LORD Meets LORD(更新凍結)   作:まつもり
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第三十六話 反転

アルベドはモモンガを後ろに乗せ、必死の速度で騎獣を走らせている。

 

彼女が駆るのは白い毛皮に、時折青い火花が散る大型の虎、雷虎(ライコ)だ。

 

マジックアイテムから召喚したレベル70相当のモンスターであり、アルベドからすると幾分力不足な騎獣であることは否めないが、自分のスキルで召喚できる双角獣(バイコーン)には乗れない以上仕方がない。

 

あのモンスターは穢れなき乙女を嫌っているため、エ・ランテルで活動を始めた頃、人気のない場所で試し乗りをしようとしたら思い切り振り落とされたのだ。

 

「くそっ!」

 

そして今、アルベドが軽く後ろを振り向いた後、悪態をついた。

 

ナザリックを出て、二十分程。 方向も確かめずに走り続けていたアルベドの後方一キロ程の地点に、四体の影が迫っていた。

 

この事態を引き起こした張本人であるデミウルゴスとルベド、そして二人の悪魔だ。

 

「あれは確か親衛隊に属していた魔将の一人と……プルチネッラだったか。 指輪のことに気が付くのが遅かったな……」

 

モモンガが、猛スピードで走るモンスターの背中で揺られながら、力なく呟いた。

 

 

デミウルゴスはあの後、モモンガとアルベドの二人がルベドによる攻撃から逃れたとの報告をルベドから受け、大至急、追撃を開始したのだ。

 

だが、アルベドとモモンガはリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンにより既にナザリックの外。

広いフィールドではモモンガの強みが発揮され思わぬ反撃を受ける恐れもある為に、ルベドがいるとは言え二人では戦うのは不安がある。

 

だが、そこでデミウルゴスに天啓が舞い降りた。

 

ナザリックのシモベ達は、急な命令系統の変化に混乱している。 ならば、自分が普段から指揮下に置いているシモベであれば比較的混乱が少ないのではないか、と。

 

デミウルゴスの予想は的中し、彼の配下の三魔将、副官であるプルチネッラ、十二宮の悪魔……今は七体だが……の精神は比較的安定しており、命令が可能だと判断したデミウルゴスによって、十二宮の悪魔はナザリックの警備、三魔将とプルチネッラがナザリック外での作戦行動に駆り出されることになった。

 

ここでデミウルゴスにとって大きな幸運が起こる。

 

モモンガがルベドの能力の一つに、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの装備者の位置探索があることを失念していたのだ。

 

最もモモンガがルベドの機能についてタブラから説明を受けたのは数年前のことであり、その細部まで詳しく覚えていなくても無理はない。

 

モモンガがそのことを思い出したのは、デミウルゴスに姿を補足され、自分の位置が把握された理由を考えてからだ。

 

「モモンガ様、転移魔法を使って遠い場所へ逃れるわけにはいかないのですか?」

 

アルベドの声に、モモンガは少し考えてから首を振る。

 

「無理だ。 転移魔法は利便性が非常に高いが、それだけに多くの対策魔法やスキルがある。 確かデミウルゴスの覚えているスキルの中には、自分の視界内で転移魔法を発動したものがいた場合、その行き先を割り出し、後を追って転移できるというものがあったはず。 それに私の転移魔法は見たことのある場所にしか転移できないしな。 どの道、ナザリックの近郊にしか………」

 

転移出来ない、そう言いかけてモモンガは口を閉ざした。

 

一度は全てに絶望したモモンガが、現在アルベドと共にデミウルゴスから逃げている理由はパンドラズアクターの献身があったからだ。

 

例え理由が何であれ、自分の為にその命を差し出した者がいる。

その事実が、モモンガに自分の命を無為に捨てることを思いとどまらせていた。

 

ナザリックの全戦力を敵に回してしまった以上、遅かれ早かれ自分は死ぬ。

しかし、せめてパンドラズアクターの犠牲を全くの無駄にはしたくない。

 

その思いがモモンガにある覚悟を決めさせた。

 

「アルベド、お前に一つ頼みがある」

 

「モモンガ様……?」

 

