オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川
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帝都での舞踏会終了後の話
舞踏会は大体web版と同じ流れで、パートナーがシャルティアからソリュシャンに変わり、プレアデスも連れて来なかったぐらいです


第78話 男たちの戦い

 帝都で開催された勲章授与式を兼ねた舞踏会が、表面上は大きな問題もなく終了した翌日、ジルクニフの姿はパートナーとして参加した愛妾、ロクシーの部屋の中にあった。

 

「あら、どうなさいました?」

 

「どう思った?」

 ろくな挨拶もなしに訪ねてきた愛妾に、ジルクニフもまた余計な言葉は交えず、本題に入った。

 

「どちらですか?」

 

「両方だ」

 ジルクニフの台詞を受けて、ふぅと一度息を吐き記憶を辿るように遠くに目を向けてから、ロクシーは言う。

 

「あの商人、ゴウン殿。あれは単なる一般人にしか見えませんでしたね」

 彼女もまた自分と同じ結論に辿り着いたことを知り安堵する。

 自分の見る目が間違っていた訳ではなかったようだ。

 

「そうだ。アインズは明らかに社交界に馴れてない、それは良い。魔法詠唱者(マジック・キャスター)などそんなものだ。最低限の礼儀は知っているようだから問題は無い。だがこちらとの会話や腹のさぐり合いにも乗ることなく、全ての主導権を私に握らせていたのは何故だ? あいつが一般人であるはずがない。奴の叡智は私と同等か、超えている。私がそれに気づいていることも奴は知っているはずなんだ。それなのに何故愚鈍な振りをしたのだと思う?」

 

「周囲へのアピールでは? あれを見た貴族たちに彼が力や最低限の貴族社会のマナーは知っていても、駆け引きなどの面では御しやすい者だと勘違いさせることが目的なのでは?」

 少し考えた後に答えたロクシーの言葉も、ジルクニフの考えと一致している。

 

「……確かに。帝国の貴族もまんまと引っかかっていた。これから奴の下には帝国の貴族たちが押し掛けることだろう。自分たちがカモにされるとも知らずに、例の開店パーティーに参加する為にもな。必要以上に帝国の金が外に流出するのは避けたい、そちらの対策も必要だな」

 舞踏会も終わりに近づいた頃、聖王国の件で遅れていたトブの大森林内に作られた魔導王の宝石箱本店の開店を祝してパーティーを開くとアインズが宣言し、舞踏会の返礼として、ジルクニフを招待し、更に懇意にしている客から会員を選び、招待するとも言っていた。

 要するにより多くの買い物をした者を、本店の会員として登録するという意味だ。

 貴族でも持っていないような品ばかり扱う高級店を、愚鈍な主が経営していると勘違いした貴族たちは会員となるべく、これからより多く金を落とすことだろう。

 アインズのあの自分から見ても演技とは思えないほど真に迫った慌てぶりや、紹介した帝国貴族の名前を覚え切れず、時折間違った名前を言い掛けては、時間を掛けて言い直していたような頭の悪さを感じさせる態度はその前振りと考えれば納得も行く。

 

 ここまでは自分とロクシーの認識は完全に一致している。

 だがジルクニフが本当に知りたかったのは、もう一人、アインズがパートナーとして連れてきていた女、ソリュシャン・イプシロンについてだ。

 話に聞いていたとおり、王国の黄金、ラナーにも匹敵する美しさを誇っていた。

 マーレやユリ、そして王国の舞踏会でパートナーとしていたと言うアルベドなる者も含め、連れている女が悉く最上級とも呼べる美しさを誇っているのはそれだけアインズが面食いなのだろうか。

 どちらにせよ、アインズが一般人そのものとしか言えない態度を見せていたことも合わせて、よりソリュシャンの対応の見事さが際立った。

 気の強さが端々から感じられたが、言われているようなお飾りのわがまま令嬢などとんでもない。とばかりに、歩く姿や会話のセンス、ダンスに至るまで、本物の貴族同等か、それ以上の振る舞いを見せ、多くの貴族たちの心を奪っていた。

 しかしダンスの誘いなどは袖にして、ずっとアインズの傍にいたところを見ると、貴族に嫁がせる気もないようだ。

 そんな完璧なソリュシャンにもジルクニフはどこか違和感を感じた。

 

