LORD Meets LORD(更新凍結)   作:まつもり
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第九話 それでも君は

「バレット、お前の言う通りかもしれんな・・・」

 

オレの意思を受け、徐々にひび割れながらジルクニフが呟いた。

 

「私が皇族に生まれたことを幸せに思ったことなど無い。

人から期待されるのは、つらい。 頼られるのは悲しい。 落胆されると・・・死にたくもなる。

誰かにオレの役目を押し付けて、消えてしまいたいと何度思ったことか・・・」

 

オレが何もしていないのにも関わらず、ジルクニフの体に走った亀裂は勝手に広がっていった。

 

そこから先程オレが放ったものとは異なる弱弱しい光の粒が漏れ出し、水面に落ちた。

 

水面にジルクニフが過去に見たであろう光景が映し出される。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

金髪の美しい婦人を見上げていた。

 

婦人が身に纏う美しい装飾品は、並みの貴族では到底手が届かないほどの価値を持つだろう。

 

おそらく皇族のような高貴な身分。

この人は、ジルクニフの母親なのだろうか。

 

「ジルクニフ、あなたは次の皇帝になるの。 皇帝陛下も、その為に優秀な教育係を沢山つけてくださるそうよ。

あなたは他の皇子の誰よりも賢い。 必死で頑張ってね」

 

そういう彼女の瞳はジルクニフの方を見てはいるが、オレの母親がくれた視線とは少し違う。

かわいい息子、というよりは優秀な競走馬を見るような・・・。

 

『母様。 どうして私が皇帝を目指すのですか。 皇帝とは、この国で一番偉くて、全てを思い通りにできる人なのでしょう? ですが私はそんなものは要りません。 母様は・・・、私を皇帝にしてどうしたいのですか?』

 

幼い子供の声が響く。 だが水面に映された女性が反応していないところを見ると、これはジルクニフの心の声なのだろう。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

ジルクニフはそれを見て、顔を歪ませた。

亀裂から溢れ出す光を手で押さえて止めようとするが、効果は無いみたいだ。

 

次の光景が映し出される。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

今度は僅かに開かれたドアの隙間から、覗き見しているようだ。

 

部屋の中の安置台の上に横たわる、騎士団の服を着た遺体。

 

傍らには家族らしい、若い女性と小さな女の子がいる。

 

女の子は遺体に取りすがって泣いていた。

 

「お父様、お父様。 目を覚ましてよぉ」

 

その女の子に、父親と同じ騎士団の団員らしい男が語り掛ける。

 

「お嬢さん。 お父様はジルクニフ殿下を暗殺しようとした悪い奴から、殿下をかばって立派に死んだんだ。・・・今は無理だろうけど、きっといつか、そのことを誇りに思える時が来るよ」

 

男の言葉は宙に虚しく溶け、安置室にはすすり泣きだけが響いていた。

 

『どうして私の為に死ぬのが誇りなのだろう。どうして皆が私を敬い、守ろうとするのだろう。

私が特別な人間ではない事など、私が一番知っている。 たかが生まれた家が違うだけで、命の価値すらも異なるというのか?』

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

一度広がり始めた亀裂は、もう止まらない。

 

今のジルクニフを蝕んでいるのは、きっと自分自身が抱えてきた苦しみだ。

 

なんだ・・・、お前はオレが壊すまでも無く壊れかけていたのか。

 

この空間では互いの精神が繋がっているためか、今ジルクニフを苛んでいる苦しみがオレにも伝わってくる。

オレの言葉がきっかけとなって、心の中に必死で閉じ込めようとしていた、負の感情に呑まれようとしているのだ。

 

だけどジルクニフはもがき続けていた。

砕けそうな腕を地に着け、今も起き上がろうとしている。

 

 

また、違う場面に切り替わったようだ。

そこにいるのは・・・、オレだ。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

この宝物庫に来る前の試練。

 

鏡にはオレが映っていた。 何かに怯えた、弱弱しい表情。

そう、オレは・・・、怖かったのかもしれない。

 

この世の鎖を壊すと決意したとき、いや、もっと昔から考え続けていた。

 

もしかしたら他の皆は、生まれた時から決められた役目。

いわゆる、運命に従いながらも幸せに生きているんじゃないか。

 

オレは自分に与えられた貴族の運命が、嫌で嫌で堪らなかった。

だれからも期待されたくない。

ただ、小さな幸福を糧に生きていきたい。

 

だけど、もしオレだけが運命に見捨てられた欠陥品で、他の奴らは何の疑問も持たず、運命に従って生きていくことに満足しているとしたら?

・・・わかっていた。 オレは世界の為などと言っているが、結局自分の視点でしか物事を考えていない。

ただ自分の為に世界を、運命を恨み、全て壊したかっただけだと。

 

 

ジルクニフがオレの裏切りを責めず、自分の命を投げ出そうとしたとき。

もしかしたらこの男は、高尚で、献身的で、優しくて、自己犠牲を躊躇わない存在なのかもしれないと思った。

そんな奴がいるとしたら、オレは単なる出来損ないなのか?

この世界で排除されるべき存在なのか?

 

あの部屋で、鏡越しに向き合ったとき。

怒りを剥き出しにして欲しかった。 あらん限りに罵って欲しかった。

いっそのことオレを殺して・・・、アンタもオレと同じ不完全な人間だと証明してほしかった。

 

ジルクニフの声が聞こえる。

 

『この男はオレを騙した。 憎い憎い憎い。 いっそのこと、ここで殺してしまうか?

