洋画のプロモーションにタレントが起用される理由
このような“日本人向けカスタマイズ”で思い起こされるもうひとつの違和感がある。洋画宣伝時のPRに日本人タレントが起用される、日本の映画界独特の習慣だ。映画本編となんの関係もないお笑い芸人、モデル、旬の文化人らが試写会イベントに登壇して、時に妙な扮装でコメントし、CMや予告編のナレーションに出演する。
邦題と同様、この手法は毎度映画ファンのいらだちを助長させているが、なぜもっと内容をストレートに伝えるプロモーションに徹しないのだろうか。
「作品の内容を真摯に伝えるだけでは、先ほどで言うところの“1%の映画ファン”にしかリーチしないからです。トム・クルーズが来日してプロモーション稼働するならともかく、それができないなら、知名度のある日本のタレントを起用してワイドショーやネットニュースの露出を狙ったほうがいい。これを最も望んでいるのが誰かと言ったら、やはり劇場です。この手法がいちばん動員につなげられるという経験的なデータが、彼らにはあるんですよ」(A氏)
「お茶の間で知名度のある日本のタレントを起用してメディア露出を狙う」のは、きわめて“邦画的な”プロモーションと言えるだろう。
「大手の劇場チェーンとしてよく知られているTOHOシネマズは東宝系、MOVIXは松竹系、T・ジョイは東映系。そして東宝、松竹、東映は“邦画の”製作会社です。劇場側がわかりやすい邦題や邦画的なプロモーションを好むのも当然ではないでしょうか」(A氏)
「まずTOHOシネマズ」を狙う配給会社
ところで、今回の記事執筆にあたりA氏とは別の会社の映画業界関係者・B氏に裏付けヒアリングを行ったが、そのなかでB氏がこんなことを教えてくれた。洋画配給会社の営業マンは、まず何をおいてもTOHOシネマズに営業をかけるというのだ。
ただ、これは妙だ。保有するスクリーンの数ならばTOHOシネマズよりイオンシネマの方が多いし、邦画メジャーの系列ならMOVIXもT・ジョイもある。ローソン傘下のユナイテッド・シネマ、東急系の109シネマズ、コロナシネマワールド、シネマサンシャインなども相当数のスクリーン数を確保していて、決してTOHOシネマズが日本の映画館をスクリーン数で寡占しているわけではない。
にもかかわらず配給会社が「なんとかしてTOHOシネマズでかけたい」と願うのは、TOHOシネマズの興行力が圧倒的に強いからだ。B氏によれば、ある作品がTOHOシネマズにかかるかかからないかで、興収は大きく違ってくるという。その理由は「映画の客は劇場につく」からだという。
「一般的に、映画の客は行きつけの映画館を絞り込む傾向にあります。よく買い物に出る街にあるとか、アクセスしやすい沿線にあるとかいった立地的条件も影響しますし、自分の好みの方向性の映画がよく上映されるからという理由もあるでしょう。
また、劇場で流れる予告編は、その劇場で近日公開される作品ですから、客は次回も同じ劇場に来る可能性が高い。さらに鑑賞ポイントによる割引サービスなども、ある特定の劇場チェーンだけを頻繁に利用するインセンティブになります。
このように『映画の客は劇場につく』という前提がある中で、TOHOシネマズは劇場についている客の数が他の劇場チェーンに比べて安定的に多く、強固なんです。理由としては、館内設備の品質の高さ、ターミナル駅周辺で展開する大型館の存在感、各種割引・ポイントサービスの充実など。映画をよく観る層や年配層に限った話なら、東宝という老舗映画会社のブランド力や話題作・ヒット作を多く配給しているというメジャー感も挙げられるでしょう」(A氏)
参考までに、2017年の東宝配給作品の総興収は620億円超で、これは国内の全興行収入である2286億円の約27%も占める。言うまでもなく、全配給会社のなかでぶっちぎりのトップシェア。大量集客を見込める作品を、他のどの配給会社よりも多く抱えているというわけだ。
「TOHOシネマズ上映作品のラインナップに東宝の有力作品が多数編成されている点は、客付きの良さに一役買っていると思います」(B氏)
前回の記事で「製作・配給・興行をひとつの会社が兼務するのは、日本の興行界特有」と述べたが、映画の製作・配給会社である東宝が系列会社を通じて劇場を運営しているという強みが、「自社の有力作品を自在に編成できる」という点で生きているのだ。
映画ファンは自分の首を締めないで
話を戻そう。邦題がダサいことも、タレントを起用することに反発する映画ファンがいることも、配給会社は百も承知。ビジネスを最大化するために、劇場側の希望に応じる形で、あえてやっているわけだ。
