LORD Meets LORD(更新凍結) 作:まつもり
<< 前の話 次の話 >>
第二十七話 悪を始める
―――スレイン法国、神都レインフォール。
素晴らしい気分だ。
まるで、地中から突き出た瞬間の木の芽のような。
鳥籠から解き放たれ、果てしなく広がる空へと飛び立った小鳥のような解放感。
これが……、奴が言っていた自由というものか。
私は、最高の感覚にもう少し浸っていたかったが、周囲のざわめきを感じ、美しい空から、
ここが、どこなのかは知らない。
ただ…何をするべきかは理解していた。
「ひぃっ」
「に、人間じゃない。 もしかして……」
「神殿に連絡しないと…」
怯えながらも、こちらを遠巻きに眺める下等生物達。
今の私は人間に近い形態を取っているとは言え、尖った耳、宝石の瞳、白い鎧に覆われた尻尾など、明らかに人ならざる特徴をいくつも持っている。
確かに、こいつらが驚いても無理はないが……、この程度の奴らが私を指差しながら、囁きあっているのは不愉快ではある。
男、女、子供、老人。
様々な人間がいるが、この下等生物達に最も相応しい表情を、私は生まれながらに知っている。
大きく息を吸い込んだ。
これから発する言葉が、支配の呪言の最大射程である、半径50mに届くように。
鎖から解き放たれた私が、初めて地上に齎す災厄。
生まれた時から、定義されていた私の存在意義。
『苦しみ、もがき、嘆き、のたうち………殺し合いなさい。 血を分けた家族を持つ者よ、我が子の目を抉り、夫の喉を食いちぎり、母の心臓を突き刺すのです。 親しき友を持つ者よ、その下等な頭脳で思いつく限り冒涜的且つ残虐に、友の肉体と心を壊しなさい。 私はこれより……悪を始める』
この日、おぞましい呪いが神都へと降り注いだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
―――スレイン法国、光神殿内最奥聖域、アーラ・リィ・レイン
曇りガラス越しの穏やかな日光の下で一人の少女が本を読んでいた。
彼女がいる部屋はスレイン法国の軍事、政治、宗教の中枢である神殿の中でも、最も厳重に守られている聖域であったが、別に物々しい祭壇や儀式の場があるわけではない。
こじんまりとした文机に、魔獣の毛皮で覆われた柔らかな座り心地の椅子。
部屋の隅に置かれた書棚には、子供が読むような文字の練習本から、各地域の風土を案内する観光書など、種類は豊富なものの、特に難しい内容は含んでいない書籍が陳列されていた。
他にも、真っ白なシーツが敷かれた清潔なベッド、ふわふわと浮遊している鏡、不思議な模様が描かれたクローゼットなど不思議な物もところどころあるが、全体的には裕福な少女の部屋、といった印象を与える一室だ。
とは言え見るものが見れば、置かれた家具に宿る魔力と、凄まじいまでの価値に気がつくだろうが。
「………………」
少女はゆるくウェーブのかかった、肩まで伸びた白髪を揺らし、読んでいた本から顔を上げた。
「クリスト、
「は……? どうかなさったのですか?」
「ニグンから連絡が入ったわ。 ……神都内で異常事態発生ですって。 何者かが、たちの悪いスキルか魔法を発動させたようね。 もしかしたら、魔神使いかも知れないけれど」
クリスト、と呼ばれた地面に届きそうな長い黒髪を持つ彼は、少年と言っても良さそうな程に若い容姿をしている。
少女は、彼に車椅子の背を押され、机の上においてある鏡へと近づいた。
虚空に手を伸ばすと、腕の半ばから先が何処かへと消える。
そして、再び消えていた腕が現れた時には、二本のスクロールが握られていた。
「スクロールを使用するのですか?」
普段は、消耗品の使用には慎重な少女が、一度に二本ものスクロールを使うことが珍しく、少年は目を見開く。
「本当は出来るだけ節約したいのだけれどね。 今回は、相手がプレイヤーって可能性もある。 このマジックアイテムは、カウンターを喰らいやすいから、最低限の準備はしておかないと」
少女の病的な程に白い指が宙を舞い、遠隔視の鏡を操作していく。
そして、鏡面に神都のある一角が映し出された時……、少女の動きは全て止まり、映像へと釘付けになった。
積み重なる死体の上で、人々が殺し合っている。
鏡越しでは、音までは伝わらないが、人々の言っていることは何となく理解できた。
慟哭、あるいは贖罪。
ナイフや剣、それがないものは棒きれなどの粗末な武器を振り回し、今も互いの血を求めて狂ったように戦い続けているが、彼らの顔は狂人のそれではない。
顔は悲痛に歪み、涙を流しながらも、体は戦うことをやめていない。
「あ……あぁ………」
少女の予想を遥かに上回る凄惨な光景に、彼女は手を震わせながらそれを見ていることしか出来ない。
あまりの衝撃に、思考さえも吹き飛んでしまっていた。
その時だった。
彼女の指輪が光輝き、溢れ出た光が体に浸透していく。
それは精神異常が無効化されたことを示すエフェクト。
装備により、彼女が混乱から立ち直った時、鏡に眩いばかりの閃光が映った。
