LORD Meets LORD(更新凍結) 作:まつもり
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埃臭い納屋に置かれた壺の影。
エンリ・エモットは、妹のネムの体を掻き抱き必死に息を潜めていた。
二時間ほど前だろうか。
家の中でネムと一緒に昼食の支度をしていた時、村中に響き渡るような大きな悲鳴が聞こえた。
今まで聞いたことが無いような、悲痛な声。
あれが断末魔というものなのだろうか。
こっそりと家の窓を開け外の様子を伺うと、エンリの知っているカルネ村の日常は既に跡形もなく消えていた。
粗末な鎧を着込んだ男達が、逃げ惑う村の人を追いかけている。
二軒隣の木こり、カイルさん。
ぶっきらぼうで無口だが、本当はたまに森で採った木の実をくれる優しい人だった。
お向かいのメリンダさん。
三十半ばの人で、少し年下の旦那さんと仲がよく、さりげなくお互いを労わり合っているのが見ているだけでも伝わってくる。
私も将来は、こんな夫婦になりたいと思っていた。
この人たち、いや、この村の誰もこんな風に殺されていいような人じゃないのに。
私も噂は聞いていた。
ここの数年の帝国との戦争や新王国の出現によって、王国内の経済や食糧事情は低迷している。
それにより農村から流出した者が、盗賊になって王国の治安が悪化していると。
だけど、まさか私の住む村が襲われるとは思ってもみなかった。
恐怖のあまり倒れそうなのに、なぜか体は動かない。
そのとき窓の外にお父さんが見えた。
後ろからは、何も武器を持っていない男が追ってくる。
ほかの男たちと違い、ちゃんとした鎧を着込んでいて、右腕に嵌めた銀色の
お父さんは私たちを心配して、ここまで駆けてきてくれたのだろう。
私は必死で走っているお父さんと確かに目が合った。
そして、お父さんは口の動きだけで『隠れろ』と私に伝えて。
男の手甲から放たれた炎に包まれた。
私の足は不思議とお父さんに隠れるよう指示された瞬間、自然に動いた。
急いで家の裏口から出て、普段は使わない道具を入れておく納屋にネムと共に隠れた。
しばらく経って、納屋の扉が開けられたが運良く見つからずに済んだようだった。
盗賊に金目のものはないと判断されたのだろう。
やがて、騒がしい足跡や悲鳴は鳴り止み自分の心音と、ネムの呼吸音しか聞こえなくなる。
「お姉ちゃん。 まだ、いるの?」
「まだ・・・、まだ分からないわ。 もう少しじっとしていましょう」
心の冷静な部分では、もう盗賊は村を去った可能性が高いと判断していたが、納屋を出る決心はつかない。
すぐ外に大勢の盗賊が息を潜めて、待ち構えている気さえした。
暗闇の中でじっと待ち続ける。
どれほど時間が経っただろうか。 外から足跡が聞こえてきた。
一人ではなく複数のもの。 全身の毛が逆だったような感覚がする。
もしかしたら、納屋を開けられた時に盗賊に見つかっていたんじゃないか。
それで後から私達を弄ぶ為に、気がつかない振りをしていたとか・・・。
「誰かいるのか? 私達は、偶然ここを通りかかった旅人だ。 危害を加えることはないから、出てきてくれないか」
だが外から聞こえてきたのは下卑た笑い声ではなく、敵意は感じない男の声。
どうして私達が隠れていることが分かったのかは不明だが、どのみちいつまでも隠れていられるわけじゃない。
エンリは一か八か、その声の主を信じてみることにした。
「ネム、あなたはまだ、ここにいて。 私がいいって言うまで絶対に出ちゃ駄目だよ」
立とうとすると、長く座り続けていた為に膝が痛んだ。
エンリは軋む体を鼓舞して納屋の扉を開けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
小屋の扉が開かれ、中から粗末な服を来た十代後半程と思われる金髪の少女が出てきた。