 アインズにとっては友人の娘であり、自分が後見人を勤めていると聞いたが、それにしては彼女のアインズに対する態度は、父親の友人というよりは、それこそ帝国支店に居る本来はアインズのメイドだというユリのように、自分の主に向けているものに近い気がした。

 むろん、世話になっているのだから、感謝の気持ちも込めてそうした態度を見せるのはおかしくはないが、アインズの言葉を遮ったり、冗談でもアインズに対し否定的なことを口にすることも無かった。

 あれだけ強気な女性なら、話の種にパートナーの男性に軽口を利くくらいはしそうなものだが。

 とはいえ、それだけでは証拠とは言えない。そもそも仮に本来はメイドであったとしても、アインズの弱みになるわけではない。

 だがアインズ側があれだけ完璧な擬態をして見せた以上──弱みと思える箇所が幾つかあったが、全てが演技ならばそれも敢えてこちらに弱みとして見せつけたものだろう──別の切り口から入るしかない。

 そこでロクシーなのだ。

 ジルクニフが日頃接するのは大抵男。女はレイナースを除けば、側室かメイド、あるいは貴族たちから売り込みをかけられる娘くらいなものだ。

 その自分よりはロクシーの方が正確に判断できるに違いない。

 そう思ってのジルクニフの問いかけに、ロクシーは少しだけ間を置く。

 深く思案するかのような態度は、何を聞いても打てば響くように即答する彼女らしくない。

 

「あれは……人間ではありませんね?」

 

「何? どういう意味だ?」

 人間とは思えない美しさ。などという比喩表現ではないだろう。

 ロクシーはそんなことを言うタイプではない。

 

「そのままです。巧妙に隠していましたが、あの娘が周囲に向けた眼差しは、貴族が平民を見下すようなものとはまるで違う、人間以外の者を見る瞳でした」

 

「……人間以外。森妖精(エルフ)などか? あの美しさならばそれも分かるが」

 亜人の中でも人間に近い森妖精(エルフ)やその近親種は特に人間から見ても容姿が整っているものが多い。

 帝国支店を任せられている闇妖精(ダークエルフ)のマーレも、またまだ幼いが成長すればさぞかし異性を引きつけることだろう。

 それなら耳に特徴が出るはずだが、アインズほどの魔法詠唱者(マジック・キャスター)なら隠すことも難しくはないはず。

 しかしそうなると何故マーレはそのままで彼女だけという疑問が出る。帝国と異なり、亜人奴隷が禁止されている王国ならば隠す必要はないはず。とそこまで考えたところで、ロクシーはジルクニフを見つめたまま、小さく首を横に振った。

 

「恐らく森妖精(エルフ)などではありません。もっと人から遠い……それこそ人を食料として認識するタイプの亜人、あるいは異形種かと」

 

「人を? まさか……」

 否定しかけて途中で止める。

 亜人の中には人間を食料として見る種族も多い。

 有名どころではオーガやビーストマン。妖巨人(トロール)などに至っては、ただ人間を食料として見るのではなく、客をもてなす際、人間の胎児を最高の食材として出すと聞いた記憶もある。

 それらに共通するのは、外見が人から離れていることだ。

 その意味であのソリュシャンは当てはまらないが、つい先ほどアインズの魔法で外見を誤魔化せると考えたばかりだ。

 耳だけではなく、そもそも外見丸ごと変える魔法があっても不思議はない。

 しかし──

 

「確かなのか?」

 

「証拠はありません。ですがあの娘、巧妙に隠してはいましたが、ゴウン殿を嘲笑した貴族に怒りの視線を向けていました。それも人が人に向ける怒りとは別の、知性がある魔獣や食人の亜人特有の、怒りと食欲が混ざった視線。自分の大切な存在を侮辱され、そいつを弄びながら喰い殺してやる。という類のもの。そんな気がしました」

 ジルクニフもそうした視線を、闘技場で見た覚えがある。

 闘技場は主に庶民の娯楽ではあるが、資産家、貴族、皇帝用にそれぞれ貴賓室が設けられ、ジルクニフも仕事として闘技場に出向くこともある。外に出ることは滅多にないロクシーだが、ジルクニフに嫁ぐ前に闘技場に行ったことでもあるのだろう。