天から四筋の光が降り注ぎ、中から4体の強大な天使が姿を現す。
あまりにも圧倒的な神々しさを放つその姿に、遠く離れた位置にいる人々の目も引き寄せ、釘付けにしてしまった。
神秘的な黄金の文字が刻まれた全身鎧を纏った姿は、全長15メートルにはなろうかと言う巨大な物。
三対六翼の羽が力強く羽ばたく度に、血の匂いに充満した空気が浄化されていく。
光そのものに見まごうほどの輝きを放つ剣を、ひと振りずつ両手に持っており、頭部の目にあたる部分に存在する紫色の球体は、自身が倒すべき存在を正面に捉えていた。
この者たちの名は、
ユグドラシルのレベルにおいて70前半に位置する、白兵戦に置いて強さを発揮する天使だ。
そして、条件次第では格上の相手をも倒しうるスキルを持っている天使としても有名である。
第9位階魔法から召喚可能になる天使だが、今回召喚するために使われた魔法は……。
「ニグン……。 渡しておいた、《
ニグンは姿を隠しているらしく、鏡面には映っていないが、召喚された4体の天使達は皆一様にある一点を見つめていた。
神都内部にある、集会や日常の礼拝などに使われる、小規模な礼拝所。
その屋根の上に……、この惨劇を引き起こしたであろう悪魔が立っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「くそっ!」
デミウルゴスが間一髪で身を翻すと、先程まで立っていた屋根がまるで爆発したように粉砕された。
レベル70前半の天使4体による攻撃は、その巨体とは裏腹にとてつもない速度だ。
地上で見ている民衆達には、空中に幾筋もの閃光が走っているようにしか見えないだろう。
ああ、なんと美しく、神々しく、強大であろうか。
4体の天使と、神都を突如地獄へと変えた悪魔の戦いを見て、祈りを捧げる者さえいる。
法国の危機に、自分達が生まれた時から信仰を捧げてきた六大神が、救いの手を差し伸べてくださったのだと信じて。
デミウルゴスも支配の呪言の効果を維持する余裕もなくなり、防戦一方となっていた。
デミウルゴスは戦闘を想定したビルドをされておらず、守護者の中でも戦闘能力が低いことを考慮してもレベル70そこそこの敵が相手であれば、攻撃を防ぎつつ、反撃をすることは可能だろう。
そう、通常ならば。
だが、本来格下の筈の天使が彼を追い詰めているのには、2つの理由があった。
一つ目は、この天使を召喚した人物であるニグンのタレントにより、天使達がある程度強化されていること。
この強化は固定値ではなく、召喚したモンスターのステータスを10パーセント引き上げるというもので、
二つ目は、
この天使が持つ剣は特殊な性質を持っており、カルマ値が低い相手程、大きなダメージを与える。
デミウルゴスのカルマ値は-500の極悪であり、そのダメージ倍率は実に二倍にもなる。
このスキルは、逆にカルマ値が高い相手の場合はダメージが軽減されてしまうというデメリットを持つために、ユグドラシルではカルマ値の高い傭兵NPCか召喚モンスターをぶつけて盾にしながら倒すという戦術が取られていたが、デミウルゴスが召喚できる悪魔は、全てがカルマ値マイナスに偏っているものばかり。
例え彼がスキルを使い悪魔を召喚しても、大して時間も稼ぐことも出来ずに、光の剣に切り捨てられていく。
それでも、様々なスキルを目くらましに使いつつ、何とか致命的な攻撃を喰らわずに凌いできたが……。
「《
どこからか、そのような言葉が聞こえたかと思うと天使の内一体の体が光輝き、急激に動きが早くなった。
「くっ!」
《悪魔の諸相:豪魔の巨腕》
急激に発達した腕が、天使の強力な剣の一撃を受け止める。
衝突の瞬間に衝撃波が生まれ、周囲の瓦礫を吹き飛ばした。
だが、かろうじて受け止めたとは言え、半ば程までデミウルゴスの腕にめり込んだ光の剣からは、邪悪なるものを討ち滅ぼさんとする、聖なる力が流れ込んでくる。
「ぐぅぅ……があぁぁ」
《悪魔の諸相:八手の迅速》
足に悪魔としての変身能力を使い、何とか距離を取ることには成功したが、デミウルゴスは今の一撃で己の生命が大きく削られたことを感じていた。
その様子を見た下等生物達の歓声が、この都市の各地から上がっていることを疎ましく思いながらも、デミウルゴスは必死に思考を巡らせる。
(くそっ、私としたことが……。 解放感のあまり、警戒心を忘れ軽率な行動を取ってしまいました……。 第十位階の召喚魔法に……、さっきのは強化魔法? モモンガに聞いた情報によると、この世界の者達の実力は警戒に値しない強さの筈だったから……我々のようにユグドラシルから来た者か、または現地出身の未知の強者か。 まずいですね……)
このまま戦っていては敗れるのも時間の問題。
かと言って天使達が自分を包囲するように配置されているせいで退却の成功率も低いだろう。 私が生き残る術は…。
その時、デミウルゴスは《メッセージ/伝言》が掛かってきていることを感じた。
これは……モモンガから?