(よし、営業でも初対面の印象が何より大事だからな。 ここは親しみやすさを出さないとな)
「こんにちは。 ここの村人のようだな。 我々は、旅の者で先程この村を見つけたんだ。この村で一体何があったんだ?」
モモンガは出来るだけ穏やかに話しかけたつもりだが、少女の顔はこわばって、小刻みに震えているようだ。
それはそうだろう。
モモンガは自分たちが出来るだけ人間に見えるように変装したつもりで、エンリもまた、目の前の三人が人では無いかも知れないとは考えていない。
ただ、人間に見えることと警戒心を持たれないことは別である。
ローブに仮面、ガントレットという私は怪しい者ですと言わんばかりの服装をしたモモンガ。
禍々しいデザインの全身鎧を纏い、表情どころか性別さえも読み取れないアルベド。
上下を黒いスーツで固めた老人という、三人の中では一番まともな格好をしたセバスも、旅人というにはちぐはぐな格好をしている。
その結果エンリは緊張のあまり、何も話せなくなってしまっていた。
「小娘、早く質問に答えなさい」
モモンガの質問に沈黙を続ける少女へ、アルベドが苛立った声で催促する。
流石に下等生物呼ばわりはしなかっただけ、モモンガが事前に人間を演じるように指示しておいた介はあったと言えるだろう。
「待てアルベド。 あー、心配しないでくれ、私は別に怪しいものではない」
そう言うとモモンガは仮面に手をかける。
実は、この村に来る前、骸骨の顔は仮面で隠すとして、もしかしたら仮面を取るように求められる場面が来るかもしれないと予測し、モモンガは簡単な幻術を仕込んでおいた。
嫉妬する者たちのマスクの中から現れたのは、リアルでの自分、鈴木悟を参考にして作られた顔だった。
「実は私は、肌が弱くてね。 日光に長時間当たると、肌が赤くなってしまうから、仮面や手袋で肌を隠しているんだ」
怪しい仮面の人物の素顔を見たエンリは、少し安心した。
特に、いかつくも、鋭い目つきをしているでもない、至って普通の顔だったからだ。
この国では珍しい黒髪であることを除けば、際立った特徴のない男の人、といった印象だった。
「す、すいません。 緊張しちゃって・・・。 私はここカルネ村に住む、エンリ・エモットって言います。こ、この村は盗賊に襲われたんです。 今日の昼少し前くらいに。 あ、あの、私た、いや、私の他にも生き残っている人は見かけませんでしたか?」
「いや・・・、我々は見かけていないな。
とは言っても先程来たばかりで、よく調べたわけではないのだが」
「そう、ですか」
エンリは辛そうに下唇を噛み締め俯いた。
「あの、ちょっと待ってください。 確認したいことがあるんです」
エンリは納屋の前から走り出す。
モモンガ達が、それについて行くとエンリは黒く焼け焦げた遺体の前に立ち尽くしていた。
「お父さん・・・、す、すいません。 人の前で。 でも、お父さんが最後に逃げろって言ってくれたから私は・・・」
暫く呆然と立ち尽くした後、エンリは声にならない嗚咽を漏らし始めた。
(父親が殺されたのか・・・)
モモンガは、鈴木悟としての少年時代。
自分を小学校に通わせる為に無理をして働き、体を壊して死んでしまった母を思い出した。
既に、思考が人間、鈴木悟ではなく、種族、
ただ、親の死に涙を流すエンリの姿は、僅かに残っていた鈴木悟の残滓を刺激した。
(まあこのままでは、まともに話も出来そうに無いからな)
「エンリさん。 村の人達を、埋葬してあげよう。 私達も手伝う」
「あ、ありがとう、ございます。 そうですね、このままだとモンスターや野生の獣が寄ってくるかもしれませんし・・・」
「そうだな・・・」
エンリからモンスターという単語を聞き、モモンガはこの地にもユグドラシルのものと同じとは限らないがモンスターが存在する可能性がある、と情報を頭の中にしまいこんだ。
