LORD Meets LORD(更新凍結)   作:まつもり
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第二十九話 神々の戦い

最後の『浄罪の座天使』が、半ばまでひび割れた右腕で剣を振り上げる。

 

しかし、その一撃がモモンガに届くことは無かった。

 

「《グラビティメイルシュトローム/重力渦》」

 

圧縮された純然たる力の塊が、モモンガが差し出した手から放たれる。

 

周囲の光すらも捻じ曲げる程の重力の球は、天使に接触した瞬間に封じ込められていた圧力を解放し、浄罪の座天使の体を粉々に砕き、光の粒子へと変えた。

 

「さて、掃除はこんなものか。 敵の攻撃を警戒しながらだから、少し時間がかかったな。 ……デミウルゴス、回復は終わったか?」

 

モモンガは見晴らしの良い建物の屋根から、救出した後、敵の狙撃魔法を受けにくい地面に待機させていたデミウルゴスの元へと戻った。

 

「はい。 ポーションでほぼ万全の状態まで回復することが出来ました。 ……しかし、私としたことが、罠に掛かった上にモモンガ様の御手を煩わせてしまうとは…」

 

モモンガは目に見えて恐縮し、自身を気遣って見せるデミウルゴスに向けて手を掲げ、発言を止めさせた。

 

「気にする必要は無い。 私は他のプレイヤーの存在や、この世界の住人の戦力をまだ心のどこかで過小評価していたのだろう。 そして、そのせいでお前を……許せ、デミウルゴス」

 

「……我が身に余るお言葉でございます。 私、この埋め合わせは必ずや」

 

デミウルゴスが恭しく頭を下げて見せるが、二人のやり取りを見ていたアルベドが軽く眉を吊り上げる。

 

「デミウルゴス、下僕ともあろうものが、このような危険を招いた上モモンガ様にご迷惑をかけるなど………、モモンガ様がお許しになった以上あなたをこれ以上責めるつもりは無いけれど、今回のことはあなたの不注意が招いたことでもあるのよ? 階層守護者として、ナザリックの威を損なうようなことは、今後無いようにして」

 

「分かりましたよ、アルベド」

 

アルベドが、創造されてから初めてになるかもしれない本格的な実戦で、少なからず緊張と興奮をしていたのは、デミウルゴスにとって幸運だった。

 

もし、アルベドが普段と同じ冷静さを保っていれば、デミウルゴスの返答の声に含まれた僅かな険に気がついたかも知れない。

 

 

「さて……、雑魚を片付けたは良いものの、中々敵は姿を見せんな。 浄罪の座天使達を召喚した人物も見ていないのだろう? デミウルゴス」

 

「はい。 恐らくは、建築物の影に隠れるなどして姿をくらましているのだと」

 

「そうか」

 

それを聞き、モモンガは考える。

 

さて、どのように隠れ潜む敵をあぶり出すか。

 

探知魔法はそれ程得意ではないし、何より人間が大勢いるこの都市では、ノイズが多すぎて捜索が困難だろう。

 

ここが敵地である以上、あまり時間を掛け過ぎるのも避けたいところ。

 

ならば………。

 

「向こうから、姿を現すように仕向ければ良い話か。 アルベド、これから相手を誘い出す。 もし狙撃や魔法が飛んできたらお前が防御してくれ」

 

「そ、それは」

 

アルベドが止める間も無く、モモンガは《フライ/飛行》を使い、周囲にある最も高い建物に飛び乗った。

 

そこは、四階建ての建物の屋根であり、周囲の様子が良く見渡せる。

 

先程戦っていた時は、景色を眺める余裕など無かったが、今は街の様子をある程度詳しく観察することができた。

 

街の通りは、その殆どが石畳で舗装されており、建築物にも凝った装飾が施されている。 しかし、デミウルゴスと天使の戦いに巻き込まれたのだろうか。

自分たちがいる区画の建物は、その多くが損壊しており、通りには服を血で染めた人間が大勢倒れている。

 

(デミウルゴスも、かなり派手にやったな……。 まあ良いか。 自分達が何をしたか、これで少しは思い知ったことだろう……。どちらにせよデミウルゴスを傷つけたこの国は滅ぼす。 アインズ・ウール・ゴウンを舐めた奴らに、苦痛に塗れた死を与えなくては。 それがギルドマスターとしての自分の役目だ)

 

……モモンガが人間、鈴木悟であった頃ならば、例え仲間を、アインズ・ウール・ゴウンを侮辱されたとしても、ここまでの行動に出ることは無かった。

 

ユグドラシル内で粘着してPKをしたり、相手が大切にしているアイテムを強奪したりは試みたかも知れないが、所詮それまで。

 

無論、現在はNPC達も現実に生きており、全てをユグドラシル時代と比較するのが無理があるが……。

ナザリックのNPCの為ならば、躊躇いもなく一国を滅ぼそうとするあたり、もはや精神はアンデッドのものとなってしまっているのだろう。

 

