再版にあたって
版を改めるにあたって、階級意識論のイデオロギー論上の意義を、ことに階級意識の弁証法的構造を少し立ちいって展開してみよう。
ルカーチは階級意識論を叙述するにあたって、きわめて独自な考え方を展開している。この点を簡単にしめせばつぎのようになるだろう。ルカーチは「マルクスの理論と方法のなかに、社会および歴史認識の正しい方法が究極的に蔵されている」として、マルクスの理論を正しくつかみ、これをイデオロギー論の領域で適用しようとしたのである(Geschichte und Klassenbewuesstsein. Vorwort. S. 7.)。階級意識論は、ルカーチのマルクスへの接近のひとつの試みであったといえる。ここで、ルカーチは歴史において決定的な役割を果す意識はなにか、という問題を提起する。従来、歴史における意識の問題は主に史的観念論の側から積極的に展開されてきたが、マルクス主義の理論では充分におこなわれてきたとはいえない。もっとも最近になってイデオロギー論であるいは思想史のうえで、マルクス主義の理論はかなりの成果をあげてはいる。だが、ルカーチの提起したような問題の視角は、つまり意識の歴史上での積極的役割を、階級意識の内的論理構造の分析をとおして展開するという視角は、あまりとりあげられてはいなかったのではなかろうか。こうした事情を考えれば、ルカーチがこのイデオロギー論の領域で問題の所在を適確に指摘して、史的観念論のイデオロギー論に対決しようとしたことは、一方ではブルジョワ・イデオロギー批判という点で、他方ではマルクス主義理論の発展という点で、注目すべき業績として評価しなければならない。
では、ルカーチは歴史における意識の問題をどのような仕方で論じているのであろうか。ルカーチはまず科学的マルクス主義に基づいて、歴史の原動力を問うことから出発する。歴史のうちではいろいろな要因が働らいているが、これらの諸要因の背後にある歴史的原動力は、個人のこれらの意識から独立して客観的なものである。これはすこしあいまいな表現ではあるが、現実の生産過程を基礎とした社会的諸関係と呼ばるべきものである。いわば、この客観的カテゴリーは各個人の背後にあって、個人の意識するといなとにかかわらず、歴史の諸過程を貫ぬいているのである。この客観的カテゴリーを意識的に反映するのが階級意識であって、けっして個々人のそのときどきの経験的な意識ではありえない。もちろん、この意識もなんらかの形で利害を反映するものであり、そのかぎりで歴史の現実にかかわるものである。たとえば、ディルタイはこの偶然的な、経験的な意識を自己の歴史哲学の中核にすえた。ディルタイによれば、自然的世界にたいして精神的世界は生の表現 Lebensta¨usserung であり、この生の内的連関構造は、記述的心理学 die beschreibende Psychlogie によってのみとらえられる。このように、経験的・心理的意識で歴史における個体像をつかめば、その姿はリアルにうかび上ることになるであろう。だが、歴史の原動力をとらえうる意識は、ディルタイの方法によってとらえられるような歴史意識ではない。歴史にかかわる真実の意識は、個々の心理的意識の背後に流れる社会諸関係を反映する意識でなければならない。この意識こそ階級意識 Klassenbewusstsein である。これは社会的諸関係が生産過程に基づくということに即して、「生産過程のなかの一定の類型的状態に帰せられる」意識である。このようにルカーチがブルジョワ的な個人の心理学的意識に階級意識を対置し、これを真の歴史意識として規定したことは、まさにブルジョワ的歴史哲学の地平を超克することを意味するものであるといえよう。
われわれはルカーチが歴史の原動力である社会諸関係にかかわる意識を階級意識として規定し、これを個人の心理的意識から峻別したのをみた。歴史には意識性の役割は重大であるからといって、この意識を個人の経験的な心理的意識に帰属させることはできない。この個人の意識はいわば「虚偽の意識」である。だが、ここで重大なのは、この虚偽の意織と真実の意識を固定して対立させてはならない、ということである。「弁証法的方法は、・・・・・の意識の『虚偽性』を単に確かめたり、真理と虚偽とを頑固に対立させたりすることにとどまることをゆるさない」。すなわち、われわれはこの心理学的意識と階級意識との区別をはっきりさせたうえで、歴史的にこの意識が具体的にいかなる発展過程をたどって展開するのか、をあきらかにしなければならない。「この虚偽の意識をば、その意識が属している歴史的な総体性の契機として、つまり意識がはたらいている歴史的な過程の段階として具体的に研究する」ことが問題なのである。