今までとは違い、力の篭ったモモンガの言葉にアルベドが戸惑いながら、後ろを振り向く。

 

そして主が纏う決死の覚悟を、肌で感じとった。

 

「私がいなくなった後も……お前は可能な限り逃げてくれ。 私という重荷が居なくなれば、騎獣の速度も少しは上がるだろう。 デミウルゴスと戦えとは言わない、そんなことをすればあっという間に命を落としてしまうだろうからな。 ……だがどうか、この世界に害を為すことはせず、静かに暮らしてくれ。 それが私の最後の願いだ」

 

「最後? な、何をいっているのですモモンガ様。 私はまだ……戦えます。 生き残る道は潰えておりません!」

 

しかし、アルベドによる必死の説得もモモンガの決意を動かすことは無い。

 

「いや……ナザリックのギルド長として、最後のけじめはつけなければ。 それが仲間の為……いや、私自身の為にも行わないければならないことだ。 これ以上、ナザリックの為に誰かを傷つけたくは無い……今ナザリックを止められる可能性を少しでも持つのは、スレイン法国で出会ったあのプレイヤーだけだろう」

 

「ま、まさか……」

 

「ああ、あのプレイヤーにワールドアイテムとナザリックについての情報を託す。 私にしかできないことだ……その結果、例え殺されたとしてもな。 ……ギンヌンガガプだけはお前が持っておけ。 うまく使えば、お前だけなら逃げることが可能かもしれない」

 

「ま、待って、モモ……」

 

アルベドの静止を振り切り、モモンガは騎獣から飛び降りた。

 

猛スピードで走るモンスターから急に地面へと移った為に、慣性に引きずられてよろめくが、力で強引に体制を立て直すと、手を前へと向け呪文を発動した。

 

「《ゲート/次元門》」

 

空間に開けられた門をくぐり抜けるモモンガを、モモンガを追って騎獣から飛び降りたアルベドが必死に追おうとする。

 

モモンガの全身が白い光が漏れだす門に飲み込まれ、少しずつ次元門が閉じていく。

 

アルベドは呼吸をすることも忘れ、ただ追いすがった。

 

「モモ、ンガ様……、あなたは何も分かっていない。 あなたが居なくなっては……私はぁぁァァァ!」

 

彼女の必死の思いが通じたのだろうか、アルベドは門が閉じる直前にその中に身体を割り込ませることに成功し、後にはただ朝日に照らされた草原だけが残った。

 

 

「ふん、こんなもの直ぐに追って……何っ!?」

 

「ど、どうなされたのですか、デミウルゴス様?」

 

スキルを発動し、モモンガ達を追跡しようとしたデミウルゴスは慌ててそれを取り消した。

 

どこへ転移したのかは、現時点では距離と方向しか分からないが……そこにモモンガが一度訪れた場所という要素を組み合わせると答えは一つしかない。

 

「な、何を考えているモモンガ。 よりによって、スレイン法国だと?」

 

あそこには実力や抱えている戦力など、未知の部分が多すぎるぷれいやーが居るはずだ。

 

流石にルベドがいるとは言え、軽々しく後を追うわけにはいかない。

 

なぜならルベドを運用するには、デミウルゴス自身が同行し逐一命令をする必要がある。 その為、もし相手がルベドを倒せはしないまでも、動きを封じる切り札を持っていたりでもしたら、自分は絶体絶命の窮地に立たされるのだから。

 

「くそっ、なぜだ? もしかして、法国のぷれいやーを支配する方法でも身につけているというのか? まさか、やけを起こした訳では無いだろうし……」

 

デミウルゴスは己の理解を超えたモモンガの行動に、呆然として立ち尽くしていた。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「来てしまったのか……アルベド」

 

「モモンガ様、命令に背いたことは……言い訳の仕様もございません。 しかし、私にとっての最悪はモモンガ様が居なくなってしまうこと……例えシモベとして失格の行動であるとしても、あの命令だけは聞くことは出来ません」

 

「そうか。 まあ、もういいさ、こうなればもう進むしかない。 ……これは転移誘導の罠にやられたな。 対策を何も施していないのだから当たり前だが。 このまま、一言も会話できずにやられることは避けたいが……」

 

