LORD Meets LORD(更新凍結) 作:まつもり
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それに最初に気がついたのはオーレオールの方だった。
一瞬だけ周囲の地面が暗くなり、自分の上を影が横切るのを感じる。
鳥?
オーレオールはそう思うが、この荒野の上空には飛行型モンスターは配備されていなかったはずだと思い出した。
怪訝に思い上空を見上げ……オーレオールは自分の目に飛び込んだモノに愕然とする。
「ば、馬鹿な! アレは嘆きの谷で常時待機しているはず、こんなところに居るはずが……」
彼女が見上げる空を悠然と飛んでいる影の正体は一体の龍だった。
全身を深海を思わせるような碧い鱗に覆われ、荒野に降り注ぐ擬似的な太陽の光が翼膜を通り、ステンドグラスの様に複雑な光模様を地上へと投げかける。
レベル100の下僕をも凌ぐ、レイドボス級の強さを持つその存在の名は、紫電竜ヴァルテイン。
ナザリックの最終兵器として、この階層の各所に配置されていた存在の一つだ。
ナザリックの下僕とはまた違う気配を放つ彼らの正体を、オーレオールは八咫神鏡に宿る力の一つを用いて偶然に把握していた。
彼を含む五体の存在は、ワールドアイテム、諸王の玉座の効果により顕現しモモンガに支配されていた、かつてナザリックに存在したレイドボス……。
(はっ! まさか……、モモンガ様がギルドマスターの権限を剥奪されたことで、諸王の玉座によるアレらの支配も効力を失っている? だとすれば……)
自分の考える最悪の予想が外れていることを祈りながら、オーレオールは竜を見上げる。
だが、彼女の期待を打ち崩すように、竜は荒野の隅々まで届くような眩い光を伴う、雷のブレスを吐きかけてきた。
「くそっ……、《サイレントマジック/魔法無詠唱化》《雷切の陣》」
セバスを逃がさない為に発動していた結界を解除し、自分を中心として直径10メートル程の魔法陣を出現させる。
それは雷による攻撃を遮断する、第九位階に相当する巫術であったが、超位魔法に迫りうる威力を誇るヴァルテインのブレスを完全に防ぎきることは出来ず、オーレオールは部下達と共に数十メートルの距離を吹き飛ばされる。
(セ、セバス様はどこに………?)
爆風に揉まれながらも彼女は、周囲を見渡す。
すると巨大な柱のように立ち上る砂煙の間から、セバスが指輪を使い転移する場面を捉えた。
……ヴァルテインに限らず、レイドボスは転移阻害系のスキルを持っている事が多い。
そのボスに固有の超位魔法や強力なスキルを、転移魔法で簡単に回避されないための方策であるが、ヴァルテインもご多分に漏れず、敵対状態にあるキャラクターに対して自分の周囲での転移を妨害するスキルを持ってはいた。
しかしセバスの種族、竜人の持つ特性には竜系の敵から受けるヘイトを軽減するという特性があり、モモンガの支配を失い、周囲の存在を無差別に襲うアクティブモンスターと化していたヴァルテインは、オーレオール達への攻撃を優先したのだ。
もし偶然、ヴァルテインがここを通りかからなければ。
もしセバスの種族が竜人でなければ。
オーレオールは確実にセバスを仕留めることが出来ただろう。
しかしセバスの身に幾多の幸運……彼女にとっての不幸が積み重なり、オーレオールは彼を取り逃がした。
このことが、どのような影響をもたらすのか、まだ誰も知ることは出来なかった。
(……セバスを取り逃がしたのは大きな失点だけど………、今はそれどころじゃない。 もし他の4体も同じように暴走していれば、この第八階層でレイドボス同士が潰し合う自体に発展しかねない。 いや、もし転移門を通って他の階層に移動すれば、ナザリックが壊滅的被害を受けることも有り得る)
