく、絶対的な戦力も一手に握ることになったジルクニフの帝国での支配力はもはや磐石のものとなったが、あまりに力が集中しすぎている為、ジルクニフがもし暗殺されでもしたら、即崩壊に繋がりかねない危うさを持つ国、それが当時の帝国であり、現在もその弱点は解決されていない。
しかし王国の方針は異なっていた。
王国の貴族達は、全体的に人間というものを甘く見る傾向があり、迷宮には冒険者やら兵士をできるだけ大量に送り込み、もし上手く攻略に成功すれば、金をちらつかせた上で家族を人質にとれば完全に制御できる、とたかをくくっていた。
その結果、帝国と違い多くの人間が迷宮に挑戦していたものの、それは見方によっては国の危機を自ら手繰り寄せているようなもの。
当時、12歳であったラナーは、同じ考えを持っていたレエブン候に対して自分が迷宮を攻略し王国を少しでも長く存続できるようにすると語り、レエブン候から秘密裏に手勢を借りることに成功する。
彼らは、レエブン候が主に諜報員として動かしていた非公式の部下であり、もしラナーが迷宮の攻略に失敗しても、レエブン候に責任の追求が届かないような、闇の住人。
冒険者で言うところの金級からミスリル級の力を持つ十人程の隠密部隊とラナー、そしてクライムが迷宮に挑戦し、そして攻略に成功したのだ。
その知らせを聞いたとき、王国貴族は歓喜し、そしてジルクニフは頭を抱えたと言われている。
金属器使いを二つ擁することになった王国と、金属器を二つ所持するとはいえ、ジルクニフしか金属器使いがいない帝国。 もはや完全に軍事バランスは崩れ、王国内の積極派は帝国に侵攻し、王国に編入してしまうべしと声高に訴えた。
しかし、熱狂する周囲を尻目に渦中の人物であるラナーは誰にも予想だにしない考えを持っていた。
新国家の樹立である。
ラナーは腐りきった王国にとうの昔に見切りをつけて、全て自分の望み通りに動く理想国家の建立を思い描いており、迷宮攻略はその通過点に過ぎなかった。
ラナーは当面の軍事力と資金を出す存在としてレエブン候を、新国家の王とするべくザナック王子の説得を始めた。
彼女が王としての座を求めなかったのは、新国家では貴族と平民という身分制度は撤廃するつもりだが、国家の権威を保持する為には王族は残さなければならない。 その場合、もし自分が王位についてしまえば、いずれクライムと結ばれる際に面倒な意見が増えそうだという計算からだった。
その点、現在の将軍という地位は、王よりは何かと動きやすいし、出来るだけ国民と触れ合う機会を増やすことで、庶民にも親しみやすい王女という評判が作れれば、クライムとの結婚への追風にもなる。
レエブン候とザナック王子も、このまま王国にしがみつくよりは、ラナーに協力した方が間違いなく利益になると判断し、新国家建立への協力を約束した。
そしてラナーが次に交渉したのはスレイン法国とバハルス帝国だ。
国を二つに割る行動を起こせば、確実にこの二カ国の介入は避けられないと判断したラナーは、スレイン法国には新国家への支援を、バハルス帝国には、新国家の旗揚げの時期に合わせて軍を動かして王国に軍事的圧力をかけ、ガゼフの動きを牽制して欲しいと依頼した。
一見図々しいだけに思えるこの依頼は、実は両国にとって大きな利益を生み出すものであり、帝国と法国はそれに殆ど迷わずに承諾した。
何故なら、バハルス帝国にとって最も危惧すべきは、王国にラナーとガゼフという二人の金属器使いが居るという今の状況であり、ラナーが新国家を作り、王国と袂を分かつならば、戦力が分散されることで、とりあえず当面の危機からは抜け出せる。
スレイン法国も、周辺国に害悪しか撒き散らさない腐りきった王国に優秀な帝国が併合されてしまうのはなんとしてでも避けなければならず、その時期にガゼフかラナーの暗殺計画が具体的に検討されてすらいた。
しかし、金属器使いを殺すのは人類が所有する戦力を大きく損なうことであり、他種族への対策を考えると苦渋の決断と言わざるを得ない。