《ゲート/次元門》を抜けた向こうには、あの活気溢れる神都の街並みでは無く、薄暗い四方を石で囲まれた部屋があった。

 

おおよそ一辺が二十メートル程、四角形のこの部屋に窓は一つもなく、壁にただ一つ備え付けられた《コンティニュアルライト/永続光》による証明が、冷たく周囲を照らしている。

 

金属製の扉がひとつ付いているが、硬く施錠されている上に、魔法的な罠が仕掛けてあることは確実だろう。

 

相手のテリトリーに踏み入れてしまった時点で、そこから逃れることは難しいというのはユグドラシルでの常識だ。

 

部屋の中央には宙に浮遊する一枚の鏡が置かれており、やがて鏡面が淡い光を放った。

 

「遠話の鏡、か」

 

それはユグドラシルではお馴染みの通信用アイテム。 同じ鏡同士で、音声と画像をやり取りできる為に《メッセージ/伝言》では伝えられない、地図などを用いた会話によく使われていた。

 

「驚いたわ。まさかこんな単純な罠に掛かるとは……。 半ば警報装置として設置しておいたんだけれどね。 ……なにか企んでいるか、それとも交渉に来たか。 どちらかだと思っていいのかしら」

 

鏡に映し出されたのは、つい昨日戦った白髪の少女。 

 

声に含まれた余裕から、自分の絶対的優位を確信していることが伝わってきた。

 

アルベドから一瞬殺気が吹き出すが、モモンガは慌てて手で制する。

 

彼女が自分についてきたことには驚いたが、こうなっては行く所まで行くしかない。

しかし、アルベドが暴走したせいで、会話が打ち切られてしまえば、自分とアルベドは本当に無駄死にになる可能性があるのだ。

 

「昨日のことは本当に済まないと思っている。 ……ギルドのNPCの暴走は、全て私の責任だ。 それにその後のことも……」

 

「………は?」

 

鏡の向こうで、何故か少女が硬直した。

 

「それに私はいまギルドマスターとは言えない。 ワールドアイテムの簒奪の薔薇を知っているか? それでNPCの一人に権限を奪われてしまった。 そして……」

 

「ちょっと待って………、あなた何を企んでいるの? ……まさか! ドッペルゲンガーか何かを自分を化けさせて……そうか、陽動作戦! クリスト、至急神都、いや、国内の情報を……」

 

「ち、違う! 私は紛れもない本人だ。 とにかく話しを」

 

「自分がどんな不自然なことを言っているのか分かっているの? 昨日とよくもまあそんなに態度を変えられるものね。それとも昨日のことは全て演技で、冗談だったから許してくれとでも?」

 

「いや……とにかく最初から話させてくれ。 実は昨日……」

 

モモンガはもしかしたら、相手は自分が人間の精神を取り戻した理由について知っているものと思っていたが、その推測は間違いだったと悟る。

 

だとすれば、自分の変化はいかなる要因によるものなのだろうか。

 

とにかく、なんとか会話のとっかかりを掴めたモモンガは自分が人間の考え方を取り戻したこと、そしてナザリックが拠点NPCの一人、デミウルゴスに奪われたこと、彼はこれから世界を滅ぼそうとしていることを説明することが出来た。

 

しかし話し終えた後、鏡の向こうにいるプレイヤー……アーラ・アラフは何かを話す気配も無く、俯いたまま固まってしまった。

 

「……が………でも……に……」

 

微かに漏れる声から、彼女が何かを考え込んでいることだけが理解できた。

 

張り詰めた糸のような緊張の時間が流れ、やがて彼女は顔を上げる。

 

表情はいたって平坦であり、そこからは何の感情も読み取れなかった。

 

「………あなたの言うことはよく分かった。 完全に信用は出来ないけど、迷宮の力は時にユグドラシルのシステムを捻じ曲げることは確認済みだし……。 カルマ値や種族が精神に影響を及ぼすこともね。 で、あなたはこれからどうしたいの? ……あなたのギルド、ナザリックを滅ぼす? それとも……ただ逃げて安全な生活がしたい?」

 

彼女の意図が読めない。

 

