>>
私の大好きな定義は、「現在進行形の未来時間イメージをよいものに書き換えることというのが我々の仕事だ」 という定義です。
<< P188
僕のお気に入り 『心理療法の本質を語る ミルトン・エリクソンにはなれないけれど』 (森 俊夫・黒沢幸子 著) の中の一節。
最近はまた忙しさのために帰りの遅い日々が続いていますが、パートナーとのコミュニケーションに気を配ったり、朝の短い時間でも息子と触れ合う時間を捻出したりすることで、それでもパートナーのサポートに依るところがとても大きいのですが、おかげさまで家庭も仕事もそれなりに順調に過ごすことができています。
やはり、打ち込むことができる、夢中になれる仕事や家庭に巡り合い、それらを維持していくために日々努力を重ねることはとても大事なことだと改めて思うところがありますし、そうすることでとても充実した日々が送れるものだということを強く意識しています。
>>
そう、「一番になること」 それ自体が大事なことではなくて、「一番になることを目指して努力」 することこそが重要であり、それがきっと当人にも充実感をもたらすものなのでしょう。
<<
>>
そう、相手との関係において考えるべき最も大切なことは、「関係性を築く」 心構えを持つことなのでしょう。
<<
そして、以前も下記エントリーで述べたことがありますが、そのために心掛けなければならない大事なことの一つが 「言葉の使い方」 だと思っています。
>>
そう、私たちはたくさんの言葉、つまり「語彙を豊富にすること」によって、人生を豊かにすることができるのです。
なぜならば、豊富な語彙は私たちに抽象的でない具体的な行動を促すことを容易にしたり、一見ネガティブに思える出来事をポジティブに捉えることができるように言葉の置換えをすることを可能にするからです。
<<
>>
そして、相手との強い信頼感で結ばれた関係があればこそ、円滑なコミュニケーションを図ることができ、自分の思いも余すことなく伝えることができるようになるのでしょう。
併せて、私たちはそれを主に 「言葉」 によって行うことを忘れてはいけないのかもしれません。
そうであるならば、日々自分が使う言葉に意識を向けることはとても有意義なことでもあるのでしょう。
<<
なぜならば、私たちは基本的には 「言葉」 を介してコミュニケーションを行いますし、そうすることによって相手に影響を与えることができるからです。
>>
また、よく聞く言葉で 「相手を変えることはできない」 と耳にすることはありますが、個人的には相手に良い影響を与えることで相手の行動を変えていくことはできるのだとは思っています。
もちろん、自分にとって 「思い通りに/都合よく」 という意味では、相手を変えることは実際にはできません。
それでも、相手の目線に立って、相手の中の前提を汲み取ってそれに応える行動を重ねるのならば、相手の行動にはきっと変化が訪れることもあるのでしょう。
<<
そして個人的に思うことは、この 「言葉の使い方」 の重要性をあまり意識していない人が相当数いるのだということです。
例えば以前に下記エントリーでも述べましたが、言葉の暴力ともいえる理不尽な攻撃的な態度で周囲に悪影響を与える人を、私たちが生活する環境下においてとても多く目にすることができるでしょう。
>>
理不尽さや他人からの攻撃的な態度は、感受性豊かな性質を備えた人に対して致命的とも言えるダメージを与えてしまうこともある可能性を私たちは意識する必要があるのだと思っています。
<<
そしてそれら悪意ある言葉を使用する人々から受けた影響で体調を崩したり人生を狂わされてしまった被害者に関するニュースを耳にしない日がないことは、とても悲しいことだと思っています。
また下記サイトには、そのような 「悪意ある言葉」 を 「呪いの言葉」 として表現し、それを強く非難する文章が記載されています。
「他者への憎悪は身を滅ぼす」内田樹が語る"呪いの時代"を生きる知恵
>>
「呪いの言葉」は、人を記号化したり、カテゴライズしたり、一面だけを切り取ってその人の全体を表してしまう言葉です。「反革命」とか「非国民」とか。本来は多様で複雑な人間の存在を、単純化し、記号化してしまう。
・・・
「祝福の言葉」は逆に、目の前の人間や物事について、それを「語り尽すことができない」という謙抑的な態度を示すことだと思います。世界の深み、厚みに対する慄(おのの)きや感謝を忘れないのが「祝福の言葉」です。対象を語り得ないという、おのれの言葉の貧しさを認識すること、世界が汲み尽くし得ないほど広く深いという自覚を持つことが祝福ということの本義だと思います。
<<
インターネットが発達した今日は他人を傷つける 「呪いの言葉」 を吐くことで多数に影響を与えることができるようになり、そのような刹那的な満足感を覚える人々が増えてきていることに警鐘を鳴らし、そのような人々から距離を置くことの必要性が述べられています。
