悪のペンギン帝国

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2013/07/04

レンチウイルスはレトロウイルスと何が違うか

Tweet ThisSend to Facebook | by HiddeN
最初にiPS細胞がレトロウイルスで作られた後、「レンチウイルス」と呼ばれるウイルスを用いてiPS細胞を作りました、という論文も出ました[1, 2]。今回は、このレンチウイルスはレトロウイルスと何が違うのか、を解説していきたいと思います。


・・・

レトロウイルスとレンチウイルスがどう違うのか解説すると言ったな。あれは、嘘だ。
実はレンチウイルスは、レトロウイルスなんだよ!ナ、ナンダッテー!?

・・・


というわけで、レトロウイルスとレンチウイルスはどう「違う」のか、という話をするはずが、いきなりレンチウイルスはレトロウイルスだというどんでん返しがきました。推理小説でいうところの「実は、探偵が犯人だった!」と同じ展開です(違うか)。


実は、レトロウイルスと呼ばれるウイルスのグループは、更に細かく「アルファレトロウイルス」「ベータレトロウイルス」「ガンマレトロウイルス」などいくつかのグループに分かれていて、そのうちの一つが「レンチウイルス」のグループです。そのため、「ペンギンは鳥である」のと同様に、「レンチウイルスはレトロウイルス」なのです。


しかし、ヒトやマウスなど哺乳類の細胞へ遺伝子を導入するのに用いている時、「レトロウイルス」と表記されている場合は、レトロウイルスの中でも「ガンマレトロウイルス」を使っている場合が多くレンチウイルスを使っている時にはたいてい「レンチウイルス」と表記されています。元々、哺乳類の細胞への遺伝子導入に使うレトロウイルスと言ったら、ガンマレトロウイルスが普通だったところへ、レンチウイルスも使われるようになったので、「いやいや、今までよく使っていたウイルスとは別のやつなんですよ」ということを示すために、「レンチウイルス」と表記するようにしたのでしょう。

・・・これを書いてて思い出したんですが、昔、とある喫茶店で、メニューに単に「紅茶」と書いてあるのを注文したら、出てきたのがアールグレイだったことがあるんですよね。そりゃまあ確かにアールグレイも紅茶だし、別にアールグレイが嫌いなわけじゃないんですが、単に「紅茶」と表記してあってアールグレイだと何か違うという気になってしまうのは私だけでしょうか。
・・・ここまで書いてて思ったんですが、すごくどうでもいい思い出話でしたね。



では、細胞に遺伝子を導入する時に、(単に"レトロウイルス"と表記されがちな)ガンマレトロウイルスを使用する場合と、レンチウイルスを使用する場合でいったい何が違ってくるのでしょうか?ガンマレトロウイルスの代表格である「マウス白血病ウイルス (Murine Leukemia Virus略してMLV)」(iPS細胞が最初に作られた時も、このMLVが使われています)とレンチウイルスの代表格であるヒト免疫不全ウイルス (Human Immunodeficiency Virus略してHIV)」を比較すると、重要な違いは以下の2点です。



①増殖していない細胞のゲノムにも遺伝子を挿入できるか
②ゲノムのどのような箇所に遺伝子を挿入するか



では、順番に解説していきたいと思います。
(なお、ここから先は、単に「レトロウイルス」と表記してある場合はマウス白血病ウイルス、「レンチウイルス」と表記してある場合はヒト免疫不全ウイルスのことを指していると思ってください)


①増殖していない細胞のゲノムに遺伝子を挿入できるか

一言で言ってしまうと、レトロウイルスはできませんが、レンチウイルスにはできます。何故そうなるのか。ヒトの細胞では、ゲノムは「核」と呼ばれる部分に入っていて、この」は「核膜」という膜で、細胞の他の部分から隔離されています


細胞がこのような構造になっている生物を「真核生物」と呼びます。動物も植物も酵母すべて真核生物です。ちなみに、「もやしもん」では酵母もカビも細菌もウイルスも全部同じようにゆるキャラ風になっていますが、主人公のA. オリゼー(コウジカビ)やS. セレビシエ(酵母)はヒトと同じ真核生物なのに対し、大腸菌や乳酸菌は真核生物ではありません。つまり、人間は大腸菌よりもむしろオリゼーの方に近い生物ということになります。感覚的には、なかなかそうは思えないですよね。










話が逸れました。


レトロウイルスもレンチウイルスも、細胞内に侵入した後、自分のゲノムをRNAからDNAにコピーし、このコピーによりできたウイルスDNAと、ウイルスタンパク質が組み合わさって「Pre-Integration complex (略してPIC)」なるものを作り上げるところまでは同じです。そして、このPICがウイルスDNAをヒトのゲノムに入れてしまうのです。しかし、PICがヒトのゲノムに到達するためには、「核膜」に覆われた核という名の密室にどうにかして侵入することができなくてはならないのです。

分かりやすくするためにペンギンで表すと、こんな感じです↓
図1. 死亡フラグを立てるゲノム


そして、レトロウイルスのPICはこの核膜を突破することができません[3]。
図2. 研究者にはつきものの台詞


しかしレンチウイルスのPICにはそれを可能にするトリックがあるのです。


実はこの「核」、密室かと思いきや、中村青司の何とか館ばりに秘密の抜け穴があります(いや別に秘密じゃないだろ、という声が聞こえてきそうな気が)。その抜け穴は「核膜孔」と呼ばれていて、この「核膜孔」を通して、核内で必要になるようなタンパク質が運び込まれます


「核膜孔」を通って核内にタンパク質を連れ込む役割を担っているのは、「インポーチン (importin)」という種類のタンパク質です。では、この「インポーチン」は核内に連れ込むべきタンパク質とそうでないタンパク質をどうやって判別しているのか、というのが重要なポイントで、タンパク質の中には「核局在シグナル (Nuclear Localization Signal、略してNLS)」と呼ばれるパーツをもつものがあり、インポーチンはこの核局在シグナルを認識して相手のタンパク質にくっつき、そのタンパク質を核内に連れ込みます[4]。


さて、ここまできたら、レンチウイルスがどのような手を使って核内に侵入するのか、想像がつくのではないでしょうか。


さきほど、細胞内に侵入したウイルスはPICというものを作り上げ、このPICはウイルスDNAとウイルスタンパク質が組み合わさってできている、という話をしましたが、レンチウイルスのPICを構成しているウイルスタンパク質には、「核局在シグナル (NLS)」があるのです。したがって、レンチウイルスのPICはインポーチンに連れられる形で堂々と(?)核膜孔から核内に侵入し、ウイルスDNAをヒトのゲノムDNAに入れてしまうという犯行に及ぶことができるというわけです[5]。


さて、ここまでの話だと、「あれ、じゃあ核内に侵入できないガンマレトロウイルスはヒトのゲノムに遺伝子入れられないんじゃね。この間まで言ってた、"レトロウイルスを使ってiPS化に必要な遺伝子をヒトのゲノムに入れました"って話は嘘だったのか」とか「"増殖していない細胞の"って限定してるのは何でさ」とか思われるかもしれません。


実は、増殖している細胞の場合、細胞が分裂して増える時、一時的に核膜が無くなります。そのため、この隙をつくことで、核膜を突破できないガンマレトロウイルスのPICでも、増殖している細胞のゲノムには遺伝子を入れることができるのです[3]。


①だけで思いの外長くなってしまったので、「②ゲノムのどのような箇所に遺伝子を挿入するか」については、次回にしたいと思います。


参考文献

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