 残虐な見せ物として、亜人奴隷を魔獣に喰わせるといった類のものも存在する。その中でも知性を持った魔獣には食事としてではなく、明らかに弄び喰い殺すことを楽しんでいると思わせるものも存在した。

 ああした視線は確かに人にはない、独特なものだ。

 

「食欲か」

 納得はできるがピンとこない。あの見た目麗しい細身の女性が、という意味合いもあるが、それ以前にジルクニフは皇帝として感覚の鋭さには自信があった。

 漂った香辛料の匂いが同じだっただけで、裏切り者の貴族を見抜いたこともある。

 そのジルクニフを持ってしても、ソリュシャンの視線には気づかなかったのだ。

 本当だろうか。と考えながら再度ロクシーに目を向けると、彼女はつまらなそうに息を吐いて続ける。

 

「男と女では見るところが違いますから」

 確かに男より女の方が他人の視線に敏感と聞いた覚えもあり、その中でも更に感覚の鋭いロクシーしか気づかないほどの変化であれば、ジルクニフが気づかなかったとしても不思議はない。

 いや、ジルクニフだけではなく他の男も気付いていないだろう。

 それは単純にああした場では、パートナーの女性はあくまで男を飾るための存在だからだ。

 王国の無能な貴族どもならいざ知らず、帝国ではごく一部の有事の際、罪を押し付けるために敢えて飼っている貴族を覗いて無能は全てジルクニフが実権を握った時に排除している。つまりソリュシャンの美しさに目を奪われた者が居ても、その者たちはそんな女性をパートナーにできるアインズに興味が向かい、結果してソリュシャンの細かな動向には目が行かなくなる。

 そしてロクシー以外の女はそもそも嫉妬以外の感情で、ソリュシャンを見ることはない。つまりこのことに気づいたのはロクシーとそれを聞いた自分だけと言うことになる。

 

「……人喰いの亜人か異形種をパートナーとして連れている、か。なるほどな、それでか──」

 アインズがあれだけ分かりやすく愚者を演じていたのも、自分に視線を集めてそれを悟らせないようにするため、と考えることも出来る。

 一筋の光明が差した気分だ。

 

「もう一度聞くが、間違いないんだな?」

 

「もう一度言いますけど、証拠はありませんから」

 淡々とした返答に、舌を打ちたくなる気持ちを抑えて続ける。

 

「それでも良い。お前は間違いないと思っているんだな?」

 

「ええ。ですけど、私はゴウン殿の行動が擬態だとは思えませんでしたから、あまり信用しない方が良いと思いますけどね」

 

「それで良い。男女の関係でもなければ、男のことは男の方が分かる。なるほど、これは使えるか? 法国と手を結ぶに当たってこれ以上の手土産はない」

 アインズの持つアンデッドをネタに法国に魔導王の宝石箱の危険性を理解させるつもりだったが、それに加えマーレという闇妖精(ダークエルフ)や、ソリュシャンという人を食う危険な他種族、そうした者を娘として傍に置き、各国に派遣していると言うだけで法国にとってはアインズを敵として認識する理由になる。

 王国に知らせてバカな貴族どもを焚き付ける手もある。

 どちらにしてもこれには証拠が必要だ。

 何らかの方法で、もう一度ソリュシャンと対面し、人間ではないと確証を得た上で、ジルクニフが広めたと気づかれないように他国に情報を流す。

 しかしどうやって。と考えていると、ロクシーが今度は呆れたようなため息をついた。

 

「陛下。ここで考えごとをされても迷惑ですから、話が終わったら別の娘の所に行ってください。陛下であれば仕事をしながらでも考えごとは出来るでしょう?」

 ロクシーの言う仕事の意味を理解して、ジルクニフは思い切り顔を歪める。

 しかし、皇帝に対しての不敬を咎めようと、彼女が気にすることはない。

 せめてもの抵抗とばかりに一度睨みつけてから無言で背を向ける。

 

「それと、ケアの方も欠かさずにお願いしますね。容姿とは生まれ持った宝。特に上に立つ者にとっては重要な資質です。まだお若いんですから、薄くなっても渋さや貫禄には繋がりませんよ」

 その言葉の意味するところを察し、怒りと屈辱で怒鳴り散らしたくなる自分を必死に律する。

 

