「ん・・」
目を開けると見知らぬ天井が広がっていた。
エ・ランテルではない場所だろう。窓から差し込む日差しが強い気がする。真っ先に思い浮かんだのはカルネ村だ。自身はベッドの上で寝ていたようで上半身を起き上がらせる。
「ンフィーレアぁ!!」
突然ベッドの横から見慣れた声がすると思った瞬間、前方から祖母に抱き着かれた。
何が何やら分からない・・
「おばあちゃん・・?」
「良かった・・・本当に良かった」
普段見ないあばあちゃんの涙を見て、ようやく全てを思い出す。
(そうだ!僕はあの『漆黒の剣』を倒した二人組に・・)
頭を働かせたことで目覚めたばかりの視界が広がる。おばあちゃん以外にいたのはモモンさんとナーベさん、それと仮面の男性アインズ・ウール・ゴウンさんだ。
「モモンさんが僕を助けてくれたんですか?」
彼の強さを知っていた僕は思わずそう聞いてしまう。
「君をあの二人組から助けたのは私とナーベだが・・・さてどこから話そうか・・」
モモンさんの口から出たのは僕にとって衝撃的な出来事ばかりだった。
・・・
・・・
・・・
「僕がそんな状態に?」
信じられなかった。
『漆黒の剣』の皆さんが重傷を負わされたのは知っていたから驚きはしなかったけれど
僕を助ける為におばあちゃんがモモンさんとナーベさんに依頼したこと。
スレイン法国からやってきた金髪の女性が僕に『叡者の額冠』なるアイテムを強引に被せたこと。
操られた僕が第三位階の死者行軍<アンデス・アーミー>を発動させたこと。
それでエ・ランテルで混乱が起きたこと。
(だけど・・何でかな。モモンさんたちが僕を助けてくれたことは何故か信じられるかな・・)
「すまない・・」
「どうして謝るんですか?」
「いや・・俺は君を助けると彼女と約束した。なのに・・・」
「そんなこと気にしないで下さい。こうやっておばあちゃんと再会できましたし、むしろ感謝しています」
「ンフィーレアぁぁ」
「泣き止んでよ。おばあちゃん・・僕は元気だよ」
「モモン・・ナーベ・・私たちは外に出ていよう」
ゴウン殿のその言葉で三人は外に出ていった。
「ンフィーレアぁぁ」
この時泣いているおばあちゃんを見て僕は思ったんだ。おばあちゃんは僕の為に行動してくれた。だったら僕はおばあちゃんの為に何が出来るかな?って。
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外に出た三人は家から少し離れた位置で立ち止まる。
「しばらく二人っきりにしてやろう」
アインズがそう言う。
「えぇ。そうですね」
ナーベがそう返す。
「ゴウン殿。ンフィーレア君を助けてくれて感謝します」
モモンは頭を下げた。それを見てナーベも瞬時に下げた。
「頭を上げてくれ」
そう言われたが二人は頭を上げなかった・
「ですが・・」
「感謝しているなら私を困らせるような真似はやめてくれ」
その言葉を聞いて二人はようやく頭を上げた。
「しかしゴウン殿には一度だけでなく二度までも・・」
「一度目は見返りにポーションを受け取った・・それに関しては終わったことだ。だが・・
二度目の見返りは・・・そうだな・・」
「私個人で出来ることなら何でもします」
「ありがたい申し出だが、簡単に何でもなどと口に出すな。いつかそれでその身を滅ぼすぞ」
「・・・っ」
簡単なことだ。モモン一人ならともかく今はナーベもいる。簡単に言っていい言葉では無かった。
(俺はそんなことも分かってなかったのか・・)
「まぁ、そう落ち込むな。だが、そうだな・・・ならば」
そう言うとアインズは何やらこめかみに指を当てだした。
(伝言<メッセージ>か?)