どうせ、こんな奴は外に出た所で、オレの言葉を伝えてくれる可能性は低い。 面倒ごとを避けて逃げてしまうのが関の山だろう。 こんなクズはここで苦しんで・・・』

 

その時ジルクニフの視線が、オレの目を正面から捉えた。

 

他人の視点で見るとオレ自身の気付いていなかった感情が、オレの瞳に満ちているのが分かった。

 

『こいつ・・・、悲しんでいるのか。

・・・そうだったな、こいつだけが特別なんじゃない。 世界は初めから、こうなっていたんだ。

みんな自分が生きるために誰かを犠牲にするし、誰かを守る為に自分の命を捧げる。

そして、その二つは別れてない・・・、繋がっている。

どうして沢山の人間が、オレを守る為に犠牲になっていったのか、ずっと考えてきた・・・。

きっとそれは・・・、オレに託していったんだろう。

人一人の手で守れるものには、限界がある。

だが私が国を統べ、多くの人の手を束ね、皆がそれぞれの大切なものを共に守ろうとしたならば、きっと自分の大切なものも残り続けると信じて。 自分が死んでも、そして死んだ後も。

バレット、こいつは・・・私だ。

生きる為に人を犠牲にして、それでも進みたい未来があるのだろう。

なら私も、今一度託そう。

オレと同じく、勝手に人に期待されて重荷を託されて・・・、でも、きっとそれを愛して守っていってくれると』

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

・・・運命は残酷で身勝手だ。

 

ジルクニフも皇族として生まれなければ、そんな重荷を背負うことも無かっただろうに。

 

「まだだ・・・、まだ、立てる。 私は・・・闘え、る」

 

ジルクニフのひび割れは止まったが、だれがどう見ても既に手遅れの状態だった。

両の腕は無残に砕け、残された足も身動きを取るたびに少しずつ崩れている。

だが・・・、ジルクニフは立ち上がろうとするのを辞めない。 最後までオレと闘おうとしていた。

 

なぜ、こいつは立ち上がろうとするのだろう。

重荷を背負い潰されそうになりながらも、どうして歩こうとし続けたのだろう。

 

オレとほとんど変わらない。

弱さと葛藤を抱えたこの男が、こんなにも眩しい理由は・・・。

 

「あなたが・・・、ジルクニフ様だから、なのでしょうね」

 

気が付いた時には、オレはジルクニフの元へと歩み寄り肩に手を回し、助け起こしていた。

 

「バレッ、ト?」

 

「オレもあなたも、自分ではどうすることも出来ない運命に、突き動かされて生きてきた・・・。

オレは、その中でずたずたに擦り切れて、もう全てを無かったことにしたいと思ってました。

だけど、あなたは違うんですね。 苦しくて、つらくて、心が壊れかけるほど傷ついても前を向き続けている。 ここから出るのはあなただ。 世界の理不尽な運命に傷ついても、何度でも立ち上がれる。

そんなあなたを、オレは支えたくなりました」

 

自分の体から無数の光の粒子が湧きだしているのに気が付いた。

いや、これはよく見ると放出されている、というよりは体が解けて光の粒になっていくと言った方が近い。

 

その瞬間、オレはこの場所が何の目的で作られた場所なのかを理解した。

 

「成程ね・・・、そういうことか。

殿下、オレの命はどうやらここまでのようです。 ですが最後に・・・、陛下の騎士として初めての忠義を捧げたい。 もしよろしければオレの力だけでも、殿下が作るこの先の未来へ連れて行って下さいませんか?」

 

殿下は少し驚いた様子を見せた後、確かに微笑んだ。

 

「分かった・・・。 帝国騎士バレットよ。 お前の忠義、主君としてしかと受け取ろう。

必ず未来へ連れていく」

 

オレの精神が、完全に光に溶けた。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

水球の中の世界から、元の宝物庫へと再びジルクニフが移ったとき。

その隣には穏やかな表情で、目を閉じているバレットの遺体が横たわっていた。

 

「吾輩の金属器が持つジンの能力の中で、特に異彩を放つものは、ルフの移植。

一生に一度だけ、金属器の所有者に真の忠義を捧げる者の命と引き換えに、主の体内へとルフを移し替えることが出来る。 今、バレットのルフはここに・・・、吾輩の契約と共にお主の体内に移植される。 異存は無いな?」

 

「ルフの移植? 要するにバレットの魂を取り込むという事か。

勿論、異存など無い。 そう約束したからな・・・、もしかして全てお前の計画通りか?」

 

「いや、それは違う。 あの場において互いの意思を真正面から衝突させ、どちらかの心を力尽くで砕く展開になるのが本来の形だ。 だが・・・、そなたは自身の覚悟によりバレットに自ら勝利を譲らせた。それは、そなたが王としての資格を持つ証だろう」

 

サレオスの体が輝き、出現の時の逆戻しをするかのように溢れ出した光がうねり出す。

 

「やはり、この地にダンジョンを出現させたのは間違いではなかったな。

そなたならば、幾百万の民の命を背負い、それでも先頭に立ち希望を示すことが出来る。

吾輩はそう信じているぞ」

 

ジンの体は一角獣の指輪に。

バレットのルフはジルクニフの体の中へ、それぞれ吸い込まれていった。

 

 

 

 

第19迷宮(ダンジョン)『サレオス』 

 

完全攻略者:ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス

総死者数:約1万人

出現期間:3年2か月間

 

...攻略

 

 

 

 




これで、導入の章は終了です。
次章は、時系列が未来へと飛び、アインズ・ウール・ゴウンの転移から始まります。

また、第一章は、原作で心が壊れてしまう前のジルクニフのお話です。
このイレギュラーにより、未来のジルクニフの性格にも変化が生じます・・・。







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