アルベドが隣に立ったのを確認した後モモンガが手を広げると、彼を中心を幾つもの大小の魔法陣が展開され、目まぐるしく変化していく。

 

ユグドラシルにおいて、魔法職の最大の切り札。

モモンガをして、一日に四回しか使用できない位階すらも超越した最高位の魔法。

 

この魔法が完成すれば、恐らく神都は一撃で壊滅するだろう。

 

転移後の世界においては、まさに神にも等しい力を得たモモンガにとって一国を滅ぼすなど、一時間あれば事足りる。

通りから、あるいは建物の窓からモモンガを伺う者達の反応は様々だ。

 

あの強大な天使をも打倒した力を恐れ、恐怖に慄く者。

 

魔法陣の美しさに、逃げることすら忘れ目を奪われる者。

 

再度の奇跡を信じ、ただ一心不乱に神に祈る者。

 

そして…、モモンガへと小さな掌を向け魔法を詠唱する者。

 

「《アルテミス/戦女神の矢》」

 

清浄の力の結晶たる矢が具現化され、モモンガへと一直線に飛翔する。

 

第九位階に位置する、強力な神聖属性エネルギーを封じ込めた矢を射出する狙撃魔法。

 

アルベドは、その矢を武器で弾こうと試みたが、ギンヌンガガプに触れた瞬間に矢は爆発した。

 

周囲に拡散されるエネルギーは、アルベドだけでは受け止めきれずモモンガにも幾許かのダメージを与える。

その影響で、超位魔法の詠唱はキャンセルされてしまった。

 

……しかし、モモンガも相手が何者かも分からないと言うのに、超位魔法の先出しなどと言う愚を犯すつもりは無い。

詠唱はあくまでも妨害されることが前提だった。

 

「とうとう卑怯な鼠が姿を現したか……」

 

モモンガは矢が飛んできた方向を、虚ろな眼窩の中に赤い光が浮かんだ瞳で睨みつける。

 

そこには、地面に届こうかというほどの長い髪をたなびかせながら、百メートル程離れた路に佇む男。

そして、彼に押手を握られた車椅子に座る一人の白髪の少女がいた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

かたかたと音を立てて、車椅子は通りを進む。

 

道沿いにある建物の窓から、恐る恐るこちらを伺う視線を感じた。

 

……まさか、いきなり都市の中で超位魔法を打とうとするとは。 どのような魔法を使うつもりだったのかは分からないが、いずれにせよ発動を許してしまえば、甚大な被害が生じることは確実。

 

恐らく誘いだ……、と分かっていても詠唱を妨害するしか選択肢は無かった。

しかし、私は火力優先のビルドでは無いから、属性の相性を考慮しても、大きなダメージは通っていないだろう。

 

あの骸骨は再び通りへと降り立ち、私と百メートル程の距離を取って向かい合う。

 

こちらの戦力は、私とクリスト。

あちらの戦力は……ギルド、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターと思われる骸骨、全身鎧の戦士、そして……神都に呪いを撒き散らした悪魔の三人。

 

しかも、まだ後方に控えさせているギルドメンバーかNPCが居ると見て間違い無い。

 

やはりカイレを呼び戻すべきか、と一瞬逡巡するが、初めから多くの手札を晒すのは愚策だと、その案は見送った。

 

十中八九これから戦闘に突入するだろうし、私としても今更話し合いで全て解決するつもりは無いが……。

それでもまずは、相手と話してみて一先ず引かせられないかは試みるべきだ。

 

なにせ、ここは神都。

この場でもし、魔法の打ち合い……特に超位魔法やクリストの極大魔法を使う羽目になれば、例え戦闘には勝っても、神都の防衛という面では敗北に等しい結果となりかねないのだから。

 

「クリスト、あの骸骨にもう少し近づいて。 戦う前に一応話してみるわ」

 

「し、しかしそれは危険なのでは? 貴方様はこれから、まさに人類の希望となる存在。 御身にもしものことがあれば……」

 

「……あなたの気持ちは受け取ったけど、この神都を戦場にするのは避けなくてはいけない。 それに、最も重要なのは私ではないでしょう。

でも、一応魔装だけはしておいて、交渉が決裂したとき、直ぐに戦闘に移れるように。 それから、まずいと感じたら私を放置してでも逃げなさい」

 

「はっ」

 

クリストは、背負っていた槍を胸の前に掲げると、詠唱を始める。

 

槍頭に刻まれた六芒星が、紫色の光を放った。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

(なんだ、あれは……?)