へーゲル哲学を身につけていたルカーチは『精神現象学』の意識の歴史的・論理的展開に即して、虚偽の意識の弁証法を叙述する(ルカーチのへーゲル弁証法理解の仕方については、出口勇蔵編『経済学と弁証法』を、ことに『精神現象学』 のとらえ方については、同晝の第四章、第三・四節を参照せよ)。もちろん、『精神現象学』では、人類の歴史を歩むのは純粋意識であり、これが現象する背後にあって、その歩みを規定しているのは、イデーの合目的的な発展過程である。意識はこの精神の客観的な歩みを知らずに、歴史の舞台に登場し、主観精神から客観精神へ、さらに絶対知へと発展し、絶対知では主・客合一の段階に達した。だか、ルカーチでは現象する意識の背後にある客観的カテゴリーは、生産過程に基づく社会構成体という現実的歴史である。そして、意識はこの現実的歴史のうちで地位づけられてはじめて歴史にかかわり、現実化されるであろう。しかも、現実的歴史の展開にぴったり合一する意識形態、主・客合一の意識が、階級意識の究極の形態なのである。これこそが「真実の意識」なのであるが、今これを具体的にいいかえると、「真実の意識」とは意識が階級意識として現実の社会的発展の方向を自覚し、それに適応しようとするものである。この方向はいうまでもなく、階級関係の止揚つまり人類の全面的解放を目的とする。しかも、意識が階級意識としてとらえられる以上、この意識には具体的な階級という歴史的主体にになわれている。ここに、ルカーチの歴史意識はへーゲルの意識一般とも、またディルタイの個人の心理的意識とも対決するとともに、個体の意識を社会全体に媒介する環としての階級意識であると、いえるのである。
意識は現実の社会的諸関係の発展過程に規定されるにつれて、それは「虚偽の意識」という心理学的意識から「真実の意識」へと展開する。ところで、さらにつっこんで階級意識を分析すればつぎのようになるのだ。すなわち、「虚偽の意識」なるカテゴリーは個人の心理的意識だけに固有のものではない。この二つのカテゴリーは同時に階級意識そのものの内部の弁証法的構造をあらわしている。階級意識を固定させず、流動化させて歴史的につかむかぎり、その内部構造の論理は弁証法的である。まとめていえば、ルカーチの階級意識がたどる歴史的発展の基本線はつぎのようになる。意識ははじめは心理学的意識としてあらわれるが、それは階級意識と対抗しながら相互に歴史のうちにはたらいている、だが階級意識にも虚偽性と真理性との二つの契機が相互に矛盾し対立しあっている。だからこそ、階級意識は弁証法的に生成するのである。しかも、階級意識の内的構造は現実の社会構造を反映する。階級意識は社会構成体を異にすれば、異った姿態であらわれるし、また、それは階級に担われているかぎり、おなじ社会構成体でもその内部の生産過程で占める地位の相異によって、ちがった姿態をとる。階級意識はさらにおなじ階級においても、その現実の社会の発展段階からかえば、その構造に変化か生ずる。このように、階級意識の内的構造は各段階の現実社会の発展構造を反映するものである。そして、この社会の歴史的な発展過程に即して、階級意識は先にみた内面的・弁証法的矛盾によって発展し、その本来の姿である「真実の意識」へ到達するのである。こうした階級意識における「虚偽の意識」の弁証法こそ、ルカーチの論理をきわめて特色づけているものであるといえよう。
それでは意識構造と社会構造とを媒介するものはなにかを、さらにつっこんで問わねばならない。ルカーチはこの媒介のカテゴリーを「客観的可能性のカテゴリー」としてとらえている。この論理的カテゴリーによって階級意識に社会構造が反跛するのである。階級意識は一定の統一的な階級利害に基づくものであるから、客体の側で社会がある発展段階に達していて、生産過程における類型的状態が統一体をなしていなければならない。すなわち、階級状態を階級意識にのぼせる客観的可能性が存在することが必要である。このとらえ方は、前資本主義社会と資本主義社会との階級意識の差異を理解するときに、明瞭に展開されている。ルカーチは商品流通が全社会を支配する資本主義社会で、はじめてこの可能性が生ずるとみており、したがって階級意識の純粋な展開もここではじめて可能となる。前資本主義社会の諸階級や資本主義社会でも小ブルジョワ層には、こうした社会的基礎は存在しない。だから、ここでは身分意識やその他の階級利害に還元できない意識があらわれる。だから、これらの階級相互の矛盾は階級利害が意識に還元できないような対立である。つまり、ここでの階級意識の矛盾は意識内部の矛盾としてあらわれるものではありえない。これにたいして、ブルジョワ社会での固有の二大階級であるブルジョワジーとプロレタリアートとにおいては、意識を階級利害に基づける客観的可能性があるから、社会内部で矛盾した構造が、そのまま意識構造の矛盾としてあらわれるのである。したがって階級意識の内的構造そのものに矛盾が生じ、したがって意識の弁証法として国有のものが展開できるのである。さらに、これら二つの基本的階級においても、それぞれの階級意識は、かれらが生産過程においてとる地位によって、また資本主義社会の現実的発展段階において、ちがった構造をとることになる。