しかしラナーが新しい国を作り、スレイン法国と協調路線を歩むという提案は、人類の戦力の維持と帝国の存続、そしてラナーという金属器使いの協力を取り付けるという、一石三鳥の提案であり、スレイン法国は喜んでこれを支援することに決定した。
当時漆黒聖典に所属しており、人前では自分の性癖などを抑えていたおかげで上層部の印象もそこまで悪くなかったクレマンティーヌは、その支援の一環として、ラナーの護衛兼、新王国の内情を知らせる諜報員として送り込まれることになった。
その後、彼女はラナーとの四年間の付き合いを得て、完全に懐柔され逆スパイと化しており、現在も様々な法国の内部事情をラナーに横流ししていた。
最も、法国もクレマンティーヌがラナーに近づきすぎていることは察知しており、幾らかはクレマンティーヌへの情報の流れを制限しているが、ラナーの策略により、クレマンティーヌが逆スパイを行っていることは露見しておらず、クレマンティーヌが口を滑らせたりしているかもしれない……という危惧にとどまっている。
そのクレマンティーヌから、ラナーはアーラ・アラフの存在を聞いており、話を聞くだけでも凄まじい力を持つ彼女とまともにぶつかり合い生き残るということは、襲撃者の正体はぷれいやーだと確信に近い予想をしていた。
勿論、単純な火力や、ある一つの分野ならば金属器使いがぷれいやーを上回る事も数多くあるだろう。
だがぷれいやーの真の恐ろしさは、応用力と素の強さにあるとラナーは確信している。
例えば岩山を拳のひと振りで崩す程の、剛力をもたらす金属器の使い手がいたとして、彼を第三位階魔法まで使える魔法使いが倒すことは可能か。
多くのものは馬鹿を言うなと鼻で笑うだろうが、ラナーの答えは戦略によっては可能、である。
考えつくだけでも、透明化して後ろからナイフで首を掻ききる、不意をついて金属器を奪い取る、そして魔法で眠らせるなど様々な答えが思いつく。
その中でも厄介なのは状態異常だ。金属器使いは魔装状態になることで、ぷれいやーに匹敵、あるいは凌駕するほどの力を身につけることが出来るが、それは精神力や毒への抵抗力までは引き上げてくれない。
竜を一撃で屠る力の持ち主が、第一位階しか使えないような駆け出し魔法使いの眠りの魔法で意識を失う。 このような不条理がありえてしまうことが、金属器使いの弱点。
そして、この点から見た、順当に実力を身につけた者が持つ優位性は、ぷれいやーを相手にしたとき更に大きなものとなるし、加えて金属器使いには
途轍もなく強力ではあるが、反面問題も多く扱いにくい力。
それがラナーの金属器に対する認識だった。
とはいえ、魔法などに対する脆弱性の問題は、装備や補助魔法で対策が可能であり、ラナーもスレイン法国……クレマンティーヌによるとアーラ・アラフから……受け取った魔法の装備で普段から身を固めている。
聞いたところによると精神攻撃を防ぐ指輪や毒、麻痺、眠りを防ぐイヤリング、一体使える者がいるのか疑問だが時間停止対策のネックレスなど状態異常の対策に重きを置いた装備だ。
ラナーも協力している法国の研究では、魔装後の身体能力は、元々身につけていた装備の影響を受けないらしく、すてーたす上昇系の装備は意味がないという結論に至ったらしい。
しかし筋力向上などの補助魔法は効果を発揮するので、法国では金属器使いには高位のマジックキャスターを同行させることが推奨されている。
これらの情報からラナーはアーラ・アラフと、彼女のバックアップを受けていた金属器使いが協力しても仕留められなかった襲撃者はぷれいやーだと予想したのだ。
そして、エ・ランテル内の諜報員から、昨日の夕方から一昨日クレマンティーヌと対峙したぷれいやーが姿を消していると連絡が入ったことで、ラナーはエ・ランテルと法国のぷれいやーは同一人物、少なくとも深い関わりがあると結論づけたが、だとすれば疑問が残る。
慎重に社会に溶け込み情報を集めようとする行動と、正面からスレイン法国を襲撃するという大胆不敵な行動。
この二つが結び付けられなかったのだ。
だとすれば、何か読み間違えている情報がある?