だとすれば、今オーレオールに出来ることは、転移門を操作してレイドボス達の他の階層への移動の妨害。 そして、デミウルゴスと連絡が取れるまでの足止めだ。
その為には、転移門の制御装置がある桜花聖域へと戻る必要があった。
「オオトシ、足止めを」
「……承知いたしました」
若干声を強ばらせながらも迷わずに返事をしたオオトシが、単独でヴァルテインへと飛びかかる。
オオトシは比較的体力が高く、防御スキルも豊富なモンスター。
数十秒程度の足止めは出来るだろう。
後ろで聞こえる爆音を尻目に、疾風のように、桜花聖域を目指し走るオーレオールは考えた。
そこには罪悪感も一片の憐憫すらない。
自分の下僕は、結局は道具。
もとから自分を最優先するように作られ、自分の為に死ぬことに喜びを感じるのだ。
そう、少し前までの自分のように。
「なにが忠誠よ、なにがそうあれと創られたよ、下らない。 ………その人形達の中で踊り続けることでしか、安らぎを得られない自分も………馬鹿馬鹿しいわ」
オーレオールは心の中でセバスを羨ましく思った。 彼はいずれ、ナザリックの裏切り者としてデミウルゴスに始末されることになるだろう。 その時にどのような惨たらしい死が与えられるのか……。 彼女には想像もつかない。
だが、少なくともそれは、ナザリック以外の存在意義を創造主から与えられたという証。
プレアデスの姉妹を好きであれ、ナザリックの絶対守護者であれ、至高の41人に尽くすことに喜びを感じる存在であれ。
そんなものしか与えられなかった彼女は、ナザリックの支配が消失した今も、特にやりたいことなどありはしない。
ただ只管、空虚な過去にしがみつく存在。 それが自分なのだとオーレオールは冷めた心で自覚していた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ナザリックの出口から飛び出したセバスは、咄嗟に周囲を見渡す。
混乱した心は未だ収まっていないが、彼の生存本能が自分が生きられる道を必死で探していた。
……ギルド武器による支配が解けた後、ナザリックを自発的に飛び出すのはれっきとした反逆行為。
これがデミウルゴスに露見すれば、確実に始末されるだろう。
ナザリックの総力と自分がぶつかり合えば、抗える術などない。 先程、オーレオールと彼女の部下達に追われていたときも、正面から戦えば勝ち目など無かったのだから。
(とにかく……逃げるしかありませんか……)
幸い、今の自分はモモンガ様から受け取った探知妨害の指輪がある。
ニグレドの探知魔法をもってしても、居場所を探知されることは無いだろう。
ただ人海戦術で虱潰しに探そうとしてくる可能性はある。
セバスは山奥や森の中など、地形を利用して隠れることが出来る場所へ行った方がいい、と判断した。
大都市などで人に紛れる手もあるが、それは出来れば避けたい。
もしデミウルゴスがなりふり構わずにセバスを探そうとすれば、無関係の人間を巻き込んでしまうかも知れないから。
今はとにかく逃げて………、逃げて、どうすればいいのだろうか。
自分が逃げるのは何かを成し遂げる為ではなく、悪の権化として作られたデミウルゴスの活動に、加担したくないという意思が大きい。
正義などという不確かで下らない概念……、オーレオールの言葉がセバスの中で何度も繰り返された。
今のセバスにあるのは、正義を為せ、という心の奥底からの声だけ。
そしてそれが、具体的に何を指すのか。
彼には分からなかった。
セバスは身につけていたリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを近くにあった墓石の上に置く。
「モモンガ様………、そしてたっち・みー様。 ナザリックの下僕の職務、只今返上させて頂くことをお許し下さい」
それは彼なりのけじめ。 ……すなわち悪との決別だった。