もしかして、自分とアルベドをいずれくるナザリックとの戦いの為の戦力として加えようとでもいうのだろうか。

 

だとすれば、ナザリックと戦うと言えば見逃しては貰えるかも知れない。

 

「私は……」

 

しかしモモンガは途中で口をつぐんだ。

一度はナザリックのNPCの忠誠も全てまやかしのように思った。

 

いや……パンドラやアルベドの自分への献身に触れても尚、もし自分がギルドマスターで無ければこうはならないのだろうと、心の中で考えている。

 

だが……自分は本当にナザリックを滅ぼすことが出来るのだろうか。

 

仲間と自分が一緒に作った、などは最早関係ない。

 

仲間に捨てられ、最後に残った自分にもこれ以上世界に害をなすことを望まれていない。

 

だから全て滅ぼすしかないのだろうか………、彼らはそうあれと作られただけ。 本当に責任を取るべきは……。

 

 

結局、その後暫く考えても答えは出ない。

だが……保身の為の嘘はつかないことにした。

 

「分からない。 ナザリックのNPCは私達が作った……だが、これ以上世界に害をなすことは望んでなどいない。でも……彼らは確かに生きているんだ。 だから……殺したくはない。 済まないが私は、役に立てそうにないようだ。 だがこのアルベドには私があなた達の国を守るように最後に命令をする。 だから、彼女だけは見逃してくれ」

 

「……そう」

 

アーラ・アラフはそっけなく言い放った後、通話を打ち切り鏡面が輝きを失った。

 

(やはりな……)

 

今の自分は死刑宣告を待っているに等しい身なのに不思議と心は静かだ。

 

ただ気がかりなのは、アルベドについての願いが聞き届けられたのかだけ。

 

「モモンガ様、例えあなた様のご命令でもモモンガ様の命を奪った相手に従うことなど出来ません。 その時は私も共に」

 

「しかし、アルベド……なっ!」

 

モモンガが驚愕の声を漏らす。

 

今、モモンガの目の前の空間には白い光が溢れる裂け目……つい先程自分がくぐった次元門が出現した。

 

そして、その中から現れたのは、車椅子に乗ったアーラ・アラフと、それを押すクリストと呼ばれていた青年。

 

どんな反応を取ればいいのか戸惑うモモンガ達の前でアーラ・アラフが告げた。

 

「最初に言っておくけど、あなた達を許した訳じゃない。 ……だけど、そのナザリックのNPC達を止めたいのなら私達は利害が一致するわ。 ……スレイン法国に協力しなさい」

 

「な、何故だ? 私は戦えるのか分からないんだぞ!? それに、つい昨日あなた達の街を襲った私を仲間になど……」

 

アーラ・アラフは一瞬目を鋭く細めた後、色々なものを一緒に吐き出すようなため息をついた。

 

「そうね……。 確かに私はあなたが憎い。 あなたは神都の惨状を見ていないでしょう? 昨日あなたの配下の悪魔のせいで、千人以上が命を落とした。 どの死体も口にするのもはばかられるほど酷い傷跡を負っていた」

 

「千人……だと? そんな………大勢の人が………」

 

「そしてこれからも大勢死ぬ。 万か十万か、あるいはもっとか。 その命を少しでも救うためなら……誰とだって組むわ」

 

つい昨日はナザリックの為に滅ぼそうとした国と、今度はナザリックを止める為に共闘する。 今尚、自分がどのような行動を取るかは、実際にナザリックと対峙するまでは分からない。

 

しかし………、このまま逃げては何も解決しない。

 

モモンガは遂に覚悟を決めた。

 

自分の命を捨てる覚悟は既にある、今決めたそれは……戦う覚悟だ。

 

「私がどれほど役に立つか分からない。だが………、全てを人に押し付けてこのまま退場というのは都合が良すぎるか。 私で良ければ力を貸そう」

 

この世界に迷宮が出現しなければ、デミウルゴスが裏切らなければ、幾多の要素が重なり合わなければ決して結ばれることの無かった両者。

 

スレイン法国を築き上げた六大神の一柱アーラ・アラフと、ユグドラシルで悪名を轟かせるギルド、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスター、モモンガが手を結んだ瞬間だった。

 

 

 

 






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