(耐えろ。耐えるんだジルクニフ。アインズだって、周囲から愚者として小馬鹿にされても耐えていたじゃないか)

 ここでロクシーを怒鳴りつけ、何なら不敬罪で処刑することすら容易いが、そんなことをしても意味はない。ロクシーにその程度の男だと見切りをつけられるだけだ。

 背中に投げつけられた言葉は聞かなかったことにして、ジルクニフは黙って部屋を出た。

 

 

 ・

 

 

 相変わらず繁盛している店の中を進む。

 一般の客はともかく、冒険者らしい屈強な体格の者たちは、こちらを見るなりひそひそと何かを囁き合っている。

 いつものことだ。

 馴れたとは言わないが、気にしても仕方がないことだと割り切り、ガゼフ・ストロノーフはいつものようにカウンターに近づいた。

 迷惑な客であるはずのガゼフを見ても、嫌な顔の一つも見せずに店員が対応する。

 

「いらっしゃいませ。ストロノーフ様。本日はどのようなご用件でしょうか?」

 金色の長い髪を揺らし、愛嬌のある笑顔を見せたのは、確か一番初め、アインズに招かれてこの店に来た際に対応をしてくれた女性だったはずだ。

 

「店主のゴウン殿に会いたいのだが、取り次ぎを願えるか?」

 いつもと同じ台詞を口にする。

 答えはいつも同じだが、だからといって他になんと言えば良いのかも分からない。

 

「願えねぇよ」

 いつものように申し訳なさそうに不在を告げられるかと思ったが、今日は勝手が違った。

 店員専用の通用口から、ガゼフにとっても見知った顔が現れたのだ。

 

「ブレイン」

 

「ツアレさん。彼は私が担当しますので」

 ややぎこちないが人当たりの良い笑みを浮かべて、対応した女性店員のツアレにそう告げた。

 

「はい。ではよろしくお願いします。アングラウスさん」

 ツアレも静かに頷き、ガゼフに一礼した後下がっていく。そうしてから改めて顔を向けたブレインの顔からは笑みが消え、代わりにやれやれとでも言いたげな表情となり、カウンター越しにガゼフの前に立った。

 

「ちょっとこっちに来い」

 チラと周囲に目を配り、声を声を潜めた男、ガゼフの好敵手にして友人でもあるブレイン・アングラウスは、何度か見た覚えのある、キッチリとした執事服を身に纏いながら横を指さした。

 人前で一応客であるガゼフと親しげに話すわけには行かない。という意味だろう。

 確かに、味わい深い香辛料や、今まで飲んだこともないような果実水などの販売により、平民の客が増加した店内は今も賑わっており、そんな中で店員でもあるブレインが客に対してぞんざいな言葉を投げかければ店の信用にも関わる。

 言われるがまま、ガゼフはブレインの案内に従って部屋に移動した。

 通されたのは以前アインズと話した部屋ではなく、もっと広い、冒険者が武器を買い求めた際、試し切りを行う場所も併設された大部屋だった。

 

「全く、毎度毎度懲りない奴だ。戦士長様ってのはそんなに暇なのか?」

 

「今日は休みだ」

 

「それはそれは、せっかくのお休みに買い物もしない店にお越しとはご苦労なことだな」

 買い物もしない。という部分に強いアクセントを付けられ、僅かに眉を寄せた。

 

「調味料や果実水は買っているぞ。特に調味料は何に掛けても合うんでな。お陰でうちの召使いが作る料理の薄い味付けも誤魔化せて助かっている」

 初めは何も買わずに店に来ることに対する後ろめたさからだったが、ガゼフの家に住み込みで雇っている老夫婦の唯一の不満である味付けの薄い料理。

 今までは体を動かす者の好みの味を何とか理解して貰おうとしていたが、最近はそれを諦め、この店で買った香辛料や調味料を使うようにし、今では定期的に購入するようになった。

 

「そりゃ失礼。お買い上げどうもお客様。あの健康食もうちの調味料を使えば、それはそれは見事な味になるだろうさ」

 ブレインがガゼフの家に泊まっていた頃は毎日死んだような顔で、何を食べても飲んでも反応一つ示さなかったが、ブレインもやはりあの薄味にはうんざりしていたらしい。

 

「それで。アインズ殿は?」

 