数秒間、ナザリックへ向かい頭を下げた後、セバスはトブの大森林へと走っていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
リ・エスティーゼ王国、要塞都市エ・ランテル。
都市の上空から二人の異形が、ざわめき、怯える人々を見下ろしていた。
カラスの頭と、ボンテージに身を包んだ妖艶な女性の身体をもつ悪魔、嫉妬の魔将がその様子を見て口笛を鳴らした。
「ふふ、
「ああ、ンフィーレア・バレアレは傭兵モンスターの召喚に必要な人材だと仰っていたからな。 ………傭兵モンスターの召喚アイテムは本来プレイヤーのみが使用可能な特別な道具。 だが、ンフィーレアという人間がもつタレントとやらは、そのルールを捻じ曲げる可能性があるらしい。 ……そいつさえ確保出来れば、目撃者は皆殺しだ」
答えたのは、黒い蝙蝠の翼を持ち、額から二本の角を突き出した悪魔、強欲の魔将だ。
彼ら二人は、ンフィーレアを確保する為に、デミウルゴスに派遣され、今まさにエ・ランテルへと到着した。
そして、既にエ・ランテルの周囲にはナザリックの第七階層から連れ出された5000体以上の自動POPモンスター達が配置されている。
突如として地平から湧き出て、あっという間に都市を包囲してしまったモンスター達にエ・ランテルの住人達はどうすることも出来ずただ、城壁を信じて立てこもることしか出来なかった。
悪魔の軍勢に対抗しようと、僅かな警備兵は城壁の上から弓矢などで立ち向かおうとしたが、直ぐに遠距離攻撃に撃ち落とされ、あるいは何らかの精神攻撃に発狂して、自ら壁から飛び降りて絶命した。
例え、ナザリックの基準では使い捨ての下級モンスターに過ぎない、最大30レベルの自動POPモンスター達も、この世界の基準では、神の軍勢に等しい絶対的な脅威。 この街の警備兵や冒険者に抗う術は何もない。
「それは、いいわねぇ。 ま、この世界の生物は弱っちぃのばっかりだけれど………、これだけいれば殺し甲斐がありそう」
「遊ぶのもいいが、うっかり標的を殺すなよ。 ……そういえば命令には無かったが、ンフィーレアとやらの家族や友人も確保した方がいいだろうか………、そちらの方が、ンフィーレアを支配するときに何かと便利そうだが」
「んー、別にいいんじゃないの? 人間なんて下等生物、ナザリックの下僕と違って軽く拷問すれば簡単に手懐けられるでしょ。 もし暴走しそうになっても、そいつのタレントはともかく、レベルは貧弱なんだから幾らでもやりようはあるし」
強欲の魔将は、少しだけ考え込むがやがて納得して頷く。
「まあ、そうだな。 関係者の確保は余裕があればでいいか。 ……さて、始めよう。 戦いにすらならない、一方的な人間狩りをな」
エ・ランテルはもはや風前の灯火だった。
警備兵は抗う勇気を失い、投石口などから怖々と悪魔の軍勢の動向を伺うだけ。
街の住民達は、悪魔達が前触れも無く現れ、瞬く間に街を包囲した為に、何が起こっているのかすら把握できず、錯綜する情報に踊らされながら、ただ狼狽えている。
冒険者達も、殆どが失意の中に叩き落とされている。
彼らは街の住民や警備兵などよりもモンスターに対する知識が豊富で、外壁を包囲する悪魔達の強さも幾らかは理解できる。
しかしだからこそ悟ってしまうのだ。
勝てない、と。
なまじ知識を持っているがゆえに、より明確に絶望的な未来を思い描く事が出来る。
そういう意味では、まだ無知な一市民でいたほうが楽だったかも知れない。
この軍勢に抗う術など、エ・ランテルにはない。
5000体の悪魔だけでも、この街を滅ぼし、住民をひとり残らず殺し尽くすことは容易だろう。
力なき民も、力ある冒険者も所詮は人間の領域。
圧倒的な力の前には、抗いようも無く死が訪れる。
そう、人間の領域の強者ならば。
現在この街の中に二組………確かな生きる意志を持ち、行動する者達がいた。