LORD Meets LORD(更新凍結) 作:まつもり
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クリストの紫色の光を纏う斧槍がモモンガに叩きつけられた。
直接的な衝撃による、体の芯に響くような鋭い痛み。
そして、接触した箇所から体に流れ込んでくるような、不快感を伴う鈍痛。
モモンガはこの世界に来てから、初めてとなる本格的なダメージに思わず歯を食いしばった。
「ぐっ……《ネガティブバースト/負の爆裂》」
「うっ!」
モモンガの身体から吹き出た負のエネルギーの波でクリストが大きく吹き飛ばされる。
それ程威力の高い魔法では無いとは言え、至近距離からの攻撃にクリストの体勢は大きく崩される。
飛行能力を使い、空中で身体を立て直そうとするクリストに、モモンガは直ぐに追撃の魔法を放った。
「《トリプレットマキシマイズマジック・マジックアロー/三重魔法最強化・魔法の矢》」
放たれたのは、カンストプレイヤー同士の闘いでも十分使用に耐えうる程に、その威力を強化された必中の魔法。
一応、間に障害物を挟み込んだり、防御魔法を発動するなどの回避手段はあるのだが、クリストの手札にはこの無数の矢を回避する手段は存在しない。
……そう、クリストには。
「《トランスロケーション・ターゲティング/標的移行》」
アーラ・アラフの魔法により、魔法の矢は目標を
「《リジェネレ―ト/生命力持続回復》 っ! クリスト、私の近くへ。 早くっ!」
クリストがアーラ・アラフの声に反応し、身体の傷を癒されつつ、彼女の近くへと飛行したのとほぼ同時。
短時間の内に、麻痺から立ち直ったアルベドがモモンガの隣へ立ち、ギンヌンガガプの範囲攻撃を発動させた。
声が届いてからの僅かな時間にクリストは辛うじて、アーラ・アラフの周囲の安全地帯に逃げ込むことができたが、巨体の天使はそうもいかず、先程までのダメージの蓄積もあり、遂に体力の限界へと達する。
クリスタルの様な身体が砕け散り、周囲に宝石で出来たような虹色の雨を降らせたかと思うと、その雨は地面に触れるかどうかと言うところで、光の粒子へと変わっていった。
「ちっ!」
それと同時に今まで神都の民を、激戦の余波から守っていた結界も消える。
アーラ・アラフの顔には明らかに焦りが浮かんでいた。
「モモンガ様。 ここは、私が一旦この場から離れ、神都を破壊して回りましょう。 どうやらあの女は、この都市に大層執心している様子。 それが破壊されているのを横目に、冷静には戦えますまい」
モモンガの後ろからデミウルゴスが語りかけてくる。
その悪魔的な提案に、アーラ・アラフの弱点を感じていたモモンガは、効果的かも知れない、と思考を巡らせた。
「なるほどな。 よし、お前の意見を採用しよう。 この法国のゴミ共に、己の罪を叩き込んで……」
そこまで話して、唐突にモモンガの声が止まった。
(罪……。 この国の民の罪とは何だ……。
いや、そうだ。 今自分達と戦っているあの女が、デミウルゴスを罠に掛け洗脳しようとしたのだ。 デミウルゴスもそう言っていたではないか。 それはアインズ・ウール・ゴウンへの侮辱だ。 故にこの国の全ての民に、苦痛に満ちた死を……死? 本当にこの国の全ての民を滅ぼさなくてはならないのか? しかも、あの女は洗脳しようとしたことについては否定していた。 何か行き違いがあったのだとしたら……。 それに、デミウルゴスの言い分が正しかったとしても、直接には関与していない人まで殺すなんて……どうして……)
頭の中に唐突に、今まで考えもしていなかった事が湧き出てくる。
同時に今の自分、そしてこれから命じようとしている事に対し、アンデッドとなってから久しく忘れていた忌避感を覚えた。
「ま、待て。 攻撃はするな、デミウルゴス」
「は、はっ!」
「モモンガ様?」
闘いの最中に、急に前言を翻し、デミウルゴスを止めたモモンガをアルベドは怪訝な顔で見つめる。
「い、いや、何というか……。ちょっと待ってくれ。 頭の中が混乱して……」
「も、もしや何か魔法を使われたのでは!?」
「わ、分からないが……そ、そうだ。 あの女はっ!?」
この世界に来てから初めて味わうアンデッドのものではありえない感覚に、モモンガは答えを求めて、アーラ・アラフの方を見る。
しかし、そこには超位魔法のエフェクトを展開しているあの女の姿があった。
モモンガは、直ぐに自分が硬直していた隙に、一気に勝負を決めるための準備をされていたのだと悟る。
だとすれば、自分の今のこの状態も相手の計算通りなのか? という疑問が頭をよぎったが、それ以上にモモンガは彼らを止めなくては、と