併せて、呪いの言葉を吐く人々から距離を置くために、そのような人々に近づかないように事前に察知できるようなアラーム力を身につけるために観察力を身につけることを推奨しています。
また一方では、私たちは言葉を 「呪いの言葉」 として他人を傷つけるために使用することができるだけに留まらず、逆に 「祝福の言葉」 として感謝の意を述べると共に周囲に対して良い影響を与えることもできるのです。
そしてそうであるならば、自分がどのような考え方の下で、どのような言葉を使用しているのかを意識することはとても大切なことだと思っています。
先の 『日々の言葉に意識を向けること』 のエントリーでも述べましたが、言葉は私たちの行動を規定し、それらの行動が私たちを形作ります。
加えて、私たちが出会う様々な出来事や周囲からの働きかけをどう受け止めて、どのように行動するかを意思決定するために思考する際にも言葉を用いますので、言葉が未来を形作るという言い方もできるのだと、個人的には思っています。
ですから、豊かな未来を迎えるために、そのための日々の努力を重ねるために、前向きな言葉を意識して行動したり、周囲に良い影響を与える言葉を発して人間関係を構築することはとても重要なことなのでしょう。
引き続き意識していきたいと思っています。
そうですね。
我々の仕事とはなんぞやという定義の仕方って、いろいろあると思います。
私の大好きな定義は、「現在進行形の未来時間イメージをよいものに書き換えることというのが我々の仕事だ」 という定義です。
時間に関して、我々がクライエントに関与できるのは現在進行形の時間、つまり 「現在」 、この一点しかない。
過去は介入不能です。
未来にはかかわれますが、ずっと介入していくことはちょっと避けたいですよね。
今ここでの時間は止まっておらず動いてますので、できるのは、進行しつつある現在に介入すること。
進行しつつある現在で考えていることは実は未来なんです。
これから先のことを、これからどうなるかを現在進行形で人は考えている。
そこでいろんなことを思っているわけです。
皆さん、現在、、今晩のことを考えているでしょう。
今晩どうするのか、現在考えている。
そこで今晩自分はこういうふうに過ごすだろうという、今考えている未来が、よほどの外圧が働かない限り、ほぼ百パーセントその通りに起こります。
現在考えている未来は変わらない。
そうやって未来の時間って作られて行くんですよ。
クライエントさんたちは、たいてい未来を一点で予測しているんです。
毎晩DVにあっている奥さんは今晩もDVにあうんです。
これはもうほぼ決まりなんです。
今晩DVは起こるんです。
起こるために必要な作業をすべてその奥さんがするんです。
逆にDVを阻害するような作業はしないんです。
だからDVは起こる。
そのようにして未来は思ったようになるんです。
だってそのために必要なことをし、邪魔になるようなことはしないんだから。
未来は思っているようになるんです。
思っていない未来をつくることはできないんです。
よほどの偶発的な出来事が起こらない限り、思っていない未来は自分の力では少なくともつくれない。
今晩DVが起こるだろうと思っている奥さんに私たちが会ったとき、この未来に対しては介入しないといけないんですよ。
これをほっとくことは我々の職業倫理から許されない。
ここは仕事をしないといけないし、ここは仕事ができる。
現在進行形の今、その奥さんと話し合って、その話し合いの中で、きっと今晩はDVは起こらないだろうという結論のストーリーを作り上げていくことは十分可能なんです。
それに成功したとき、今晩のDVは起こりません。
明日のことは明日のことでまた話し合わないといけないけれど、とりあえず今晩のDVを起こさないなんてことは簡単なことです。
そしてその簡単なことはちゃんとやりましょうという議論なんです。
今晩、明日、明後日、一週間くらいはそんなに難しくないぞって、そう考えると一カ月もそう難しくないかもしれない。
途中一回くらいDVが起きるかもしれない。
でもそんなもんです。
今、DVの話をしましたが、これはどんな問題行動を取りあげたって同じです。
これから先、自分にはこんな問題が起こるだろうと思っている限り起こります。
起こらないだろうと思えば起こりません。
それだけの話です。
心理療法を考えるときに、それ以外の難しい話を考える必要はないと私は思っています。
ここさえできればいいんです。
やることはそれだけだけれど、これをどうやるかはけっこう難しい。
けど、やることはこれだけなんです。
他のことをやろうとすると中途半端になってどれも多分成功しないので、あんまり他のことは考えない方がよろしい。
クライエントさんの未来をどうつくるのか、その話し合いの中で未来をどう作って行くのかということに集中する。
そういうふうにしたときのほうが絶対成功率が上がる。
どうやるかは難しいって今言いましたけれど、そんなに難しくない。
投げかければいいんですよ。
今晩どうなると思うか、そもそもどうなりたいか?
