LORD Meets LORD(更新凍結) 作:まつもり
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馬車に乗せられたジルクニフは移動しながらも考える。
(くそっ、水晶宮だと? 最悪の場所だ、あの一万人以上を飲み込んだ、死の宮殿とは・・・)
水晶宮。三年前にパルミナの郊外に出現した正体不明の建造物だ。
土台の上には円を描くように八本の柱が立ち、屋根を支えている。
水晶宮の名は、その八本の柱が全て透明な鉱石から作られていることからついた。
出現当時は柱を構成する透明な鉱石を採取しようと、かなりの者が道具を持って削ろうと試みたようだが、この建造物の破壊は今に至るまで一切成功していない。
だがもし水晶宮が、ただ美しく決して壊れない建造物というだけならばジルクニフが恐れる必要は無い。
この建物が最悪の場所、死の宮殿とまで呼ばれるに至ったのはある特性の為だ。
柱の円の中心には柱と同じく透明な鉱石で出来た縦長の直方体が存在していたが、その直方体の一面にそれはあった。
扉のような装飾で周りを囲まれた黄金の膜。
発見当初、美しく光り輝くその膜に触れたものがいた。
彼は見物に来ていた一般市民だったというが指先が触れた瞬間、強い力で膜の中に吸い込まれて行ったという。また彼を助けようとした三人の市民も同様に膜に触れてしまい、一緒に引きずり込まれてしまった。
一日が経過しても吸い込まれた四人は戻らず、彼らの家族は冒険者組合に救出を要請。
パルミナには冒険者組合がある事はあるが帝国兵による街道の警備が行き届いていることと町の人口の少なさから規模は小さく、当時は最高戦力がミスリル級五人組チームのみだったという。
その状況でも冒険者組合はミスリル級チームを筆頭に、金級、銀級も加え構成した二十人ほどの団体で、黄金の膜の内部への侵入を決定した。
これは依頼者が資産家などの理由ではなく、未知の建造物の出現に湧く冒険者達が救出作戦にかこつけて、建物内部を探索しようとしたのだろう。
帝国は王国などとは違い強力な常備軍を持つため、冒険者の役割は自然と限られてくる。
もし、この建物について国が本格的に調査に乗り出すことになれば完全に軍に主導権を握られる可能性が高い。
その場合この建物内部を探索し得られるかもしれない、未知の魔法に関するアイテムや財宝などが国に独占されてしまう。だからこそ冒険者達は、情報不足というリスクを冒してでもまだ政府が動き出していない段階で内部の調査を決意した。
そして結果・・・。
内部へ侵入したものは誰一人として帰らなかった。
この結果を受け、冒険者組合と帝国はこの建造物の危険さをおぼろげながら理解し、住民の接近と冒険者達の立ち入り自粛を勧告。
だが当時はまだ、帝国も冒険者組合も内部の調査を諦めた訳ではない。
この後の経過は帝国軍も深く関わっているため、ジルクニフもよく覚えている。
二週間ほど後、帝国軍から派遣された三百人規模の武装調査団・・・全滅。
金級の実力を持つ精鋭騎士と第二位階魔法を使用しレンジャーの技能も持つ隠密。フールーダの高弟三人による五十人規模の少数精鋭部隊・・・全滅。
帝国の威信をかけて編成された千人規模の第二次調査団・・・全滅。
一切の成果を挙げられず、ただいたずらに被害を拡大させたことで騎士団や国民からの不満が高まり、皇帝は軍による調査は凍結。内部の情報に巨額の懸賞金をかけ冒険者達やワーカー達に調査を託した。
当時の盛り上がりは記憶に新しい。
三代に渡り遊び暮らせるような懸賞金と内部で見つけたアイテムは発見者の所有権を認めるという宣言を受け、帝国中、いや、王国やローブル聖王国、スレイン法国からも多数の人間が集まった。
それから三年、水晶宮は未だ落とされず死者は一万人を超えている。
死者の中にはアダマンタイト級、オリハルコン級の冒険者チームも含まれていた。
いつしか不帰の門と呼ばれるようになった、黄金の膜をくぐるのは今では無謀な新人冒険者か自殺志願者のみ。
全ての者にとっての正真正銘の死地と化していた。
やがて馬車がゆっくりと停止した。
ジルクニフの隣の男が、外にいる人間に確認する。
「付近には誰もいないな? よし」
ジルクニフとバレットは荒々しく引き出される。そこは、水晶宮のすぐ近くだった。
光を受けて透明な柱が神秘的に輝く。
その光の発生源に不帰の門、黄金の膜はあった。
二人は背後に剣を突き付けられ、門の方へと歩かされる。
そして門まで二メートル程の距離まで近づいた。
「美しいな・・・。 こうして見ると、とても一万人の人間を吞み込んだ死の門には見えん。 家に飾りたいくらいだ」
グロック卿は自分の冗談に、ははは、と軽く笑うとジルクニフに視線を移す。
「どうだ、ジルクニフ。 最後に言い残す言葉でもあるか?」
言葉を投げかけられたジルクニフは少し考える素振りを見せるが首を振った。
「残念だ。 相手がお前でなければ今後の政策について意見でも言っていたんだがな。 お前のような頑迷な思考しかできない者には、言うだけ無駄だろう」
「はっ、最後まで君らしい。 じゃあ、そろそろ膜に触れて貰おうか。 自分で出来ないなら手伝ってもいいが?」
「お前たちの世話になどならんさ」
ジルクニフはゆっくりと前へ歩み、指先を膜へと近づけた。
「ひとつ言っておく。 私は自殺などするわけではない。 必ず生き帰り帝国を導いて見せる。 せいぜい震えて待っているんだな」
勿論、並みの人間の到底及ばぬ領域。冒険者としての最高位であるアダマンタイト級冒険者チームも生きて帰れなかった門の向こう側から生還できる可能性がゼロに限りなく近いことはジルクニフも理解している。
だが・・・。
(私はまだ生きている。 なら・・・、せめて最期まで戦い抜いてやる。 自分から死を受け入れてたまるか!)
ジルクニフの指が膜に触れた。
「ぐっ」
予想していたよりも強い力で引き込まれていく。
指から腕へ、腕から肩へ、やがて全身が膜の中に吸い込まれた。
「ほら、お前も行くんだよ」
ジルクニフが吸い込まれた後、今度はバレットが背中を剣先でつつかれながら急かされる。
「ちょっ、なんとか勘弁してくだ」
「うるせえっ!」
「へぶっ」
この後に及んで命乞いをしようとするバレットに苛立った男に背中を押され、バレットもまた膜の中に吸い込まれていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
肌を叩きつける風を感じジルクニフは目を開ける。
(赤い・・・球体?)
自分は光の通路を通り、恐ろしく早い速度で赤い大きな球体へと吸い込まれているようだ。
(綺麗、だな)
そこまで考えてジルクニフは再び意識を失ってしまった。