「ま、待ってくれ。 正気か? こんなところで、超位魔法なんか発動したら人が大勢死ぬぞ!?」
必死に語りかけた。
モモンガの言葉は、相手を牽制しようなどと言う姑息な理由では無く、自分が原因で多くの人が巻き添えで死ぬかも知れないという、心の底から湧き上がる恐怖によるものだった。
その恐怖はアンデッドの特性により直ぐに沈静するが、完全には無くならず、確かに心の一部を占め続ける。
だが、モモンガの声は彼らには届かない。
「何を今更……。 そうだったわ、私が甘かった。 神都に犠牲を出さずにあんた程の相手を殺そうなんて……。臆病者には何も救えないって私だけが分かっていたのに……」
アーラ・アラフは、自分に言い聞かせるように呟くと、アイテムボックスから見覚えのある砂時計を取り出す。
「これで……終わりにするわ」
砂時計を握るアーラ・アラフの手に力が篭ったのを、モモンガは確かに確認する。
そして……、モモンガは自分でも考えられないような行動に出た。
「ゲ……《ゲート/次元門》」
「はっ?」
アーラ・アラフが思わず間の抜けた声を上げる。
攻撃魔法で詠唱を何とか阻止しようとするのではなく、使用した魔法は転移魔法。
意表を突かれ、呆気に取られるアーラ・アラフだが、続くモモンガの行動は更に彼女を驚愕させた。
「アルベド、デミウルゴス。 撤退するぞ!」
「なっ!? どうしたのですか、モモンガ様。 私のスキルなら超位魔法でも……」
「いいから、早くしてくれ」
「は……はい」
(な、何故? いや……、でもきっとお考えがあるはず)
状況を理解してはいないものの、モモンガへの忠誠心で疑問を振り切ったアルベドと、それに追従したデミウルゴスがゲートの中へと入り、最後にモモンガが飛び込む。
アーラ・アラフの手には、超位魔法の詠唱時間をカットする課金アイテムが握られており、その気になれば転移魔法で逃げようとするモモンガ達を後ろから撃つことも出来たが、ここに来て相手が防御でも回避でもなく、転移魔法で逃げの一手を打つという想定の外にあった展開に警戒し、超位魔法の使用は思いとどまった。
(どうなってるの? 今までの実験では、クリストの金属器の、あの効果を使えば、アンデッドの奴でも動きを封じることが可能かも知れないと判断して、その隙を狙ったけど……。最後に見せた奴の様子は明らかにおかしかった。 私達にも想定外のことが起こった……?)
彼女は超位魔法の詠唱をキャンセルする。
スレイン法国と、アインズ・ウール・ゴウン。
両者の会戦は、双方に大きな疑問と違和感を齎す結果となった。
だが、モモンガの逃走はアクシデントが生んだ偶然かも知れないが、それが彼らの命を救ったのも確かだった。
アーラ・アラフ、いや、クリストには一つの切り札がある。
その名は極大魔法。
かつてジン達がいた世界では、何者にも防げない大魔法であり、天地を引き裂く最強の攻撃手段であった、各金属器につき一種類だけ使える切り札。
クリストが極大魔法を使用したことは訓練を含め一度も無いが、法国が有するもう一人の金属器使いの例から、アーラ・アラフはその魔法ならば、例えプレイヤーや高レベルNPCであっても屠り得る、と判断していた。
そして、クリストの極大魔法の発動は神都の壊滅と……、アーラ・アラフの死という危険すら孕む諸刃の剣。
自滅前提の切り札など、もはや戦略的な価値は無いに等しい。
だが……、もしこのままモモンガ達がアーラ・アラフ達を追い詰めていれば、最終的に使用された可能性が高いだろう。
もしかしたら、モモンガ達が逃げたことに最も安堵しているのは、彼らの方かも知れない。
瓦礫が散乱する神都の一角。
各地の高台から、あるいは建物の窓の隙間から、恐ろしい悪魔達を追い払った二人の人影に視線が注がれている。
召喚された天使のなんと強大であったことか。
目まぐるしい攻防の中で一歩も引かずに、悪魔達と渡り合った姿のなんと勇ましいことか。
もはや、彼らが歴史の裏に隠れていることは出来ないだろう。
アーラ・アラフは力を使い切った様に、ぽすんと車椅子の背もたれに寄りかかる。
「これからが大変ね……」
「ええ、もはや貴方様を隠し通すことは、神殿でも不可能になるでしょう。申し訳ございません。 私に力が足りなかったばかりに」
「いいえ。 魔神使いの力はとても強力だけど……脆い物。 あのような相手では、単独での戦闘は危険すぎるわ。 それに、貴方の死は、即ち私の死へと直結する訳だし」
彼女は、首を軽く後ろへ倒し、地平線を微かに盛り上げる山脈に沈みゆく太陽を見送る。
「でも私の顔出しなんかは、明日以降に回しましょ。 今日はやることが多くなりそうだから」
