という話を、夢の中で知らんひとに切々と訴えていたので、よほど腹に据えかねているんだと思います。
悪役令嬢の天下かよ!
最初に言っておきますが、わたしは「悪役令嬢もの」が嫌いです。だから真剣に読んだことはありません。
真剣に読んだことはないし、積極的に探してもいないのに、とにかく「悪役令嬢」の文字がしつこく視界に入ってくるのです。
アルファポリスで「悪役令嬢」で検索をかけてみると、小説だけで835件。書籍化されているものでも29件あります。ダブりも多いと思うのであらためて数えることはしませんが、「小説家になろう」とかでもかなりの数が投稿されているでしょう。
835件のうち、タイトルやあらすじに「ゲーム」の単語を含むものは370件。単語を明記しないだけで乙女ゲームの世界を舞台にしたものはもう少しあるかもしれません。
「乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢」をずばりタイトルにした書籍も出版されており、おおむねこの概念が「悪役令嬢」という単語の共通認識とみていいでしょう。
しかし、そんな女キャラ乙女ゲームで見たことないぞ。
わたしは10年以上前にPSP版の「遙かなる時空の中で2」をプレイして以降、じわじわとネオロマンス作品(コーエーテクモの乙女ゲームブランド。女性向け恋愛シミュレーションのパイオニア)を中心にプレイしており、twitterのフォロワーは乙女ゲームの女でいっぱいです。その中には乙女ゲームヘビーユーザーもかなりの数いて、いろいろな会社からリリースされる乙女ゲームの噂を毎日浴びています。
でも、悪役令嬢の噂なんか聞いたことないぞ。
そもそも悪役の女キャラはいません!
わたしの知る中で「悪役令嬢テンプレ」にいちばん近いのは「アンジェリーク」のロザリアでしょうか。
主人公とともに宇宙の女王を目指すライバルで「あんたみたいな平民が女王になれるわけないわ」みたいなことも言うので、かなりそれっぽくはあります。
でもロザリアは悪役じゃねえよ。
ロザリアはめっちゃいい子です。ロザリアを主人公に宇宙の女王を目指すことができる「アンジェリーク デュエット」というタイトルも存在します。そしてなにより、ロザリアは破滅しません。
主人公アンジェリークが宇宙の女王となったとき、隣に立つのは女王補佐官となったロザリアです。
これはネオロマンス作品に通じて言えることですが、主人公以外の女性キャラは「親友」というポジションを与えられ、ライバルになることはあっても「悪役」にはならないのです。
もうひとつ乙女ゲームのビッグタイトルでいうと、わたしは未プレイなのですが「ときめきメモリアル Girl’s side」シリーズがあります。このゲームに出てくる女性キャラもどちらかというと「親友」のポジションで、そもそも現代学園ものなので悪逆非道の限りを尽くして破滅するようなキャラはいません。
オトメイトのゲームは数が多すぎて把握しきれませんが、いくつか触れてみた限りでは「悪役令嬢」といえるキャラはいなさそうです。せいぜい可愛いツンデレお嬢様くらいでは?
他にも乙女ゲームをリリースしている会社はいくつかありますが、サブキャラ女性にはおおむね「親友」「主人公をサポートする」という立場が与えられ、明確な悪意を持って主人公を陥れたり、その結果成敗されて破滅するようなキャラの話は聞いたことがありません。
その舞台設定どこから来たの?
「悪役令嬢もの」を薄目で眺めると、舞台はヨーロッパ風の異世界であり、ゲームのメイン攻略対象である男性の婚約者だった悪役令嬢が婚約破棄(これもめちゃめちゃ頻出ワード)されて主人公を逆恨みし、陥れようと画策する……みたいな前提が多いように思います。
そんなフワッとした世界観の乙女ゲームはねえよ。
乙女ゲームはチームで作り、会社名でリリースするものです。当然舞台設定や世界観はある程度作り込まれているのが普通であり、「ヨーロッパ風の異世界」とざっくりくくれるものであってもいろいろなディテールを持っています。
あと、最近のトレンドは和風やアラビアンなどで、ヨーロッパ風異世界を舞台にしたものはあんまり見ない気がします。
それに乙女ゲームのシナリオはちょっとした思いつきで完走できるほど量が少ないことはあまりなく、特に異世界を舞台にしたものであれば恋愛のいざこざだけでは話が最後までもちません。これは史上初の女性向け恋愛シミュレーションである「アンジェリーク」から既にそうで、主人公とロザリアの目的は恋愛ではなく「宇宙の女王になること」です。攻略対象である守護聖さまたちとの恋愛は「目的の妨げ」として描かれ、「恋か使命か」という二律背反に悩むことになります。
つまり「男を攻略するだけの乙女ゲーム」など存在しないのです。乙女ゲームの目的は「謎を解き明かし生き残ること」であったり「世界を救うこと」であったり「コンクールで優勝すること」であったり「信長様をお守りすること(「下天の華」はいいぞ)」であったりします。そういった状況の中で出会う男性と恋に落ちてしまう……という筋立てが普通です。
必然的に「悪役令嬢もの」における「乙女ゲーム」って、何をするゲームだったの? という違和感があるわけです。
夢小説と悪役令嬢
ここからは憶測になりますが「悪役令嬢」という概念がどこからきたのか考えてみると、やはり乙女ゲームではないと思うのです。
乙女ゲームに明確な悪役がいるとしたら攻略対象の中だと思います。それもファンディスクとかで救済できるやつ。おれはくわしいんだ。
「主人公に明確な悪意を向け、攻撃してくる女性キャラ」が大量に発生したのは、夢小説の中ではないでしょうか。「跡部様はあんたが珍しいだけよ、調子に乗るな!」みたいなやつ。テンプレ感も悪役令嬢にぴったりでは?
おおむね二次創作である夢小説の中では、原作に設定された物語の目的を前提として恋愛関係だけを描くため、世界観や舞台設定をすっとばして恋愛のいざこざの話しかしていなくても問題ありません。主人公が女性キャラにいじめられ、攻略対象にかばわれるテンプレも一般的です。
また「紋切り型の悪役を破滅させてハッピーエンド」みたいな物語はお世辞にも深みがあるとはいえず、商業的には世間に出ることがないものだと思います。夢小説は個人で制作するものですし、モブを安直に片付けてすっきりしても誰にもとがめられません。
いまWeb小説を書いている人の中には、かつて夢小説を読んだり書いたりしていた人も少なくないと思います。かつて慣れ親しんだ「主人公を攻撃する女キャラ」に「悪役令嬢」というガワを与え、「乙女ゲーム」というフワッとした世界に押し込める。乙女ゲームをやったこともないだろうに。
もちろん「悪役令嬢」という立場や「乙女ゲームの世界」という言い訳が話のフックでしかなく、流行っているからみんな使うだけなのだということは理解しているつもりです。逆境に立ち向かう主人公を描くことは普遍的な物語です。
でも乙女ゲームに悪役令嬢はいません!
乙女ゲームをやったこともないくせに「乙女ゲームの世界」が雑な世界観と貧弱な物語の世界であるかのように描くのは現実の乙女ゲームへの風評被害ともいえると思います。
悪役令嬢でも別にいいから、「乙女ゲームの世界」っていう呪文だけでも廃れてくれないかな。たのむ。