やがてアインズは指を離すとモモンたちに目線を戻した。
「ならば三つほど頼みがある」
「何でしょうか?」
(三つか・・・俺個人で解決できるようなことなら良いんだが・・)
「一つ目・・二人には私をゴウンではなく、アインズと呼んで欲しい。ゴウンだと堅苦しいのでね」
「構いません。アインズ殿」
「分かりました。アインズ殿」
「二つ目・・私といつでも連絡を取れるようにしておいてくれ」
モモンはナーベの方に目を向ける。ナーベは頷くと口を開く。
「伝言<メッセージ>でよろしいですか?」
「あぁ。それで構わない」
「それで最後の一つは?」
「今から来る私の部下に会ってもらいたい・・彼女にはカルネ村の守護を任せている。だが君たちからすれば少々特殊だぞ。それでも構わないか?」
「?・・構いませんよ」
それを聞いたアインズは再びこめかみに指を当てる。だが先程とは異なりそうしていたのは短かった。
「来たぞ」
アインズの指さした方向には一人の・・少女が歩いてきていた。
ナーベは彼女の髪型をシニョンと呼ばれているのを知っていた。
メイド服を着ていることもその腹の部分に大きな赤い紐が蝶蝶結びの形で結び付けられていた。
「アインズ殿?あの少女の恰好は一体?」
「?あぁ・・君は知らないか。あれはメイド服と言う奴だ。それを着ているのは私のメイドの一人だ」
そうこう話す内に少女がアインズの前に立ち止まる。
その少女がアインズの目の前で右膝を地面につける。
「お呼びでしょうかぁ?アインズ様ぁ」
「あぁ。お前をこの二人に紹介したくてな。自己紹介を頼む」
「お初にお目にかかりまぁす。エントマ・ヴァシリッサ・ゼータでぇす」
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モモンたちはエントマと別れるとンフィーレアのいた家に戻る。
カルネ村はスレイン法国に襲われたことで空き家は多くあった。その内の一つである。
モモンはドアを開けて中に入る。
そこには既に泣き止んでいたリイジーと元気そうにしていたンフィーレアがいた。
「あっ・・モモンさん」
「ん?どうしたんだ」
「実はですね・・おばあちゃんとも話しあったんですが・・
もし良かったらあのエ・ランテルにある家を貰ってくれませんか?」
「なっ・・しかしあそこは君たちの大事な家であり店だろう?そんな簡単に手放していいのか?」
モモンはンフィーレア救出の際に依頼を引き受ける条件として『全て』と答えた。パニックになったリイジーを強引にでも落ち着かせる目的もあって言ったのだが・・
「簡単ではありません」
「なら・・」
「これを機にカルネ村に移住しようと思いまして・・
ですから、家を誰かに貰ってくれると嬉しいのですが・・」
「だが・・」
「モモンさん・・」
そう言ってナーベは頷いた。
「・・・分かった」
「ありがとうございます。おばあちゃんも分かっていましたよ。モモンさんがおばあちゃんの為にわざとあんなことを言ったことも・・」
「・・・そうか」
「さてリイジー、ンフィーレア、モモンにナーベ。君たちは一度エ・ランテルに戻る必要があるんじゃないのか?」
「アインズ殿の言う通り、私たちも組合に説明をしに行かないとな」
「では戻りましょうか。モモンさん」
「ゴウン様の言う通りですね。おばあちゃん、一度お店に戻ろう」
「そうじゃな・・・善は急げと言うしな・・」
「引っ越しですか・・」
モモンは尋ねた。
「あぁ。ここに荷物を持ってこんとな・・」
「それならば良い冒険者を紹介しますよ」
モモンはニヤリと笑った。
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「そうか・・・成程な。事情は分かった。」
今回の一件は未だに不明な点も多く、事情を知る者たちは限られていた。それゆえ『漆黒の剣』は都市長、冒険者組合長、魔術師組合長の三人が集まる場に直接事情を聞かれていた。
エ・ランテル共同墓地で起きた騒動・・・
それに少なからず関りのある彼らは事象聴取を受けていたのだ。
それを終えた彼らは現在酒場にいた。
「モモンさんとナーベさん、組合に事情を話してカルネ村に向かったらしい」
「カルネ村かぁ・・」
「・・・・」
「はぁ・・」
誰かが溜息を吐くと伝染したように溜息を他の誰かがした。溜息を吐きながら食事をしていた。
酒場のドアが開かれる。そこから入ってきたのは冒険者組合の受付嬢の一人だった。
ルクルットは見覚えがあるその人物に声を掛ける。
「あれイシュペンちゃん。どうしたの?」
入ってきたのはイシュペン=ロンブルだ。いつもの落ち着きとは異なり慌てた様子だ。
「あらルクルットさん。ぺテルさんはいる?」
「?私ですが・・」
「リイジー=バレアレからの『漆黒の剣』へ名指しの依頼です。依頼内容を説明しますから、組合までついてきてもらえませんか?」
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こうして墓地騒動は終わった。
今回の首謀者は二人。漆黒聖典の一人クレマンティーヌ、ズーラノーンのカジット。
捕らえられた彼らは現在アイテムを全て没収され牢屋に入れられている。
今回の件で大きな功績を残したモモンとナーベは銅級から五階級も飛び級し、ミスリル級にまで昇格。
『漆黒の剣』を初めモモンたちの偉業を目撃した者たちはモモンを『漆黒の英雄』と呼び、いつしか彼ら二人だけの冒険者チームは『漆黒』と呼ばれることになる。