アーラ・アラフとクリストの二人は、居室へと繋がる《ゲート/次元門》の中へと吸い込まれていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ナザリック地下大墳墓第五階層、氷河へと戻ったモモンガは心配そうに自分を見つめる守護者達に囲まれ、未だ思考の堂々巡りを続けていた。
自分が、先程まで行おうとしていた事、デミウルゴスが何の躊躇いも無く人間に害を為そうとしたことへの恐怖。
そして……転移後に感じた微かな違和感。 人間への共感性が欠如していた事が、現在との比較によりまざまざと浮き出た為だ。
今の自分は、何故かアンデッドのものではなく、人間としての思考を行っている気がする。
そもそも、アンデッドになってからは警戒や危機感を感じたことはあったが、恐怖という感情などついぞ味わったことが無かったのだから。
それでも、アンデッドとしての特徴も失われてはいないらしく、平常心を完全に失ってしまうほどには感情が高ぶることは無い。
そしてモモンガを最も葛藤させたのは……、自分がかつての仲間の感情すらも思い描くことが出来なくなっていたということだ。
アインズ・ウール・ゴウンの名誉を守る、いつか仲間たちと再会するときの為に、ギルド拠点を維持し続ける。
だが……その為に、怒りに任せて虐殺を行い、アインズ・ウール・ゴウンの恐ろしさを世界に知らしめる?
どうして、そのような発想になったのだろう。 そんなことは、人間だった頃、そして今の自分、かつてのギルドメンバーの誰一人として望みはしないだろう。
悪のロールプレイをしているウルベルトさんや、えげつない作戦をいつも立案していたぷにっと萌えさんも……、いや、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターとして断言出来る。 彼らの中に、自身が行おうとしていた虐殺を良しとする様な者は一人としていないと。
なのに、自分はそれすらも理解できなくなっていた。 ただ、彼らと過ごしたユグドラシルでの記憶に縛られ続けていた。
(どうしたらいいんだ……)
モモンガはデミウルゴスをちらと見る。
そもそもの事の発端はデミウルゴスの証言にある。
スレイン法国の者達が自分を罠に掛けたため、それに抵抗していたのだと。
だが、あのプレイヤーと思われる少女の怒りは、今のモモンガには本物であるように思えた。
だとすれば、もしかしてデミウルゴスが何か嘘を……?
しかし、モモンガは首を振りその考えを振り払う。
(最悪でも、双方で認識の相違があったか……、向こうが嘘を言っているかだ、よな)
デミウルゴスを信じた、というよりは、これ以上悪い方向に物事を考えたくなかったという方が近いだろう。
既に、プレイヤーを完全に敵に回してしまった可能性が高い以上、今はNPC達が頼り。
彼らの忠誠まで疑うことは、自分が今立っている地面が崩れてしまうような気さえする不安なことだった。
それでも、下手に感情に揺り動かれず合理的な判断を下しやすい通常時ならばもう少し思考を掘り下げたかもしれないが、今のモモンガにはそうもいかない。
それに現段階ではスレイン法国と話し合うことは難しいだろう。
真正面から会談などしようものなら罠を仕掛けられる可能性が高いし、そもそも向こうは確実にこちらを恨んでいるはず。
一旦確立した敵対状態を解くことは、戦いを始めるよりよほど困難なのだから。
プレイヤーが一人や二人ならばナザリック内に篭ってさえいれば危険は無いだろうが……。
そして、モモンガはこれ以上NPC達を待たせておくわけにも行かないか、と考え指示を与えることにする。
ただ……自分にはもう少し考える時間が必要だ。 今の状況では、これからどのような行動を取るべきかすら分からない。
「いや、すまなかったな。 少し考え事をしていた。 お前たちは全員ナザリック地下大墳墓の警備にあたっていてくれ。 暫くは外出は許可しない……、警備の指揮については、いつも通りデミウルゴスに頼む。 それと、これを守護者全員に渡しておこう」
「こ、これは……!」
モモンガから、この場にいる階層守護者達に渡されたのは、大墳墓の中を自由に移動することが出来る、かつてはギルドメンバーのみが所有を許されていたマジックアイテム、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。
それを渡されたナザリックのシモベ達は、怖々とそれを押し頂いた。
「それがあった方が、警備の効率も良くなるだろう。 ……私は暫く寝室で休む。 緊急の用件……侵入者やプレイヤー関連以外のことは、一旦アルベドかデミウルゴスに報告してくれ」
モモンガは、一通りの命令を下すと寝室へと転移していった。