(まだ運は、私にあるようですね。 まあ、完全な嘘を言うのはまずいから、ここは少しぼかして……)
デミウルゴスは、口元に暗い笑みを浮かべながら、《メッセージ/伝言》に応答した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「こ、これは……?」
モモンガは、ニグレドの情報系魔法により、水晶の画面に撮された映像を呆然と眺めている。
そこには、4体の強力な天使達。
そして、彼らに攻撃されながら、必死で防戦を続けているデミウルゴスの姿があった。
「な、なんだ、これはぁぁぁ。 クッソがァァァァ!!!」
大切な仲間である、ウルベルトが心魂を注いで作り上げたデミウルゴスが、無残に切り裂かれながら血を流している。 それを見たモモンガの心には、かつてない程の怒りの炎が燃え上がる。
「く、クズがぁぁぁ!!! クソッ、クソッ、クソォァァァ」
渾身の力を込めて雪原に拳を幾度も叩きつける。
だが、やがて拳を宙に振り上げたまま停止した。
「ふう……。 今は、怒りに我を忘れている場合ではない、な。 だが、これがアンデッドの種族特性による精神の沈静化か。 怒りが完全に無くなるのではなく、心の中で静かに燃えているような感覚だ……」
そして、モモンガはデミウルゴスに向けて《メッセージ/伝言》を発動した。
先ほどシャルティアが連絡しようとした時は、意識が無かったのかも知れないが、今ならば応答も可能だろう。
『デミウルゴス、今そちらの様子を魔法で見ているが、どういう状況なんだ? 戦闘中に悪いが簡潔にでも答えてくれ』
『は、はい。 迷宮の入口に引きずり込まれたと思ったら、なぜか多くの人間に囲まれた場所で目が覚めて……、悪魔と判断されると、天使達が襲ってきたのです。 今は、何とか生き残る為に戦闘をしております』
『なんだと……、クソッ! ……ああ、いや、すまないな。 お前の言うことは分かった。 なぜ、お前がスレイン法国で目が覚めたのかは分からないが……、迷宮はもしかしたらそいつらの罠だったのかも知れんな……。 絶対にお前は助ける。 ウルベルトさんの残したお前を見捨てるものか』
モモンガは《メッセージ/伝言》を切ると、階層守護者達に向き直る。
「これは私の我が儘なのだろう。 戦略的に考えれば、デミウルゴスを見捨てて敵の戦力を少しでも分析することに専念した方が良い。 だが……、私はデミウルゴスを見捨てたくはない。 これではギルドマスター失格かも知れんが……、それでも私についてきてくれるか?」
下手をすると、ナザリック地下大墳墓を崩壊させかねない、モモンガの決断。
だが、それに異議を唱えたり、不満を持つ者は誰ひとりとしていなかった。
「当然でありんす、モモンガ様。 私達の全ては、あなた様の為に……。 我ら、下僕達を思っての行動に、異議などあるはずがありんせん」
「シャルティアノ言ウトオリデス。 我等ノ命ハ初メカラ至高ノ御方デアル貴方サマノ物。 例エ、ドノヨウナ危険ナ任務デアロウト、タダ命ジテ頂ケレバヨイノデス」
他の守護者達も、口々に忠誠を誓っていく。
そして、モモンガもそれを聞いたことで完全に決意が固まった。
「デミウルゴスに手を出した愚か者共に、アインズ・ウール・ゴウンの名にかけて、限りない苦痛に満ちた死を与える。 二度と我等に手を出すような者が現れない様、我らの恐ろしさが世界の隅々まで届くように。 階層守護者達よ!! ナザリックの威を示すのだ!」
轟轟と吹雪が舞う雪原の中で、守護者達の鬨の声が上がった。