「だからいねぇよ。今は本店の方にいるんじゃないか? 行ってみたらどうだ? もっともあそこはまだ開店前だし、そもそも会員制だから、入れてもらえるかは知らんがな」

 挑発的な物言いには、怒りに似たものも混ざっている。

 あの舞踏会の後、ガゼフは何度もこの店に足を運び、アインズと王族との関係を修復すべく奔走していた。

 その中で時折ブレインと会うこともあったが、その態度はいつもこんなものだ。

 それも仕方ない。ブレインも舞踏会での顛末は知っているだろうし、何よりアインズのパートナーとして招いたアルベドなる女性を招待できたのはブレインに名を聞き、招待状を届けてくれたからだ。

 その時も失礼の無いように。と念押しされていたのにも関わらずあの結果では、ブレインの顔を潰したも同然。

 だからガゼフもこれまでは強く食い下がれずにいたが、もう時間が無い。

 

 アインズが例のカルネ村を救った時に使用したアンデッドの騎士を多数動員し、十万の亜人を率いた悪魔に支配されそうになった聖王国を救った話はこちらにも届いている。

 その悪魔の強さはまるでおとぎ話に出てくる伝説の魔神かと疑うほど、荒唐無稽な話ばかりで、どこまで信用していいのかわからず、それを倒したアインズの力を正確に測ることはできなかったが、少なくとも十万の亜人を全て撃退し聖王国を取り戻したアンデッドの実力は示された。

 もし仮にそれを戦いの場に出されたら。民を兵として徴集するため、個別の強さより、数頼みの王国にとってはまさに悪夢としか言えない。

 レエブン候の情報によると、国を救った救世主として崇められている聖王国のみならず、帝国の皇帝ジルクニフともアインズは懇意にしており、先日帝都で開かれた舞踏会では名だたる大貴族を差し置いてアインズを主賓として紹介し、彼のためだけに作られた特別な勲章を授与したという。

 対して王国は、自分と部下、そしてカルネ村を救った功績により勲章を授けられはしたものの、それもあくまで市民に対して送られるもので価値はそう高くない。

 加えてバルブロとの確執や、その後も貴族派が結託してアインズの商売を邪魔していることもふまえて、王国は魔導王の宝石箱との関わりが薄く、出遅れているどころではなく、むしろアインズから見ればマイナスでしかないだろう。

 そのことに王が毎日、頭を悩ませていることを知っているからこそ、ガゼフも今回ばかりは引くことはできない。

 

「そこをなんとか、連絡を取って貰えないか? 頼む。なんとしてでも以前の無礼を詫びさせてもらいたいのだ。俺だけではない、我が王もそのつもりだと伝えてもらいたい」

 王が一般人に詫びを入れる。

 これがどれだけ異常なことであるか、それは理解している。この話が貴族派閥に流れでもしたら、それこそ彼らはここぞとばかりに、糾弾してくることだろう。

 その危険を冒してでも、王は民のために一商人であるアインズに頭を下げることを決め、客人として正式に王宮に招くことを決めた。

 ガゼフはそれを伝えるためにここに来たのだ。

 深く頭を下げるガゼフに、ブレインがため息を吐き、顔を上げように言う。

 

「相変わらず暑苦しいほどまっすぐな奴だな……ガゼフ、俺と一つ勝負をしないか?」

 

「勝負?」

 

「無論コイツでだ」

 コイツと言いながら、ブレインは腰に差した刀の柄に手を置いた。

 今まで気づかなかったが、以前ブレインが毎夜震えながら抱きしめるように握っていた刀とは鞘や柄の色合いや造形が違う。

 もっと洗練された外観になっている。

 アダマンタイト級冒険者でも満足する最高級武器を取り扱う、この店で用意された物だろう。

 

「俺が勝ったら大人しく帰れ。お前が勝ったら、アインズ様は無理だが、セバス様に連絡してやるよ。今あの方はアインズ様に着いているからな」

 ブレインの師であり、アインズの執事でもあるあの異常とも言える、見事な動きを見せた老人を思い出す。

 そう言えばここ最近、店では見かけなかった。

 

「良いのか?」

 ブレインがこの店でどういう立場なのかは良く分からないが、勝手にそんな約束をしても問題ないのかという問いかけだ。

 