そう判断したラナーは襲撃の報を聞いた昨日の夜から再度手持ちの情報を整理し直していたところ、昼間に見たンフィーレア・バレアレについての情報に思い当たった。
諜報員に確認すれば、件のぷれいやーはアンデッドの襲撃時にンフィーレア・バレアレを救助したり、彼女の幼馴染を盗賊に襲われた村からエ・ランテルまで送り届けたりと、何かと彼と関わりがある。
もしそれが、ンフィーレアからの信頼を勝ち取り、彼の人となりを調べる目的だったとしたら……。
ぷれいやーが興味を持っているのは『あらゆるマジックアイテムの使用が可能』という彼のタレント。 なら使わせたいアイテムは………。
そこまで考えてラナーは一つの考えに思い至った。 ぷれいやーはジンの金属器使いから金属器を取り上げ、ンフィーレアに使用させるつもりではないかと。
金属器をマジックアイテムとして使用できるのかはまだ不明だが、使用できる可能性は無いとは言えない。
彼に接触したのは、彼を自分の命令に従わせる弱みを握るため。
家族や友人、恋人を人質に取るのが最優先と判断したからこそ、村で彼の幼馴染を助けた。
そして、それを切り上げてスレイン法国を襲撃し、自分の存在を諸国に大々的にアピールしたということは……。
(もしかして彼らは………、ンフィーレアを従える目処も立ち、全ての準備を終了させたと判断して、世界を敵に回して戦争を始めようとしている!? だとすれば……まずい。 この粗暴さが彼らの本性なら、交渉で上手く誘導など考えるだけ無駄かもしれないわね……)
何か手を打たなければならない。
そこでラナーは、ぷれいやーの手に渡る前に新王国でンフィーレアを確保することにした。
本当はスレイン法国の助力を仰ぎたかったが、法国も今は戦力をこちらに割く余裕も無いだろうし、まだほとぼりが冷めていないエ・ランテルに法国の目を向けさせて、一昨日の襲撃が露見すれば面倒なことになる。
あの程度のことで法国が新王国を切れるわけが無いと確信はしているのだが、多少は揉めてしまうだろう。
この急場では、出来るだけ不確定要素は取り除いておきたかった。
とりあえず、ンフィーレアを確保してから、ゆっくりと法国に保護を依頼するなりすればいい……。
その判断からラナーは、エ・ランテルへと朝早くから向かっている。
「おーい、エ・ランテルについたぜ! 早いとこ、そのリィジーって薬師を新王国に連れてってやろう」
前の馬車から蒼の薔薇のガガーランの声が飛んでくる。
蒼の薔薇の一行には、余計な混乱を招かない為に、王国の上層部が黒粉の合法化に際して、国一番の薬師と名高いンフィーレアの祖母、リィジー・バレアレを国営の黒粉精製所の技術顧問として強制徴用しようと決めたらしい。
役人がエ・ランテルに来て、彼女が連れて行かれる前に、彼女とその家族を新王国で保護することが目的だ、と伝えてある。
その言葉を信じる蒼の薔薇と、ラナー達はエ・ランテルの城門に近づいていく。
これは明らかにぷれいやーと敵対する行為。 ラナーも当然、衝突は起こるだろうとは覚悟している。
だが、この先に一体何が待つのか。 彼女たちはまだ知らない。