もし配給会社が少数の映画ファンの言うことをバカ正直に聞き入れて劇場の意向を無視したら、一体どうなるだろうか。劇場はたくさんのスクリーンを空けることを渋り、作品は十分な上映スクリーン数を確保できない。すると興収が稼げず、配給会社の実入りが減る。
それが続いて配給会社が窮乏すれば、“有名な俳優は出演しておらず知名度も低いが、良質な洋画”は利益率が低いと判断されて、いずれ買い付けされなくなる。良質な洋画が日本で公開されなくなって一番困るのは誰か。そう、当の映画ファンだ。
「映画ファンは、邦題の件もタレント起用の件も、もっとポジティブに捉えてほしいんですよ。原題から変わったとか、意に沿わないタレントをプロモーションに起用したと言っても、作品自体が損なわれるわけではありません。作品を構成する要素が増えただけで、減ってはいないんです。強硬に配給会社を責め続けたところで、万が一、配給会社がそれに屈したら、映画ファンは自分で自分の首を締めることになる」(A氏)
とは言え、いち映画ファンであるA氏の顔が、次の言葉から垣間見えた。
「ただ、本編に日本版主題歌を差し込んだり、吹替え版に明らかに技量が足りないタレントを起用したりするのは、作品の質に直接関わることなので本当にやめてほしい、とは思います」(A氏)
洋画配給会社はつらいよ
前回の記事でも触れたが、それでなくても現在の映画業界、特に配給会社まわりにはお金がない。公開本数が激増した結果、映画1本あたりにかけられるお金、つまり宣伝費や配給会社の人件費がむしろ減っているからだ。
「配給会社はお金がないから、10数年前ほどには社内に十分な宣伝部隊を抱えられない。結果、外部の広告代理店や宣伝会社に宣伝業務を外注するわけですが、私の体感では、任せる代理店のランクが年々下がっている気がして悲しいです。お金がかけられないので、チャレンジングな試みもできないし、宣伝がワンパターンになりがち。斬新なクリエイティブが生まれにくい。タレント起用という昔ながらの安全パイに頼るのも、そのせいではないでしょうか」(A氏)
まさに「貧すれば鈍する」だ。さらに洋画配給会社の懐が苦しい理由として、その収入をほぼ映画の鑑賞料金のみに頼らざるを得ないという点があげられる。彼らは日本での上映権(およびビデオグラム権、TV放映権など)を買い付けただけなので、当然ながら作品のIP(知的財産権)は持てない。「映画鑑賞料金:大人1800円」の枠内でしか商売ができないのだ。
これが邦画の(製作や興行も兼ねる)配給会社であれば、製作委員会の一員としてさまざまな二次コンテンツ収益を見込めるうえ、出演者稼働の自由度も高い。商機が広がるのだ。
映画ファンから文句を言われ、興行は有力劇場チェーンのさじ加減次第、鑑賞料金以外に収益源がない――。洋画配給会社は、つらい。
「願わくば映画ファン、特に洋画好きは、配給会社を過剰に攻撃しないでほしい。むしろ、応援して援護射撃してほしいんですよ。彼らもギリギリでやっている。そして、邦題なりプロモーション方法なりがもし気に入らないなら、配給会社ではなく劇場に対するアクションがいちばん効きます。劇場は客の動向や反応を見ていますから、どういう施策だと客が喜んでくれるのか、リピーターになってくれるのか、お金を使ってくれるのかを認識し、覚えておいてくれますからね。
先ほど、映画ファンの数の少なさを説明するために『バーフバリ』の例を出してしまいましたが、『今まで日本で馴染みのなかったこんなインド映画にも、ここまで熱狂してくれる人がいるんだ』と劇場に印象づけられれば、しめたもの。将来的に洋画の配給会社が“知名度はないけど野心的なアジア映画”を劇場営業する際、劇場側は『バーフバリ』の熱狂を思い出してくれるかもしれません。いっちょ拡大公開しよう!と言ってくれる可能性だってあります」(A氏)
A氏の願いはあまりにロマンチックな楽観論かもしれない。しかし人が映画を観に行く理由は、経済性や合理性といった理屈だけではないはずだ。理屈を無視したロマンチックな気持ちが客を動かし、劇場の意識を変え、配給会社にチャレンジ精神を与える。
「映画の面白さって、多様性だと思うんです。シネコンは確かに便利ですが、効率の塊みたいなもので、放っておくと無難な作品しか上映供給されなくなる。これに対抗できるのは“1%のファンの前向きな熱意”だけだと思うんです」(A氏)
「なぜ邦題はダサいのか」というなにげない疑問は、映画興行の現状と論点を鮮やかに浮かび上がらせてくれた。