「勿論だ、全力で来い」

 きっぱりと言い切る様に、元々このつもりだったのだと理解した。この大きな部屋に通したのもそれが理由だったのだ。

 であれば、負けるわけにはいかない。

 ブレインの実力は御前試合で戦った時とは比べ物にならないはず。何しろ明らかに自分より格上と思われるセバスの師事を受けているのだ。それ考えるといったいどれほどの強さになっているのか想像もつかない。

 加えて装備が違いすぎる。

 ガゼフが現在身につけているのは、当然王国の秘宝でもなければ、カルネ村に出向いた際に付けていた戦士団の装備ですらない、剣だけは使い慣れたものだが、休みと言うこともあって他の装備は最低限の物しか身につけていない状況だ。

 対してブレインはあの何らかの魔法の力が付加されていると思われる刀に加え、執事服からも魔法の輝きが見て取れる。

 不利は確実。しかし、これは王国の、そして忠信を誓った王のためにも、負けは許されない。

 覚悟を決めてブレインの後を着いて行くと、ブレインはその場で執事服を脱ぎ、刀を外すと大切な物を扱うように、剣を置くために設置されたらしい壁から突き出した二本の棒に掛け、代わりにここで防具を試す際に使用する物だと思われる、いくつもの武器が無造作に纏めて差してあった入れ物の中から刀を選び出し、抜き出してから、具合を確かめるように何度か素振りし、腰に差した。

 

「どういうつもりだ?」

 

「お前に合わせてやってるんだよ。後は万が一にもこの服や武器を汚せないんでな」

 壊せないではなく、汚せないという辺りに、武器や防具に対する絶対的な信頼を感じさせる。

 だが、ガゼフからすれば実にブレインらしいとも言える。

 この憎まれ口も、あえてこちらの装備に合わせようとするのも何もこちらを気遣ってのことではない。

 そうでなくては自分の勝利に傷が付くからだ。

 装備さえ整っていれば、という言い訳を潰そうとしているのだ。

 無論ガゼフはたとえ負けてもそんなことを口にする気はないが、ブレイン側の問題なのだろう。

 

「では、準備はいいか?」

 

「来い」

 間違いなく自分にとって最大最高の好敵手を前に、ガゼフの頭から王のため、国のため、そう言った思いが消えていく。

 余計なことを考えたままでは勝てないと、そう直感した。今はただ、目の前の男を倒すことだけに集中する。

 きっとブレインも同じ気持ちだろう。

 単なる勘だがそう感じた。

 御前試合以来、待ち望んでいた戦いが始まった。

 

 

 決着は実に呆気なかった。

 ブレインは確かに強かった。特に膂力に感してはまさに進化としか思えないほどの力を身につけ、速度も力もガゼフを圧倒していた。

 しかし、剣の天才と唄われたブレインの最大の武器である刀を巧みに操る技術が大きく低下していたのだ。

 無論一般的な兵士や、自分の部下である戦士団の者と比べればその技量は隔絶した差があるが、自分たちクラスでの戦いでは、一瞬の動きや判断の遅れは致命的なものだ。

 

「俺の負け、だな。約束通りセバス様に連絡を取ってやるよ」

 あまりにもあっさりと負けを認め、刀を仕舞うブレインの息に乱れはない。

 勝ったガゼフの方が体力も筋肉の疲労も大きいのが明白だ。

 

「……手を抜いたのか?」

 思わず口にした言葉に、ブレインは意外だとばかりに肩を竦めてみせた。

 

「まさか。今の俺が出せる全力だった。それだけさ」

 確かに手を抜いた様子はない。

 だが違和感が拭えない。外見が変わらないのに膂力が高まるというのはよくある話だ。

 ガゼフも経験がある。いわゆる進化に近いもので、長年剣の修行を続けていたり、強大な敵を倒したときなど、筋力が付いたわけでもないのに、突然体に力が漲る。

 それをどれだけ繰り返せるか、というのがいわゆる才能と言われるものだ。

 つまりブレインはせっかく磨いた剣の技量を落として別の技能を拾得し体が進化した。と考えられる。

 セバスに習っているのはそれなのだろう。

 その上でガゼフとの戦いにはそれを持ち込まず、剣だけでの勝負を挑んだためにこの結果に繋がった。

 つまり奥の手を隠したまま戦った。ということだ。

 剣こそ全てとばかりに一点のみを極めていたはずのブレインからは想像できないが、アインズの娘として世話をしているというシャルティアなる吸血鬼に惨敗したことや、セバスという強者との出会いで考え方を変え、どんな形であれ強くなろうと努力しているのだと考えれば、納得もいく。