 

車椅子を押していた長髪の男が、槍を背中から取ると胸の前で掲げる。

 

何かのスキルでも使うつもりか、と警戒するモモンガの方へ、風に乗って男の声が聞こえてきた。

 

懺悔(ざんげ)悔恨(かいこん)の精霊よ。

汝に命ず、我が身に纏え、我が身に宿れ……、我が身を大いなる魔神と化せ、ヴィーネ!』

 

槍先から溢れた眩いまでの紫色の光が一瞬で男の身体を覆い、それが弾けるように霧消した時には、既に先程までの彼の姿はそこには無かった。

 

両側の側頭部からは牛のように捻くれた角が突き出しており、先程まで着ていた鎧は何処かへと消え失せ、衣服は様々な宝石に彩られたベルトで白い腰布を巻いてあるだけだ。

 

裸の胸には、首から幾つも掛けられた首飾りの宝石が輝きを放っており、腕と足は、まるで獣のように黒い体毛で覆われ、鋭い鈎爪が生えた手足は猫科の猛獣を思わせる。

 

背中から突き出た、白い骨で出来た翼によるものか、男は軽く浮遊していた。

 

……そして何より目を引くのは、右手に持たれている不気味な槍。 雑多な獣の骨や牙を組んで作られたような、奇妙にねじ曲がったその槍の先端には、婉曲した刃が付けられている。

 

確かユグドラシルで、あのタイプの武器は見た事があるな……とモモンガは思い出す。

……薙刀とかいっただろうか、その形に近いようだ。

 

(変身魔法、か? いや、しかしあんな物は見たことが無い。

だとすれば、この世界独自の……ちっ)

 

相手がユグドラシル出身のプレイヤー、もしくはそれと同じような技能を使う現地の強者だと、デミウルゴスを襲っていた天使を見て、判断してしまったのは軽率だったようだ。

 

そして、悪魔を思わせる姿に変化した男は先程同様に車椅子の背を押し、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

 

モモンガは、傍らに控えるアルベドとデミウルゴスにしか聞こえない声で囁いた。

 

「まずは相手の出方を伺うとしよう。 お前たちは直ぐに攻撃を始められるように臨戦態勢を整えておけ」

 

「「はっ」」

 

 

 

 

やがて、モモンガ達と相手は20メートル程の距離で向かい合うことになった。

 

まだ、両者ともに動いてはいないが、周囲にはいつ爆発してもおかしくない様な濃密な緊張感が漂っている。

 

先に口を開いたのは、スレイン法国側の少女の方だった。

 

「さて……、恐らくギルド、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターとお見受けする。 何故、我がスレイン法国に害を成した? ことと返答によっては、ただでは済まない」

 

モモンガは少女の白々しい言葉に鼻白んだが、思いがけず自分の身分を特定されたことに驚き、怒りを爆発させる機を逃した。

 

「私は……、私の部下が貴様らに一方的に攻撃されいるのを救出しに来ただけだ。 姑息な罠を仕掛け、先に喧嘩を売ってきたのはそっちだろう? 我等、アインズ・ウール・ゴウンに対する敵対行為、最早只では済まないと思え」

 

「何を言っている。 罠? こちらから喧嘩を売った? いきなり神都に現れ、法国の民を虐殺したのはそちらだろう。それに反撃されたから、救出しに来ただと?  全く道理が通っていないのが分からないのか」

 

少女は目を険しく細め、眉間に皺を寄せながら、問い詰めてくる。

 

(どういうつもりだ? デミウルゴスをこの国へ引き寄せ、攻撃をしてきたのは奴らのはず。そう、デミウルゴスの話しでは……)

 

モモンガが思考を巡らしかけた所へ、傍らからデミウルゴスの声が聞こえてきた。

 

「この女は確かに私を神都へと誘き寄せて、罠にかけ、洗脳しようとしてきました。

恐らく、その作戦が失敗し思いがけず反撃を喰らった為に、こちらを嘘で惑わせ奇襲の機会を伺っているのかと……、貴方もそう思うでしょう?」

 

話を振られたアルベドは一瞬迷う。

 

(何か……違和感を感じる。 しかしデミウルゴスの忠誠を疑う要素は特に無いし、不正確な情報をモモンガ様に報告するほど、愚かでも無いはず。 確かに状況から判断するとデミウルゴスの言う通り‥‥かしら)

 

「え、ええ。 私も同意見です。 その女の繰り言に騙されてはなりません」

 

この世界に来てまだ数日だが、ナザリックのNPC達の忠誠が絶対であるらしいことはモモンガも理解していた。

信頼する二人の部下の意見を聞き、モモンガは決意を固める。

 

「そうか、私もお前達を信じよう。 ……という訳で、これ以上貴様の嘘に付き合っている暇は無くなった。 貴様なんぞより、信頼できる部下が私の元にはいるからな。 ……我等ナザリックに大人しく投降するというのなら、命だけは助けてやるがどうする? この世界の情報も欲しいしな」

 

「それって大人しく拷問を受け入れろってことでしょう? はっ、冗談言わないで。 どうやら、話が通じる相手では無いようね。 まあいいわ、ここで戦闘する羽目になったのは残念だけど、貴様らを皆殺しにする方針に変わりはない、……死になさい」

 

数十万の法国の民が暮らす、人類最大の都市、神都。

 

この地で遂に、神々の戦いが幕を開けた。

 

神都で暮らす数多の民は、ただ震えて祈ることしか出来ない。

 

 






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