(しかし、外に見えるだけでも五、六・・・、七十体近くはあるな。 家の中まで探せば、更に増えるかも知れないし、四人だと時間がかかりそうだ)
だが、村に転がる死体を見渡したモモンガは、粗末な鎧を纏い武装した死体もあることに気がついた。
「エンリさん。 あの遺体も、村人のものなのか?」
「えっ? あ、これは・・・違います。 多分、村を襲った盗賊です。 立ち向かった村の人達に返り討ちにあったんだと思います」
エンリは、憎しみを込めて死体を一瞥した後、考え込んでしまった。
「でも、この死体も土に埋めないとモンスターが寄ってくるかも・・・、アンデッドになったりしても困りますし」
幾ら、村を襲った盗賊の死体だからといって、その辺に放っておけばいい訳ではない。
亡骸を放置すると、モンスターや疫病を引き寄せるし、場合によってはアンデッドになってしまうこともある。
例え敵の死体でも、最低限、埋葬くらいはするのがこの世界の常識だった。
しかし、エンリが嫌々ながらも埋葬するしか無いか、と考えていたときモモンガは別のことを考えていた。
(おお、そうだ、こっちの世界に来てからアンデッドの作成は試していなかったな。
いい機会だし、テストついでに作ったアンデッドに穴掘りを手伝わせられるかも知れない。
どうやらこの世界にも、アンデッドはいるみたいだし、大騒ぎになることは無いだろ)
「ちょっと、失礼」
モモンガは手を盗賊の死体へと突き出し、スキルを発動した。
―中位アンデッド創造 死の騎士/デスナイト―
黒い靄のようなものが、死体を覆い形を変える。
そして、ユグドラシルにおいてモモンガが良く盾役に使っていたモンスター、デスナイトが出現した。
(おお、見た目はユグドラシルと変わらないな)
「デスナイトよ。 この村の住民の遺体を埋葬するのを手伝え」
「ウォォォ」
デスナイトは、低くくぐもった唸り声で応答した。
「お見事です、モモンガ様」
「よせ、セバス。 この程度のこと・・・、ん?」
ひょっとしたら、村を滅ぼした盗賊の死体から作られたデスナイトに作業を手伝ってもらうのは不快かも知れないと思い、モモンガがエンリの様子を伺うと彼女は顔面蒼白になっていた。
(もしかしたらデスナイトのようなアンデッドは珍しいのか?
いや、私がデスナイトを制御できているか不安に思っていると言うこともありうるな・・・)
「安心してくれ。 私はマジックキャスターでね。 このアンデッドは、私の命令を聞くように作られている。
デスナイト、気をつけ、後に敬礼」
デスナイトは、モモンガの意図を正確に汲み取りポーズを決める。
命令の際、まるで心が繋がっているような感覚を感じたモモンガは、もしかしたら口に出さなくても命令を出すことが出来るかもしれないな、と思う。
「ま、魔法って凄いんですね。 ・・・少し待っていてください。 実は、妹のネムも一緒に納屋に隠れていたんです。今連れてきますね」
魔法というものをよく知らないエンリはデスナイトを操る、ということが伝説級の偉業だということに気づいていない。 ただ、エンリの頭にはマジックキャスターはとにかく凄い、という情報が刻まれた。
そして暫く話していて、自分を捕まえて売り飛ばそうなどという悪意は無いように思えたので、この三人を信じることにした。
去り際にエンリは思い出したように振り返る。
「あの、そういえばあなた方のお名前を聞いていませんでした。 教えていただけますか?」
「ああ、こっちが・・・」
モモンガは、セバスを促す。
「セバス・チャンと申します」
「私は、アルベド」
セバスよりはそっけないとは言え、アルベドも一応質問には答えた。
最後にモモンガが自分の胸に手を当てて言う。
「私はモモ・・・、いや、アインズ・ウール・ゴウンだ」