ほっといたらどうなると思う?
ちょっと抵抗すれば何か変わる?
抵抗の仕方に何がある?
―等々、なんでもいいから未来のことに関して何か投げかけてあげればいいんです。
考えて、答え出すのはクライエントさんなんだから、こっちが答え出してあげるわけではないのね。
だから投げかけるだけですよ。
こっちの仕事って簡単っちゃ、簡単。
クライエントさんが後は答えを見つける。
せいぜいこっちがやることって、ちょっとした考え方のヒントを投げかけること。
例えば今晩どうするかでもいろいろありますよね。
どこで寝ますか?
ちょっと寝る場所について考えてみない?
もしかして今晩自分の家で寝るつもりでいるの?
いつもDVって家で起こっているんでしょう?
DV起こしたいの?
DVは家で起こるんだよね。
今晩、あなたが居られる場所って家しかないの?
家しかないなんてあるわけないじゃないですか。
今晩、あなたが居られる場所は無数にある。
良かったらこっちに来ますか?
今晩くらいならいいですよ。
あんまり居続けられて旦那に乗り込まれても困るから、それは勘弁してほしいけれど(笑)、今晩くらいならいいですよ。
とりあえず今晩、DVを避けられるでしょう。
そう言う簡単なヒントを、寝る場所どこにするとか、そのぐらいの投げかけで十分なんです。
答えは全部クライエントさんが出してくれる。
難しくもない、やることもはっきりしている。
やり方も簡単。
クライエントさんに聞けばいい。
今言ったことがちゃんとできたら、けっこう成功率高いと思うよ。
聴衆
さっき一、二回で終わりますといったときに、おおってどよめきがあったじゃないですか。 その秘密としては外在化と今の未来時間をつくるですよね。 この一、二回というのは、それを集中してやっているんだなとすごくわかりました。 でもそれをするのが大変で、逆に言うと私たちは一、二回で、えっ~、そんなの無理と思う。 そう思うとやはり未来は、そういう未来になる。
そうそう。
聴衆
そういうことなんですよね。 それは森先生と黒沢先生だからこそできる、と思えば、そこでそういう未来になってしまう。
そう。
思ったことは何でもできる。
聴衆
未来時間をつくるというまさに今の言葉を皆さんの中にいれていく、そうやって未来時間がつくられていくのかなと思って、おまけにそれは簡単なことだってダメ押しじゃないですか。 簡単なことだったら私にもわかるはずだし、できるはずだって思うじゃないですか。 聞けばいいんです、 簡単だと思うこと、クライエントに聞けばいいと思えること自体がすごいというか、そういうことでまた未来時間をつくっていくことなんだということで、まさに今それをなさっているんだと思います。 もう一つだけ質問をさせてください。 その簡単なことを続けるにはどうしたらいいんですか。 簡単なことほど、先生はどうやって続けていらっしゃるんですか? 簡単だから続けようとしなくても続いちゃったという答えになるんですか。
簡単なことを続けるにはどうすればいいかって、どういう質問?
聴衆
簡単だと思えば続くんですか。 その簡単なことを続けるってどうしたらいいんでしょう。 シンプルなことをシンプルなままで続けていけば、ほっとくとエントロピーじゃないですが、どんどん複雑になるじゃないですか。 何かないですか。
簡単に続けるにはどうすればいいですかってこと?
聴衆
簡単でシンプルであり続けるには?
簡単でシンプルであり続けるには何が、ですか?
聴衆
先生飽きっぽいのに、そういうシンプルなことを続けるにはどうすればいいんですか? 同じようにやっていたらきっと飽きません?
未来時間をつくる、そこの部分はシンプル。
でも作り方は、聞けばいい、簡単でしょうって言いましたけれど、いろいろやり方はあるんです。
そこが楽しみなんです。
このクライエントさんにはどういう聞き方をしてやろうとか、そういうことを一人ひとりのを考えることが楽しみ。
~ 『心理療法の本質を語る ミルトン・エリクソンにはなれないけれど』 「未来時間のイメージをつくる」 P188-193~