 つまりガゼフはブレインの修行に利用されたということだ。

 思わず苦笑しそうになる気持ちを抑えて、再び愛刀を腰に戻そうとするブレインに、ガゼフは告げた。

 

「その武器を使えば勝敗は逆転していたかも知れないな」

 

「当たり前だ。これは俺が我が主より賜った宝刀、こいつを使えばお前ごと真っ二つにしていたよ」

 軽い口調ながら、確かにあの人間技とは思えない強大な力と刀の鋭さを合わせればこの武器では止めることは出来なかっただろう。

 

「見事な戦いだった」

 拍手の音と共に声が聞こえ、振り返ると誰もいなかったはずの椅子にローブを纏った男が座っていた。

 

「アインズ殿」

 これまで何度も会おうとしながらも、会うことの出来なかった男があっさりと顔を出したことに驚いた。もしかしたらブレインも初めからこれを知っていたのか、と思ったがブレインは慌てた様子でその場に片膝を付くと深く頭を下げた。

 

「これはアインズ様。無様なところをお見せしてしまい、申し訳……」

 

「良い。お前の成長が見れるのは私にとっても役立つことだ。次に繋げよ」

 鷹揚に手を振りながら、ブレインの健闘を称え、さて。と一拍置いた後アインズはガゼフに声を掛けた。

 

「久しぶりだなガゼフ殿。何度か店に来てくれていたのは聞いていたが、私も忙しくてな。再会できて嬉しく思う」

 

「俺も同じ気持ちだ。アインズ殿……話があって来た」

 貴族のような余計な前置きや、挨拶をアインズが嫌っているのは以前に会った時に把握している。

 なにより付け焼き刃の自分の振る舞いでは、相手を不快にさせることの方が多いだろう。

 

「だろうな。大体は把握しているが……ブレイン、お前は下がっていろ」

 

「しかし、アインズ様。私はこの店ではアインズ様の護衛も兼ねていますが」

 自分などより遙かに洗練した言葉遣いや態度を見せるブレインに驚きながらことの成り行きを見守っていると、アインズは一度こちらに顔を向けてからブレインに告げた。

 

「ガゼフ殿が信じられないか?」

 

「……承知いたしました。ガゼフ、わかっているな?」

 短い沈黙の後、ブレインはガゼフをしょうめんから見つめて言う。

 

「無論だ。我が王の名にかけて、アインズ殿に無礼な真似はしないと誓おう」

 信用の有る無しに関わらず、本来護衛をするべき者が、対象の傍を離れるのはそれなりに覚悟がいる。

 王の護衛をすることが主な仕事であるガゼフには、その気持ちが良く分かった。

 だからこそ、自分が出来る最大限の誓いを立てた。

 居て貰っても構わない。と言いたいのは山々なのだが、それが出来ない事情もある。

 ガゼフが王から賜った言葉は、アインズだけに伝えなくてはならないからだ。

 ブレインが無言のうちに頷き、アインズに一礼してから場を離れた後、アインズは少し気を抜いたように椅子に座り直し、自分の向かい側を指す。

 

「ガゼフ殿も座ると良い。立ったままでは話もしづらい」

 これから話すことの内容を考えると、このまま立って伝えたいところなのだが、向こうがそう言っている以上、断っては無礼に当たる。

 せめてもの礼儀にと、腰に付けた剣を外し壁に立てかけてからアインズの向かいに戻る。

 以前カルネ村で提案された際は王から預かった物を外すことなど出来ない相談。と切り捨てたが、今回ばかりは王も分かってくれるだろう。

 

「失礼する」

 椅子に座り、背筋を伸ばす。

 主君のため、そして王国の今後のために、失敗の許されない。

 先の戦いとは全く別の緊張感を覚えながら、ガゼフはゴクリと唾を飲んだ。




吸血鬼ブレインとガゼフでは、本来は吸血鬼対策を施してもブレインが圧勝できるほど実力差があるはずですが、ここでは正体を隠す意味もあり、ブレインは吸血鬼としての能力を一切使わなかった為、ブレインの負けになりました




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