階級意識と現実の社会構造との関係を、このように反映関係だけでみると、階級意識の歴史への積極的役割かうすれることにならないであろうか。いや、実はその逆である。階級意識が社会構造の歴史的発展に組みいれられるということは、「生産過程のなかの一定の類型的状態に帰せられ、そしてこんどは逆にその状態に反作用して、それに合理的に通用しようとする」ことを意味する。この意識の作用は決定的である。ある階級意識の内的構造は、その階級が一定の社会の総体にかかわるかいなか、また、その社会で占める地位が何かということによってきまるが、他方、この内的構造が現実における階級存在を規定するものとなる。このことは、階級闘争の歴史をみれば、きわめてはっきりする。「まさに強力の問題においてこそ、つまり階級と階級とがあらわな生存闘争をたたかう状況においてこそ、階級意識という問題が終局を決定づける契機であることがわかる」。ルカーチの階級意識の弁証法は、このような意識と現実との相互作用として意識の発展構造をとらえることにその本質がある、といえよう。
以上でわれわれはざっと、ルカーチが階級意識論を展開する視角を特徴づけてきた。ところで、このように歴史における意識の構造を階級意識でおさえ、その内的構造を現実の構造との相関関係としてとらえるとき、イデオロギー論はブルジョワ的地平を超克する素地があたえられる、といえよう。ここでは、ブルジョワ的な個人の心理的意識はより高次の意識段階における階級意識に否定されている。だが、両者の関係は弁証法的否定の関係であって、前者は否定されなかち階級意識のうちで「虚偽の意識」として保存されており、階級意識の本来の姿態である「真実の意識」と対抗して、階級意識の構成要素をなし、それを発展させる契機として生かされている。ルカーチの階級意識論にはこうした歴史的・弁証法的な視角があることを、われわれはくりかえし強調しなければならない。
このように、歴史的現実における意識構造は、階級意識の弁証法的発展としてのみ具体的につかまれるのではあるが、歴史的な個人または階級が生きる場としての社会は、現実には国家や民族である。だとすれば、歴史意識を現実化するために、民族意識を取り上げねばならない。しかも、問題はこれを階級意識とどのように関係づけ、歴史意識の内的構造としてとり上げるか、ということである。この視角は『歴史と階級意識』のなかにはまだみられない。この課題は、イデオロギー論をドイツ思想史の歴史的研究に生かした『理性の破壊』で、こころみられている。われわれは、ルカーチの『階級意識論』で果されなかったこの問題を、後期のルカーチの課題として、またわれわれ自身の課題としてのこしておこう (階級意識と国民意識との関係についてのルカーチの視角は、出口勇蔵編『歴史学派の批判的展開―マックス・ウェーバー』経済学説全集第六巻所収の小論第八章「ウェーバーの民主主義」で不充分ながら提示した)。
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この小訳を世に問うてから、ほぼ四ヶ月になるが、このあいだいろいろな形で岩干のひとびとから親切な御注意をいただいた。ことに出口先生をはじめ出口研究室の諸氏はこの小訳のために批判会を開いて、有益な、立ち入った御高評をあたえてくださった。訳者自身もこの訳業を読みかえして不充分なところを感じて機会あらはぜひ修正したいと考えていたが、これらの御高評をうけて修正を本格的におこなわねばならないとの感を深くした。古典は読み返すごとに新しい意義をわれわれに開示するものである。再版での修正によって、この原名著をより正確に、より理解しやすくすることが、訳者のささやかな願いである。
このために、ミス・プリントはもとより、表現の拙いところや、あきらかに誤っているところを主に改めた。本文にもっとも留意したことは当然である。だが、これとともに、訳註も不完全な箇所を改め、適宜に補うべきところは訳註を補った。最後に、解説についても訳者のルカーチ理解の不徹底と表現の不足から、ルカーチ思想が正しく評価しえていない憾みがあったし、その後のルカーチ研究で訳者の気づいた点もでてきたので、部分的であるが書き足してみた。なに分にも重大な問題であるので、かぎられた紙数で充分に展開できなかったのは、前の版とはかわらない。版を改めたことに、いくらかでもルカーチ理解に前進のあとがみられれば幸である。
不充分ではあるが、以上の加算修正によっていくらかでも読みやすいものになっていることを期待するとともに、御高評の労をとっていただいた方々と、再版の修正をゆるしていただいた西谷氏に御礼を申し上げたい。
一九五六年三月二十九日
平井俊彦